ちゃちゃ・ざ・わぁるど

日記と言うよりは”自分の中身”の記録です。
両親の闘病・介護顛末記、やめられないマンガのお話、創作小説などなど。

ジュリー・イン・フランス・・・ネタ(?)話

2012年01月03日 10時50分50秒 | ジュリー・・・思い出SONGSあれやこれや
年末、大掃除・・・まではいかない小掃除をしていたら、
こんなもんが出てきました。


・・・・・・・・・・・・。
覚えが無い。なんでこんなもんがウチにあるんやろ??
たぶんダンナが以前ジュリーのヨーロッパ発売版LPレコードを
ネットオークションで競り落としてくれた時
ついでに一緒に競り落としたのやろうと思います。

↑これです。イギリス・フランス・西ドイツ(!)で出たのだったかな?
日本発売版はありません。

・・・・一時期ダンナはヤフオクにはまってた時があって、
ちょういちょい「なんか欲しいもんないか?」とか言ってました。
それで、録音自体はリアルタイム時に入手して今もちゃんと持っているので
今更特に欲しかったわけでもないけれど
(私は音源が何であれ「持っていれば原盤かどうかはどうでもいい」派ですんで)
そういうもんがあるんやったら競ってくれてもかまへんで、とか言って
結局原盤を手にいれたのだろう、と思います・・・。
このへんこだわりが全然無いので、こんなの持ってたことを忘れていました。
現役ファンの皆様には激怒されそーですな・・・すみません。
レアものであるのは確かだし、プレミアがついてそーですもんね。

私の入手経路はともかく、このシングルレコードは
ジュリーが1975年ごろにフランスで発売した3枚目のシングルです。
日本での単独発売はありませんでした。
仏版発売LPを日本国内で発売した時と、
数年後に限定版5枚組みアルバムが発売された時が、
日本で音源を購入できた機会であったかと思います。

A面は「FOU DE TOI(フー・ドゥ・トワ)」邦題は「君に夢中」
で、B面が「MA GAISHA DE FRANCE(マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス)」
・・・・・・・・・。

おフランス語講座入門編。
「FOU」は元は「狂った」という意味です
んで、「DE」は英語の「OF」にあたるものと思ってください。
「TOI」は「YOUSELF」、つまり「君自身」という意味です。

「FOU DE TOI」は直訳しちゃうと「君自身に狂った」ですが
「夢中である」と言う場合にも使うので邦題どおりです。

「MA」は一人称の所有格、英語で言えば「MY」にあたりますな。
「DE」は上記の通り、「FRANCE」はまんまフランスです。
ではこの「GEISHA」はなんでしょう?
原則フランス語は「SHA」というスペルは使いません。
「CHA」と綴って「シャ」と読みます。
なので「SHA」はローマ字表記つまり日本語のような外来語を表す時に使います。
すなわち「GEISHA」はそのまま「げいしゃ」という日本語なのです。
げいしゃ???「フジヤマ・ゲイシャ」????

・・・どうもそうらしいのですわのよ、当時のジュリーの説明によると。
なんか、ありがちな勘違いをされてたらしくて、向こうの作詞家さんが・・・
「芸者」というのを普通に「恋人」とか「思い人」「愛する人」と思ってたらしくて。
イヤイヤイヤ、「愛人」ならなんとなくわかるけど??

中国語講座入門編。
中国語では「愛する人」「恋人」は「愛人(アイレン)」でいいんです。
日本で言う「愛人」は中国語では「情人(チェンレン)」といいます。

つまりこの「MA GEISHA DE FRANCE」は
「僕のフランスの恋人」というつもりで書かれているらしいということです。

これって言葉の壁と言うべき?
それにしても誰も真実をその作詞家さんに教えなかったのか・・・???????

ちなみに歌詞カードはありません。
もとから無かったのか、オークション出品者が無くしたのかは不明です。
LPレコードの方にも歌詞カードはありませんでした。

それから上記の、フランスで出してすぐ後に日本国内でも発売された
別のLPレコードの中に「ITSUMI(いづみ)」という歌があります。
そのまま読むと「イツミ」ですが歌では「いづみ」と歌ってます。

↑はい、これね。

内容は・・・日本人の名前で「いづみ」さんていうのがあって、それは「泉」と同じ音だと、
フランス語の「FONTAINE(フォンテーヌ)」のことだと。
それで「泉を見て、いづみちゃんという女の子を偲んでいる・・・」
・・・どうやらそういう歌みたいなのです。
歌の途中で入るセリフは日本語になってました。
それによって「そういうシチュエーションなんかな~」と想像できます。
それから、あんまり関係ないと思いますが、
このちょっと前に主演したドラマ「悪魔のようなあいつ」での
ジュリー・可門良の妹の名前がいずみでしたね。

で、その「ITSUMI」という歌の中に「WATAINE」という言葉が出てきます。
これもフランスの作詞家さんいわく「日本語」なんだそうです。
・・・・???????????????
マッタクの意味不明ですよね・・・「ワタイネ」??
女の子の一人称「わたい」・・・「わたいね、こないだねえ・・・」
・・・・・イヤイヤイヤイヤ!!ちゃうやろ!!!

フランスには無い、日本独自の物の名詞らしいです。
作詞家さんが日本の、『確か「ワタイネ」とかいう名称のもの』で、
どういう形状をしているのかもあれこれ説明されたらしいんですが
結局なんのことを言ってるのかわからずじまいだったそうです。
それでやむなく「ワタイネ」のまま歌ったんだそうで・・・。

今も残る謎・・・・・。


そうそう、ジュリー・イン・フランスといえば・・・

1976年ッスかねえ~、歌で言えば「ウインクでさよなら」をリリースしてた頃。

↑これですわ。

このジャケ見ていただいてもわかるとおり、ジュリーは一時アフロでした。
フランスで5枚ほどシングルを発売した(売れたのは最初の1枚だけでしたが)関係で
しょっちゅう渡仏していたわけですが、
当時所属のレコード会社「ポリドール」のフランスのスタジオに
(もともとポリドール社はフランスが本社です)
確かミッシェルさんとかいう名前のディレクターさんがいて、その方がアフロヘアーだったそうです。
それがきっとカッコよかったというか素敵な方だったんでしょうね。
それを真似してアフロにしたらしいのですよ~。
イヤイヤ、ジュリー本人がラジオでそういってたんですよ~! 結構ミーハーなんや。

・・・往年の名歌番組「夜のヒットスタジオ」で普段ジュリーびいきの芳村真理さんが
なんか複雑なお顔なさってたのをかすかに覚えてます。
「髪型が変わってこれも素敵」とか口ではいいながら・・・だったような気が。
井上順さんは淡々としてたような・・・(ふれないようにしてた?)


・・・「止める奴はおらんかったんかい」と正直思た・・・。

でもすぐに元に戻してました、本人曰く「不評やったから」。
ジュリー行きつけの美容室「たぶろう」の、ジュリーのことを「研二くん」と呼ぶママさんも、
止めなかったのね・・・アフロにしたげたのね・・・。


余談ですが、そのちょっと後に大野克夫さんがアフロにしました。
大野さんは誰にも止められませんね、たぶん。その後結構長いこと(数年)アフロヘアーでした。
(・・・・あの人は何考えてるか正直ようわかりません・・・・。)


というわけで、ジュリー・イン・フランス小噺(ちゃうちゃう!)、これにてお了い。
コメント (3)
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