MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・スリー 第五章-1

2014-03-07 | オリジナル小説

         5・アギュ 潜行する

 

 

              綾子と寿美恵

 

「あっ・・!」

押さえた喉元から冷たい玉がハラハラと逃げるように落ちる。

「どうしたの?寿美ちゃん?」廊下からよそ行きを着た綾子が声をかけた。

「ああ・・いやね。」手の中に残った天蚕糸と金具とを見た。

「なんでもない、ネックレスが切れたの。」

着ているワンピースの襟を持ち上げるようにして体を振った。服の中に落ちた球があるかも知れない。パラパラと畳が鳴った。

「いい?入るわよ。」綾子が襖を開け「あらあら、たいへん。」と言って手元に転がってきた玉を拾った。「あらまあ、せっかくの真珠が。」

「いいの、いいの。偽物の安物だから。」心なし顔を赤らめて寿美恵も拾い集める。「だって、息子の・・・遠足のおみやげなんだもの。」

「まあそれなら、なおさら大切じゃない。」2人でせっせと手を動かした。

拾い集めるうちに寿美恵はなんだか懐かしい気持ちが沸き上がってくる。

「もう12年以上前かな・・・学校で江ノ島に行った時に買って来てくれたものなのよ。だから、玩具なわけ。あの子男の子だし、偽物かどうかだなんてその時はわからなかったのね。得意げに母さん、『真珠のネックレスがない』って言ってただろって。」

「優しいわね、譲ちゃんて。小さい時からそうだったわね。」

「プラスティックに加工した玩具だって知った時はすごく悔しがってたわ。本物をあげたかったって・・・。」

「その気持ちが嬉しいじゃないの。」

綾子の言葉に寿美恵はフッと口元で笑う。

「実は私本当は・・・本物、持ってたんだけどね。昔、誠二さんが買ってくれた2連と1連の高いやつ。ただ、別れてからそんな経ってなかったからさ。もう、むなくそ悪くて見るのも嫌だって付けなかったのに・・・法事の時に付けるのがないとかなんだかぶつくさ文句を言ってたのを、きっと聞いてたのね、あの子。」

「はい。譲くんのプレゼント、大事にしないとね。」

寿美恵の掌に集めた真珠をそっと落とし込んだ。合わせた両の手の中にプラスチックの軽い玉が小さな山でたまった。それを見つめて寿美恵が思わずため息をつく。

「どうしたの?」

「今日、ほんとは別の付けるつもりだったんだけど・・・なんだか、ふっとこの玩具が目に入って。おかしいわね。なんの気なしに付けてみたら、切れちゃった。」

「そういうことあるわよ。思い出したんじゃないの?譲ちゃんのこと。」

「そうなの。香奈恵が卒業したでしょ?」寿美恵は綾子が差し出したティッシュにバラバラになった玉を包むとそっと取り出した引き出しに戻した。

「あれを見たら・・・譲の時を思い出しちゃって。あの時は私もまだ心に余裕がなかったから、香奈恵に較べたらお祝いもついいい加減に済ましちゃって。なんだか追い出すみたいに東京に行かせちゃったなって。」

「そんなことないわよ。」

「あの頃はまだ阿牛さんやユリちゃん達がいなかったから、仕方ないんだけど。香奈恵の時は随分、賑やかになったじゃない。ありがたかったわ。」

「人もずいぶん、増えたものね。」綾子も感慨深い顔になる。

「うちの渡とユリちゃんの卒業も重なったし。ちょっとしたお祭りだったわね。」

「あちらの会社の社員の人達もよくしてくれたわね。ほら、なんか新しい人も。」

「ああ、鴉さんね。」

寿美恵は可愛らしい若者の顔を思い浮かべ自然に笑顔になった。

「それにしても変わった名字よね。」綾子もクスリとする。

「顔を見るとカラスというよりまだ、ヒヨコみたいだし。」

2人でクスクス笑いながら立ち上がる。

「さあ、もう行かないと。面会時間、お昼からでしょ。新宿には11時には着くから。中村屋さんかどこかで食事でもしましょうね。」

「あっ、高級カレー、いいわね。」

「私、よく他に知らないのよ。」

「いいんじゃない。まあ、病院にも大きなレストランが付いているっていうから、そこでもいいし。イタリアンだって真由美さん、言ってたから。」

「あら、そうなの?。私なんて、すぐそこの診療所で渡を産んじゃったから。そんな立派な都会の病院には行くの初めてよ。」

「誠二さんがすごい気にしいみたい。大学のコネつかって個室を取ったのよね。私が譲を産んだ時は発掘と重なってさ・・・仕事仕事って。そんなに心配してくれなかったくせに、まったくよくやるわよね。」

そうブツブツ言う寿美恵の顔を綾子は不思議そうに見ていた。

「・・・なんかおかしいわね。あなたと真由美さん。」

「ああ、そうね。そうよね。」寿美恵も自分でもそう思う。

「もう、気にならないの?」

「うん、自分でも不思議なほど。」

鈴木真由美は香奈恵の元夫であった鈴木誠二と不倫の末に結婚した女性である。その上に色々と不愉快な経緯の果てに知り合った寿美恵であったのだ。

しかしどういうわけか、事がすべて落ち着いた後でお詫びにきた真由美となんだか話があってしまい、気が付いたら仲良くなってしまっていたのだ。

綾子に言わせると、事の起こる前の真由美と後の真由美ではずいぶん感じが変わったと言うのだがその辺は寿美恵にはよくわからない。よくある泊まり客の1人とほとんど注意を払っていなかったというのが、いかにも寿美恵らしい。

ただよく話をしてみれば、話の分かるさばけた大人ですごくいい人だと思ったし、そんな女と再婚した誠二の幸せを素直に喜べた自分が何よりもの驚きだった。

その裏にはどうやら自分は誠二の一件は本当にどうでも良くなった、卒業できたのだなというと嬉しい実感があった。

ただ、誠二の方はかなり困惑し、妻と元妻が付き合うことをなんとか止めようと最初は色々と画策していたみたいなのだが。肝心の真由美の方はまったく気にせず、なんとなく後を引いて2人は電話のやり取りをずっと続けることととなっていった。35過ぎて初めて子供を妊娠した真由美がその出産の不安や出産後の子育ての心配等を素直に寿美恵に相談した事が大きい。その都度、寿美恵は綾子と共に経験者として様々なアドバイスをした。

真由美が切迫流産の危険があるとして予定日のかなり前から入院生活にはいった後で寿美恵は自分の夫だった男と離婚後初めて落ち着いて電話で話をすることになった。その時に、お互いにもう『未練』はないと言うことを改めて確認し合うこととなったわけだが。そもそもなんで自分と結婚したんだと寿美恵が聞いた時に誠二が言った一言も長年のしこりを取り去った。『俺はちょっと優柔不断な所があるから、あの時は君の気の強さに惹かれたんだ.』と。積極的だった自分に押し切られて流されるまま仕方なく結婚したと思っていた寿美恵は誠二も自分をそれなりに愛していてくれたのだと知った。それは離婚後、どこか自信を失いささくれ立っていた寿美恵の心の底をかなり癒した。『しかしまあ、結婚してわかったけど気の強い女と暮らすのは本当に大変だった、もうほんとこりごりだよ、俺は。』すぐに余計なことを言うのがこのもと夫である。『誤解して貰っちゃ困るからな。俺はもう君には金輪際、その気はないんだからな、そのつもりでいてくれよ。』

なんといううぬぼれの強い男であることか、失礼にも程があると、寿美恵は呆れる。『私だってあんたみたいな無神経な男はこっちから願い下げよ!』と、心から言い返すことができた。こう言った誠二の性格はかつてはまったく目に入らなかったのだ。顔だけに惹かれることがどれだけ危険であることか。そのことは痛いほどにわかってはいる、わかっては来たのだが・・・。

「あんた達、ぐずぐずしていると大月のあずさが出てしまうよ。」

2人が準備を終えて階段を降りて行くと、綾子の母が階下で気をもんでいた。

相手は入院してるんだって言ったのにも関わらず、地元の名産だのお菓子だのが入った紙袋が玄関マットの上に置いてある。

『旅館 竹本』と書かれたガラス戸が開け放たれた広い旅館の入り口には送迎用のマイクロバスが止まっている。

「あとはまかして、気をつけて行って来な。」板長のセイさんが母の傍らでタバコをくわえていた。日帰りである。今日は幸いと言うか残念なことに泊まり客の予定がない。綾子と寿美恵がいなくても残った3人で充分に留守は守れるはずであった。

「おうさ、はよ、さっさと乗んな。」

綾子の父が靴を履く2人を運転席からせかした。

荷物を抱え、乗り込むとすぐに父は国道に車を発進させる。

玄関先で見送る母達も後続のトラックにすぐに身を引っ込めるのが見えた。

通路を挟んだ綾子の横で、気が付くと寿美恵は襟元に手を漠然と当てている。

ネックレスが切れた騒ぎで結局、襟元に何かを付けるのを忘れてしまっていた。

縁起をかつぐわけではないが、こういうのって不吉な証とか言うのではなかっただろうか。寿美恵は普段はそういう迷信じみたところは微塵もないのだが、ふと暮れに短く電話で元気でやっているのだけを確認した息子を思った。

いつも迷惑そうに応対する二十歳を過ぎた息子のことだ。

すると暖かい手がそっと伸びて寿美恵の膝に置かれた。

「大丈夫よ、譲ちゃんは。」綾子だ。

「よくわかったわね。私が考えてるの。」

この兄嫁はいつも鋭いので寿美恵の驚きも最近は小さい。

「首に手をやってるもの。譲ちゃんのくれたものが壊れたんだものね。」

綾子は身を乗り出して元気づけるように笑う。

「大丈夫よ、譲ちゃんは運の強い子だもの。それを言うと、香奈恵ちゃんもだけど。」

「香奈恵か。」寿美恵は頭を切り替える。「迷惑をかけてなければいいけど。」

「伊達に旅館で育ってないわ。その辺の若い子よりもずっとキチンと挨拶できるわよ、香奈恵ちゃん。」

「そうや。あの子はしっかりしとるの。」運転席の父が話に加わる。

「それにしてもなんや・・・デェズニイーランドとデェズニイーシイーっちゅうのは違うもんなんやな。」この父は若い頃、しばらく関西にいたこともあり好んでいい加減な関西弁を話すのだ。「ちっとも知らんかったわ。そりゃ一日じゃ回り切れんってなもんや。それにしても大学生は暇なもんやな、先週は山中湖でさ今週はデェズニイーランドってわけやろ。思い出作りや言うとまるで高校じゃ思いでがなかったみたいやないか。」

「大学に行ったら今までのお友達とはめったに会えなくなりますから。それにまだ正確には大学生じゃありません。4月に入学してからです。」綾子が正す。

「なんでもええわ。あっちゃこっちゃと遊ぶことばっかり熱心だってこっちゃ。大学へ入ってから勉学に付いて行けなくて困らんといいがの。」綾子が話を変える。

「香奈恵ちゃん、お友達だけで家を離れたのは初めてだわよね。」

「1回やったら箍がはずれるっちゅうのはありがちやな。」父親はめげない。

「鳥屋あきらちゃんの従姉妹の方が面倒見てくださるとか。」

「そう柿生さん・・・柿生鏡子さんって香奈恵の大学の卒業生でもあるのよ。香奈恵はこちらに遊びに来た時に1回、会ったことがあるみたい。香奈恵は保育科だけど、あちらは英文科で、学部は違うんだけど。その人のマンションに泊めていただく予定なのよ。」寿美恵は説明する。「今は旅行会社に勤めてるんですって。忙しいから、留守がちだけど自由に泊まってくれて構わないそうだから、あまり迷惑はかけないと思うんだけど。そう願ってるわ。」

「それじゃあ、香奈恵ちゃんとあきらちゃんの2人で泊まるのとほぼ等しいんとちゃうか。大丈夫やろか、あんな大都会やで。子供らだけで・・・」

鳥屋あきらは香奈恵の高校での一番の仲良しの女の子で音大に入学が決まっている。同じ大学ではないので4月からは別々になってしまうのだ。

「どうせ旅に出るなら、シドさんが一緒について行ってくれたら鬼に金棒やったのにのぅ。まだ仕事が片付かんのかいな?またっくうまくいかんこっちゃなあ。」

「お父さん、シドラさんの直接の仕事ではないんですよ。ユリちゃんのおじいちゃんの付き添いだから。でもあの方、日本語お上手よね。通訳なんているのかしら。」

「ナグロスさんだっけ?」寿美恵もうなづく。確かにシドさんが一緒だったら心配などは誰もするまい。「お父さんから日本語は習ってたけど、ずっとブラジルだったから地理がわかんないんでしょ。阿牛さんが忙しくなかったら一緒に行ったんだろうけど。」

突然現れたナグロスというユリちゃんの母方の祖父をみんなはなんの疑いを抱かず受け入れている。かつてこの旅館にも泊まった事のある『権現山の仙人』と呼ばれた男と同一人物だとは誰も気付いていないようだ。当人が堂々としていることと、こ奇麗になってビジュアルがかなり変わったことも大きいのだが。人並み以上に鋭い綾子が何も気が付いていないのはおかしな話と言える。

おそらく、なんらかの記憶の操作が行われたのに違いなかった。

「それにしても、ユリちゃんの母親がブラジル日系3世やったとは知らなかったの。なんでもプランティーションとやらも仰山持っとるようだし、大農場主やろな。実業家としても押し出しの立派な人や。・・・それに引き換え、ジンさんというのは、ちょっと何やってるかわからんがの。」

そういうとジンの名に顔を赤らめる寿美恵をバックミラーでチラリと見た。

「寿美ちゃんには悪いがの。」

「ジンさんはルポラーターなのよ。」綾子がとがめる。

「お父さん、ナグロスさんの話にはまったく関係ないじゃないの。」

「いいえ、綾子さん。別に、全然、構わなくてよ、おじさん。」

妙に力を込めた肯定に隣の綾子の頬は思わず緩んでしまった。

「お父さん、ジンさんは悪い人じゃないと思うわ。うちのお得意さんでしょ。」

「フン。」と父は小さく「何度も何度も泊まりに来ての、確かにうちは儲けさせてもらっとるが・・はて、何が目当てだか。何か思惑があるんとちゃうか。」

寿美恵の顔がますます赤くなる。ジンの目的が自分と会うことではないかとちょっと期待しているのは事実だったのだ。綾子もそう思っていたが慌てて誤摩化す。

「ジンさんはこの辺の土地を見て回ってるのよ。」

「ふん、この辺に住むってことじゃ、この先のお得意様は当てにならんな。」

吐き出すような言い方だ。自分の妻が苦労してまとめた寿美恵の役所勤めの見合い相手との縁談が壊れたことがこの父親には業腹なのだった。

寿美恵は気まずくなり話を戻した。

「・・・香奈恵が東京の大学を落ちてくれて本当に良かったわ。」

「そうね、香奈恵ちゃんには気の毒だけど。神奈川ならまだ通える範囲だものね。」

「でも香奈恵はアパート、借りたがってるのよ。だから、あきらちゃんの従姉妹さんの都会のマンション暮らしに興味津々なわけ。」

「一人暮らしなんか、許したらあかん。」

綾子の父はジンの話題を一発で忘れる。

「男はともかく、女の子は一人暮らしは絶対、ダメや。こないや世の中じゃ、何があるかわからん。送り迎えならいくらでも人手があるんやから通わしたらいい。」

「まあ、そうなんだけどね。」寿美恵には独立したい香奈恵の気持ちもわからなくはない。それに自分の経験からも一度は家を離れることも大切かもしれないとも思う。特に、神興一郎という男が出入りしている今は。それとも香奈恵がジンを毛嫌いしていなければ、娘が家を出て行くことに強く賛成するようなこんな気持ちを抱く事はなかったのだろうか。寿美恵は自分でも少し後ろめたい。

神興一郎というやや得体の知れない男と本気で結婚したいかどうかというと・・自分でもあやふやだった。勿論、相手がどう思っているかはわからない。

「ジンさん、東京に帰ってるけど、今度はいつくるのかしらね。」

「来月、また来るって言ってたわ。」寿美恵はちょっと恥じらんだ。神興一郎はこれまでの男と違って、来ると言って来なかったことはない。今、その関係はしごく良好であると言えた。良好過ぎるぐらいだった。どちらかというと母親の交際に何かとうるさくなった香奈恵がいない今週にいてくれた方が良かったかもしれない。

「香奈恵ちゃんはね、別にジンさんを嫌ってはないと思うわよ。」

今度も抜群のタイミングで綾子が囁いたので寿美恵はさすがに目を白黒した。

運転席の綾子の父は1人でぶつぶつもの想いに耽っていて、こちらの話は耳に入ってはいないようだ。

「えっ?えって、綾子さん!」

「ただ・・たぶん、戸惑ってるのよね。」

涼しい顔しつつも綾子は考え深気に窓の外に目をやる。

「そうよ、すごく戸惑ってる・・・現実を受け入れたくないのね。前のお父さんが大好きだったって感じもしないし、再婚だってした方がいいって渡にもよく言ってたらしいのに。今までの寿美ちゃんのボーイフレンド達は全然平気だったのにおかしいわよね。ほんとに・・・なんでかしらね。」

綾子はひょっとして香奈恵自身が本当はジンを好きなのだろうかとも疑ったのだがそれもちょっと違う気がするのだとはさすがに寿美恵には言い出せなかった。

寿美恵はちょっと綾子を軽く睨む。

この義理の姉は時々、本当に気味が悪いくらいだ。

そういう時は怖いとも思うし、なにやら憎らたらしくも感じる。

「ええ、ほんと、なんでかしらね。」やっと少しトゲのある言葉を口にする。

「この私が一番、知りたいくらいだわよ。」


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