容疑者雅己
場は凍り付いた。
「・・・まさか、キライのおじさんとおばさんじゃないですよね?」
「首のない二人の死体だそうだ。」
「あの家ね?」霊能者の目は昼寝するネコに似て来る。
「リビングだ。午後9時24分。あの家に侵入する男を目撃したと匿名の電話があった。警官が発見したのが9時45分。」
「まだほんの30分前ではありませんか!」牡丹が執事の慎みを忘れた。
エレファントは端末の方でもさまざまな情報を閲覧している。
「中野署の通話記録・・・鑑識があの家に急行している。・・・これはどうしたって鬼来雅己を捜すことになるな。」
「出来る限り、情報を集めてちょうだい。」兄が命じる。「署員の個人メール、通話なんでもいいわ。近所の人間のつぶやきも、できたら。発見時の状態を知りたい。」
基成先生は素早く頭を巡らせている。
「グズグズしてられないわね。事情聴取にくるわよ。雅己くんを捜して。今日、あの家に入った人間全員が事情を聞かれる。」
「じゃあ、ほっしざきさんとたいらさんも?」
「死体なんかありませんでしたよ!」譲は叫んだ。
「わかってるわよ。私だっていたんだから。」面倒くさそうに「誰かが・・・穴から出したんだわ。でも、なんの為に?なんのメリットがある?」
「侵入した男?」「はっ!そんなの実在しているんだか。」
「窓が割られていた。」エレファントが補足する。「侵入の形跡はわからなかったが念のため、警官が屋内に入って発見したようだ。」
「こうなったら。」基成勇二が背筋を伸ばす。「予定、変更。すぐに出発よ。」
「えっ、どこへですか。」
「決まってるじゃない!鬼来村。君の故郷よ。」雅己を見る。
「そうだな。」エレファントが画面を閉じ始める。牡丹はテーブルにずらり並んだ食器の後片付けを無視して、どこかへ走る。「兄さま、すぐに準備します。」
「雅己くん、携帯貸して。電源を切るの。融くんもお願い。」
「警察の呼び出しに応じないんですか?」
「そんなことしてたら、ずっと都内から出られなくなるわ。私達は死体がでたことなんて知りようがないんだから、鬼来村に行きたければすぐしかとこいて東京を離れてしまわないとダメ。」
「編集長は5時に来るって・・・」
「緋沙子ちゃんには悪いけれど、今は余計な報告はしないで。村に着いてから電話しても遅くないでしょ。緋沙子ちゃんとはできれば現地集合にしましょ。彼女なら連絡が付かなくても私達が鬼来村に向かったことはピンと来るはずだし。大丈夫、緋沙子ちゃんと平さんならそんなに長く警察に留め置かれたりしないはず。」
基成素子もどこかへ消え、室内は譲と雅己と先生の3人だけになる。手持ち無沙汰に椅子に尻を載せた雅己と融の回りをウロウロと歩き回る。
「中野のマンションに行き、雅己くんがいないのに気が付いて・・・桑聞社と充出版に電話が行くはずよ。それからね、譲くんや私のところに連絡してくる。まぁ、もしかすると、マンションに行った時点でさっきの騒ぎを聞くかも知れないわね。」
「そうですよ、あの警官がいたんだから。警察は真っ先にここに来るんでは?」
「あいつらは勤務外で動いているように思うけど・・・確かにその恐れもあるわね。とにかく、警察に死体発見を知らされる前に出発しないと。」
テーブルの大きな置時計に目をやる。
「今、10時18分。できれば10時30分、どんなに遅くとも11時までにはここを出なきゃ。」
「はぁ。」そう相づちを打って隣を見れば鬼来雅己は眠そうに目を閉じていた。
「譲っち、どうでもいいけど・・・ちょっと疲れちゃったよ。」
「先に車に入って寝てるといいわ。譲くん、さっき乗って来た車に連れて行ってあげてくれる?」基成先生がやさしく言った。
「たぶんさぁ、あいつらはさ宇宙人なんだよ。」譲と車に向かう雅己が目をこすりながら囁いた。「先生はもう一つの可能性を見逃しているんだ。ぼくはきっと瞬間移動したとき、UFOにさらわれてたんだよぉ。そこで記憶を盗まれたってわけ。」
「それは・・たぶん、ないよ。」譲はつぶやく。宇宙のお姉さんは見たけれど。
「譲っち、ぼくの耳の裏、穴が開いてない?」
おざなりに耳を見る。ほんとうに雅己がおじさん達を殺したんだろうか。それとも全部催眠で見せられた幻覚?でも先ほどの警官達は現実に存在していた・・・。
「宇宙人にさらわれた人の耳に開いていると言われるような穴はない。」
ゆっくり丁寧に説明するとちぇっと言ってでかい欠伸をする。
「きらい家の呪いかぁ~めんどくさいなぁ。なんでそんもん今さら、振りかかってくるんだろぉ。」「まったくだ。」
「あの警官達が呪いに一枚、噛んでるのかなぁ。人間なのにぃ?」
これから向かう鬼来村の行方不明事件も気にかかるのだが。雅己は最初、兄貴のことで泣いた以降、まるで忘れてしまっているようだ。それともただ、眠いだけなのかな。まぁ、今日は色々あったし。そう思うと譲も急に重たい疲れを感じる。朝4時に起きての霊視に始まり、瞬間移動に記憶喪失、村人全員失踪事件発覚に雅己が命を狙われる。仕舞いには異次元?で見た死体が現実に現れ、群馬行き決定。
「ぼく、呪いよりゆ~ふぉ~の方が好きだなぁ。」
それはまったく同感だ。
基成兄弟
基成勇二は広い応接間に一人になった。
吹き抜けに寄り添い、見下ろすと譲と雅己がクルーザーに向かって行くのが見えた。
「友情・・・諸刃の枷か。」勇二の目が鋭くなる。
「兄さま。」振り向くと大きなトランク2つを抱えた牡丹だった。
「とりあえずの着替えとかは準備できました。」
「いよいよだな。」これもまた大きな荷物を肩に乗せたエレファント。
「それにしても・・・鬼来村に行くこととなるとは。本当に偶然なのか。」
「さあな。」勇二の顔が急にシリアスになる。「私に話が回ったのは偶然だろう。」
「兄さまは稀代の霊能者として今、売り出し中ですからね。」
「げに恐ろしきはマスコミの力といったとこよ。」「狙い通りと言っていいです!」
「どっちにしたって、この仕事を引き受けたのは『鬼来』の名前のせいなんだろ?」
「そう。一度は行って調査してみたかった場所であることは確か。」
「とにかく、この道のマニアは知らない者はない村なんですから!引き受けた以上は行かないのは不自然なくらいなんですよ、姉さま。」牡丹の目がキラキラとする。
「・・・死人帰りの村。」ポツリと勇二がつぶやく。
「どっちにしても『鬼来家の呪い』は、ほんと期待通りだったというべきです。魔物の匂いがプンプンしますよ!よって、我々兄弟が乗り出してしかるべき謎なんです。それに歴史的に見ても貴人都落ち伝説とか隠れ里伝説とか、他にも戦争中は戦争忌避者を匿った村とかでも色々と有名な村なんです!最近なんて、UFOの目撃例も多いとネットで評判になっているんですから。ここで尻をまくったりしたら、それこそ世間に色々勘ぐられ兼ねません!第一に憂慮すべきはマニアの旗ふり筆頭の星崎緋沙子編集長、そうですよね?。彼女には疑惑を抱かせるべきではありません。なかなか鋭い人物のようですからね。」
「霊能者基成勇二だからこそ、鬼来村に挑んでも不思議ではない、ということだ。」
エレファントの声にはいつもの揶揄するような調子は消えている。
「別方向からのアプローチも、我々には邪魔にはなるまい。何しろ・・・潜んでいるのは『魔』なんだから。」
「それはまだ。」長兄が手で制する。「どう絡んでくるのかは見極めが肝心。ただ、魔物は必ずいる。どこかで姿を現してくるはずよ。それに。」
ソファに投げ出していた毛皮に袖を通した。
「雅己くんの兄貴、鬼来美豆良には要注意。この件の裏には彼の影がある。」
そう言ってから素子を見る。「あと、それとも別にどうやら雅己を助けようとしている流れもあるみたい。どういう関係性で絡んで来ているのか今のところ、さっぱり見当がつかないけれど。マンションで私を助けたのはそれ。」
「人間なのか?」「それもまだ未定。次元を出入りしているから・・・最初は人ではないと思ったんだけど・・なんだか違う。子供の形を取っていたけれど子供ではない・・・あれは私達が行く前に既に雅己の近くに潜んでいた。」
「では、あの警官の方か?」
「血と肉を持った人間だけど、感情がない。背景にいる可能性は高いわね。」
「まずは鬼来美豆良を探し出して接触するんでしょう?。」
「見つけ出せたらね。」
「3つの流れ・・」「そのどれかに魔性が潜んでいる。」
「とにかく、力を合わせてがんばりましょう!うまく魔物を捕まえたらですよ!」
牡丹が2つの巨大トランクを力強く押しながら階段へと向かう。
「あの方、狂喜乱舞するのは確実です!」
基成勇二の足が止まる。それは劇的な変化だった。頬が染まる。
「ああ、誉めてくれるかしら。あの方!今度こそ、私を・・・」
「ええっ、もう!絶対ですよ、兄さま。」
そんなやり取りを基成素子はどこか冷たく眺めている。
「くだらない。」ぷいと顔を背け、肩の荷物を持ち直した。
「あんたの片思いしてるいい人だって。」勇二が口を尖らせる。
「あんたを見直すかもよ。」
「うるさい。」素子ことエレファントはますます不機嫌になる。
「行くぞ、役目を忘れるな。」
星崎緋沙子
カタリと音がした気がする。
星崎緋沙子は気にしない。古い建物だ。色んなところが軋む。
先ほどから電話をかけまくっている。二人の編集にそれぞれ事情を説明し明日からの仕事を割り振る。二人とも今日の霊視の展開と面識のある鬼来雅己の記憶喪失には心配もし興奮もした。鬼来さんには気の毒だが、この取材は記事になれば必ず受けること間違いなしだと口を揃える。それで気を良くした緋沙子は別の取材先2カ所にも電話をし、予定を入れ予定を変更し、依頼しているライター全員に別記事の締め切りを確認し更に進み具合に応じて叱咤激励をした。その後も電話を受けては返し、目の前に山積みにされた事務仕事を片付け続けた。どうにか明日から1日はまるまる体が空けられそうだった。その後もどうにかなるだろう。岩田譲の開けた穴は、以前も頼んだ派遣社員2人に来てもらえば補える。派遣の方でも明日からで依存はないとの返事も取り付けることができた。
嫁に行った娘からメールが来ていたので返事を返す。オムツも取れていない孫の写真にはつかの間、癒された。群馬のみやげでも送ってやろう。
途中、今月の中間決算を持って2階から事務員が来た。後で目を通すことにして未決の箱に放り込んだ。まだ若い二人の女性社員は今日はこのまま帰るという。すかさず下の戸締まりをお願いする。4階の戸締まりと火の元は自分が出るときに確認するつもりだった。
また、音がした。カタリ、そして気を引くようにまた。
緋沙子はコーヒーのカップを持って立ち上がった。自社ビルでないので1階には管理する者がいるがそれは10時で帰ったはずだ。下には誰もいないはず。
編集室から本や紙、段ボールが山積みにされた薄暗い狭い階段に出た。給湯室は下にある。3階は倉庫と資料室と仮眠室になっているのだ。
使い込んだ薬缶で湯を沸かす。シンクとガス台、湯沸かし器と食器棚。小さな冷蔵庫があり階段に背を向ける。音がする。サッと振り向く。誰もいない。
『何かしら?嫌な感じ?』再び、コンロに振り返った時だった。
『・・・村には行くな』足下で声がした。足下を見る、誰もいない。勿論、この建物には星崎の他に誰もいないのだ。しかし、さすが星崎びびったりはしない。
「誰なの?」冷静に声を放つ。「私に何を言いたいの?」
電灯に照らし出された給湯室の中、返事はない。
「いいこと。誰が止めたって、私は鬼来村に行くわよ。」挑戦的に胸を反らした。薬缶が沸騰する音。「こんな大きなネタ、誰が逃すものですか。」
『・・・鬼来村にはかかわるなと言っているんだ』目の前の空間に黒い線が走る。
『取材はやめろ・・・やめないのならこちらにも考えがある・・・』
「!?」さすがに豪腕編集長の背中からも汗が吹き出た。現れたその線に沿って手が、小さな腕が内側から出て来た!。空中に浮かんだその黒い線を中から誰かが開らこうとしている!?・・・星崎の体が後ずさって備え付けのシンクにぶつかった。確か、この下には包丁かなんか、そうだ、果物ナイフがあったはず・・・!指を走らせようとした瞬間、目の前に白い光が走る。それは星崎の背後から来た。眩しい電撃!それは黒い裂け目とぶつかり、火花を散らす。目の前が真っ白になった。
『ばぁかがぁ!』
「基成先生?!」しかしすぐに気付く、違うもっと若い。
『だぁれがここを守ってると思ってる!おととい来やがれ!』
笑いを含んだ少女の声が頭の中で微かに響いて来えた。
星崎はまだ目が眩んでいた。しばしばと瞬くと、目の前の黒い線が消えていることに気が付く。お湯が激しく沸騰している。
「何、これ?幻覚?・・・まさか、私にも催眠とか???」
ガスを消す。お湯を注ぐ時、ようやく手が震えていることに気が付く。
「もしかして・・・宇宙のお姉さん?」
恐る恐るつぶやいた。勿論、返事はない。
上で電話が鳴っている。
後ろも見ずに駆け上がったので、コーヒーがかなりこぼれた。
受話器を掴むとそれは平からだった。「星崎さん、大変でっせぇ!」
平の声はびっくりするほど大きく響き渡った。おかげでさっきまでの薄ら寒い感じが一掃されたことに感謝しつつ「どうしたんですか?」緋沙子は機械的に冷静に応じている。「実はですねぇ、言いませんでしたっけぇ?私の情報網に警察関係者がいるんですよ!」マメな平には知り合いが大勢いた。それが、時に役に立つ。
しかし、その後に続いた言葉に星崎は驚愕した。先ほどの出来事も何もかもふっとぶくらいに驚愕した。平に断って電話を切ると、すぐに基成勇二の家に電話をする。
誰もでない。呼び出し音が10回、20回・・・30回を数えた時、やっと電話を切った。どうしたんだろう?そう思う間もなく、置いた電話が再びけたたましく鳴る。
警察からだった。壁の時計に目が行った。10時40分を過ぎていた。
星崎編集長が警察からの電話に思案しつつ対応していた夜。
警察は鬼来雅己がマンションに不在である事は既に掴んでいる。
譲と鬼来が基成勇二の自宅から鬼来村へと旅立とうとしていたその夜。
基成御殿は炎上する。
地上3階、地下2階の建物は全焼。
後に推察された原因はまず、巨大シャンデリアがその重さによって裂線。
そこからの漏電がなんらかの原因で火元となったと思われた。
火はコレクションルームにあった車のガソリンに引火し次々と爆発。
身許不明の焼死体が一体発見されたが基成勇二と残りの住人は行方不明。
車が一台なくなっているという指摘もあったがそれもいまだに未確認。
勿論、『霊能者大暴れ』のネットの呟き等を警察が知るのはその翌朝の事。