子どものころを思い出すと、
いまよりずっと自然が残っていたと知るのです。
山や川や海のたたずまいだけではない。
町の暮らしであっても、まさに自然を思い知ることが多かった。
蚊の多さは今の比ではなかった。
蚊に食われるというのは、文字通り食われるのだった。
夜店を冷やかしていても、立ち止ると蚊に食われる。団扇で蚊を払いながら歩いたもの。
家の軒先には、すぐに大きな蜘蛛が巣を張った。
家の中も油断はできない。
おやつの残り物を置いていると、どこからか大量のアリが這い上がってくる。
食べ物を商う市場はハエが飛び回り、ハエ取り紙に真っ黒にハエがくっついていると、
ちょっと爽快だったりしたもの。
梅雨時や台風時のどしゃぶりは、ほんとうに迫力があった。
我が家は、背後が六甲山の裾野にあたっていたので、それこそ、
全山に降り注ぐ雨の音がぶあつい轟音となって響いていた。
屋根から落ちる雨は、樋(とい)を溢れ、軒先をカーテンのようになってさえぎり、
庭に穴をうがつ音もすさまじかった。
ずいぶん前に、その近くの家が洪水で流されたと聞かされていたから、
「どうか洪水になりませんように」と、息を詰めていた夜。
いざというときは、どの戸口から逃げようと言い聞かされ、親子で一室に集まったりしていた。
後から考えると、
災害とは、そんな分別が役立たない一瞬の出来事だったと思う。
災害のニュースを聞くたびに、
自然が、牙を剥いていた幾夜を思い出すのです。