MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・スリー 第五章-4

2014-03-07 | オリジナル小説

         宙に潜む1人と1匹

 

(ナグロスは頑張ってるにょ!)ドラコがアギュの隣で感心していた。

(シドラはどこにいるにょ)アギュは真下の人物の話をもっと聞いていたかったが、後でナグロスの報告を聞けばいいことに気づき意識を切り替えた。

[ほら・・・あそこですよ]

すぐにシドラが見えた。ナグロスがいる南の和室からもう一室と廊下を隔てた客間らしき部屋に大きな和テーブルに男性と向かい合って座っている。

(どういうことにょ?ああいうのって見た事あるにょ~お見合いってやつみたいにょ。ナグロスと違って、こっちのお見合いはうまく行ってないみたいにょ~)

[ドラコ、シドラに知れたら怒られますよ。]アギュも笑いを噛殺した。

客であるシドラは床の間を背にそれとわかる仏頂面で座っていたからだ。

見るからに退屈そうにしか見えなかった。ナグロスからまずは自分一人でと言われて了承したのだろう。しかし、意識下ではナグロス達の会話は当然聞いていると思われるのだがその様子は外には伺い知れない。さすがだったが、目の前の相手と対することは困惑でしかない様子だった。しかも彫りの深い顔立ちのシドラはまったく和風な田舎屋敷の背景からは浮いていてシュールですらある。グラマスボディをピッタリとしたセーターに納め同じくピチピチのジーパンを履いた長い足が座る姿勢には邪魔でいかにも窮屈そうだ。正座をしていることも、かなりな無理をシドラに強いてた。

(こちらはまったく会話が盛り上がっていないのにょ~)

どらこがしきりに面白がる。

 

          シドラと若き色男

 

確かにシドラ・シデンはある意味、かなり後悔していた。

神月に居座った天使にベタベタ付き纏われるのが耐え切れず、この任務に自ら志願したことをだ。本来、相手のペースなど一切気にしないシドラであるが、所謂よく言う間の悪い思いというやつを今はひしひしと味わっている。

こんな役目はガンダルファにこそ押し付けるべきだったのだ。

目の前にいる男にわけもなくつくづくむかつくばかりだった。

好き嫌いがもともと激しいシドラであるが、これは生理的にダメというやつである。性別などあまり意味をなさない宇宙人類であるシドラにしても、相手の男だか女だかわからない感じには奇異を感じ得ない。これが惑星上(しかも今も愛しているユウリの故郷!)ではなく、宇宙空間でありしかも相手がニュートロン、すなわち宇宙人類であったならこれほど気にはならなかったはずだ。

さっきからずっと2人の間には重い沈黙が漂っている。

石油ストーブの上の薬缶の出す蒸気の音と時折、屋根から雪が落ちる音以外なにもしない。この家はテレビ、ラジオと言ったものが一切ないのだ。幼稚でくだらないあんなものは好きではないが、こういう時は都合がよい。パソコンの類いもない。電話すら見かけない。来る行程でも痛感したが辺鄙にもほどがある。隠れ里の実力とはこういうものなのか。

村に入る時、古くさい錯覚をもたらすだけの人為的な結界は既に効力を失っていた。それでもどこかに発生装置があるはずだった。ナグロスの話を意識下で聞きながらシドラはざっと見ただけの村の配置を思い返す。後でバラキにじっくり調べてもらわなくては。船がどこにあるのかだ。どこかに隠してあるはずだ。一緒に来たパートナーが持ち去っているとはシドラも思わなかった。地面の下だの、海の中だのに本気で放置したりもしていないはずだ。おそらく、次元の奥にキチンと隠しているのだろう。その可能性がもっとも高い。そうしてくれていれば、何かのついでに発見されてこの星の歴史を揺るがすことには絶対にならない。

船を隠しているならば、結界の発生場所はそこだろうとシドラは推理していた。

ふと、シドラが目を上げると目の前の相手と目が合ってしまう。

ずっと自分を見ていたのだろう。相手に能力があってもなくても、シドラ・シデンは常に思考にシールドをかけている。まさか、読まれはしまい。

するとふいに男がニッコリと笑いかけた。風貌も相まってなかなか魅力的な笑顔であったが、シドラはニコリとする気もしない。さっきからの頭の後ろの髪が引きつるようなチクチクする感覚がさらに強くなる。やはり嫌いだ、ムシが好かない。

話がないのなら、持って来たお茶を置いてさっさとどこかへ行けばいいのに。

シドラが力を入れ睨み返しても相手は見つめた視線を放さない。この星の常識で言えば、自分に惚れたのかと思うところだが・・・それはないとシドラの本能が告げていた。男が口を開く

「シドラさんは」。にやけた笑いを浮かべてなとシドラは思う。

「神代さんの姪御さんに当たるのですか?シドラ・・シドラ・スヴェンソンとは北欧系の名前ですが・・・?」「甥の嫁だ。」そっけなく答える。ブラジルで農場を営むナグロス・神代のシドラは弟の息子の嫁、兼秘書ということになっている。

「今回は、おじさんの通訳ですか。」

「ナグロスは通訳などいらん。」シドラは唸るように「ただ、方向音痴だ。我は道案内だ。」「シドラさんの方が先に日本にいたとか・・・」

「貿易会社だ。」今さら身上チェックだろうか。

実際はナグロスの到着の前に調べ上げていたのでは。

こいつは自分の先祖に当たる者達の事情をどこまで知っているのか。

シドラの正体をどこまで察しているのだろうか。

相手はしばし、愛想の悪過ぎる反応に考えを巡らすようだった。

「私の印象では・・・」男はコホンと咳払いをすると悪戯を仕掛けるかのようにシドラを上目遣いで見た。「ブラジルの女性は・・・非常にお盛んとか。」

「何がだ。」思い当たったがとぼける。

「わかるでしょう?男女のことですよ。」

「フン。」鼻で笑った。「それは人それぞれだろが。」関心はそれかと心で唾を吐く。

原始星の出身であるシドラは、この『果ての地球』におけるSEX事情についても一定の理解を示している。ただ、自分についてはガンダルファ同様、既に一段落したことと距離を置いてみていた。宇宙遊民ニュートロンはSEXなどは一部の遊民を覗いてもうほとんどしないし、原始星でも見境なくSEXに耽る衝動などは子供の時期の一過性でしかない。

なるほど、こいつの関心はそういうことかと納得すると先ほどからシドラの体を繁々と見つめるこの男の思惑にも納得が言く。勿論、それは愉快ではない。

「何を見ている?」喧嘩を売ってみた。何か誘いめいたことを口の端にでもほのめかしたならば、目にモノ見せてやろう。

「あなたを。」

「何が言いたい。」この星では女は平手で殴るものと聞く。間の机が邪魔だが。

「そうですね・・・ええと、別に。」

待ち構えるシドラの反撃を察したわけではないだろうが、どうやらようやく脈がないと判断したようだ。しかし、口元の笑いと視線を注ぐことは止めない。

「見られるのは不愉快だ。」「では、見ないようにします。」

男はあからさまに横を向いた。笑顔のまま。

横顔を睨みつけるしかなくなり、思わず舌打ちが出る。

こういう時はグーで殴るべきだろうか。

確かに奇妙な男である。どちらかというと整った顔をしている。切れ長の大きな目、すらりとした鼻梁、薄い妙に赤い口びる、細い首に乗った顔の肌の白さにサラサラと流れる肩までの髪。背は高くないが、体つきはしなやかだ。

なんだろう。そういう中性な外観はアギュに似ていなくもないがシドラはアギュの前でこんな居心地悪さは感じたことはなかった。性を感じさせないアギュと中性的なのに性を強烈に意識させるこの男の差・・シドラには見つからなかった言葉を例えて言うならば『退廃』あるいは『好色』だろうか。目には見えない汚れた染みが爽やかな彼の外観の上を覆い被さっているのだとでも。

それがシドラに嫌悪を感じさせていた。

そういった自分のすべてを今、この男は敢えてシドラに観察させているのだ。

それに気が付いたシドラは加速度的にこの男を嫌うことが止められなくなる。

目の前のお茶とやらを投げつけるという選択肢もあるなと、もっと何か喧嘩を売るべきか慎重に吟味していると外で雪を掻いているような音と雪を払うような気配がしてきた。

誰かが何か声を出している。続いて玄関の引き戸を開く音が響きわたった。

「来ましたね。紹介しますよ。」目の前の男が薄ら笑いを浮かべたまま立ち上がる。

「誰だ?」警戒するシドラに挑戦的に背を向けた。

「弟の雅己です。」「弟?」「正確には従兄弟ですが・・・もっと近しいものです。」

シドラにとっては思わせぶりなだけで不愉快な謎掛け。つい反射的に、立ち上がってしまった。ちくしょう。誰がおまえの弟など迎えになど出てやるか。

我はこの家の客ではないか。この星では客の優位性は揺るぎないはず。

再び鼻息を荒くしたシドラは部屋から出て行く男の背中を睨みつけ、勢いよく腰を下ろした。その間にシドラを期待しない境の障子が静かに閉ざされている。

 

 

 

           アギュと美豆良

 

そのとき。

廊下に出た若者はふいに顔をあげた。思ってたよりは若くない。首を傾けた。

その目はまっすぐにアギュへと向かう。目と目が合う。合うはずはないのだが。

アギュはドラコに引き上げる事を示す。慌ててワームも身を翻した。

その気配を感じたのか、シドラ・シデンが面倒くさそうにではあるがふっと辺りに視線を巡らす。しかし、バラキに問うまでではないと判断した。

その時には、既にアギュとドラコはその空間を離脱していた。

 

アギュとドラコは星固有の生命の作り上げる次元と呼ぶほどには育っていない空間の塊に紛れ再び、共同体の結界を急いですり抜けたがバラキは気が付かなかった。

しかし、出る時は入る時よりはやや乱暴だったのだろう。

ワームドラゴンバラキは自分の契約者の同僚であるガンダルファの契約ドラゴン、ドラコのことをふと考えた。考えるとは言っても次元生物であるバラキの思考は人間の思考とは似て非なるものと言える。言えるのだが、あえて人間の思考に近づけて綴るとする。(同様に先ほどのドラコとバラキの会話・・・ワームドラゴン同士でも『会話』なるものがあるのかどうかも断定はできまい。)

【あやつ・・・ドラコ】

なぜドラコのことを考えたのかは自身でも少し不信ではあった。【あやつは人間に育てられたワーム・・・人間臭くなりすぎているのは問題かもしれない・・・契約者が親になってしまったから・・・人間のほんの短い戯れの生を共にするだけなのに・・・我々、人間と契約するワームはもともと変わり者扱いだが】ここでバラキはかつて知っていたある仲間のことを思い出したようだ。ワームの胸にも痛みを感じるような想い出はあるのだろう。【人の生の終わりに付き従うこと等・・・愚の骨頂にすぎない・・・愚かな・・・愚かな・・・愚かな奴よ】焼け付くような何かにバラキはしばし囚われたのかもしれない。あやうく結界を押しつぶすところであったから。結界がわずかにきしみ、中にある鎮守の森に巣食う敏感な黒い鳥達が口々に騒ぎ、飛び立って辺りに散った。

 

アギュレギオンとワームドラゴンドラコは再び、神月の周辺に戻っていた。

(さっき、アギュはあわてたのにょ?どうかしたのにょ?)

ドラコの目・・・目を含む3000以上の感覚器官にはアギュは人型をした青い形として捉えられている。おおまかに言えば、人間は殆どがそうだ。物質肉体と同時に別の次元に同時に存在する精神的肉体(魂?)も常に一緒に認識している。

人の美醜はわからない。物質と精神が同時に放つエネルギーの色や温度や純度といったものはわかる。それは時には、人にとっての味や匂いのようなものとしても感じ取れる。アギュのような物質と非物質を行き来する存在は珍しいが、自分達次元生物と照らしてもそんなに違和感を感じたことはない。むしろなじみ易いと言って良い。

今アギュは、あきらかにその肌触りと言うか舌触りでもいい。先ほどと何かが違った。色は内から少し蒼く濃くなったような気がする。

ドラコはドラコなりに首を傾げた。これはアギュと再会してからずっと密かに感じていたことなのにゃ。人間であるガンダルファにはうまく説明できず、同僚バラキには鼻で笑われて吹き飛ばされかけた。大きいバラキはもともとメモリー自体が小さい人間の更に小さな変化等、感じ取れないのだ。個ワーム的にバラキがアギュを大して評価していないことも大きい。珍しい人間が産まれたもんだ、ま、ワームには関係ないし、くらいだろう。ましてカミシロユウリとは違い契約者のシドラ・シデンすら興味を持たなかった相手など歯牙にもひっかけていない。バラキがアギュの為に働くのはあくまでも契約者を通してだ。

またむっとするバラキのこと思い出して、ドラコは痒くなった体をヒレでこする。

きっとドラコはバラキアレルギーなのにゃ。

アギュは確かにすこし動揺していた。[アイツ・・あのヤロウ・・・]

それはアギュが放っている渦巻くエネルギーの変化からドラコにもわかる。

[オレに気が付いたかもしれない・・・やはりシンカタイ・・・それもかなりカンドの高い・・・]

(アギュ、どうしたにょ?)

アギュはハッと目を上げてドラコを見た。視線が揺れている。でもその非物質化したアギュの表面上の物質的変化は産まれ付き非物質であるワームの感覚では捉えきれない。ドラコの違和感はあくまで漠然としたものだ。

[ああ、ドラコ・・・]アギュは笑った。[大丈夫。ワタシは大丈夫ですよ。]

なんだかアギュは、また感じが変わったようだ。色が柔らかくなった?。

ドラコにはアギュの光はとても優しい手触りなのだ。

こういう普段のアギュは大変、心地よい。

あれは誰にょ?あの若造が気になっているアギュなのにょ?

鬼来美豆良]吐き捨てるようにアギュが言う。ドラコの感知気管がチクチクした。

確か、そんな名前です。

まあいいやとドラコはアギュのことはやはり深く追求しないことにする。

だって面倒臭そうなのにゃ。ひょうたんから駒が出て来てこれ以上、ガンちゃんに秘密を作ることになったら(ドラコだって契約を重視するワームなのにょ。)いくらなんだってとっても困る気がしたのだ。

(ふむ~にゅ。それって、アギュが気にしてるのはさっきのシドラの見合い相手にょ?不法移民の子孫なのにょ?あの人はバラキの存在とかはわかっているってことなのかにゃあ?)

[それは・・おそらく、さっきの逆でしょうか。小さいメモリーのモノはジブンに比例してあまりに大き過ぎるモノは探知しきれない公算が高い・・・彼のセンゾが特にワームドラゴンという存在をシソンに伝えている可能性はかなり低いですから、あらかじめ認識していなければ、おそらくわからないでしょう・・・ね]

(にょ~、面白そうなのにょ。じゃあ、ドラコもわからないかもしれないにょ?)[どうでしょう? バラキに較べるとドラコは小さいから・・・]

(小さいって言っちゃ怒るにょ!小さくてもピリリと辛いドラコにょ!それに人間からしたらもう、結構ドラコは大きいと思うのにょ? 前の魔族の人はドラコを伝説の龍だと言ってたにょ。だから、今度はドラコが単独で探ってはダメかにょ?)

[ダメです・・まだカレがテキかミカタかはっきりしませんから。今はナグロスとシドラに任せましょう]

(とか言っていたけど、さっき覗きに行ったのにょ。任せてないのにょ。)

[偶然ですよ、アソコへ行ったのは。ジブンでもどこまでできるか試してみたかっただけですから。まさか、あそこにシンカタイがいたとは驚きです。]

(ドラコは懸命だからそういうことにしといてあげるのにょ。ところで次はどうすにょ?)

アギュはドラコを見た。ドラコの8つの目はキラキラと期待している。このやり方ならば、お腹が減らないというのは本当らしい。アギュの感覚の中ではドラコはおそらく100・・・それどころか1000以上の次元に同時に存在していると感じられた。しかし、それは意識したものではあるまい。次元を生きるワームの持つ天性の能力なのだ。果たして、ワームに最も近いはずの臨海した人間である自分はどうなのだろうか。今のところ、ドラコに感知出来る次元の数、100ぐらいが限界か。

それらはこれからもっと増えて行くはずだった。おそらく。

今日はもうやめましょう](そうなのにょ?そう言っておいてドラコに黙ってどっか行ったりしないにょ?)[しませんよ。]アギュは微笑む。

アギュは少しづつブレを修正しベットに横たわったままの自分へと戻して行く。

また、試したくなったら呼びますから。と、言ってもドラコならすぐに気が付いてしまうでしょうけど。

そうなのにゃ。ドラコから逃れられると思ったら間違いなのにょ

 

2週間前、アギュの初めての試みはそうやって終った。

その時のアギュはシドラとナグロスの仕事が思わぬ展開によって挫折するとは夢にも思っていなかった。

勿論、当事者のシドラとナグロスもだ。

そしてこの時は外野にいた、ガンダルファもタトラも。

その話は後の章で詳しく述べることとする。


スパイラル・スリー 第五章-3

2014-03-07 | オリジナル小説

              アギュとドラコ 

 

アギュは彼等の現実と薄皮何枚か隔てたところで慎重に距離を置いていた。

天使族の持つエネルギーのアンテナの広がりを手に取るように感じるがその探索範囲等かわすのは容易な事だ。

そして地球の複雑な内部次元の重なりのその深部へと己の意識を徐々に飛ばして行く。

(アギュ、また行くにょ?)

ガンダルファの契約したワームドラゴン、ドラコがやはり現れる。

[ドラコ・・・やっぱりアナタには見つかってしまうんですね。]

(ガンちゃんにも何も言わないでこっそりとなのにゃ?。この間はシドラとナグロスの様子を密かに偵察すると言う隊長としての表向きの言い訳、あったにょ。違法滞在者も気になってたにょ。それはドラコ、納得したにょ。ガンちゃんに内緒っていうのもよくわかんないプライド?ってことで言わなかったにょ。)ドラコの口調が非難がましくなるにつれてアギュの顔には笑みが浮かんで来た。勿論、人の細かな表情を読み取ることが苦手なドラコは気が付かない。(でも、今回はなんの理由にょ?シドラとナグロスは温泉待機にょ?見に行く理由ないのにどこに行くにょ!つまりこれって~ひょっとしてひょっとするのにょ~まさかにょ?ついにアギュは脱走する準備なのかにょ?)真面目な抗議にアギュは笑い出さないように苦労する。

[脱走じゃありませんって。まだまだそんなチカラはないと思いますよ。前も言った通り、ジブンの力の限界をちょっと確認しようってわけだけなんです・・・鍛えると言うか、ちょっとジブンをもっともっと試したいと思っているだけです。暇ですからね。ドラコは・・・今度はもうさすがに、ガンダルファに黙っててはくれませんよね。]

(今度だって別に言いつけたりはしないにゃ。アギュがガンちゃんにとって悪い事するなら契約だから今すぐ言わなきゃならないと思うにょ~でも悪い事じゃないならばにょ、別に義務じゃないと思うのにょ)

[じゃあ、お願いですから今回も黙っててくださいませんか。]

(その代わり今度も付いて行ってもいいにょ?)

[いいけですけど、ガンダルファから離れ過ぎるとドラコはお腹が減るんじゃありませんか?]

(それは前回、大丈夫だとわかったから心配無用にょ。)

[なるほど]

アギュはそういうと更に奥へと次元を進んだ。ドラコもぴったりと付いて来る。それはその場を1歩も離れずにいながらズンズンと深い所に沈んで行くような感じだった。自分のデータを変換しながら。

 

              2週間前

 

最初、アギュがこれを試した時は確かに明白な言い訳があった。好奇心である。脱走の準備というわけでないが先ほども述べたようにアギュは自分の限界を試したかっただけである。アギュの動きを察知したドラコが目ざとく現れ、ドラコはアギュに付き従い(ドラコの監視下に置くにょ!)共に次元を次々に変換して行った。

初めてだから、少しぎこちなさはあったが。途中からドラコはうなり出す。

(このやり方はすごくいいにょ。ドラコはガンちゃんと離れてくようで離れて行かないのにょ)[もうちょっと移動していいですか?](それは困るにょ~)[意識だけですよ。ここにいながら、同時にもっと離れたところにもいるっていうのを試してみたいのです。]

(ワープみたいなものかにゃ?)(ええ、そんな感じです)

確かにそれは基本のワープ航法だ。次元を折り畳んでその接点を移動して行くのだ。次元には時間が作用しない。だからベースとなっている基点に対する移動距離も作用しないはずだ。まして宇宙とは違う小さな内部次元であるのだから。誤差はほとんどないに等しいはず。

(移動の終点はどこにするのにょ)[そうですね・・例えば]

アギュはシドラのことを思った。シドラはナグロスといる。すぐにこちらが空間へ引き寄せられるのか、空間がこちらへと引き寄せられるのかどっちかはわからないが、手応えを感じた。

(にょ~!くにょっと曲がったにょ。)ドラコがしきりに感心する。(このやり方、ドラコにも一人でできるかにゃあ。学習したいにょ。ここにいながら又あちらにょ。どこでも行けるのにょ?)[大丈夫、きっとできますよ。ワタシも初めてですけど、ほら簡単にできましたからね。]

雪に埋もれた山と森が見える。そしてそれと共に半透明の硝子のような燃える塊がその山の中腹にあった。地面から吹き上がるエネルギーの花びらが丸く重なり合っているようだ。風景と較べてみてもかなり巨大だった。その大きな毬を抱えるように巨大な蛇のようなもののヒレが絡み付いている。

(バラキにょ。何してるにょ?)[あれは・・・ケッカイですね。もともとは人工のジゲンです。バラキが壊さないように注意していますからね。かなり年期が入っていて壊れ易くなっているのです。](ってことはにょ、シドラはあそこにいるのにょ)

[ドラコ]

(なんにょ?)

[バラキに気が付かれずにアソコに出入りすることはできると思いますか?]

(ん~?なんでにょ?バラキとシドラに知られたくないのにょ?)

[できれば・・・これはあくまで実験的な試みですので・・・あまりフラフラしているところを見られたくないんですよ。](シドラはおっかないからにょ?上司だって容赦しないからにょ~ドラコもシドラに怒られるのは嫌にょバラキにもにょ)

ん~とドラコはひと時、頭を巡らす。バラキにはかつて【なんでもかんでも契約者に言えばいいものではないぞ・・言わないことが契約者を守ることもあるのだ】とそのようなことを言われたことがある。どういうことかと問い返したドラコに年齢不詳の巨大ワームはもったいぶった様子で・・あくまでドラコの主観だが・・

【人間は自分の常識で理解できないことによってつぶされてしまうことがあるのだ】と答えただけだった。ドラコはそのことをふまえてアギュのよく理解できない行動を取りあえず契約者に対して未処理状態に置く事に同意したわけだが・・・それとは別にバラキには恨みはなかったが実はライバル心は多大に抱いていた。バラキの裏をかくっていうのもちょっとおもしろいかもにょ、っと言う考えはかなりドラコの気に入った。いつもいつもドラコをおしめの取れない赤ん坊扱いして隙あれば説教をかましてくるバラキだが、少しは自分を認めてくれるかもしれない。認めないまでも自分の溜飲は確実に下がるはずだった。

(わかったにょ。)ドラコはガンちゃんから離れてもお腹が減らない方法を教えてくれたことの感謝としてアギュに協力をすることにした。

(たぶん小さい次元の領域に紛れ込めばバラキにはわからないと思うのにゃ。バラキはとってもおっきいメモリーだから大きな次元に対応するのは得意にょ。でもドラコとアギュは小さいからたぶん大丈夫にょ。)

なるほど。と、アギュは小刻みに自分を変換していった。

(ほら、見るにょ。あそこに鳥が飛んでるにょ)確かに雪原を群れ飛ぶ黒い鴉の群れがいる。鳥達は別に結界を意識する事なく村に出入りしている。

(あの鳥のエネルギーを目眩ましにするといいにょ!)

2人のデータは極限まで凝縮される。そして群れの中の一羽の持つエネルギーへと紛れ込んだ。

カラスが結界の中に入っても案の定、バラキの頭は微動だにしなかった。

数軒立ち並んだ木造家屋の一つに彼等は引き寄せられる。

薄暗い和室の中に布団が敷かれ、その枕元に男が座っていた。

(ナグロスにょ)ナグロスは伏した誰かと静かに言葉を交わしているようだった。

アギュとドラコはその様子をしばらく伺う。

 

 

             ナグロスの恩人

 

「こうやって話して、お体には触りませんか。」

ナグロスは目の前のやつれの激しい顔を見つめている。

やつれたとはいえ、傍目にはそんなに年寄りには見えない。

「私は大丈夫・・・病気ではないもの。ただの老衰。」

伏した布団の中から柔らかく微笑むのは女性だった。やつれているが肌に皺はない。ただ、枕の上に広がった短めの髪は真っ白だ。

「この星に来て既に2000年を過ぎました。出来る限りの手を尽くして生きながらえて来ましたが・・・さすがに細胞分裂の限界に達しました。寿命はもう今にも尽きることでしょう。だから、あなたが気遣うことではありません。」

それほどの年寄りには全く感じさせない声で女は微笑んだ。

「・・・連邦に戻れば・・・もう少しは生きながらえると思いますが。」

「それは望みません。」女は一瞬、固く目を閉じ開く。「もう、生きたくない。」

その目の強い光に、ナグロスはうなづきあらがわない。

「その気持ち、わからなくもない。」

「でも、あなたは再び連邦の仕事に戻った・・・」

「はい。奇跡がありましたから。」ナグロスは恥じ入るように目を反らす。

「失った娘を取り戻し継承者を得ることまでできました。それに麗子にも。」

女の目が見開かれる。「あなたには理解していただけないとは思いますが・・・この星の住民のようなことを言い出してしまって。迷信深い原住民のようなことを。」

「私も。」女は今度は静かに目を閉じる。「この星に来てまったくそう言ったことを信じないと言ったわけにはいかなくなりました。宇宙の次元とは違う、別の次元がこの星には存在する・・・そこには霊と呼ぶものがいるのでしょうね。」

「そうなんです。」ナグロスは自分の体験と驚きを持って知った『魔族』とか、『神』とか呼ばれているモノ達のことを思った。しかし、説明はできなかった。今、死に行く女の頭をそんなものの話で満たすべきではない。

女は再び、目を開けるとジッとナグロスを見つめた。

「わかるんですよ。この星で産まれ育ったものは、少し違いますのよ。」

「あなたの継承者達・・・ですか?」

「そう。進化体だけどもっと探知能力が細かく発動しているみたい。あなたの麗子さんのように。」

「霊が視えると?」

「さぁ、そこまでは。」女は微かにクスリと笑った。

「私には検証が不可能ですもの。ただ、頭ごなしに否定することはできないから・・若い芽を摘んだりしないだけ。」

「なるほど。」ナグロスは言葉を切る。これからが正念場だった。

「先ほどお会いした若者。そしてこの村に住む住民達。みなあなたの血族と言うことですね。実は、私がここにこうして連邦の使者として来たのは・・・もう、おわかりでしょうが、その継承者達のこれからの去就。それが一番、問題な訳です。」

「勿論、わかってますわ。」その伏した面に浮かぶのはただのあきらめと見えた。

「そちらの御随に。全面的にお任せします。ただ外部遺伝子の占有率が30%以下のもの達はこの村を離れていますけれど・・・彼等がどうなるのかが気になります。」

その言葉を聞いたナグロスの顔に安堵が浮かぶ。

「ご安心ください。悪い条件ではありません。あなた方のこの星の血への汚染率は大きなものではないと思われますから。あなたがこの地を封鎖して拡散を出来る限り防いでくださったおかげです。連邦もそのことには感謝と敬意をお伝えしたいと。あなた方を連邦に連行するには及ばないと言う結論が出ています。」

「ただ、監視はつきますわね。」女は息を吐いた。「これから未来永劫、この星に於いて管理されるのでしょう?」ナグロスは肩を竦めた。これは温情と言っていいほどのことだとは彼も相手もよくわかっているのだ。

「それと船のことですが」

「船・・」「あなた方の乗って来られた船はどこにあるのですか?」

「あれはもう、壊れてしまいましたのよ。」女は能面のように表情を動かさない。

「それでもいい。どこにあるんです?」

「わからない・・・処分したのは私ではありません。」

ナグロスはため息を押し殺す。嘘だとわかるからだ。他星に密航したものの多くは乗って来た宇宙船から離れたがらない。信仰のように拠り所として、近くに居を構える例が多い。

「・・・わかりました。そのことはまた後日。」

追いつめることはしなかった。それは幸いなことに彼の仕事ではない。

「取り上げられるのですね。例え、飛ばない船でも。」

「この星で動かしがたい他文明の証しになってしまいますから。」

「もう、すごく古い船です。見つかることはありません。すぐにこの星の岩盤と混ざり合ってしまうでしょうに。」

ナグロスは相手に見えないのを承知で頭を下げるしかなかった。

「・・・連邦の決めた定めですから。」

「・・・仕方がありませんね。もともと重罪を犯したのは私達ですから。」

目を閉じた女の顔は幼くさえ見えた。

「恩あるあなたにこんな知らせを持って来る役はできればやりたくなかったのですが・・・」

「あなたが一番の適役だったのでしょう。あなたも断ることなどできますまい。」

「確かに。」やや老いた男も口を噛み締める。「その通りです。」

そして、もっとも言い出しづらいことがあった。

「先ほどあなたがおっしゃった、その『私達』のことですが。」

「私の・・・元パートナーね。」目を閉じたまま微笑む。

「あなたのパートナーはこの星で犯罪を犯している・・・」

「パートナー」リサコは一瞬、目を開く。その目がナグロスと合った。

「はい・・・」意味深な沈黙であった。ナグロスもすべて連邦に話したわけではない。リサコと共にこの星に侵入した男のこと。

その男は連邦の遊民組織と繋がりを続け同時に、この星の裏世界と結びつき『果ての地球』の人間や死体を部品として輸出していた。過去その末端を上陸部隊に潰されたことで警戒した男は、仕事の一部を嫌々協力させられていたナグロスを捕らえ拷問した。解放された彼が真っ先に助けを求めたのはこの女だ。ナグロスが廃人と化さなかったのはこの女の手厚い看護のおかげである。

その上でナグロスはあえて女の意を問うている。シドラ・シデンはすべての会話を聞いているであろう。彼も女も承知している。

ナグロスの真意は伝わったようだ。女は目を閉じた。

「もう1000年以上前に・・あの人とは袂を分かったと言う話は以前にしましたね。」

「はい、戦時中。初めてこの村に立ち寄ったおりに。」

「彼と私はもうパートナーではない。ほとんど没交渉だと私は断言できると思います。どちらかというと」動かない面に影が過る。「敵、かもしれない。」

「確かに彼がこの星で始めたことをあなたは容認できないと言いましたね。」

それでも女は男をかばうだろう。あえて名を口にしないのはその現れだ。

「勿論です。彼と私の生き方は違う。この村に籠った静かな暮らし・・・彼には耐えられなかった。特にあの戦争・・・彼は変わってしまった。」

変わってしまったのはナグロスも一緒だ。その体験が共犯者のごとくナグロスの追求をむやむやにさせている。男の与えた苦痛にうなされたとしてもだ。

「あなたのパートナーは逮捕され、召還されるでしょう。これは連邦の総意です。」

「大丈夫・・・私も宇宙の民の産まれですよ。」

「総意には生きていても死んでいてもということが含まれます。」ナグロスは頭を下げた。「どうしても慣れない。私は原始星の産まれだから。」

「気にすることはありません。彼も歳です。死に場所を捜しているのは私と同じ。心配する前に簡単に片がつくかもしれません。」

「彼の寿命はもう、長くはないんですね?」

「自分を痛めつけた相手を今も気遣うなんて、優しいのねあなたは。それはずっとあなたを苦しめている。」遊民の女はひと時、その弱さを笑う顔になる。

「宇宙では暮らせませんね。星を出るべきではなかったのでしょう。」

「でも、あなたは調査員になるしかなかった。ここで体験したことはやり直せない。あなたも、もう望んではいない。」

女の言葉はナグロスの本心を突いている。

「この星で一生を終れと言う決定は何よりありがたいだけです。」

「私もそう・・・」目を開けた。黒に近い暗いグレイの瞳。肌は一点の染みもなく白い。唇だけがかつての色を失って久しかった。

「私はこの星で終れるのが本当に嬉しい。」だけど、と鬼来リサコは言葉を飲み込む。

自分はナグロスとは違う。奇跡等、起こりようが無い。大事なものなど最初からなかったのだから。ありようがないのだ。

自分にあるものは自分が自ら作り上げたものだけだ。

この村とその住人達。それだけだ。自分と同じく未来のない者達。

果たして全員、ここで終れるのだろうか。

そして、私のパートナーは。

そうだった。自分にもし唯一の家族というものがあるとしたら・・・それは『彼』なのかもしれない。そして彼女にとっての『希望』とは『死』と限り無く近しい。


スパイラル・スリー 第五章-2

2014-03-07 | オリジナル小説

              神月の子供達

 

 

2人が渡の祖父の運転する車で月城村を離れた頃、そこを見下ろす小高い山腹では竹本渡と阿牛ユリの2人が友人達と池を掘っていた。

掘っているのは神月と呼ばれるユリの家の庭だ。勿論、発案者はユリである。春休みにユリは仲間と田んぼで冬眠から覚めたばかりのドジョウを何匹も捕まえた。そのドジョウを飼いたい、夏に金魚すくいで獲った金魚も泳がせたい。まだ可愛らしい小さな緑ガメも水槽にいる。そんな感じで渡やあっちょ、お馴染みのめんめんがユリの指揮のもとにせっせと穴を掘り、掘る側からホースで水を入れている。

自分の子供が他所様の庭に穴を掘って泥だらけになっているとはさすがの綾子も察することはできなかっただろう。日差しはホカホカと暖かく、力仕事に汗の玉が湧いてくる。当初の目的とは違う目的でホースが使われ出すと庭は騒々しい子供達の歓声と悲鳴がかしましいばかりになった。水も盛大に飛び散って、窓硝子と白亜の壁を塗らしていく。水を吸った芝生が無惨に踏み荒らされ、庭木の枝が折れやっと芽吹いた頼りない若葉が水しぶきにはげしくなぶられている。

それを見下ろすテラスに人影があった。

「あああ、あんなにして。」とガンダルファが思わず声をあげた。下にいなくて良かったとしみじみ思う。

「下手したらタトラもあの仲間になってるんだぜ。恐ろしいだろ。」

「ユリ殿に掴まってシンタニどののように背中からホースを突っ込まれるのはさすがにかなわんのう。」

タトラことトラさんが煎れたてのココアのカップを小さな両手で抱え込んだ。

「後で風呂わかしてやらないとな。だいたい暖かいったってまだ春先だぜ、あいつらあんなに濡れたら絶対風邪を引くに決まってるのに。」

「だったら、やめさせたらどうなんです?」コーヒーのお代わりを手に新入社員が開いた椅子に座った。「下に行って、あの場に加わって・・・」

「冗談じゃない。」ガンダルファことガンタはブルブルと身震いした。「ユリは容赦ないからな。俺だって標的にされかねない。カラス、お前もだぞ。」

「お尻、ペンペンしてやればいいじゃないですか。それとも、やはりあなたも社長の娘にはそれはできませんか?」ガンタは無言でカラスを睨んだ。

社長というか部隊長の娘なのはカラスは承知している。トラがため息を付く。

「アギュ隊長はまず、ユリどのを叱らないからのう。」

「それは関係ないよ。上下関係なんてさ。いつだって俺はアギュの代わりに叱ってるつもりだ。効果が感じられないのは、ユリがあんまし聞かないから。それだけだ。」残念ながらと、ガンタは首を振った。

「ただ今は俺自身があんな状態のユリには絶対に近づきたくないだけだって。」

「一緒に遊んでしまいかねないからじゃろが。」

「それもあるって、あるわけないだろ。叱ったところで、やめるもんか。無駄だからだよ。それに、ユリは利口だから濡れたら風邪引くくらいのことはわかってる。そしたら次からはあの子はもうやんないよ。」

「ユリさんの性格をよく把握しているんですね。」

「まあね。」ガンタは水の飛沫に出来た虹を眩しそうに眺めた。

「ひょっとして、父親のアギュさんよりも・・・?」

「何が言いたいんだか。」顔をしかめるガンタに代わりタトラが言う。

「まだアギュ隊長がユリどのの本当の父親か疑っているからなのかの。」

正確には違うのだが遺伝子的にはまちがいない。そこまで教えるつもりはなかった。

「確かにアギュどのが子育てをしていないと言われればそうかもしれんがの。」

「それを言っちゃあ身も蓋もないだろ。」

「わしら宇宙人類はこの地球人類とはちょっと親子のあり方が違うのじゃ。アギュ隊長どのなんてまだ努力している方と言えるの。」「確かにね。」ガンタもうなづく。

「子供は産みっぱなし。誰かが育てればいいと言うのが基本じゃから。」

「では、誰が育てるんです?」

「まず、個人は育てんの。」タトラはそういうとココアを飲み干した。

「連邦の仕事じゃ。」

「それは・・・子供は社会のものだという考え方が徹底しているってことですか。」

「そういう格式張ったものとは違うの。宇宙で暮らしてみれば自分自身の命を守ることでそれぞれが精一杯だったからじゃろ。子供は足手まといになる。」

「ガンター!」ユリの声が上に向けて響き渡った。

「ほらほら来た来た!」半ばほくそ笑んで立ち上がる。

「おまえら濡れたんだろ?穴堀はそれぐらいにして中に入れ!」

下に向かって叫ぶとそれに答えて「寒いよぉ」とか「お腹空いた」とか口々に子供らは叫んでいるようだった。まだまだ緩やかな春の日差しがサンサンと降り注いではいたのだが。いそいそとガンタが室内に消えるとカラスは目を細めて2階より上にある窓を見上げた。

「・・・アギュさんはどこにいるんです? 部屋ですか。」

「そうだろうの。」タトラはさりげなく返すと「ところでどういうわけでカラス殿はここに残ったのかの。」と探りを入れる。「てっきりお気に入りのシドラどのに引っ付いて一緒に行くとばかり思っていたのに。」

「シドラさんには拒絶されましたからね。」カラスも笑みを絶やさない。「それにデモンバルグも今はここにいませんし。どう見たってデモンバルグは私を嫌っていますから。」

「それはそうじゃが・・・確かにジンどのはカラス殿がここにいるから・・居心地が悪いからどこかへ行ってしまったんじゃとは思うがの。」

宿帳に記載された六本木のマンションに本当に帰ったとはタトラは思ってはいない。旅行出版社との打ち合わせだなんて嘘くさいにも程がある。だいたいここ数ヶ月、『竹本』に入り浸りで取材に行った形跡等ないのだから。

大事な渡を置いて、いったいどこへ。とは言っても、アギュが身近にいる以上は渡の安全は完全に保障されていると彼なりに判断したのだろうとタトラは推察していた。デモンバルグはそうとして、この天使はいったい何が目的なのか。

てっきりシドラとバラキに惚れ込んだだけかと楽観視するのは危険だった。

「私はシドささんに限らず、みなさんに興味がありますからね。」

カラスは一人自室にいるアギュの気配を探りながら応える。

自分が4大天使に呼ばれたことをアギュレギオンは知っているだろうか。ヨーロッパの住処を引き払いに戻る途中で御使いによって鴉は天界に呼ばれた。拒まれるどころか、とうとう長年の好奇心が叶って4大天使の聖域に自分も足を踏み入れたわけだ。そこで語られたこと。カラス自身としては自分が4大天使の手先になりたいとも、実際今もそうだとも微塵も思ってはいない。ただ自分自身のアギュへの好奇心を彼等に利用されていることは自覚している。だが、それはお互い様であろう。4大天使もアギュレギオンもどちらもカラスにとってはも捨てがたい研究対象だ。自分、ルシフェイルこと明鴉を通して4大天使はアギュの全てを監視というか把握するつもりなのだ。

「タトラ~手伝ってくれぇ。」ガンタの声が遠くからして、トラは目の前の考え込む鴉をじっくりと観察しながら腰を浮かした。

「では、カラス殿にも手を貸してもらおうかの、新入社員どの。」

「はい、いいですよ。このコーヒーを飲み干してからなら。煎れたてですからもったいない。」手つかずのガンダルファのカップに哀し気に目を走らせる。

尚も油断なく見守りながらもタトラの小柄な体は離れて行った。程よい苦みと香りを味わいながらカラスは目を閉じた。

アギュレギオンの気配。彼は確かにいる、いるはずだ。

でもこの微かな疑いはなんなのだろう。

アギュの影がさっき密かに自分の手をすり抜けたような。

そんな馬鹿な。

階下の喧噪に耳を傾けながら、カラスは口を歪めると残りのコーヒーをゆっくりと飲み下す。

 

             臨海進化体の憂鬱

 

 

 

人ならぬ天使族のカラスのアンテナはまちがってはいなかった。

確かにアギュは神月の屋敷にいる。

屋敷の自室、人としての体を横たえる場所、自分のベッドに。

柔らかいベッドのマットレスの表面は感じた重さに見合って質量を受けとめている。

それはアギュにもわかっている。

 

自分はこの星にいる人間と同じように・・宇宙に繁茂している人類のほとんどと同じように物質としての肉体を感じていた。でも、実際のアギュは違う。自分でもすべてを掴んでいるとは言えないが。現在、存在を確認できる唯一の臨海した人類であるアギュには自らの体を変化させる事が可能なことを知っていた。肉体である物質の濃度を変えることが。

それまで自分の肉体の状態をとことん突き詰めてみたことはない。本心で言うと、突き詰めてみたいと思ったことはなかったのだ。あまり考えたくないというのが本心だった。必要に迫られる意外はアギュは必死でそのことから全力で目を背けて来たと言える。でもこの数多あるオリオン連邦の地球の中でも『果ての地球』である最果ての太陽系(太陽系と呼ばれる星の集団も実はたくさんあった)その第3惑星に来て次第に考えが変わっていったのを自分でも自覚していた。

2週間前と同じように、少しづつ、息を吐き出す。

目の前に写っているのはこの部屋の丈高い天井。木が枡形に組まれた真ん中に装飾された硝子の電灯が下がっている。和風アールデコとでも言おうか。天井の控えめな彫刻もすべて・・・アギュが愛した少女、ユウリの産まれ育った家の廃墟をベースにして・・・ユウリの祖父に当たる竹本八十助がこの地に建築した最初の建物を正確に再現したものであった。その最上階であるから屋根の向こうは空しかない。

この『果ての地球』にはアギュが知っていた他の惑星とは根本的に違うものがあった。生きた星、無数の生命が自由奔放に繁栄している。そのような星はもはやオリオンにはあまり存在しない。殆どに人類の手が入り、コントロールされ改造されていた。有害な生物は淘汰されている。

アギュが、静かに呼吸を繰り返すと少しずつ、その天井は後退するように半透明になって行った。その遠ざかった視界の間に数多の気泡の渦が脇上がり、満ちて行った。アギュの次元探知モード。再び、それを全開にして解き放ってみようとアギュは思っている。

次元。

臨海しない普通の人間では感知しきれない次元の渦が目の前にあった。

 

銀河系と呼ばれる広大な星の渦の4分の1以上の範囲に生活圏を広げているオリオン人とカバナ人達からなるオリオン連邦の人々(以後、オリオン連邦人とする)は宇宙には無数の次元があることはもう既に知っている。

もっとも巨大な次元、平行宇宙と呼ばれる存在の実在。それはいわば、この宇宙1つ1つで積み上げられたブロックのようなもので、その連なりは人知には想像もつかない『何か』を形作っているはずだと考えられている。

それ以上はさすがにまだ宇宙人類達にも系統付けられてはいない。今だ、神話の状態だ。その神話の中でビックバンを起こし、常に膨張し続けているこの宇宙も所詮、その1つに過ぎないのだと最近やっとわかってきた。過去、宇宙の始まりを目指した探索船が有人無人含めて幾つも送り出されているが帰って来た物はない。

宇宙の始まりへ近づくにつれて空間と時間というものが著しく変化をしていくらしい。もとより時間というものは人類にしか作用していないのかもしれなかった。それは人類が創造したものの一つでしかないのかもしれない。ひょっとして空間すら。その空間と時間の生み出す次元の変化の嵐・・・次元嵐の波を乗り越えられずに難破あるいは転覆して船達は消息を絶つのだと考えられている。ワープ航法で次元を切り替えた瞬間、どこかで行方不明になってしまうのだ。ひょっとすると今も彼等は黙々と進み続けているのかもしれなかった。銀河系から2000億光年の彼方を今も。

宇宙全体の始まりと終わりは今だに霧の中だ。

その話はそれで置いておくとして・・・この宇宙の話である。

銀河系を抱くこの宇宙のひとつひとつにも、内部には幾つものだぶった次元が内包されている。それはもっとも巨大な次元とは違う。あくまで膨張する宇宙の皮に包まれた次元でしかないことがわかってきている。

それでもそれは、その宇宙に匹敵する大きさの巨大次元なのだ。

その次元同士を繋ぎ、またはそれに絡み付きながら・・・あるいはまったく別な次元として、縦横無尽に走っているもの。ワームホールと呼ばれるそれらも人類が通常の生活を送ってる上ではまったく関係なく、感知すら出来ない領域であった。

物質領域と非物質領域。宇宙は合わせ鏡のようなものと考えられる。

既にオリオン連邦人達はこの次元を自在に移動する術をある程度確立していることは周知の事実。それが宇宙航行の際のワープと呼ばれる航法であることも既に説明されていると思う。

次元の中に時間等が殆ど存在しないことを利用して空間を折り畳むように繋げて進むわけだ。次元の壁を越える度に人体や船等の物理的な物体は分子以下にまで変換され、何度も再変換再構築される。

しかし、さほど大きくもない次元は常に一定ではなかった。ワームホールに至っては消滅や派生が激しく細か過ぎて把握ができない。オリオン連邦人を人種で大別すれば先ほど述べたようにオリオン人とカバナ・リオン人、そしてそれらの混血人種の3種に分けられる。実はもう1つ、二つに別れる分け方がある。

それは星に産まれ、星で生を終える原始星人と宇宙に産まれ宇宙で死ぬ宇宙人類(ニュートロンと総称される)である。宇宙人類達は自らの次元感知能力を極限まで発達させて行った。肉体を脆弱にしてしまったことと、その次元感知能力こそが宇宙に出た人間達の主な進化であるのだ。

彼等は日々変わる次元を察知し、宇宙の中を正確に船を操る。

次元の地図を頭に持った人類達。

 

その宇宙人類達よりもより進化した存在。

それが臨海進化体。アギュレギオンであった。

 

空間に存在するというだけで物質はその空間を歪め影響を与えている。

同じように生物が持つエネルギーはその次元に干渉している。

地球という星自体が発するエネルギー。それはそのまま空間と次元を発生させるエネルギーとなる。物理的な磁場と非物理的な磁場。

物理的な磁場はそのままに考えて構わない。所謂オーラとかパワースポットと考えていただければいい。

問題は非物質的磁場とでも言うべき物。これは生物が持つ精神活動が作り出すものだ。とても複雑で把握することは困難を極める。

アギュでさえ掴み切ってはないが・・・人類共通の潜在意識、これはかつてアギュが体験した混沌とかも含まれよう・・・宗教活動や思想、バーチャルや物語世界、人々が言う霊界とかあの世の世界とかも含まれよう。

更に複雑なことに、この世界に住む非物質生物・・・次元生物達の思考や精神活動も含まれていることだった。

それら全てが十重二重にもこの星の人々が唯一、一つであると信じている『現実』の上に多い被さっているのだった。

それらすべてを把握することはアギュにとってもかなり骨が折れる。

ただアギュはこの星に来て以来、ずっと感じて続けている。自分が把握出来る次元というものが確実に増え初めている。とくに薄いレースのように何重にも重なった小さい次元とも言えない層の把握がとてもしやすくなった。

2週間前に初めて試みたように、その場にいながらアギュ自身はじっくりと複数の次元へと滲み出して行く。

ガンダルファがいる。ユリと渡、あっちょとシンタニ。トラもカラスもこの家の洗面所にいる。着替えを持ったカラスがついとこちらを見る。見るがおそらくアギュがわからない。ただなんとも言えない歯がゆいような不信の陰が浮かぶのがわかる。

 

               

             カラスの憂鬱

 

自分でも疑い深い、しつこいと思うのだが。

まだ顔をしかめつつ、幾度もカラスは確認している。

アギュはやはり部屋にいる。まちがいない。

でもこの気配は・・・?。このような疑いを抱いたことが最近あったような。

しかし、その時もなんともなかった。それはちょうど・・・2週間ほど前?

シドラ・シデンが出かけた翌日であるからよく覚えていた。

「なんだ、変な顔して。」さすがにガンダルファに見とがめられてしまう。

「いえいえ。」と慌てて取り繕ろった。そういえば。

なんでもこのガンダルファという男もシドラ・シデンと同じくワーム使いとやら言うらしい。彼の使うそのワームとやらはまだ見せてもらった事はないが、この気配はそれであろうか。天界で一部を垣間みたシドラ・シデンの巨大なワームを思い浮かべた。あれは素晴らしい生き物だ。ミカエルがハルマゲドンの龍と見間違うのも仕方がない。できれば他のワーム、ガンダルファの相棒とやらも見てみたい。しかし、ガンダルファにはかったるそうに『それはまた後でな。機会があったらな。』とそっけない。そのうえその話は他所のチビッコの前では話してはいけないと釘を刺されたのであえて聞くこともできない。

「そうだ、カアカア、カラス!」ユリにまで見つかってしまった。

「暇ならカラスも一緒に入ろう、温泉じゃないが足が暖かいぞ。」ユリが湯船に座り足をぶらぶらしている。その目が『アギュを探ってるのか?』と言う。

「いえ、とんでもない。」余裕を示して笑い返した。

「ちぇ!入らないのか。ナグロスもシドラも香奈恵もいないしユリは暇だ。つまらない、ずるいったらないぞ。カラスもどうせ暇なんだろ?暇だとろくなことは考えないからな。」

「言っとくけど香奈恵は遊びに行ったが、ナグロスとシドラは仕事だからな。ついでに言うと、この新入社員も今仕事中だ。」

そういうと、濡れたタオルをカラスに放った。

「シドラはまだ、帰ってこれないのか?なんでだ?おかしいだろ。」

「さあな。ナグロスさんの用事が長引いてるんだろよ。」

「じいちゃんの恩人とか言う相手には会えなかったのか?もう、かれこれ2週間だぞ。ユリは退屈で退屈で死んじまう。」「まさか。死ぬわけないだろが。」

「でも」と渡が別のバスタオルでまだ頭を拭きながらガンタに一番、気になっていたことを尋ねる。「ねぇ、ジンさんまでさ、いったいどこに行ったの?」「知らん。」

「ジンなんかどうでもいいだろ、ワタル。」とユリ。

「仕事だって言ってたけど・・・」本当の仕事なわけないのをあちょとシンタニ以外はわかっていた。「さあな。」とガンタ。

「ねぇ、あのかっこいいジンさんって人さ、かなぶんの母ちゃんと結婚するってほんと?」「僕のママが言ってたけど・・ええと、付き合ってるんですよね。」

ユリ以外は上から下まで濡れた衣服を着替えなければならなかった。

「ケッコン?ケッコンなんかダーレガさせるもんか。」ユリがお湯を跳ねる。

「ユリちゃん、人の家の話に口を出すのはいけないんですよ。」

「うるさい、シンタニザエモン!」

「ぼく、そんな名前じゃありませんよぉ。」

「やめろって!着替えたばかりだろが。」

傍らでは乾燥機が回っている。

子供達は着替えを持っていないのでガンタのTシャツやトラさんの服を借りている。腰にはタオルを巻き、その下はパンツ一丁だ。

「ジンは東京に帰ったんだ。」ガンタが言うと「トウキョウ!ユリだって行ってみたいのにずうずうしいぞ!なんでユリやワタルは行けないんだ!」」と、喚き出した。

「ディズニーランド!」「みんなで泊まるなら山中湖のペンションもいいね。」「3歳の時に連れて行ってもらったらしいんですけど、記憶にないんですよね。」「どこでもいい、みんなで行きたい!」わぁわぁと声が反響してますますうるさい。

「僕達なんてさ、友達の家に泊まるんだってなんだかんだってうるさいのにさぁ、本当にずるいよね。」

「ジンは大人だ。香奈恵は4月から大学だから、もう大人と言ってもいいんだ。おまいらも高校を卒業したら色々許してもらえることが一気に広がると思うぞ。」

「それにだ、よく考えればジンがいないのはきっといいことだ!」

むすっとして相手をしていたガンタにユリが渡を横目で見ながら相づちを求める。

「なぁ。ガンタもジンが邪魔なんだろ?。」

「ジンなんかどうでもいいよ。」「じゃあ、なんでそんなに不機嫌なんだ。」

それはおまいらがうるさくて手がかかるからだとガンタ。

「ガンタ殿は自分の方がナグロスどのに付いて行くはずだと思っておったから悔しいのじゃろ。」

「違うって!」タトラの奴、余計なことを。それは内心、当たっていた。天使から受け取った新しい靴下を子供達に配りながら「だいたいシドラが今回行ってるとこなんて山奥の雪だらけの寒~いぼろ~い農家なんだから。何にも楽しいことなんてあるものか。携帯も通じないし。山降りて電話して来たけど、もう愚痴ばっかりだったんだから。ナグロスさんも困ってたし。なんせ恩人が行方不明なんだからさ。しかもずっと雪に埋もれてるみたいだしさ。ほんと、しけた村なんだ。」誰が、行きたいものかっての。しかし、ガンダルファはシドラとナグロスが待機と称して温泉地に逗留していることはさすがに面白くなかった。まったくうらやましく、許しがたいことだと心から思っている。「ど田舎ねぇ。」と渡。

「あまり神月とかわらないんだね。」

「雪が積もってないだけこっちの方がましか。」「近くに温泉もあるしね。」

「遊んでるようでもの、待機しているのはこれはこれでなかなか、気苦労なことであることよ。飽き飽きしても、帰れないのだからの。」

「だから大人は大変なんだって。仕事は厳しいんだ。」

そんなところにどうして行くのか。自分達は大人になってもそんなせこい仕事はごめん被る。大学生になって山中湖やディズニーランドに行く方がずっといい。早く中学を卒業し、高校生になりたいものだ。

そんな会話を聞きながらもカラスは上階にいるアギュレギオンの気配に神経を研ぎすませてしまう。それをまたタトラがジッと見る。ユリもだった。

進化体だと言うこのタトラもあなどれないがこのユリと言う娘もなかなか油断できないとカラスは気が抜けなかった。

その面白さにカラスの頬はついつい緩んでしまう。

「なんだ、ニヤニヤして。バカか?」ガンタがブスッとお湯を抜きながら言う。

「バカだってさ。」子供達がこそこそと囁き合う。「バカには見えないよ。」と渡。

「香奈ねぇのお気に入りだもんね。香奈ねぇ、バカは嫌いだもん。」

「カナエの趣味はユリにはわからん。」

「いいんですよ、バカでも。なんでも。言って下さい。」カラスはご機嫌になる。

おかしな気配の事はもう気にすることもあるまい。前もなんともなかったのだから。

「私は今みなさんとここにいられるだけで、とっても幸せなんですから。」

もともと天使は寛大な生き物なのだ。明鴉こと堕天使ルシフェイルは心底堕天したわけではないのだから。

その言葉を聞くガンタの顔が一掃、不機嫌になるのもなんて楽しいことだろう。

天使は寛大だが性格が必ずしもいい訳ではないらしい。

悪魔よりかはいくらかマシと言ったところだろう。


スパイラル・スリー 第五章-1

2014-03-07 | オリジナル小説

         5・アギュ 潜行する

 

 

              綾子と寿美恵

 

「あっ・・!」

押さえた喉元から冷たい玉がハラハラと逃げるように落ちる。

「どうしたの?寿美ちゃん?」廊下からよそ行きを着た綾子が声をかけた。

「ああ・・いやね。」手の中に残った天蚕糸と金具とを見た。

「なんでもない、ネックレスが切れたの。」

着ているワンピースの襟を持ち上げるようにして体を振った。服の中に落ちた球があるかも知れない。パラパラと畳が鳴った。

「いい?入るわよ。」綾子が襖を開け「あらあら、たいへん。」と言って手元に転がってきた玉を拾った。「あらまあ、せっかくの真珠が。」

「いいの、いいの。偽物の安物だから。」心なし顔を赤らめて寿美恵も拾い集める。「だって、息子の・・・遠足のおみやげなんだもの。」

「まあそれなら、なおさら大切じゃない。」2人でせっせと手を動かした。

拾い集めるうちに寿美恵はなんだか懐かしい気持ちが沸き上がってくる。

「もう12年以上前かな・・・学校で江ノ島に行った時に買って来てくれたものなのよ。だから、玩具なわけ。あの子男の子だし、偽物かどうかだなんてその時はわからなかったのね。得意げに母さん、『真珠のネックレスがない』って言ってただろって。」

「優しいわね、譲ちゃんて。小さい時からそうだったわね。」

「プラスティックに加工した玩具だって知った時はすごく悔しがってたわ。本物をあげたかったって・・・。」

「その気持ちが嬉しいじゃないの。」

綾子の言葉に寿美恵はフッと口元で笑う。

「実は私本当は・・・本物、持ってたんだけどね。昔、誠二さんが買ってくれた2連と1連の高いやつ。ただ、別れてからそんな経ってなかったからさ。もう、むなくそ悪くて見るのも嫌だって付けなかったのに・・・法事の時に付けるのがないとかなんだかぶつくさ文句を言ってたのを、きっと聞いてたのね、あの子。」

「はい。譲くんのプレゼント、大事にしないとね。」

寿美恵の掌に集めた真珠をそっと落とし込んだ。合わせた両の手の中にプラスチックの軽い玉が小さな山でたまった。それを見つめて寿美恵が思わずため息をつく。

「どうしたの?」

「今日、ほんとは別の付けるつもりだったんだけど・・・なんだか、ふっとこの玩具が目に入って。おかしいわね。なんの気なしに付けてみたら、切れちゃった。」

「そういうことあるわよ。思い出したんじゃないの?譲ちゃんのこと。」

「そうなの。香奈恵が卒業したでしょ?」寿美恵は綾子が差し出したティッシュにバラバラになった玉を包むとそっと取り出した引き出しに戻した。

「あれを見たら・・・譲の時を思い出しちゃって。あの時は私もまだ心に余裕がなかったから、香奈恵に較べたらお祝いもついいい加減に済ましちゃって。なんだか追い出すみたいに東京に行かせちゃったなって。」

「そんなことないわよ。」

「あの頃はまだ阿牛さんやユリちゃん達がいなかったから、仕方ないんだけど。香奈恵の時は随分、賑やかになったじゃない。ありがたかったわ。」

「人もずいぶん、増えたものね。」綾子も感慨深い顔になる。

「うちの渡とユリちゃんの卒業も重なったし。ちょっとしたお祭りだったわね。」

「あちらの会社の社員の人達もよくしてくれたわね。ほら、なんか新しい人も。」

「ああ、鴉さんね。」

寿美恵は可愛らしい若者の顔を思い浮かべ自然に笑顔になった。

「それにしても変わった名字よね。」綾子もクスリとする。

「顔を見るとカラスというよりまだ、ヒヨコみたいだし。」

2人でクスクス笑いながら立ち上がる。

「さあ、もう行かないと。面会時間、お昼からでしょ。新宿には11時には着くから。中村屋さんかどこかで食事でもしましょうね。」

「あっ、高級カレー、いいわね。」

「私、よく他に知らないのよ。」

「いいんじゃない。まあ、病院にも大きなレストランが付いているっていうから、そこでもいいし。イタリアンだって真由美さん、言ってたから。」

「あら、そうなの?。私なんて、すぐそこの診療所で渡を産んじゃったから。そんな立派な都会の病院には行くの初めてよ。」

「誠二さんがすごい気にしいみたい。大学のコネつかって個室を取ったのよね。私が譲を産んだ時は発掘と重なってさ・・・仕事仕事って。そんなに心配してくれなかったくせに、まったくよくやるわよね。」

そうブツブツ言う寿美恵の顔を綾子は不思議そうに見ていた。

「・・・なんかおかしいわね。あなたと真由美さん。」

「ああ、そうね。そうよね。」寿美恵も自分でもそう思う。

「もう、気にならないの?」

「うん、自分でも不思議なほど。」

鈴木真由美は香奈恵の元夫であった鈴木誠二と不倫の末に結婚した女性である。その上に色々と不愉快な経緯の果てに知り合った寿美恵であったのだ。

しかしどういうわけか、事がすべて落ち着いた後でお詫びにきた真由美となんだか話があってしまい、気が付いたら仲良くなってしまっていたのだ。

綾子に言わせると、事の起こる前の真由美と後の真由美ではずいぶん感じが変わったと言うのだがその辺は寿美恵にはよくわからない。よくある泊まり客の1人とほとんど注意を払っていなかったというのが、いかにも寿美恵らしい。

ただよく話をしてみれば、話の分かるさばけた大人ですごくいい人だと思ったし、そんな女と再婚した誠二の幸せを素直に喜べた自分が何よりもの驚きだった。

その裏にはどうやら自分は誠二の一件は本当にどうでも良くなった、卒業できたのだなというと嬉しい実感があった。

ただ、誠二の方はかなり困惑し、妻と元妻が付き合うことをなんとか止めようと最初は色々と画策していたみたいなのだが。肝心の真由美の方はまったく気にせず、なんとなく後を引いて2人は電話のやり取りをずっと続けることととなっていった。35過ぎて初めて子供を妊娠した真由美がその出産の不安や出産後の子育ての心配等を素直に寿美恵に相談した事が大きい。その都度、寿美恵は綾子と共に経験者として様々なアドバイスをした。

真由美が切迫流産の危険があるとして予定日のかなり前から入院生活にはいった後で寿美恵は自分の夫だった男と離婚後初めて落ち着いて電話で話をすることになった。その時に、お互いにもう『未練』はないと言うことを改めて確認し合うこととなったわけだが。そもそもなんで自分と結婚したんだと寿美恵が聞いた時に誠二が言った一言も長年のしこりを取り去った。『俺はちょっと優柔不断な所があるから、あの時は君の気の強さに惹かれたんだ.』と。積極的だった自分に押し切られて流されるまま仕方なく結婚したと思っていた寿美恵は誠二も自分をそれなりに愛していてくれたのだと知った。それは離婚後、どこか自信を失いささくれ立っていた寿美恵の心の底をかなり癒した。『しかしまあ、結婚してわかったけど気の強い女と暮らすのは本当に大変だった、もうほんとこりごりだよ、俺は。』すぐに余計なことを言うのがこのもと夫である。『誤解して貰っちゃ困るからな。俺はもう君には金輪際、その気はないんだからな、そのつもりでいてくれよ。』

なんといううぬぼれの強い男であることか、失礼にも程があると、寿美恵は呆れる。『私だってあんたみたいな無神経な男はこっちから願い下げよ!』と、心から言い返すことができた。こう言った誠二の性格はかつてはまったく目に入らなかったのだ。顔だけに惹かれることがどれだけ危険であることか。そのことは痛いほどにわかってはいる、わかっては来たのだが・・・。

「あんた達、ぐずぐずしていると大月のあずさが出てしまうよ。」

2人が準備を終えて階段を降りて行くと、綾子の母が階下で気をもんでいた。

相手は入院してるんだって言ったのにも関わらず、地元の名産だのお菓子だのが入った紙袋が玄関マットの上に置いてある。

『旅館 竹本』と書かれたガラス戸が開け放たれた広い旅館の入り口には送迎用のマイクロバスが止まっている。

「あとはまかして、気をつけて行って来な。」板長のセイさんが母の傍らでタバコをくわえていた。日帰りである。今日は幸いと言うか残念なことに泊まり客の予定がない。綾子と寿美恵がいなくても残った3人で充分に留守は守れるはずであった。

「おうさ、はよ、さっさと乗んな。」

綾子の父が靴を履く2人を運転席からせかした。

荷物を抱え、乗り込むとすぐに父は国道に車を発進させる。

玄関先で見送る母達も後続のトラックにすぐに身を引っ込めるのが見えた。

通路を挟んだ綾子の横で、気が付くと寿美恵は襟元に手を漠然と当てている。

ネックレスが切れた騒ぎで結局、襟元に何かを付けるのを忘れてしまっていた。

縁起をかつぐわけではないが、こういうのって不吉な証とか言うのではなかっただろうか。寿美恵は普段はそういう迷信じみたところは微塵もないのだが、ふと暮れに短く電話で元気でやっているのだけを確認した息子を思った。

いつも迷惑そうに応対する二十歳を過ぎた息子のことだ。

すると暖かい手がそっと伸びて寿美恵の膝に置かれた。

「大丈夫よ、譲ちゃんは。」綾子だ。

「よくわかったわね。私が考えてるの。」

この兄嫁はいつも鋭いので寿美恵の驚きも最近は小さい。

「首に手をやってるもの。譲ちゃんのくれたものが壊れたんだものね。」

綾子は身を乗り出して元気づけるように笑う。

「大丈夫よ、譲ちゃんは運の強い子だもの。それを言うと、香奈恵ちゃんもだけど。」

「香奈恵か。」寿美恵は頭を切り替える。「迷惑をかけてなければいいけど。」

「伊達に旅館で育ってないわ。その辺の若い子よりもずっとキチンと挨拶できるわよ、香奈恵ちゃん。」

「そうや。あの子はしっかりしとるの。」運転席の父が話に加わる。

「それにしてもなんや・・・デェズニイーランドとデェズニイーシイーっちゅうのは違うもんなんやな。」この父は若い頃、しばらく関西にいたこともあり好んでいい加減な関西弁を話すのだ。「ちっとも知らんかったわ。そりゃ一日じゃ回り切れんってなもんや。それにしても大学生は暇なもんやな、先週は山中湖でさ今週はデェズニイーランドってわけやろ。思い出作りや言うとまるで高校じゃ思いでがなかったみたいやないか。」

「大学に行ったら今までのお友達とはめったに会えなくなりますから。それにまだ正確には大学生じゃありません。4月に入学してからです。」綾子が正す。

「なんでもええわ。あっちゃこっちゃと遊ぶことばっかり熱心だってこっちゃ。大学へ入ってから勉学に付いて行けなくて困らんといいがの。」綾子が話を変える。

「香奈恵ちゃん、お友達だけで家を離れたのは初めてだわよね。」

「1回やったら箍がはずれるっちゅうのはありがちやな。」父親はめげない。

「鳥屋あきらちゃんの従姉妹の方が面倒見てくださるとか。」

「そう柿生さん・・・柿生鏡子さんって香奈恵の大学の卒業生でもあるのよ。香奈恵はこちらに遊びに来た時に1回、会ったことがあるみたい。香奈恵は保育科だけど、あちらは英文科で、学部は違うんだけど。その人のマンションに泊めていただく予定なのよ。」寿美恵は説明する。「今は旅行会社に勤めてるんですって。忙しいから、留守がちだけど自由に泊まってくれて構わないそうだから、あまり迷惑はかけないと思うんだけど。そう願ってるわ。」

「それじゃあ、香奈恵ちゃんとあきらちゃんの2人で泊まるのとほぼ等しいんとちゃうか。大丈夫やろか、あんな大都会やで。子供らだけで・・・」

鳥屋あきらは香奈恵の高校での一番の仲良しの女の子で音大に入学が決まっている。同じ大学ではないので4月からは別々になってしまうのだ。

「どうせ旅に出るなら、シドさんが一緒について行ってくれたら鬼に金棒やったのにのぅ。まだ仕事が片付かんのかいな?またっくうまくいかんこっちゃなあ。」

「お父さん、シドラさんの直接の仕事ではないんですよ。ユリちゃんのおじいちゃんの付き添いだから。でもあの方、日本語お上手よね。通訳なんているのかしら。」

「ナグロスさんだっけ?」寿美恵もうなづく。確かにシドさんが一緒だったら心配などは誰もするまい。「お父さんから日本語は習ってたけど、ずっとブラジルだったから地理がわかんないんでしょ。阿牛さんが忙しくなかったら一緒に行ったんだろうけど。」

突然現れたナグロスというユリちゃんの母方の祖父をみんなはなんの疑いを抱かず受け入れている。かつてこの旅館にも泊まった事のある『権現山の仙人』と呼ばれた男と同一人物だとは誰も気付いていないようだ。当人が堂々としていることと、こ奇麗になってビジュアルがかなり変わったことも大きいのだが。人並み以上に鋭い綾子が何も気が付いていないのはおかしな話と言える。

おそらく、なんらかの記憶の操作が行われたのに違いなかった。

「それにしても、ユリちゃんの母親がブラジル日系3世やったとは知らなかったの。なんでもプランティーションとやらも仰山持っとるようだし、大農場主やろな。実業家としても押し出しの立派な人や。・・・それに引き換え、ジンさんというのは、ちょっと何やってるかわからんがの。」

そういうとジンの名に顔を赤らめる寿美恵をバックミラーでチラリと見た。

「寿美ちゃんには悪いがの。」

「ジンさんはルポラーターなのよ。」綾子がとがめる。

「お父さん、ナグロスさんの話にはまったく関係ないじゃないの。」

「いいえ、綾子さん。別に、全然、構わなくてよ、おじさん。」

妙に力を込めた肯定に隣の綾子の頬は思わず緩んでしまった。

「お父さん、ジンさんは悪い人じゃないと思うわ。うちのお得意さんでしょ。」

「フン。」と父は小さく「何度も何度も泊まりに来ての、確かにうちは儲けさせてもらっとるが・・はて、何が目当てだか。何か思惑があるんとちゃうか。」

寿美恵の顔がますます赤くなる。ジンの目的が自分と会うことではないかとちょっと期待しているのは事実だったのだ。綾子もそう思っていたが慌てて誤摩化す。

「ジンさんはこの辺の土地を見て回ってるのよ。」

「ふん、この辺に住むってことじゃ、この先のお得意様は当てにならんな。」

吐き出すような言い方だ。自分の妻が苦労してまとめた寿美恵の役所勤めの見合い相手との縁談が壊れたことがこの父親には業腹なのだった。

寿美恵は気まずくなり話を戻した。

「・・・香奈恵が東京の大学を落ちてくれて本当に良かったわ。」

「そうね、香奈恵ちゃんには気の毒だけど。神奈川ならまだ通える範囲だものね。」

「でも香奈恵はアパート、借りたがってるのよ。だから、あきらちゃんの従姉妹さんの都会のマンション暮らしに興味津々なわけ。」

「一人暮らしなんか、許したらあかん。」

綾子の父はジンの話題を一発で忘れる。

「男はともかく、女の子は一人暮らしは絶対、ダメや。こないや世の中じゃ、何があるかわからん。送り迎えならいくらでも人手があるんやから通わしたらいい。」

「まあ、そうなんだけどね。」寿美恵には独立したい香奈恵の気持ちもわからなくはない。それに自分の経験からも一度は家を離れることも大切かもしれないとも思う。特に、神興一郎という男が出入りしている今は。それとも香奈恵がジンを毛嫌いしていなければ、娘が家を出て行くことに強く賛成するようなこんな気持ちを抱く事はなかったのだろうか。寿美恵は自分でも少し後ろめたい。

神興一郎というやや得体の知れない男と本気で結婚したいかどうかというと・・自分でもあやふやだった。勿論、相手がどう思っているかはわからない。

「ジンさん、東京に帰ってるけど、今度はいつくるのかしらね。」

「来月、また来るって言ってたわ。」寿美恵はちょっと恥じらんだ。神興一郎はこれまでの男と違って、来ると言って来なかったことはない。今、その関係はしごく良好であると言えた。良好過ぎるぐらいだった。どちらかというと母親の交際に何かとうるさくなった香奈恵がいない今週にいてくれた方が良かったかもしれない。

「香奈恵ちゃんはね、別にジンさんを嫌ってはないと思うわよ。」

今度も抜群のタイミングで綾子が囁いたので寿美恵はさすがに目を白黒した。

運転席の綾子の父は1人でぶつぶつもの想いに耽っていて、こちらの話は耳に入ってはいないようだ。

「えっ?えって、綾子さん!」

「ただ・・たぶん、戸惑ってるのよね。」

涼しい顔しつつも綾子は考え深気に窓の外に目をやる。

「そうよ、すごく戸惑ってる・・・現実を受け入れたくないのね。前のお父さんが大好きだったって感じもしないし、再婚だってした方がいいって渡にもよく言ってたらしいのに。今までの寿美ちゃんのボーイフレンド達は全然平気だったのにおかしいわよね。ほんとに・・・なんでかしらね。」

綾子はひょっとして香奈恵自身が本当はジンを好きなのだろうかとも疑ったのだがそれもちょっと違う気がするのだとはさすがに寿美恵には言い出せなかった。

寿美恵はちょっと綾子を軽く睨む。

この義理の姉は時々、本当に気味が悪いくらいだ。

そういう時は怖いとも思うし、なにやら憎らたらしくも感じる。

「ええ、ほんと、なんでかしらね。」やっと少しトゲのある言葉を口にする。

「この私が一番、知りたいくらいだわよ。」


休憩

2014-03-03 | Weblog

さて

あまりに長いので

いったん

お休みください。

 

スパイラル・スリー

『螺旋の3』

ここまでが

1年ほど前に全部一度白紙にして

書き直した部分に当たりまする

へこへこ

 

こんなもんに

どんだけ時間かけていやがるのかと

私自身も思ったものでありまするが

 

ひーこら

ひーこら

毎日

毎日

書き続ければ

いつかなんとかどうにか形になる?の

見本であります

(この表現の一部には虚偽が含まれます∧∧仕事、休み、さぼり等など)

 

とにかく

よく考えないで

書き出すのは

怪我のもとでした

 

シリアスな挿し絵ももはや放棄(汗)

 

まだ

まだ

先がございます。

 

読みたいなと思ってくださいました

貴重な方がいらっしゃいますれば

作者冥利が付きるというもの

 

これからもどうか

お付き合い

くださりませ

 

よろしくお願いいたしまする

 

CAZZ


スパイラル・スリー 第四章-3

2014-03-02 | オリジナル小説

               容疑者雅己

 

 

場は凍り付いた。

「・・・まさか、キライのおじさんとおばさんじゃないですよね?」

「首のない二人の死体だそうだ。」

「あの家ね?」霊能者の目は昼寝するネコに似て来る。

「リビングだ。午後9時24分。あの家に侵入する男を目撃したと匿名の電話があった。警官が発見したのが9時45分。」

「まだほんの30分前ではありませんか!」牡丹が執事の慎みを忘れた。

エレファントは端末の方でもさまざまな情報を閲覧している。

「中野署の通話記録・・・鑑識があの家に急行している。・・・これはどうしたって鬼来雅己を捜すことになるな。」

「出来る限り、情報を集めてちょうだい。」兄が命じる。「署員の個人メール、通話なんでもいいわ。近所の人間のつぶやきも、できたら。発見時の状態を知りたい。」

基成先生は素早く頭を巡らせている。

「グズグズしてられないわね。事情聴取にくるわよ。雅己くんを捜して。今日、あの家に入った人間全員が事情を聞かれる。」

「じゃあ、ほっしざきさんとたいらさんも?」

「死体なんかありませんでしたよ!」譲は叫んだ。

「わかってるわよ。私だっていたんだから。」面倒くさそうに「誰かが・・・穴から出したんだわ。でも、なんの為に?なんのメリットがある?」

「侵入した男?」「はっ!そんなの実在しているんだか。」

「窓が割られていた。」エレファントが補足する。「侵入の形跡はわからなかったが念のため、警官が屋内に入って発見したようだ。」

「こうなったら。」基成勇二が背筋を伸ばす。「予定、変更。すぐに出発よ。」

「えっ、どこへですか。」

「決まってるじゃない!鬼来村。君の故郷よ。」雅己を見る。

「そうだな。」エレファントが画面を閉じ始める。牡丹はテーブルにずらり並んだ食器の後片付けを無視して、どこかへ走る。「兄さま、すぐに準備します。」

「雅己くん、携帯貸して。電源を切るの。融くんもお願い。」

「警察の呼び出しに応じないんですか?」

「そんなことしてたら、ずっと都内から出られなくなるわ。私達は死体がでたことなんて知りようがないんだから、鬼来村に行きたければすぐしかとこいて東京を離れてしまわないとダメ。」

「編集長は5時に来るって・・・」

「緋沙子ちゃんには悪いけれど、今は余計な報告はしないで。村に着いてから電話しても遅くないでしょ。緋沙子ちゃんとはできれば現地集合にしましょ。彼女なら連絡が付かなくても私達が鬼来村に向かったことはピンと来るはずだし。大丈夫、緋沙子ちゃんと平さんならそんなに長く警察に留め置かれたりしないはず。」

基成素子もどこかへ消え、室内は譲と雅己と先生の3人だけになる。手持ち無沙汰に椅子に尻を載せた雅己と融の回りをウロウロと歩き回る。

「中野のマンションに行き、雅己くんがいないのに気が付いて・・・桑聞社と充出版に電話が行くはずよ。それからね、譲くんや私のところに連絡してくる。まぁ、もしかすると、マンションに行った時点でさっきの騒ぎを聞くかも知れないわね。」

「そうですよ、あの警官がいたんだから。警察は真っ先にここに来るんでは?」

「あいつらは勤務外で動いているように思うけど・・・確かにその恐れもあるわね。とにかく、警察に死体発見を知らされる前に出発しないと。」

テーブルの大きな置時計に目をやる。

「今、10時18分。できれば10時30分、どんなに遅くとも11時までにはここを出なきゃ。」

「はぁ。」そう相づちを打って隣を見れば鬼来雅己は眠そうに目を閉じていた。

「譲っち、どうでもいいけど・・・ちょっと疲れちゃったよ。」

「先に車に入って寝てるといいわ。譲くん、さっき乗って来た車に連れて行ってあげてくれる?」基成先生がやさしく言った。

 

「たぶんさぁ、あいつらはさ宇宙人なんだよ。」譲と車に向かう雅己が目をこすりながら囁いた。「先生はもう一つの可能性を見逃しているんだ。ぼくはきっと瞬間移動したとき、UFOにさらわれてたんだよぉ。そこで記憶を盗まれたってわけ。」

「それは・・たぶん、ないよ。」譲はつぶやく。宇宙のお姉さんは見たけれど。

「譲っち、ぼくの耳の裏、穴が開いてない?」

おざなりに耳を見る。ほんとうに雅己がおじさん達を殺したんだろうか。それとも全部催眠で見せられた幻覚?でも先ほどの警官達は現実に存在していた・・・。

「宇宙人にさらわれた人の耳に開いていると言われるような穴はない。」

ゆっくり丁寧に説明するとちぇっと言ってでかい欠伸をする。

「きらい家の呪いかぁ~めんどくさいなぁ。なんでそんもん今さら、振りかかってくるんだろぉ。」「まったくだ。」

「あの警官達が呪いに一枚、噛んでるのかなぁ。人間なのにぃ?」

これから向かう鬼来村の行方不明事件も気にかかるのだが。雅己は最初、兄貴のことで泣いた以降、まるで忘れてしまっているようだ。それともただ、眠いだけなのかな。まぁ、今日は色々あったし。そう思うと譲も急に重たい疲れを感じる。朝4時に起きての霊視に始まり、瞬間移動に記憶喪失、村人全員失踪事件発覚に雅己が命を狙われる。仕舞いには異次元?で見た死体が現実に現れ、群馬行き決定。

「ぼく、呪いよりゆ~ふぉ~の方が好きだなぁ。」

それはまったく同感だ。

 

 

              基成兄弟

 

基成勇二は広い応接間に一人になった。

吹き抜けに寄り添い、見下ろすと譲と雅己がクルーザーに向かって行くのが見えた。

「友情・・・諸刃の枷か。」勇二の目が鋭くなる。

「兄さま。」振り向くと大きなトランク2つを抱えた牡丹だった。

「とりあえずの着替えとかは準備できました。」

「いよいよだな。」これもまた大きな荷物を肩に乗せたエレファント。

「それにしても・・・鬼来村に行くこととなるとは。本当に偶然なのか。」

「さあな。」勇二の顔が急にシリアスになる。「私に話が回ったのは偶然だろう。」

「兄さまは稀代の霊能者として今、売り出し中ですからね。」

「げに恐ろしきはマスコミの力といったとこよ。」「狙い通りと言っていいです!」

「どっちにしたって、この仕事を引き受けたのは『鬼来』の名前のせいなんだろ?」

「そう。一度は行って調査してみたかった場所であることは確か。」

「とにかく、この道のマニアは知らない者はない村なんですから!引き受けた以上は行かないのは不自然なくらいなんですよ、姉さま。」牡丹の目がキラキラとする。

「・・・死人帰りの村。」ポツリと勇二がつぶやく。

「どっちにしても『鬼来家の呪い』は、ほんと期待通りだったというべきです。魔物の匂いがプンプンしますよ!よって、我々兄弟が乗り出してしかるべき謎なんです。それに歴史的に見ても貴人都落ち伝説とか隠れ里伝説とか、他にも戦争中は戦争忌避者を匿った村とかでも色々と有名な村なんです!最近なんて、UFOの目撃例も多いとネットで評判になっているんですから。ここで尻をまくったりしたら、それこそ世間に色々勘ぐられ兼ねません!第一に憂慮すべきはマニアの旗ふり筆頭の星崎緋沙子編集長、そうですよね?。彼女には疑惑を抱かせるべきではありません。なかなか鋭い人物のようですからね。」

「霊能者基成勇二だからこそ、鬼来村に挑んでも不思議ではない、ということだ。」

エレファントの声にはいつもの揶揄するような調子は消えている。

「別方向からのアプローチも、我々には邪魔にはなるまい。何しろ・・・潜んでいるのは『魔』なんだから。」

「それはまだ。」長兄が手で制する。「どう絡んでくるのかは見極めが肝心。ただ、魔物は必ずいる。どこかで姿を現してくるはずよ。それに。」

ソファに投げ出していた毛皮に袖を通した。

「雅己くんの兄貴、鬼来美豆良には要注意。この件の裏には彼の影がある。」

そう言ってから素子を見る。「あと、それとも別にどうやら雅己を助けようとしている流れもあるみたい。どういう関係性で絡んで来ているのか今のところ、さっぱり見当がつかないけれど。マンションで私を助けたのはそれ。」

「人間なのか?」「それもまだ未定。次元を出入りしているから・・・最初は人ではないと思ったんだけど・・なんだか違う。子供の形を取っていたけれど子供ではない・・・あれは私達が行く前に既に雅己の近くに潜んでいた。」

「では、あの警官の方か?」

「血と肉を持った人間だけど、感情がない。背景にいる可能性は高いわね。」

「まずは鬼来美豆良を探し出して接触するんでしょう?。」

「見つけ出せたらね。」

「3つの流れ・・」「そのどれかに魔性が潜んでいる。」

「とにかく、力を合わせてがんばりましょう!うまく魔物を捕まえたらですよ!」

牡丹が2つの巨大トランクを力強く押しながら階段へと向かう。

「あの方、狂喜乱舞するのは確実です!」

基成勇二の足が止まる。それは劇的な変化だった。頬が染まる。

「ああ、誉めてくれるかしら。あの方!今度こそ、私を・・・」

「ええっ、もう!絶対ですよ、兄さま。」

そんなやり取りを基成素子はどこか冷たく眺めている。

「くだらない。」ぷいと顔を背け、肩の荷物を持ち直した。

「あんたの片思いしてるいい人だって。」勇二が口を尖らせる。

「あんたを見直すかもよ。」

「うるさい。」素子ことエレファントはますます不機嫌になる。

「行くぞ、役目を忘れるな。」

 

             星崎緋沙子

 

カタリと音がした気がする。

星崎緋沙子は気にしない。古い建物だ。色んなところが軋む。

先ほどから電話をかけまくっている。二人の編集にそれぞれ事情を説明し明日からの仕事を割り振る。二人とも今日の霊視の展開と面識のある鬼来雅己の記憶喪失には心配もし興奮もした。鬼来さんには気の毒だが、この取材は記事になれば必ず受けること間違いなしだと口を揃える。それで気を良くした緋沙子は別の取材先2カ所にも電話をし、予定を入れ予定を変更し、依頼しているライター全員に別記事の締め切りを確認し更に進み具合に応じて叱咤激励をした。その後も電話を受けては返し、目の前に山積みにされた事務仕事を片付け続けた。どうにか明日から1日はまるまる体が空けられそうだった。その後もどうにかなるだろう。岩田譲の開けた穴は、以前も頼んだ派遣社員2人に来てもらえば補える。派遣の方でも明日からで依存はないとの返事も取り付けることができた。

嫁に行った娘からメールが来ていたので返事を返す。オムツも取れていない孫の写真にはつかの間、癒された。群馬のみやげでも送ってやろう。

途中、今月の中間決算を持って2階から事務員が来た。後で目を通すことにして未決の箱に放り込んだ。まだ若い二人の女性社員は今日はこのまま帰るという。すかさず下の戸締まりをお願いする。4階の戸締まりと火の元は自分が出るときに確認するつもりだった。

また、音がした。カタリ、そして気を引くようにまた。

緋沙子はコーヒーのカップを持って立ち上がった。自社ビルでないので1階には管理する者がいるがそれは10時で帰ったはずだ。下には誰もいないはず。

編集室から本や紙、段ボールが山積みにされた薄暗い狭い階段に出た。給湯室は下にある。3階は倉庫と資料室と仮眠室になっているのだ。

使い込んだ薬缶で湯を沸かす。シンクとガス台、湯沸かし器と食器棚。小さな冷蔵庫があり階段に背を向ける。音がする。サッと振り向く。誰もいない。

『何かしら?嫌な感じ?』再び、コンロに振り返った時だった。

『・・・村には行くな』足下で声がした。足下を見る、誰もいない。勿論、この建物には星崎の他に誰もいないのだ。しかし、さすが星崎びびったりはしない。

「誰なの?」冷静に声を放つ。「私に何を言いたいの?」

電灯に照らし出された給湯室の中、返事はない。

「いいこと。誰が止めたって、私は鬼来村に行くわよ。」挑戦的に胸を反らした。薬缶が沸騰する音。「こんな大きなネタ、誰が逃すものですか。」

『・・・鬼来村にはかかわるなと言っているんだ』目の前の空間に黒い線が走る。

『取材はやめろ・・・やめないのならこちらにも考えがある・・・』

「!?」さすがに豪腕編集長の背中からも汗が吹き出た。現れたその線に沿って手が、小さな腕が内側から出て来た!。空中に浮かんだその黒い線を中から誰かが開らこうとしている!?・・・星崎の体が後ずさって備え付けのシンクにぶつかった。確か、この下には包丁かなんか、そうだ、果物ナイフがあったはず・・・!指を走らせようとした瞬間、目の前に白い光が走る。それは星崎の背後から来た。眩しい電撃!それは黒い裂け目とぶつかり、火花を散らす。目の前が真っ白になった。

『ばぁかがぁ!』

「基成先生?!」しかしすぐに気付く、違うもっと若い。

『だぁれがここを守ってると思ってる!おととい来やがれ!』

笑いを含んだ少女の声が頭の中で微かに響いて来えた。

星崎はまだ目が眩んでいた。しばしばと瞬くと、目の前の黒い線が消えていることに気が付く。お湯が激しく沸騰している。

「何、これ?幻覚?・・・まさか、私にも催眠とか???」

ガスを消す。お湯を注ぐ時、ようやく手が震えていることに気が付く。

「もしかして・・・宇宙のお姉さん?」

恐る恐るつぶやいた。勿論、返事はない。

 

上で電話が鳴っている。

後ろも見ずに駆け上がったので、コーヒーがかなりこぼれた。

受話器を掴むとそれは平からだった。「星崎さん、大変でっせぇ!」

平の声はびっくりするほど大きく響き渡った。おかげでさっきまでの薄ら寒い感じが一掃されたことに感謝しつつ「どうしたんですか?」緋沙子は機械的に冷静に応じている。「実はですねぇ、言いませんでしたっけぇ?私の情報網に警察関係者がいるんですよ!」マメな平には知り合いが大勢いた。それが、時に役に立つ。

しかし、その後に続いた言葉に星崎は驚愕した。先ほどの出来事も何もかもふっとぶくらいに驚愕した。平に断って電話を切ると、すぐに基成勇二の家に電話をする。

誰もでない。呼び出し音が10回、20回・・・30回を数えた時、やっと電話を切った。どうしたんだろう?そう思う間もなく、置いた電話が再びけたたましく鳴る。

警察からだった。壁の時計に目が行った。10時40分を過ぎていた。

 

 

星崎編集長が警察からの電話に思案しつつ対応していた夜。

警察は鬼来雅己がマンションに不在である事は既に掴んでいる。

譲と鬼来が基成勇二の自宅から鬼来村へと旅立とうとしていたその夜。

基成御殿は炎上する。

地上3階、地下2階の建物は全焼。

後に推察された原因はまず、巨大シャンデリアがその重さによって裂線。

そこからの漏電がなんらかの原因で火元となったと思われた。

火はコレクションルームにあった車のガソリンに引火し次々と爆発。

身許不明の焼死体が一体発見されたが基成勇二と残りの住人は行方不明。

車が一台なくなっているという指摘もあったがそれもいまだに未確認。

勿論、『霊能者大暴れ』のネットの呟き等を警察が知るのはその翌朝の事。


スパイラル・スリー 第四章-2

2014-03-02 | オリジナル小説

                

 

 

色々と手間取ったので車が高輪に到着したのは午後9時過ぎになっていた。

あの後、部屋の施錠がされてないことを雅己が気にした。まだあの警官がいるのではないかとびびる譲に基成勇二は大丈夫だと言う。もう、彼等はいないと。

そこでおっかなびっくりと譲と基成素子がエレベーターに乗り込んだ。

(鬼来雅己は霊能者と共に下に残る。4人同時にはどうしたって箱に収まるはずはないからだ。)8階の雅己の部屋はドアが開け放されていた。譲が飛び出して通路を走ったその時のままであった。回廊状の通路に人影はない。譲はエレファントの後ろから室内に入った。部屋の中は乱れたまま、しかし誰もいない。雅己と自分の荷物をかき集め、しっかりと鍵をかける。確かに警官達は消えてしまったとしか思えない。

それとも階段で他の階に移動し、じっと潜んでいるのか。

「潜む意味がない。」素子がむっつりと譲を帰路へと導く。「正当な国家権力なら遠慮する必要などないだろ。」「じゃ、やっぱり・・・偽警官?」雅己は素子といることに安心感を感じることが以外だった。素子ことエレファントはどっしりとして自信にあふれ常に落ち着いている。それに、体格からしてもとても強そうだ。

「どこにキライを連れて行こうとしたんだろか?」本当に殺そうとしたのか。

「僕の前で殺さないって・・・どういう配慮?なんでそんなこと・・・?」

「さあな。」肩を竦めた。「勇二に聞け。私はわからない。」

マンションの前にはまだポツンとパトカーが残されていた。エンジンは冷え、中は整理整頓されていて、個人的な私物めいたものは一切見られない。

「私達がここにいる限りは戻ってこないと思うわ。」「戻って来るんだ・・・」

「さっきの奴らとまったく同じかはわからないけれど。」

勇二は含みを持たせると首を振る。

主のない車はなんだか残骸のようだった。彼等はそこを後にした。

 

譲が驚いたことにエレファントの運転技術は神業だった。

三車線の都会の道を赤信号に引っかかることなく突っ走る。ラッキーというよりはまるで『基成勇二の行く所、信号は青に変わる』とでも思わせるタイミングの数々。それでもナビで少しでも進行方向の渋滞情報をキャッチすると即座に細い裏道に曲がった。ただでさえ大きいランドクルーザーである。中には幅がほとんどピッタリの細道もある。その迂回路をスピードを落とすことなく、くねくねと曲がって進んで行く。一方通行を全て把握しているのだろうが、そうではない道もあり対向車が来たらどうするのかとハラハラしたが、これも対向車や邪魔な歩行者、流行の自転車の類いがどういうわけか全然いない。いてもこちらが到達するまでにはその道からはいなくなってしまうのだった。たまたまそうなのだろうが・・・あらかじめそうなるとわかっているのか。そういう道を選ぶ能力があるのかと勘ぐりたくなってくる。どっちにしても追う者がいても振り切られていただろう。

『まずい。信者になりかけてるのか、俺。』

途中の新宿では星崎緋沙子を充出版の前で降ろした。

「明日、五時にはそちらへ伺いますわ。」寝る暇あるのか、編集長。

しかし、鉄腕星崎まったく疲れを見せない。

「雅己くんを頼むわ。」最後に譲の目を見て励ますように強くうなづく。

星崎が今、どう思っているのかはわからない。先ほどの騒ぎをなんと受け取っているのか。鬼来村の失踪事件をどう位置ずけているのか。

快刀乱麻する説明が喉から手が出るほどに欲しいのだが。嘘でもいいから。

「あの・・編集長は一人で大丈夫なんでしょうか?」

こわごわ聞く融に先生はニンマリと口の端を持ち上げてみせる。

「あら、向こうの狙いは雅己くんだから大丈夫よぉ。」

「えっ、なんで?ぼくばっかり~!」

「それにね、もし万が一があったとしても、抜かりはないわ。守りを付けたから。」

「守り?」リラックスして車外を眺める勇二の笑みに勘が働く。

「ひょっとして・・・お姉さん?」

「そうよ。当ぁたりぃ。」お姉さん、そんなこともするんだ。ちょっと先生、人使い荒くない?普段、何してるんだろ・・・宇宙で?。王女って・・・暇なのかな?

まずい。ますますまずい。勇二の眉唾話に妄想を働かせるなんて。

とか思いながらも、ちょっとうらやましくなる。あの娘は、ほんとに可愛かった。

『勿論、俺は断じてロリではないぞ。』反射的に自分に言聞かせる。

『あの子が18歳ぐらいになったらだ・・さぞかし、奇麗になるだとうと思うから気になるだけだ。それに・・・現実にいたって、宇宙人なんだし。』

(譲くんもどうやら姉がお気に召したみたいね)

勇二のニマニマ笑いが更に広まっていく。

 

 

『基成御殿』とはよく言ったものだった。

「わーお城だぁ!」鬼来が手を叩いて喜んでいる。

高い塀に囲まれた白い建物。

オレンジの屋根の中心に円形の塔。そこから四方に流れる屋根の起伏のあるラインは一見の価値がある。鱗を模した瓦も誇張した動物彫刻もガウディの建築を思わせた。かなり質の良いコピーである。窓はすべて異様に細く長い。

車が近づくと壁のシャッターが音もなく上がり、黒いランクルは地下に吸い込まれていった。ライトに煌々と照らされた坂から続く落ち着いた照明の駐車場。入り切る前にすでにシャッターは下がり始める。

「譲っち、まるで秘密基地みたいだねっ!」はしゃぐ鬼来に基成先生は冷静だ。

「私達が帰って来たのをモニターで見ているだけよ。」

停車した半地下の車庫は真ん中に大きな吹き抜けがあり、上から丸く注がれる照明はそこだけが夜なのに昼のように明るい。

「わお!あれフェラーリ365GT4BBじゃない?!。」

他にも6台の車が収まるくらいだ。瀟洒なスポーツカー、フォードの4輪駆動車、メルセデス・ベンツ、巨大なキャデラック、そしてミニ・クーパー。

昼間、現場に来た大きな銀色のバンもあった。

降り立って見ると車をジャッキする大きな設備も備えている。新品のタイヤやホイール各種が壁の棚に積まれ、壁一面にも陳列されていた。その他にも色々なパーツや工具、部品が飾られている。かなりな本格的なマニアと見てとれた。

「車は牡丹の趣味よ。地下1階はほとんど彼の為のものなのよね。」

ポカンと車庫を見回す2人の後ろから、基成先生が這い降りて来る。

「このフェラーリ、2人乗りだけど・・乗れるのかな。」鬼来がクスクスと囁く。

実は譲も同じ疑問を抱いていたところだ。

「あいにく、誰も入らないの。そのミニ・クーパーもね。これはコレクション。」

耳聡い基成勇二だったが、別に怒った様子はない。

「軽井沢と箱根の別荘にはもっと置いてあるわ。どれも私達には入れないか、どうにか入れるような車がほとんどだけどね・・・入る事ができても、運転が難しかったりするの。なんたって座席が私達には狭いしシートベルトも届かないのよ。ハンドルがお腹に食い込んで痛くてしょうがないわ。まったく、金だけ消費する無駄な趣味なわけ。まぁガソリン代がかからないだけが救いよ、ね、エレファント。」

「無駄話をしている暇はない。そうだろ、あんた。」

妹は先に立って壁に沿ってのしのしと歩き出している。

行く手に階段が見てとれた。

自宅に戻って常にくつろいだ自然体を演出している基成勇二とは異なり、基成素子・・・エレファントは自分のテリトリーに入ってからも神経質になり警戒しているように見えた。それにしても血の繋がった気安さだろうか、エレファントの態度は自分の兄に対して遠慮も容赦もないことは確かだ。

「そうね、まずは上で食事しましょう。」

慌ててダウンのポケットに入れたまま忘れていたデジカメを確認する。取材、忘れてしまいそうだ・・・腹が鳴りそう。

「おかえりなさいませ、兄上様。お疲れさまでした、姉上様。」

半地下の駐車場から1階に上がると執事が控えていた。

豪華な応接室は見事な体格の兄弟が室内に揃った瞬間から、彼等以外何も目に入らなくなる。なるほどこういう広い空間は必要不可欠なんだなと、譲はセレブな家を羨ましがる前に妙に納得してしまう。単に合理的に必要なものでしかないのだ。

「ぼく、これ観たよ。基成御殿特集!テレビで見たまんまだぁぁ!」雅己が首をキョロキョロと回す。食べ物の匂いが漂って来た。譲の腹が我慢できず高らかに鳴る。

「お客さま方も、よくいらっしゃいました。ディナーのご用意ができております。どうぞ、こちらへ。」

執事然と優雅に腰を曲げた。しかし、ピョコンと兄を見あげる。

「でも兄上様、お話によるとお客様方は大変な目に合ったそうですね。だから重い本格的なお食事は遠慮させていただきました。マナーは省略です。まずはペリエからお召し上がり下さい。アルコール類が好ましい方にはそちらも用意してあります。」

「勿論、依存ないわ。よく気が付くこと。」

「わぁ、楽しみだなぁ。」雅己が単純に喜ぶ。「譲っちは食いしん坊だから、たくさん食べ過ぎちゃだめだよ、ねぇ。」「誰が、食いしん坊だ。」

否定出来ない。腹の音は止まない。

「たくさん食べる男の子ってだぁい好きよ!」

基成先生が部屋の中央の大きなテーブル席へと先導する。耐え難いほどのよい匂いはそのテーブルから漂って来ている。皿に盛られたオードブルやフルーツが確認できた。

「牡丹ってね、もともと執事ごっこが趣味だったの。まったく変わってるでしょ? 女王陛下とか皇室に仕えたいのが夢だっていうのよ。」

「残念ながら、宮内省に履歴書も送ったんですけど断られてしまったんです。募集していないってことで・・・大変、残念でした。」

牡丹はため息を付きつつ、エレファントに椅子を引いた。

「でも、イギリスでは一般募集もあるそうですので、ぜひ応募してみたいのです。ただし、語学力と英国国籍の問題があるんですけれど。」

「それをクリアするまでは、うちで執事のフリして欲求を満たしてもらってるってわけなの。だから、気にしないで彼の執事ごっこに付き合ってやってちょうだい。それに調理師免許も持ってるし、料理の腕前もなかなかのものよ。執事よりもコックの方が近道かもしれない。」

基成先生は自分で椅子を引いた。

譲も後に続こうとするが、雅己に袖を引かれる。

「ねぇ、譲っち、ここって不思議の国のアリスの小さくなった時の部屋みたいだよねぇ。」

そう言われてみると、確かに豪華さで圧倒する室内調度だったがその迫力の源はどの家具も平均より大きめに作られていることだった。

特に椅子は座る部分の面積が広く、足が見るからに丈夫そうで太い。基成兄妹では違和感がないが普通の体格の者が座ると子供が座っているようしか見えないだろう。広い座席にちんまりと座って、足が床から浮いてしまう。巨大な長テーブルは吹き抜けに沿って緩やかな曲面を描いているが、標準より高い。レストランのお子様のように補助椅子が用意されてもおかしくなかった。

壁際に置かれた沈み込むような革張りのソファは足がなく床に直に置かれた造り。小柄な鬼来でなくても充分ベッドとして通用する程のボリュームだ。

室内はすべての家具が・・・飾り棚や書類机や床置のライト、すべてが大きめに作られている。そして極めつけは天井がとても高いのだった。

部屋の中央に3階から地下3階までぶち抜く壮大な吹き抜けがある。ちょうど外から見ると塔に当たるところだった。

「見て見て、すごいよ。キラキラ、キンキラキン!」

見たこともないほど巨大で豪華なシャンデリアがぶら下がっている。

塔の上部に当たるところから何本もの太いワイヤーで吊るされているのが確認出来た。シャンデリアは塔から応接室のある階まで達している。食事をしながら全体像が眺められるようになっているのだ。そのいくつあるのかもわからない全ての電球が満開だ。すべてLEDだとしても電気代はどれほどかかるのか。吹き抜けの壁は窓がない。譲達のいる階から上はすべて筒状の壁に覆われていた。窓は1階にしかないのだろうか。しかし空気の動きが感じられる。どこかの窓が開け放たれているようだ。ぶら下がる細々とした硝子の飾りが空気の動きによって時折小さくシャラシャラとなる。そしてその度に反射光が客の目を射る仕掛けだ。食べ物に後ろ髪を魅かれたが吹き抜けへと譲も足を運んだ。手摺から下を覗き込むと、すぐ下が駐車場、その下は回廊が巡る遊びのフロア。最下層がグランドピアノが置かれたサーモンピンクと黒の市松模様のホールだった。ダンスフロアのようである。グランドピアノとハーブが置かれているのが見える。その反対側の片隅には深紅のカーテンの幔幕が張り巡らされたコーナーがあって、その奥には同じく深紅の布ばりの長椅子が置かれているのが垣間見えた。

あれが噂に聞く、大金を払うという参詣者達が基成先生から霊感を告げられるお悩み相談室なのだろうか。どこをとっても、非現実な空間だ。

「さあもういい加減、あなた達も席に着きなさい。牡丹の自慢の食事が冷めてしまうわよ。」

振り返るとピカピカの大きな銀のお盆を手にした牡丹執事が目に痛いほどの白い手袋でうやうやしく基成勇二に食前酒を注いでいるところだった。

「そう言えば」譲は思い出した。「魔物を捕らえている部屋はどこにあるんですか?上の階ですか?」「まものぉぉ?!。」雅己が手摺から振り返る。

「そういえば基成勇二って魔物ハンターなんでしょ?」譲は返事を求め、食い物を目指す。「捕まえた魔物はどこに捕獲しているんですか?」

「今は・・いないって言わなかったかしら?」

「死んだんでしたっけ?」「消滅したってことよ。」先生の口が不機嫌に歪む。

「これから食事って時に思い出させないでちょうだい。」さっさと座れと。

「まもの~まもの~って、ほんといるんだ!すっご~い、見ったぁ~い!」

雅己がダッシュで戻って来る。「なんでもっと、早く教えてくれなかったんだよぉ。」

「だって、おまえは・・」身内の失踪でそれどころじゃなかっただろと譲。それに今の今だって魔物がいるなんていうのは基成勇二の霊能力よりも更に、それ以上にまったく信じられないのである。

『この目で見ないとわかるものかって思うけど・・・でも、果たして本当にこの目で見たいかと言うと・・・それはそれで、微妙な気がする。』

しかし、譲は怪奇専門誌の編集の端くれなのだった。なけなしの勇気を絞り出す。「ええっと・・・いたらぜひ、見せていただきたいものです。」

自分でも嘘くさいと思った譲であったが、真正面に座ったことで基成勇二は少し機嫌を直したようだった。「そぉう?そんなに見たい?仕方ないわねぇ」

「ねぇ、上は何があるのぉ?上も見た~い、見せてよぉ。」

雅己が譲の隣に座るなり、食べ物に手を伸ばす。

「私達の私室よ。立ち入りは家族だけ。」

「じゃあさぁ、魔物って檻とかに入れて飼うの?」

「まっさか!」食前酒を口にする先生の視線は譲からシャンデリアへと漂って行く。

「そうね、その仕組みは・・・企業秘密。もしも、融くんが私と付き合ってくれるなら、考えてあげるわ。」譲は口に入れかけたピザにむせる。

「そうしたらば、上の階にもご招待するし。魔物ハンターの全貌についても知りたいことはなんでも喜んで教えてあげるわ。」

「じゃあさぁ、譲っち、今から付き合っちゃいないなよ。」

「・・・遠慮します。」譲は半笑いを浮かべそれに応える。

冗談じゃない。ここにも岩田譲を簡単に売る奴がいた。

 

 

軽い食事と執事兼コックは言ったが、次々と運ばれて来るものはどれも本格派と言ってもよいものだった。ガーリックとオレンジで焼き上げられたチキンやほうれん草とチーズのキッシュ、トマトとハーブ類のピザ、彩りの奇麗な卵と花野菜のサラダ。どれも大皿からセルフで取り分ける形なのがフォーマルでないというぐらい。皿は何度も譲と、鬼来雅己の間を行き来する。給仕している牡丹は別として基成勇二とその妹はあまり食べない。勇二は早々とコーヒーを求め、妹の方は最初にアペリチフを口にしただけ。

「さあ、お腹がきつくなったところで・・・作戦会議はどうかしら?」

やっとデザートと紅茶にたどり着いた2人に基成勇二が提案する。

「ごちそうさまです。」譲はすっかり満たされていた。

「とってもおいしかった。」執事の顔が満足げに赤らむ。

「うん、いいよ。」鬼来もナプキンに付いた卵の欠片をナプキンで拭う。

「作戦会議っていい響きだね。でも、なんの作戦立てるの?それよりぼく、これまでのことちゃんと整理して欲しいんだけどぉ?記憶が失われてるせいなのかなぁ、あの警官といい唐突で何がなんだかわかんないんだよね。」

「勿論、敵と戦う時はちゃんと状況を整理して作戦を立てておかないといけないわ。覚悟もいるし。」「敵ぃ?覚悟ぉ?」

「敵と言うのはさっきの警官ですよね。本物の警官だったのかどうかもわからないですけど。」

「牡丹。」と勇二。牡丹は近くの優美なしかしでかい書類机の前を開いた。そこには不似合いな機械がびっしりと詰め込まれていた。エレファントはその机に向かい引き出しから大きなタブレット型パソコンを取り出す。椅子に座るともう一つのノートパソコンも開きヘッドホンを付け目の前の機械を調節し始める。何を現すのかもよくわからない複数のメーターの針が動き出す。電波を傍受する装置のようだった。

更に手元のスマホとそれらを連結すると猛然と指が動き始めた。

「やれる?」基成先生の肩頬に笑みが浮かんだ。

「誰だと思ってる。」エレファントが唸るように2面のボードに両指を走らせる。

目の前の大きな画面とそれぞれの液晶に文字が打ち込まれて行く。

「さっきだって陸運局に侵入しただろ。あっと言う間だよ。」

「エレファントは凄腕のハッカーでもあるの。」

基成先生が譲を見て挑戦的に自慢する。

「エレファントに見つけ出せない情報はないわ。」

「それってまさか・・・」譲は言葉を飲んだ。もしかすると霊能者、基成勇二の秘密の一端に自分は触れようとしているのかもしれなかった。

「星崎さんには内緒よ。」それでは肯定したも同然だ。

霊能者は笑いを含んだまま、涼しい顔を向ける。

「言っとくけれど、情報っていうのは、あくまでも霊感を補佐する為のものでしかないからね。エネルギーの無駄を防ぐ、エコってわけ。」

「はぁ・・・」融は基成勇二の真偽については深く考えないことにした。

相変わらず、目まぐるしく画面をスクロールしまくっていたエレファントがピタリと動きを止める。

「この中に見た顔がいるか?」

「えっ、なになに?」雅己が席を離れ譲も続く。大きな背中に左右から覆い被さる。

「例のパトカーが配属されている分署の職員の名簿の中から、警邏警官だけをピックアップした。」「そんなことまでできるんですか!?」「ゆずるっち!こいつ!」

融の発言は雅己にかき消される。ようやく雅己の指差している画面を見る。

「あっ」「こいつだよね。」そこには見覚えのある輪郭があった。凹凸のはっきりした仁王像。「高木刑事達が来た時に一緒に来た警官はどうやらこいつ・・・本署に送り届けた後、すぐにパトロールに出たんだろう。」

「でも、そうすると時間的にはおかしくない?先生達が帰ったのって割とあのあとすぐじゃない?それにもう警官達、マンションの中に入ってたしぃ。」

白黒写真の制服姿はなんの表情もない。そんなところもまちがいがない。

「ふむぅん。」再び、肩越しに基成勇二の顔があったがもう今更驚かない。

「吉井武彦・・・21歳。3年前に一般から18歳で採用されている・・・。」

「ええっ、21?歳下!」歳下には見えなかった。

「何も読み取れないわね・・・」霊能者がつぶやく。「何かに憑衣されたのかとも思ったけれど、もともとこういう性質なのかしら。」

「・・・二人いましたよ。」他の写真をスクロールした。

「一人しかいない。二人、いたのに。同じ顔。他の警察署?」

エレファントは履歴書のようなものを画面に出し、同時にまた別のファイルに侵入を試みている。「吉井武彦の本籍地の役所だ。ほら、出た。」得意げな顔になる。映し出されたのはどこかの役所の台帳。見覚えがある。「こ、戸籍謄本?。」

「役所の管理なんてこんなものよ。」基成勇二がため息を付いた。

「見な。」「なるほどぉ」先生の息がかかった。「双子なんですか?」

「兄弟がいるわ。5人男兄弟の末っ子。しかも、誕生日が全員一緒、なんと・・・双子どころか、5つ子だわ!?。」

「いっ5つ子!」声が重なった。

「すっごい!5つ子の人初めて見た。」「お母さん、産むのが大変だったろうね。」

「雅己さま、通常は帝王切開でございますよ。」と牡丹。

「同じ顔の人が5人、いるってことですよね?」

基成先生がおかしそうにうなづく。

「一卵性ならば、そういうことになるわね。」

強面の5人の仁王様の姿が浮かぶ。

「ゴレンジャーだっ!」雅己は喜ぶ。「おそまつ君だよ。」

おそまつ君は6つ子だと譲。

「じゃあ・・・その吉井君が自分の兄弟にも制服を貸してコスプレさせたってことなのかなぁ?。でも、なんで?」年下とわかった以上、『くん』呼ばわりである。

「警官は彼、1人だな。」

エレファントが画面を操作して次々に別の画面を開いていく。

「4兄弟は弁護士に医者に政治家秘書・・・残りの1人はどうやら現在は無職だ。もとTK大学の研究員・・吉井弘人。自由に動けたのはきっと、こいつだろ。住所も西部新宿線沿線の武蔵関、後は都内在住じゃないようだな。」

「ってことは。」譲は興奮した。

「考えても見てください。こいつらが全部揃えば死因に細工があったとしても誤摩化すことができるんじゃないでしょうか?!『呪い』の遂行が容易になったりしませんか!」

「まぁ、住所の問題がクリアできればありえなくはないけど。」

「ちぇ、いいアィデアだと思ったのにな。」「譲っち、目の付けどころは悪くないよ。」

基成勇二は顎に手を当てた。

「なんにしても・・・黒幕がいるはず。」

「ひょっとして・・・魔物ですか?」

自然にその言葉が出てしまった。編集長、許して!

「私が感じたままを言うと、あの警官は人間だったと思う。魔の気配は感じ取れなかった。どちらかというと・・・あのマンションの方がおかしかったけれど。そっちは人為的なもの。流れが・・・二つある。」

霊能者は神経質に指で顎を叩いていることに気が付かない。

「味方なのか、敵なのか。どっちがどうなのか。見極めないと。」

「警官は敵ですよね?雅己を殺すとか言ってたし。」頭に聞こえた不思議な声のことも既に報告してある。

「そう言えば、偽警官達がさぁ、ぼくの服の血がおじさん達の血と一致したって言ったんだよね。それって、嘘だよね?ぼくを逮捕されるのかなぁ。」

譲は殴られた跡のある雅己の顔を見る。譲の肩は黒い打ち身になっていた。

「でかませだ。逮捕なんかされるわけないだろ。」

譲は、お茶を飲み干した。すかさず、牡丹が脇から注ぐ。即座に満たされる様は、まるでわんこティーである。

「鑑定がでたところで迷宮に落ち込むのがオチよ。」

「真面目に調べる気が皆無だったって言ってましたよね。するとしばらく結果なんかでないんじゃないですかね。」

「それがそうでもないかもしれないな。」エレファントの鋭い声。

「今、警視庁の警察無線の録音記録を調べている。」

えっそんなことも?と譲。犯罪者かよ。

「どうしたの?何か、あった?」鷹揚に兄が聞き返した。

「死体が出たぞ。」鼻息荒くキーボードを叩いた。


スパイラル・スリー 第四章-1

2014-03-02 | オリジナル小説

        4・伏魔御殿の夜

 

 

             欠片達

 

次元の狭間に形を取らない意識の欠片がヒラヒラと舞いながら会話をしている。

『・・・それにしてもあの霊能者は予定外だった』

『・・・まさか生け贄を奪われるとは』

『・・・きっとマザーの差し金だよ』

ひとつの影はチッとでもいうようにもやもやと・・・ますますもやもやとした。

『・・・みんなの思惑もあるしね』

『・・・おまえの味方じゃなかったのか』

『・・・統率できるとしたらマザーだけさ』

『・・・マザーはけして強権を発動しない』

『・・・我々にも干渉しないように』

『・・・時間が稼げただけでも良しとしない?』

『・・・あいつも殺されれば良かったんだ』

『やっぱり、それが狙いだったんだ・・・』

『だったらどうする?』

『・・・・・・』

『・・・なんのために』

『あいつに近づけたと思っている』

『・・・無事で良かった・・』

どこかキラキラとする。

『勘違いするな』

『・・・わかってる』

『おまえはあいつの友達ではない・・・』

意識の断片達は異次元に漂う破壊された箱の穴へと舞い落ちて行った。

『なんにしてもいまいましい霊能者・・・』

舞落ちた先には二つの死体が転がっている。首がない男女の死体だ。

どういうわけか、首は見当たらない。誰が?彼等は気にしなかった。

遺体を慈しむように意識がまつわりつく。

『・・・どうするの?』

『予定は修正される』

『・・・彼はどうなるの?』

『・・・偽りのうえに更に泥を塗る』

『・・・ひどいこと言うね・・』

意識達は寄り添い、遺体から離れくるくると回った。

『悪かった』

『悪いのは僕だ・・だって、二人で決めたのに』

『そうだ、二人で決めたんだ』

『・・・マザーの意志も既に決まっている』

『最終的な着地点は・・・』

『緋色の鳥が狩りにくるまで・・・』

『・・・どちらが先に尽きるか』

『・・・死に損ないの競争』

『それは・・僕達も同じ』

『・・だからせめて』

意識は絡み合い一つとなり、流れるように戯れ続ける。

『そう、二人は』

『死ぬまで一緒』

『いつまでも』

『どこまでも』

次元の狭間に浮いた黒い箱はゆっくりと解体していく・・・