アギュとドラコ
アギュは彼等の現実と薄皮何枚か隔てたところで慎重に距離を置いていた。
天使族の持つエネルギーのアンテナの広がりを手に取るように感じるがその探索範囲等かわすのは容易な事だ。
そして地球の複雑な内部次元の重なりのその深部へと己の意識を徐々に飛ばして行く。
(アギュ、また行くにょ?)
ガンダルファの契約したワームドラゴン、ドラコがやはり現れる。
[ドラコ・・・やっぱりアナタには見つかってしまうんですね。]
(ガンちゃんにも何も言わないでこっそりとなのにゃ?。この間はシドラとナグロスの様子を密かに偵察すると言う隊長としての表向きの言い訳、あったにょ。違法滞在者も気になってたにょ。それはドラコ、納得したにょ。ガンちゃんに内緒っていうのもよくわかんないプライド?ってことで言わなかったにょ。)ドラコの口調が非難がましくなるにつれてアギュの顔には笑みが浮かんで来た。勿論、人の細かな表情を読み取ることが苦手なドラコは気が付かない。(でも、今回はなんの理由にょ?シドラとナグロスは温泉待機にょ?見に行く理由ないのにどこに行くにょ!つまりこれって~ひょっとしてひょっとするのにょ~まさかにょ?ついにアギュは脱走する準備なのかにょ?)真面目な抗議にアギュは笑い出さないように苦労する。
[脱走じゃありませんって。まだまだそんなチカラはないと思いますよ。前も言った通り、ジブンの力の限界をちょっと確認しようってわけだけなんです・・・鍛えると言うか、ちょっとジブンをもっともっと試したいと思っているだけです。暇ですからね。ドラコは・・・今度はもうさすがに、ガンダルファに黙っててはくれませんよね。]
(今度だって別に言いつけたりはしないにゃ。アギュがガンちゃんにとって悪い事するなら契約だから今すぐ言わなきゃならないと思うにょ~でも悪い事じゃないならばにょ、別に義務じゃないと思うのにょ)
[じゃあ、お願いですから今回も黙っててくださいませんか。]
(その代わり今度も付いて行ってもいいにょ?)
[いいけですけど、ガンダルファから離れ過ぎるとドラコはお腹が減るんじゃありませんか?]
(それは前回、大丈夫だとわかったから心配無用にょ。)
[なるほど]
アギュはそういうと更に奥へと次元を進んだ。ドラコもぴったりと付いて来る。それはその場を1歩も離れずにいながらズンズンと深い所に沈んで行くような感じだった。自分のデータを変換しながら。
2週間前
最初、アギュがこれを試した時は確かに明白な言い訳があった。好奇心である。脱走の準備というわけでないが先ほども述べたようにアギュは自分の限界を試したかっただけである。アギュの動きを察知したドラコが目ざとく現れ、ドラコはアギュに付き従い(ドラコの監視下に置くにょ!)共に次元を次々に変換して行った。
初めてだから、少しぎこちなさはあったが。途中からドラコはうなり出す。
(このやり方はすごくいいにょ。ドラコはガンちゃんと離れてくようで離れて行かないのにょ)[もうちょっと移動していいですか?](それは困るにょ~)[意識だけですよ。ここにいながら、同時にもっと離れたところにもいるっていうのを試してみたいのです。]
(ワープみたいなものかにゃ?)(ええ、そんな感じです)
確かにそれは基本のワープ航法だ。次元を折り畳んでその接点を移動して行くのだ。次元には時間が作用しない。だからベースとなっている基点に対する移動距離も作用しないはずだ。まして宇宙とは違う小さな内部次元であるのだから。誤差はほとんどないに等しいはず。
(移動の終点はどこにするのにょ)[そうですね・・例えば]
アギュはシドラのことを思った。シドラはナグロスといる。すぐにこちらが空間へ引き寄せられるのか、空間がこちらへと引き寄せられるのかどっちかはわからないが、手応えを感じた。
(にょ~!くにょっと曲がったにょ。)ドラコがしきりに感心する。(このやり方、ドラコにも一人でできるかにゃあ。学習したいにょ。ここにいながら又あちらにょ。どこでも行けるのにょ?)[大丈夫、きっとできますよ。ワタシも初めてですけど、ほら簡単にできましたからね。]
雪に埋もれた山と森が見える。そしてそれと共に半透明の硝子のような燃える塊がその山の中腹にあった。地面から吹き上がるエネルギーの花びらが丸く重なり合っているようだ。風景と較べてみてもかなり巨大だった。その大きな毬を抱えるように巨大な蛇のようなもののヒレが絡み付いている。
(バラキにょ。何してるにょ?)[あれは・・・ケッカイですね。もともとは人工のジゲンです。バラキが壊さないように注意していますからね。かなり年期が入っていて壊れ易くなっているのです。](ってことはにょ、シドラはあそこにいるのにょ)
[ドラコ]
(なんにょ?)
[バラキに気が付かれずにアソコに出入りすることはできると思いますか?]
(ん~?なんでにょ?バラキとシドラに知られたくないのにょ?)
[できれば・・・これはあくまで実験的な試みですので・・・あまりフラフラしているところを見られたくないんですよ。](シドラはおっかないからにょ?上司だって容赦しないからにょ~ドラコもシドラに怒られるのは嫌にょバラキにもにょ)
ん~とドラコはひと時、頭を巡らす。バラキにはかつて【なんでもかんでも契約者に言えばいいものではないぞ・・言わないことが契約者を守ることもあるのだ】とそのようなことを言われたことがある。どういうことかと問い返したドラコに年齢不詳の巨大ワームはもったいぶった様子で・・あくまでドラコの主観だが・・
【人間は自分の常識で理解できないことによってつぶされてしまうことがあるのだ】と答えただけだった。ドラコはそのことをふまえてアギュのよく理解できない行動を取りあえず契約者に対して未処理状態に置く事に同意したわけだが・・・それとは別にバラキには恨みはなかったが実はライバル心は多大に抱いていた。バラキの裏をかくっていうのもちょっとおもしろいかもにょ、っと言う考えはかなりドラコの気に入った。いつもいつもドラコをおしめの取れない赤ん坊扱いして隙あれば説教をかましてくるバラキだが、少しは自分を認めてくれるかもしれない。認めないまでも自分の溜飲は確実に下がるはずだった。
(わかったにょ。)ドラコはガンちゃんから離れてもお腹が減らない方法を教えてくれたことの感謝としてアギュに協力をすることにした。
(たぶん小さい次元の領域に紛れ込めばバラキにはわからないと思うのにゃ。バラキはとってもおっきいメモリーだから大きな次元に対応するのは得意にょ。でもドラコとアギュは小さいからたぶん大丈夫にょ。)
なるほど。と、アギュは小刻みに自分を変換していった。
(ほら、見るにょ。あそこに鳥が飛んでるにょ)確かに雪原を群れ飛ぶ黒い鴉の群れがいる。鳥達は別に結界を意識する事なく村に出入りしている。
(あの鳥のエネルギーを目眩ましにするといいにょ!)
2人のデータは極限まで凝縮される。そして群れの中の一羽の持つエネルギーへと紛れ込んだ。
カラスが結界の中に入っても案の定、バラキの頭は微動だにしなかった。
数軒立ち並んだ木造家屋の一つに彼等は引き寄せられる。
薄暗い和室の中に布団が敷かれ、その枕元に男が座っていた。
(ナグロスにょ)ナグロスは伏した誰かと静かに言葉を交わしているようだった。
アギュとドラコはその様子をしばらく伺う。
ナグロスの恩人
「こうやって話して、お体には触りませんか。」
ナグロスは目の前のやつれの激しい顔を見つめている。
やつれたとはいえ、傍目にはそんなに年寄りには見えない。
「私は大丈夫・・・病気ではないもの。ただの老衰。」
伏した布団の中から柔らかく微笑むのは女性だった。やつれているが肌に皺はない。ただ、枕の上に広がった短めの髪は真っ白だ。
「この星に来て既に2000年を過ぎました。出来る限りの手を尽くして生きながらえて来ましたが・・・さすがに細胞分裂の限界に達しました。寿命はもう今にも尽きることでしょう。だから、あなたが気遣うことではありません。」
それほどの年寄りには全く感じさせない声で女は微笑んだ。
「・・・連邦に戻れば・・・もう少しは生きながらえると思いますが。」
「それは望みません。」女は一瞬、固く目を閉じ開く。「もう、生きたくない。」
その目の強い光に、ナグロスはうなづきあらがわない。
「その気持ち、わからなくもない。」
「でも、あなたは再び連邦の仕事に戻った・・・」
「はい。奇跡がありましたから。」ナグロスは恥じ入るように目を反らす。
「失った娘を取り戻し継承者を得ることまでできました。それに麗子にも。」
女の目が見開かれる。「あなたには理解していただけないとは思いますが・・・この星の住民のようなことを言い出してしまって。迷信深い原住民のようなことを。」
「私も。」女は今度は静かに目を閉じる。「この星に来てまったくそう言ったことを信じないと言ったわけにはいかなくなりました。宇宙の次元とは違う、別の次元がこの星には存在する・・・そこには霊と呼ぶものがいるのでしょうね。」
「そうなんです。」ナグロスは自分の体験と驚きを持って知った『魔族』とか、『神』とか呼ばれているモノ達のことを思った。しかし、説明はできなかった。今、死に行く女の頭をそんなものの話で満たすべきではない。
女は再び、目を開けるとジッとナグロスを見つめた。
「わかるんですよ。この星で産まれ育ったものは、少し違いますのよ。」
「あなたの継承者達・・・ですか?」
「そう。進化体だけどもっと探知能力が細かく発動しているみたい。あなたの麗子さんのように。」
「霊が視えると?」
「さぁ、そこまでは。」女は微かにクスリと笑った。
「私には検証が不可能ですもの。ただ、頭ごなしに否定することはできないから・・若い芽を摘んだりしないだけ。」
「なるほど。」ナグロスは言葉を切る。これからが正念場だった。
「先ほどお会いした若者。そしてこの村に住む住民達。みなあなたの血族と言うことですね。実は、私がここにこうして連邦の使者として来たのは・・・もう、おわかりでしょうが、その継承者達のこれからの去就。それが一番、問題な訳です。」
「勿論、わかってますわ。」その伏した面に浮かぶのはただのあきらめと見えた。
「そちらの御随に。全面的にお任せします。ただ外部遺伝子の占有率が30%以下のもの達はこの村を離れていますけれど・・・彼等がどうなるのかが気になります。」
その言葉を聞いたナグロスの顔に安堵が浮かぶ。
「ご安心ください。悪い条件ではありません。あなた方のこの星の血への汚染率は大きなものではないと思われますから。あなたがこの地を封鎖して拡散を出来る限り防いでくださったおかげです。連邦もそのことには感謝と敬意をお伝えしたいと。あなた方を連邦に連行するには及ばないと言う結論が出ています。」
「ただ、監視はつきますわね。」女は息を吐いた。「これから未来永劫、この星に於いて管理されるのでしょう?」ナグロスは肩を竦めた。これは温情と言っていいほどのことだとは彼も相手もよくわかっているのだ。
「それと船のことですが」
「船・・」「あなた方の乗って来られた船はどこにあるのですか?」
「あれはもう、壊れてしまいましたのよ。」女は能面のように表情を動かさない。
「それでもいい。どこにあるんです?」
「わからない・・・処分したのは私ではありません。」
ナグロスはため息を押し殺す。嘘だとわかるからだ。他星に密航したものの多くは乗って来た宇宙船から離れたがらない。信仰のように拠り所として、近くに居を構える例が多い。
「・・・わかりました。そのことはまた後日。」
追いつめることはしなかった。それは幸いなことに彼の仕事ではない。
「取り上げられるのですね。例え、飛ばない船でも。」
「この星で動かしがたい他文明の証しになってしまいますから。」
「もう、すごく古い船です。見つかることはありません。すぐにこの星の岩盤と混ざり合ってしまうでしょうに。」
ナグロスは相手に見えないのを承知で頭を下げるしかなかった。
「・・・連邦の決めた定めですから。」
「・・・仕方がありませんね。もともと重罪を犯したのは私達ですから。」
目を閉じた女の顔は幼くさえ見えた。
「恩あるあなたにこんな知らせを持って来る役はできればやりたくなかったのですが・・・」
「あなたが一番の適役だったのでしょう。あなたも断ることなどできますまい。」
「確かに。」やや老いた男も口を噛み締める。「その通りです。」
そして、もっとも言い出しづらいことがあった。
「先ほどあなたがおっしゃった、その『私達』のことですが。」
「私の・・・元パートナーね。」目を閉じたまま微笑む。
「あなたのパートナーはこの星で犯罪を犯している・・・」
「パートナー」リサコは一瞬、目を開く。その目がナグロスと合った。
「はい・・・」意味深な沈黙であった。ナグロスもすべて連邦に話したわけではない。リサコと共にこの星に侵入した男のこと。
その男は連邦の遊民組織と繋がりを続け同時に、この星の裏世界と結びつき『果ての地球』の人間や死体を部品として輸出していた。過去その末端を上陸部隊に潰されたことで警戒した男は、仕事の一部を嫌々協力させられていたナグロスを捕らえ拷問した。解放された彼が真っ先に助けを求めたのはこの女だ。ナグロスが廃人と化さなかったのはこの女の手厚い看護のおかげである。
その上でナグロスはあえて女の意を問うている。シドラ・シデンはすべての会話を聞いているであろう。彼も女も承知している。
ナグロスの真意は伝わったようだ。女は目を閉じた。
「もう1000年以上前に・・あの人とは袂を分かったと言う話は以前にしましたね。」
「はい、戦時中。初めてこの村に立ち寄ったおりに。」
「彼と私はもうパートナーではない。ほとんど没交渉だと私は断言できると思います。どちらかというと」動かない面に影が過る。「敵、かもしれない。」
「確かに彼がこの星で始めたことをあなたは容認できないと言いましたね。」
それでも女は男をかばうだろう。あえて名を口にしないのはその現れだ。
「勿論です。彼と私の生き方は違う。この村に籠った静かな暮らし・・・彼には耐えられなかった。特にあの戦争・・・彼は変わってしまった。」
変わってしまったのはナグロスも一緒だ。その体験が共犯者のごとくナグロスの追求をむやむやにさせている。男の与えた苦痛にうなされたとしてもだ。
「あなたのパートナーは逮捕され、召還されるでしょう。これは連邦の総意です。」
「大丈夫・・・私も宇宙の民の産まれですよ。」
「総意には生きていても死んでいてもということが含まれます。」ナグロスは頭を下げた。「どうしても慣れない。私は原始星の産まれだから。」
「気にすることはありません。彼も歳です。死に場所を捜しているのは私と同じ。心配する前に簡単に片がつくかもしれません。」
「彼の寿命はもう、長くはないんですね?」
「自分を痛めつけた相手を今も気遣うなんて、優しいのねあなたは。それはずっとあなたを苦しめている。」遊民の女はひと時、その弱さを笑う顔になる。
「宇宙では暮らせませんね。星を出るべきではなかったのでしょう。」
「でも、あなたは調査員になるしかなかった。ここで体験したことはやり直せない。あなたも、もう望んではいない。」
女の言葉はナグロスの本心を突いている。
「この星で一生を終れと言う決定は何よりありがたいだけです。」
「私もそう・・・」目を開けた。黒に近い暗いグレイの瞳。肌は一点の染みもなく白い。唇だけがかつての色を失って久しかった。
「私はこの星で終れるのが本当に嬉しい。」だけど、と鬼来リサコは言葉を飲み込む。
自分はナグロスとは違う。奇跡等、起こりようが無い。大事なものなど最初からなかったのだから。ありようがないのだ。
自分にあるものは自分が自ら作り上げたものだけだ。
この村とその住人達。それだけだ。自分と同じく未来のない者達。
果たして全員、ここで終れるのだろうか。
そして、私のパートナーは。
そうだった。自分にもし唯一の家族というものがあるとしたら・・・それは『彼』なのかもしれない。そして彼女にとっての『希望』とは『死』と限り無く近しい。