ちゃちゃ・ざ・わぁるど

日記と言うよりは”自分の中身”の記録です。
両親の闘病・介護顛末記、やめられないマンガのお話、創作小説などなど。

創作小説 SUNSET CHAPTER12 PART.4

2012年01月27日 22時39分11秒 | 創作小品
 階段は結構長い。それだけ浜が低い。ここの浜は幅はそれほど広くないが、奥行きというか、波打ち際まではわりとある。満ち潮の時でもかなり向こうまで行かないと海岸に出ない。おまけに隠れた岩礁があって、海水浴には少々不向きだ。引き潮の時はその岩礁が少し現れる。そうするとここの風景もそれなりに変化があって、浜だけのときより風情があるように俺は思う。ただ、残念ながら店からは防波堤やら長い浜やらに阻まれて、その風情もほとんど確認できない。2階からなら何とか見えなくもないが、やはり少し遠すぎる。したがってここの眺めを楽しみたければ、浜に下りて波打ち際まで行かなければならないのだ。
 俺は黙って足元を見つめながら波打ち際へ向かった。今ちょうど引き潮だから、俺がここで一番気に入ってる景色が見られるはずだ。今日はこの時期にしては暖かい方だろう。しかし風が思ったより強く、波が少しばかり高いようだ。

 その岩場が見えて、更に波の音があまりうるさすぎない程度に近づいたところで俺は足を止めた。振り返ると、あのヒトは砂に足をとられながら一歩一歩踏みしめるように、少し遅れてやって来た。俺は正面を向いた。
 「あなたこそ、よく来てくれました。見えたでしょ? あそこの小さな喫茶店。あれが私の店です。今の住まいでもあります。」
「ええ。あなたが喫茶店をやっているということは和佳菜ちゃんや主人から聞いて知っています。場所までは教えて貰いませんでしたが。だからテレビで偶然見たときは本当に嬉しかった。10年会っていないけれど、すぐにあなただとわかりました。とても立派になって…元気そうで、本当に良かったと…安心しましたよ。ずうっと気になっていましたから。だから思わず和佳菜ちゃんに、会いたいと伝えて欲しいと…無理を承知でお願いしましたの。それは断られて当然だとは思いましたけれど…。でも、今度はあなたの方から会ってくれると知って…こんなに嬉しいことはありません。和行さん、本当にありがとう。そしてごめんなさい。あなたにはいくら謝っても許されることはないけれど…。」
 俺は和佳菜にこのヒトを恨む気持ちはもうないと言った。そして和佳菜はそれを伝えておくと言ってたはずだ。…いや、きっと和佳菜のことだから、それはちゃんと伝えてくれたと思う。だけど、このヒトはいまだ俺に謝罪の言葉を述べるのをやめようとはしていない。ほっとけば何度でも言うだろう。ほっとかなくても、俺が良いと言ってもやめないかもしれない。それは自分を金輪際許すまいという気持ちの表れなのだろう。
 だけどそこまで謝罪する必要なんてない筈だ。俺は思う、もともとこのヒトは全然悪くなんてないのだ。被害者であるはずだ。なのに責めを負うのはなぜなのだろう? このヒトは何を過ちだと考えているのだろう?
――そう、俺はそれをずっと考えていた。何がこのヒトの罪で、何を償う必要があるのか。もしも俺がこのヒトに詫びて欲しい何かがあるとしたら、それは何なのか…。そして、俺は俺なりに結論を見つけた。それを伝えたいがために今日ココへ呼び出したのだ。そして、俺が本当に言って欲しい言葉に気づいてもらうために…。
 俺はゆっくり、言葉を選びながら彼女に言った――
「私があなたに詫びて貰いたいのは二つだけです。でも、その両方ともあなたはすでに詫びてくれていると思いますが?」
「え…? 二つ? いえ、私は…あなたにたくさん詫びるべきことがある筈です。ひとりきりにしてしまったことも、あなたにひどい仕打ちをしようとしたことも…ひどいことを言ってしまったり、10年前に――」
「いいえ、二つだけです。どちらも幼い頃のこと。ああ、いや…もういいや。私はずっと、あなたに会って話したいことを考えていました。何を話すのか、どんな言い方をすればいいのか…ずうっと、あなたに会うと決めた時からいろいろ考えていたんです。でも…もうそんなのどうでもよくなった。」
「え…?」
 そうだ。謝ってほしいことは二つだけ。幼い頃に俺を襲って、左目を潰そうとしたことと、産まなければ良かったと言ったことだ。これだけは詫びて欲しかった。なぜなら、これこそが彼女が犯した罪だからだ。そのあと俺を施設に入れたのは罪でも何でもない。また、10年前まで俺に会いに来なかったのも、ようやく面会に来て、すべて打ち明けてくれて――結果俺がパニクって倒れたのも、罪とは思わない。そしてその…俺が謝って欲しい二つのことは、他の罪にはならないことと一緒くたになったろうけれど、とっくに謝罪してくれているはずだ。そしてそれを確かめるには、くどくどと話す必要はなく、ただ一つのことを確認できればそれで十分なのだ。
 俺はそれを口にした――
「ひとつだけ、答えてください。あなたは…」
彼女は真剣な顔で、見つめる俺の視線をまっすぐに受け止めた。俺はあれ以来裸眼だ。左の目はこのヒトがかつて嫌った青い瞳だ。だが、今の彼女は目をそらさない。じっとこの青い目の視線を受け止めている。もう、俺にはそれで十分だった。答えはわかっていた。だけど敢えて尋ねる。言葉にして欲しいからだ。はっきりその口で答えて欲しいからだ――
 「あなたは、私を産んで良かったって、思ってくれていますか?」
彼女は深く頷いた。
「もちろんです。私は…今はっきり言えます。あなたを産んだのは間違っていなかったと。」
 もうそれだけで十分だ――俺は彼女…母に近寄って、そのからだを抱きしめた。母はびっくりしたようだ――そうかもしれないけど、そんなに意外がらないでよ。和佳菜通して言ったでしょ? 俺はとっくに許してるんだって。
「和行さん!?」
「…ありがとう。」
「え…?」
「それから…ごめん。今まで…ずうっと私はあなたを苦しめてきました。あなたが辛い思いをし続けているのを知っていたのに…28年、いや、29年もあなたは苦しみ続けていたのに…私はそれを知っていたのに、誰よりも知っていたのに知らん顔していました。多分私にしかそれを取り除いてあげることはできないはずなのに、今までほうっておいてホントにごめんなさい。」
「そ、そんな…私は…。あなたが謝ることじゃ…」
「それから…ありがとう、母さん。私のことをずっと守ってくれて、愛してくれて、ありがとう…。」
「……!!」


・・・TO BE CONNTINUED.
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