チョイさんの沖縄日記

辺野古や高江の問題等に関する日々の備忘録
 

許せない!---高江、座り込みを排除するために県道の一部を勝手に切り取って立入り禁止に

2014年12月31日 | 沖縄日記 高江

  12月31日(水)、朝から高江に行こうと準備をしていると、偶然、沖縄タイムスが1面トップで防衛局が年明け早々にもヘリパッド工事を強行すると報じているので驚いた。

 北部訓練場の中央部を走る県道70号線は、当初は米軍への提供区域だったが、1990年に日米地位協定2条4項(a)(注参照)に基づいて日米の「共同使用地」となった。県が管理し、誰でも自由に通行できる。今年度に予定されているN1地区のヘリパッド工事のためには、県道70号線のN1ゲートから続く旧林道が工事用の進入路となる。そのため、ヘリパッドいらない住民の会は、「共同使用地」である県道の舗装部分とゲートの間(路肩部)にテントをたてて座り込みを続け、その横には2台の車を停めて工事着工を阻止してきた。そのため、N1地区のヘリパッド工事は、本年2月に契約が締結され、2015年3月31日までの工期だが、まだ全く工事にかかれていない。

(注)日米地位協定2条4項(a)「合衆国軍隊が施設及び区域を一時的に使用していないときは、日本国政府は、臨時にそのような施設及び区域をみずから使用し、又は日本国民に使用させることができる。」

  今朝のタイムスによれば、この路肩部を2条4項(a)の共同使用地から外して米軍の専用地とし、車や人の立入りをいっさい禁止するというのだ。以前は、そのために日米合同委員会の合意手続きが必要と報道されていたが、いつのまにか、日米合同委員会の合意を経ずに米軍が一方的に通告できると言われるようになった。すでに米軍から国有林を管理する林野庁(北部訓練場の大部分は国有林)に通知され、林野庁が今後、県道70号線を管理する沖縄県に通知すれば手続きは終了するという。日米合同委員会の合意手続きもなく、現在県道を所管している沖縄県に協議もせずに、県道の一部を勝手に切り取って立入り禁止とすることはとても許せるものではない。 

  (朱色部分が車道部、黄色部分は県道の法面(路肩部)。これらの車道部、法面(路肩部)は、地位協定2条4項(a)の日米共同使用地。それ以外の無着色部分は、米軍の専用区域。(県道70号線道路台帳より))

 県道70号線の両脇の路肩部分は法面となっている。この路肩部も、県道の一部であって道路の管理のために不可欠な部分だ。以前にもこのような動きが報じられたので、住民の会は、本年8月15日、沖縄県への申し入れを行った。そこで県は、「道路の機能上必要な区域については当然、維持する必要があります。防衛局から話があれば機能上必要な区域については申し入れていきます。」(土木建築部道路管理課長)と答えている。再度、1月早々にも県や沖縄森林管理署への申し入れを急ぐ必要がある。

 好天で、12月末とは思えないほど暖かい。Tシャツ1枚になって、ゆっくりと運転を続けた。昼前に高江着。

N4ゲート。この奥に2ケ所のヘリパッドが作られたが、まだ米軍に移管はされていない。

 N1ゲートの座り込みテントには、大晦日の今日も、10人ほどが座り込みを続けていた。県道の境界杭などを確認する。この杭から県道の舗装部分までを全て米軍の専用区域とし、立入り禁止とするというのか。あまりに姑息な手法にはあきれるほかない。

 森の中には、トクサランの花が咲いていた。環境省の準絶滅危惧種に指定されている。

 帰途、辺野古に寄る。今日は「浜の大芸能祭」で、大勢の人たちが集まっていた。幕開けは、「かぎやで風」。私も、息子の結婚披露宴で冷や汗をかきながら踊ったことを思い出した。宴会はますます盛り上がるが、残念、私は所要のため、辺野古を離れた。辺野古の海人が獲ってくれたという豪勢なお刺身が用意されていると聞いたのだが。

 

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