MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・スリー 第四章-3

2014-03-02 | オリジナル小説

               容疑者雅己

 

 

場は凍り付いた。

「・・・まさか、キライのおじさんとおばさんじゃないですよね?」

「首のない二人の死体だそうだ。」

「あの家ね?」霊能者の目は昼寝するネコに似て来る。

「リビングだ。午後9時24分。あの家に侵入する男を目撃したと匿名の電話があった。警官が発見したのが9時45分。」

「まだほんの30分前ではありませんか!」牡丹が執事の慎みを忘れた。

エレファントは端末の方でもさまざまな情報を閲覧している。

「中野署の通話記録・・・鑑識があの家に急行している。・・・これはどうしたって鬼来雅己を捜すことになるな。」

「出来る限り、情報を集めてちょうだい。」兄が命じる。「署員の個人メール、通話なんでもいいわ。近所の人間のつぶやきも、できたら。発見時の状態を知りたい。」

基成先生は素早く頭を巡らせている。

「グズグズしてられないわね。事情聴取にくるわよ。雅己くんを捜して。今日、あの家に入った人間全員が事情を聞かれる。」

「じゃあ、ほっしざきさんとたいらさんも?」

「死体なんかありませんでしたよ!」譲は叫んだ。

「わかってるわよ。私だっていたんだから。」面倒くさそうに「誰かが・・・穴から出したんだわ。でも、なんの為に?なんのメリットがある?」

「侵入した男?」「はっ!そんなの実在しているんだか。」

「窓が割られていた。」エレファントが補足する。「侵入の形跡はわからなかったが念のため、警官が屋内に入って発見したようだ。」

「こうなったら。」基成勇二が背筋を伸ばす。「予定、変更。すぐに出発よ。」

「えっ、どこへですか。」

「決まってるじゃない!鬼来村。君の故郷よ。」雅己を見る。

「そうだな。」エレファントが画面を閉じ始める。牡丹はテーブルにずらり並んだ食器の後片付けを無視して、どこかへ走る。「兄さま、すぐに準備します。」

「雅己くん、携帯貸して。電源を切るの。融くんもお願い。」

「警察の呼び出しに応じないんですか?」

「そんなことしてたら、ずっと都内から出られなくなるわ。私達は死体がでたことなんて知りようがないんだから、鬼来村に行きたければすぐしかとこいて東京を離れてしまわないとダメ。」

「編集長は5時に来るって・・・」

「緋沙子ちゃんには悪いけれど、今は余計な報告はしないで。村に着いてから電話しても遅くないでしょ。緋沙子ちゃんとはできれば現地集合にしましょ。彼女なら連絡が付かなくても私達が鬼来村に向かったことはピンと来るはずだし。大丈夫、緋沙子ちゃんと平さんならそんなに長く警察に留め置かれたりしないはず。」

基成素子もどこかへ消え、室内は譲と雅己と先生の3人だけになる。手持ち無沙汰に椅子に尻を載せた雅己と融の回りをウロウロと歩き回る。

「中野のマンションに行き、雅己くんがいないのに気が付いて・・・桑聞社と充出版に電話が行くはずよ。それからね、譲くんや私のところに連絡してくる。まぁ、もしかすると、マンションに行った時点でさっきの騒ぎを聞くかも知れないわね。」

「そうですよ、あの警官がいたんだから。警察は真っ先にここに来るんでは?」

「あいつらは勤務外で動いているように思うけど・・・確かにその恐れもあるわね。とにかく、警察に死体発見を知らされる前に出発しないと。」

テーブルの大きな置時計に目をやる。

「今、10時18分。できれば10時30分、どんなに遅くとも11時までにはここを出なきゃ。」

「はぁ。」そう相づちを打って隣を見れば鬼来雅己は眠そうに目を閉じていた。

「譲っち、どうでもいいけど・・・ちょっと疲れちゃったよ。」

「先に車に入って寝てるといいわ。譲くん、さっき乗って来た車に連れて行ってあげてくれる?」基成先生がやさしく言った。

 

「たぶんさぁ、あいつらはさ宇宙人なんだよ。」譲と車に向かう雅己が目をこすりながら囁いた。「先生はもう一つの可能性を見逃しているんだ。ぼくはきっと瞬間移動したとき、UFOにさらわれてたんだよぉ。そこで記憶を盗まれたってわけ。」

「それは・・たぶん、ないよ。」譲はつぶやく。宇宙のお姉さんは見たけれど。

「譲っち、ぼくの耳の裏、穴が開いてない?」

おざなりに耳を見る。ほんとうに雅己がおじさん達を殺したんだろうか。それとも全部催眠で見せられた幻覚?でも先ほどの警官達は現実に存在していた・・・。

「宇宙人にさらわれた人の耳に開いていると言われるような穴はない。」

ゆっくり丁寧に説明するとちぇっと言ってでかい欠伸をする。

「きらい家の呪いかぁ~めんどくさいなぁ。なんでそんもん今さら、振りかかってくるんだろぉ。」「まったくだ。」

「あの警官達が呪いに一枚、噛んでるのかなぁ。人間なのにぃ?」

これから向かう鬼来村の行方不明事件も気にかかるのだが。雅己は最初、兄貴のことで泣いた以降、まるで忘れてしまっているようだ。それともただ、眠いだけなのかな。まぁ、今日は色々あったし。そう思うと譲も急に重たい疲れを感じる。朝4時に起きての霊視に始まり、瞬間移動に記憶喪失、村人全員失踪事件発覚に雅己が命を狙われる。仕舞いには異次元?で見た死体が現実に現れ、群馬行き決定。

「ぼく、呪いよりゆ~ふぉ~の方が好きだなぁ。」

それはまったく同感だ。

 

 

              基成兄弟

 

基成勇二は広い応接間に一人になった。

吹き抜けに寄り添い、見下ろすと譲と雅己がクルーザーに向かって行くのが見えた。

「友情・・・諸刃の枷か。」勇二の目が鋭くなる。

「兄さま。」振り向くと大きなトランク2つを抱えた牡丹だった。

「とりあえずの着替えとかは準備できました。」

「いよいよだな。」これもまた大きな荷物を肩に乗せたエレファント。

「それにしても・・・鬼来村に行くこととなるとは。本当に偶然なのか。」

「さあな。」勇二の顔が急にシリアスになる。「私に話が回ったのは偶然だろう。」

「兄さまは稀代の霊能者として今、売り出し中ですからね。」

「げに恐ろしきはマスコミの力といったとこよ。」「狙い通りと言っていいです!」

「どっちにしたって、この仕事を引き受けたのは『鬼来』の名前のせいなんだろ?」

「そう。一度は行って調査してみたかった場所であることは確か。」

「とにかく、この道のマニアは知らない者はない村なんですから!引き受けた以上は行かないのは不自然なくらいなんですよ、姉さま。」牡丹の目がキラキラとする。

「・・・死人帰りの村。」ポツリと勇二がつぶやく。

「どっちにしても『鬼来家の呪い』は、ほんと期待通りだったというべきです。魔物の匂いがプンプンしますよ!よって、我々兄弟が乗り出してしかるべき謎なんです。それに歴史的に見ても貴人都落ち伝説とか隠れ里伝説とか、他にも戦争中は戦争忌避者を匿った村とかでも色々と有名な村なんです!最近なんて、UFOの目撃例も多いとネットで評判になっているんですから。ここで尻をまくったりしたら、それこそ世間に色々勘ぐられ兼ねません!第一に憂慮すべきはマニアの旗ふり筆頭の星崎緋沙子編集長、そうですよね?。彼女には疑惑を抱かせるべきではありません。なかなか鋭い人物のようですからね。」

「霊能者基成勇二だからこそ、鬼来村に挑んでも不思議ではない、ということだ。」

エレファントの声にはいつもの揶揄するような調子は消えている。

「別方向からのアプローチも、我々には邪魔にはなるまい。何しろ・・・潜んでいるのは『魔』なんだから。」

「それはまだ。」長兄が手で制する。「どう絡んでくるのかは見極めが肝心。ただ、魔物は必ずいる。どこかで姿を現してくるはずよ。それに。」

ソファに投げ出していた毛皮に袖を通した。

「雅己くんの兄貴、鬼来美豆良には要注意。この件の裏には彼の影がある。」

そう言ってから素子を見る。「あと、それとも別にどうやら雅己を助けようとしている流れもあるみたい。どういう関係性で絡んで来ているのか今のところ、さっぱり見当がつかないけれど。マンションで私を助けたのはそれ。」

「人間なのか?」「それもまだ未定。次元を出入りしているから・・・最初は人ではないと思ったんだけど・・なんだか違う。子供の形を取っていたけれど子供ではない・・・あれは私達が行く前に既に雅己の近くに潜んでいた。」

「では、あの警官の方か?」

「血と肉を持った人間だけど、感情がない。背景にいる可能性は高いわね。」

「まずは鬼来美豆良を探し出して接触するんでしょう?。」

「見つけ出せたらね。」

「3つの流れ・・」「そのどれかに魔性が潜んでいる。」

「とにかく、力を合わせてがんばりましょう!うまく魔物を捕まえたらですよ!」

牡丹が2つの巨大トランクを力強く押しながら階段へと向かう。

「あの方、狂喜乱舞するのは確実です!」

基成勇二の足が止まる。それは劇的な変化だった。頬が染まる。

「ああ、誉めてくれるかしら。あの方!今度こそ、私を・・・」

「ええっ、もう!絶対ですよ、兄さま。」

そんなやり取りを基成素子はどこか冷たく眺めている。

「くだらない。」ぷいと顔を背け、肩の荷物を持ち直した。

「あんたの片思いしてるいい人だって。」勇二が口を尖らせる。

「あんたを見直すかもよ。」

「うるさい。」素子ことエレファントはますます不機嫌になる。

「行くぞ、役目を忘れるな。」

 

             星崎緋沙子

 

カタリと音がした気がする。

星崎緋沙子は気にしない。古い建物だ。色んなところが軋む。

先ほどから電話をかけまくっている。二人の編集にそれぞれ事情を説明し明日からの仕事を割り振る。二人とも今日の霊視の展開と面識のある鬼来雅己の記憶喪失には心配もし興奮もした。鬼来さんには気の毒だが、この取材は記事になれば必ず受けること間違いなしだと口を揃える。それで気を良くした緋沙子は別の取材先2カ所にも電話をし、予定を入れ予定を変更し、依頼しているライター全員に別記事の締め切りを確認し更に進み具合に応じて叱咤激励をした。その後も電話を受けては返し、目の前に山積みにされた事務仕事を片付け続けた。どうにか明日から1日はまるまる体が空けられそうだった。その後もどうにかなるだろう。岩田譲の開けた穴は、以前も頼んだ派遣社員2人に来てもらえば補える。派遣の方でも明日からで依存はないとの返事も取り付けることができた。

嫁に行った娘からメールが来ていたので返事を返す。オムツも取れていない孫の写真にはつかの間、癒された。群馬のみやげでも送ってやろう。

途中、今月の中間決算を持って2階から事務員が来た。後で目を通すことにして未決の箱に放り込んだ。まだ若い二人の女性社員は今日はこのまま帰るという。すかさず下の戸締まりをお願いする。4階の戸締まりと火の元は自分が出るときに確認するつもりだった。

また、音がした。カタリ、そして気を引くようにまた。

緋沙子はコーヒーのカップを持って立ち上がった。自社ビルでないので1階には管理する者がいるがそれは10時で帰ったはずだ。下には誰もいないはず。

編集室から本や紙、段ボールが山積みにされた薄暗い狭い階段に出た。給湯室は下にある。3階は倉庫と資料室と仮眠室になっているのだ。

使い込んだ薬缶で湯を沸かす。シンクとガス台、湯沸かし器と食器棚。小さな冷蔵庫があり階段に背を向ける。音がする。サッと振り向く。誰もいない。

『何かしら?嫌な感じ?』再び、コンロに振り返った時だった。

『・・・村には行くな』足下で声がした。足下を見る、誰もいない。勿論、この建物には星崎の他に誰もいないのだ。しかし、さすが星崎びびったりはしない。

「誰なの?」冷静に声を放つ。「私に何を言いたいの?」

電灯に照らし出された給湯室の中、返事はない。

「いいこと。誰が止めたって、私は鬼来村に行くわよ。」挑戦的に胸を反らした。薬缶が沸騰する音。「こんな大きなネタ、誰が逃すものですか。」

『・・・鬼来村にはかかわるなと言っているんだ』目の前の空間に黒い線が走る。

『取材はやめろ・・・やめないのならこちらにも考えがある・・・』

「!?」さすがに豪腕編集長の背中からも汗が吹き出た。現れたその線に沿って手が、小さな腕が内側から出て来た!。空中に浮かんだその黒い線を中から誰かが開らこうとしている!?・・・星崎の体が後ずさって備え付けのシンクにぶつかった。確か、この下には包丁かなんか、そうだ、果物ナイフがあったはず・・・!指を走らせようとした瞬間、目の前に白い光が走る。それは星崎の背後から来た。眩しい電撃!それは黒い裂け目とぶつかり、火花を散らす。目の前が真っ白になった。

『ばぁかがぁ!』

「基成先生?!」しかしすぐに気付く、違うもっと若い。

『だぁれがここを守ってると思ってる!おととい来やがれ!』

笑いを含んだ少女の声が頭の中で微かに響いて来えた。

星崎はまだ目が眩んでいた。しばしばと瞬くと、目の前の黒い線が消えていることに気が付く。お湯が激しく沸騰している。

「何、これ?幻覚?・・・まさか、私にも催眠とか???」

ガスを消す。お湯を注ぐ時、ようやく手が震えていることに気が付く。

「もしかして・・・宇宙のお姉さん?」

恐る恐るつぶやいた。勿論、返事はない。

 

上で電話が鳴っている。

後ろも見ずに駆け上がったので、コーヒーがかなりこぼれた。

受話器を掴むとそれは平からだった。「星崎さん、大変でっせぇ!」

平の声はびっくりするほど大きく響き渡った。おかげでさっきまでの薄ら寒い感じが一掃されたことに感謝しつつ「どうしたんですか?」緋沙子は機械的に冷静に応じている。「実はですねぇ、言いませんでしたっけぇ?私の情報網に警察関係者がいるんですよ!」マメな平には知り合いが大勢いた。それが、時に役に立つ。

しかし、その後に続いた言葉に星崎は驚愕した。先ほどの出来事も何もかもふっとぶくらいに驚愕した。平に断って電話を切ると、すぐに基成勇二の家に電話をする。

誰もでない。呼び出し音が10回、20回・・・30回を数えた時、やっと電話を切った。どうしたんだろう?そう思う間もなく、置いた電話が再びけたたましく鳴る。

警察からだった。壁の時計に目が行った。10時40分を過ぎていた。

 

 

星崎編集長が警察からの電話に思案しつつ対応していた夜。

警察は鬼来雅己がマンションに不在である事は既に掴んでいる。

譲と鬼来が基成勇二の自宅から鬼来村へと旅立とうとしていたその夜。

基成御殿は炎上する。

地上3階、地下2階の建物は全焼。

後に推察された原因はまず、巨大シャンデリアがその重さによって裂線。

そこからの漏電がなんらかの原因で火元となったと思われた。

火はコレクションルームにあった車のガソリンに引火し次々と爆発。

身許不明の焼死体が一体発見されたが基成勇二と残りの住人は行方不明。

車が一台なくなっているという指摘もあったがそれもいまだに未確認。

勿論、『霊能者大暴れ』のネットの呟き等を警察が知るのはその翌朝の事。


スパイラル・スリー 第四章-2

2014-03-02 | オリジナル小説

                

 

 

色々と手間取ったので車が高輪に到着したのは午後9時過ぎになっていた。

あの後、部屋の施錠がされてないことを雅己が気にした。まだあの警官がいるのではないかとびびる譲に基成勇二は大丈夫だと言う。もう、彼等はいないと。

そこでおっかなびっくりと譲と基成素子がエレベーターに乗り込んだ。

(鬼来雅己は霊能者と共に下に残る。4人同時にはどうしたって箱に収まるはずはないからだ。)8階の雅己の部屋はドアが開け放されていた。譲が飛び出して通路を走ったその時のままであった。回廊状の通路に人影はない。譲はエレファントの後ろから室内に入った。部屋の中は乱れたまま、しかし誰もいない。雅己と自分の荷物をかき集め、しっかりと鍵をかける。確かに警官達は消えてしまったとしか思えない。

それとも階段で他の階に移動し、じっと潜んでいるのか。

「潜む意味がない。」素子がむっつりと譲を帰路へと導く。「正当な国家権力なら遠慮する必要などないだろ。」「じゃ、やっぱり・・・偽警官?」雅己は素子といることに安心感を感じることが以外だった。素子ことエレファントはどっしりとして自信にあふれ常に落ち着いている。それに、体格からしてもとても強そうだ。

「どこにキライを連れて行こうとしたんだろか?」本当に殺そうとしたのか。

「僕の前で殺さないって・・・どういう配慮?なんでそんなこと・・・?」

「さあな。」肩を竦めた。「勇二に聞け。私はわからない。」

マンションの前にはまだポツンとパトカーが残されていた。エンジンは冷え、中は整理整頓されていて、個人的な私物めいたものは一切見られない。

「私達がここにいる限りは戻ってこないと思うわ。」「戻って来るんだ・・・」

「さっきの奴らとまったく同じかはわからないけれど。」

勇二は含みを持たせると首を振る。

主のない車はなんだか残骸のようだった。彼等はそこを後にした。

 

譲が驚いたことにエレファントの運転技術は神業だった。

三車線の都会の道を赤信号に引っかかることなく突っ走る。ラッキーというよりはまるで『基成勇二の行く所、信号は青に変わる』とでも思わせるタイミングの数々。それでもナビで少しでも進行方向の渋滞情報をキャッチすると即座に細い裏道に曲がった。ただでさえ大きいランドクルーザーである。中には幅がほとんどピッタリの細道もある。その迂回路をスピードを落とすことなく、くねくねと曲がって進んで行く。一方通行を全て把握しているのだろうが、そうではない道もあり対向車が来たらどうするのかとハラハラしたが、これも対向車や邪魔な歩行者、流行の自転車の類いがどういうわけか全然いない。いてもこちらが到達するまでにはその道からはいなくなってしまうのだった。たまたまそうなのだろうが・・・あらかじめそうなるとわかっているのか。そういう道を選ぶ能力があるのかと勘ぐりたくなってくる。どっちにしても追う者がいても振り切られていただろう。

『まずい。信者になりかけてるのか、俺。』

途中の新宿では星崎緋沙子を充出版の前で降ろした。

「明日、五時にはそちらへ伺いますわ。」寝る暇あるのか、編集長。

しかし、鉄腕星崎まったく疲れを見せない。

「雅己くんを頼むわ。」最後に譲の目を見て励ますように強くうなづく。

星崎が今、どう思っているのかはわからない。先ほどの騒ぎをなんと受け取っているのか。鬼来村の失踪事件をどう位置ずけているのか。

快刀乱麻する説明が喉から手が出るほどに欲しいのだが。嘘でもいいから。

「あの・・編集長は一人で大丈夫なんでしょうか?」

こわごわ聞く融に先生はニンマリと口の端を持ち上げてみせる。

「あら、向こうの狙いは雅己くんだから大丈夫よぉ。」

「えっ、なんで?ぼくばっかり~!」

「それにね、もし万が一があったとしても、抜かりはないわ。守りを付けたから。」

「守り?」リラックスして車外を眺める勇二の笑みに勘が働く。

「ひょっとして・・・お姉さん?」

「そうよ。当ぁたりぃ。」お姉さん、そんなこともするんだ。ちょっと先生、人使い荒くない?普段、何してるんだろ・・・宇宙で?。王女って・・・暇なのかな?

まずい。ますますまずい。勇二の眉唾話に妄想を働かせるなんて。

とか思いながらも、ちょっとうらやましくなる。あの娘は、ほんとに可愛かった。

『勿論、俺は断じてロリではないぞ。』反射的に自分に言聞かせる。

『あの子が18歳ぐらいになったらだ・・さぞかし、奇麗になるだとうと思うから気になるだけだ。それに・・・現実にいたって、宇宙人なんだし。』

(譲くんもどうやら姉がお気に召したみたいね)

勇二のニマニマ笑いが更に広まっていく。

 

 

『基成御殿』とはよく言ったものだった。

「わーお城だぁ!」鬼来が手を叩いて喜んでいる。

高い塀に囲まれた白い建物。

オレンジの屋根の中心に円形の塔。そこから四方に流れる屋根の起伏のあるラインは一見の価値がある。鱗を模した瓦も誇張した動物彫刻もガウディの建築を思わせた。かなり質の良いコピーである。窓はすべて異様に細く長い。

車が近づくと壁のシャッターが音もなく上がり、黒いランクルは地下に吸い込まれていった。ライトに煌々と照らされた坂から続く落ち着いた照明の駐車場。入り切る前にすでにシャッターは下がり始める。

「譲っち、まるで秘密基地みたいだねっ!」はしゃぐ鬼来に基成先生は冷静だ。

「私達が帰って来たのをモニターで見ているだけよ。」

停車した半地下の車庫は真ん中に大きな吹き抜けがあり、上から丸く注がれる照明はそこだけが夜なのに昼のように明るい。

「わお!あれフェラーリ365GT4BBじゃない?!。」

他にも6台の車が収まるくらいだ。瀟洒なスポーツカー、フォードの4輪駆動車、メルセデス・ベンツ、巨大なキャデラック、そしてミニ・クーパー。

昼間、現場に来た大きな銀色のバンもあった。

降り立って見ると車をジャッキする大きな設備も備えている。新品のタイヤやホイール各種が壁の棚に積まれ、壁一面にも陳列されていた。その他にも色々なパーツや工具、部品が飾られている。かなりな本格的なマニアと見てとれた。

「車は牡丹の趣味よ。地下1階はほとんど彼の為のものなのよね。」

ポカンと車庫を見回す2人の後ろから、基成先生が這い降りて来る。

「このフェラーリ、2人乗りだけど・・乗れるのかな。」鬼来がクスクスと囁く。

実は譲も同じ疑問を抱いていたところだ。

「あいにく、誰も入らないの。そのミニ・クーパーもね。これはコレクション。」

耳聡い基成勇二だったが、別に怒った様子はない。

「軽井沢と箱根の別荘にはもっと置いてあるわ。どれも私達には入れないか、どうにか入れるような車がほとんどだけどね・・・入る事ができても、運転が難しかったりするの。なんたって座席が私達には狭いしシートベルトも届かないのよ。ハンドルがお腹に食い込んで痛くてしょうがないわ。まったく、金だけ消費する無駄な趣味なわけ。まぁガソリン代がかからないだけが救いよ、ね、エレファント。」

「無駄話をしている暇はない。そうだろ、あんた。」

妹は先に立って壁に沿ってのしのしと歩き出している。

行く手に階段が見てとれた。

自宅に戻って常にくつろいだ自然体を演出している基成勇二とは異なり、基成素子・・・エレファントは自分のテリトリーに入ってからも神経質になり警戒しているように見えた。それにしても血の繋がった気安さだろうか、エレファントの態度は自分の兄に対して遠慮も容赦もないことは確かだ。

「そうね、まずは上で食事しましょう。」

慌ててダウンのポケットに入れたまま忘れていたデジカメを確認する。取材、忘れてしまいそうだ・・・腹が鳴りそう。

「おかえりなさいませ、兄上様。お疲れさまでした、姉上様。」

半地下の駐車場から1階に上がると執事が控えていた。

豪華な応接室は見事な体格の兄弟が室内に揃った瞬間から、彼等以外何も目に入らなくなる。なるほどこういう広い空間は必要不可欠なんだなと、譲はセレブな家を羨ましがる前に妙に納得してしまう。単に合理的に必要なものでしかないのだ。

「ぼく、これ観たよ。基成御殿特集!テレビで見たまんまだぁぁ!」雅己が首をキョロキョロと回す。食べ物の匂いが漂って来た。譲の腹が我慢できず高らかに鳴る。

「お客さま方も、よくいらっしゃいました。ディナーのご用意ができております。どうぞ、こちらへ。」

執事然と優雅に腰を曲げた。しかし、ピョコンと兄を見あげる。

「でも兄上様、お話によるとお客様方は大変な目に合ったそうですね。だから重い本格的なお食事は遠慮させていただきました。マナーは省略です。まずはペリエからお召し上がり下さい。アルコール類が好ましい方にはそちらも用意してあります。」

「勿論、依存ないわ。よく気が付くこと。」

「わぁ、楽しみだなぁ。」雅己が単純に喜ぶ。「譲っちは食いしん坊だから、たくさん食べ過ぎちゃだめだよ、ねぇ。」「誰が、食いしん坊だ。」

否定出来ない。腹の音は止まない。

「たくさん食べる男の子ってだぁい好きよ!」

基成先生が部屋の中央の大きなテーブル席へと先導する。耐え難いほどのよい匂いはそのテーブルから漂って来ている。皿に盛られたオードブルやフルーツが確認できた。

「牡丹ってね、もともと執事ごっこが趣味だったの。まったく変わってるでしょ? 女王陛下とか皇室に仕えたいのが夢だっていうのよ。」

「残念ながら、宮内省に履歴書も送ったんですけど断られてしまったんです。募集していないってことで・・・大変、残念でした。」

牡丹はため息を付きつつ、エレファントに椅子を引いた。

「でも、イギリスでは一般募集もあるそうですので、ぜひ応募してみたいのです。ただし、語学力と英国国籍の問題があるんですけれど。」

「それをクリアするまでは、うちで執事のフリして欲求を満たしてもらってるってわけなの。だから、気にしないで彼の執事ごっこに付き合ってやってちょうだい。それに調理師免許も持ってるし、料理の腕前もなかなかのものよ。執事よりもコックの方が近道かもしれない。」

基成先生は自分で椅子を引いた。

譲も後に続こうとするが、雅己に袖を引かれる。

「ねぇ、譲っち、ここって不思議の国のアリスの小さくなった時の部屋みたいだよねぇ。」

そう言われてみると、確かに豪華さで圧倒する室内調度だったがその迫力の源はどの家具も平均より大きめに作られていることだった。

特に椅子は座る部分の面積が広く、足が見るからに丈夫そうで太い。基成兄妹では違和感がないが普通の体格の者が座ると子供が座っているようしか見えないだろう。広い座席にちんまりと座って、足が床から浮いてしまう。巨大な長テーブルは吹き抜けに沿って緩やかな曲面を描いているが、標準より高い。レストランのお子様のように補助椅子が用意されてもおかしくなかった。

壁際に置かれた沈み込むような革張りのソファは足がなく床に直に置かれた造り。小柄な鬼来でなくても充分ベッドとして通用する程のボリュームだ。

室内はすべての家具が・・・飾り棚や書類机や床置のライト、すべてが大きめに作られている。そして極めつけは天井がとても高いのだった。

部屋の中央に3階から地下3階までぶち抜く壮大な吹き抜けがある。ちょうど外から見ると塔に当たるところだった。

「見て見て、すごいよ。キラキラ、キンキラキン!」

見たこともないほど巨大で豪華なシャンデリアがぶら下がっている。

塔の上部に当たるところから何本もの太いワイヤーで吊るされているのが確認出来た。シャンデリアは塔から応接室のある階まで達している。食事をしながら全体像が眺められるようになっているのだ。そのいくつあるのかもわからない全ての電球が満開だ。すべてLEDだとしても電気代はどれほどかかるのか。吹き抜けの壁は窓がない。譲達のいる階から上はすべて筒状の壁に覆われていた。窓は1階にしかないのだろうか。しかし空気の動きが感じられる。どこかの窓が開け放たれているようだ。ぶら下がる細々とした硝子の飾りが空気の動きによって時折小さくシャラシャラとなる。そしてその度に反射光が客の目を射る仕掛けだ。食べ物に後ろ髪を魅かれたが吹き抜けへと譲も足を運んだ。手摺から下を覗き込むと、すぐ下が駐車場、その下は回廊が巡る遊びのフロア。最下層がグランドピアノが置かれたサーモンピンクと黒の市松模様のホールだった。ダンスフロアのようである。グランドピアノとハーブが置かれているのが見える。その反対側の片隅には深紅のカーテンの幔幕が張り巡らされたコーナーがあって、その奥には同じく深紅の布ばりの長椅子が置かれているのが垣間見えた。

あれが噂に聞く、大金を払うという参詣者達が基成先生から霊感を告げられるお悩み相談室なのだろうか。どこをとっても、非現実な空間だ。

「さあもういい加減、あなた達も席に着きなさい。牡丹の自慢の食事が冷めてしまうわよ。」

振り返るとピカピカの大きな銀のお盆を手にした牡丹執事が目に痛いほどの白い手袋でうやうやしく基成勇二に食前酒を注いでいるところだった。

「そう言えば」譲は思い出した。「魔物を捕らえている部屋はどこにあるんですか?上の階ですか?」「まものぉぉ?!。」雅己が手摺から振り返る。

「そういえば基成勇二って魔物ハンターなんでしょ?」譲は返事を求め、食い物を目指す。「捕まえた魔物はどこに捕獲しているんですか?」

「今は・・いないって言わなかったかしら?」

「死んだんでしたっけ?」「消滅したってことよ。」先生の口が不機嫌に歪む。

「これから食事って時に思い出させないでちょうだい。」さっさと座れと。

「まもの~まもの~って、ほんといるんだ!すっご~い、見ったぁ~い!」

雅己がダッシュで戻って来る。「なんでもっと、早く教えてくれなかったんだよぉ。」

「だって、おまえは・・」身内の失踪でそれどころじゃなかっただろと譲。それに今の今だって魔物がいるなんていうのは基成勇二の霊能力よりも更に、それ以上にまったく信じられないのである。

『この目で見ないとわかるものかって思うけど・・・でも、果たして本当にこの目で見たいかと言うと・・・それはそれで、微妙な気がする。』

しかし、譲は怪奇専門誌の編集の端くれなのだった。なけなしの勇気を絞り出す。「ええっと・・・いたらぜひ、見せていただきたいものです。」

自分でも嘘くさいと思った譲であったが、真正面に座ったことで基成勇二は少し機嫌を直したようだった。「そぉう?そんなに見たい?仕方ないわねぇ」

「ねぇ、上は何があるのぉ?上も見た~い、見せてよぉ。」

雅己が譲の隣に座るなり、食べ物に手を伸ばす。

「私達の私室よ。立ち入りは家族だけ。」

「じゃあさぁ、魔物って檻とかに入れて飼うの?」

「まっさか!」食前酒を口にする先生の視線は譲からシャンデリアへと漂って行く。

「そうね、その仕組みは・・・企業秘密。もしも、融くんが私と付き合ってくれるなら、考えてあげるわ。」譲は口に入れかけたピザにむせる。

「そうしたらば、上の階にもご招待するし。魔物ハンターの全貌についても知りたいことはなんでも喜んで教えてあげるわ。」

「じゃあさぁ、譲っち、今から付き合っちゃいないなよ。」

「・・・遠慮します。」譲は半笑いを浮かべそれに応える。

冗談じゃない。ここにも岩田譲を簡単に売る奴がいた。

 

 

軽い食事と執事兼コックは言ったが、次々と運ばれて来るものはどれも本格派と言ってもよいものだった。ガーリックとオレンジで焼き上げられたチキンやほうれん草とチーズのキッシュ、トマトとハーブ類のピザ、彩りの奇麗な卵と花野菜のサラダ。どれも大皿からセルフで取り分ける形なのがフォーマルでないというぐらい。皿は何度も譲と、鬼来雅己の間を行き来する。給仕している牡丹は別として基成勇二とその妹はあまり食べない。勇二は早々とコーヒーを求め、妹の方は最初にアペリチフを口にしただけ。

「さあ、お腹がきつくなったところで・・・作戦会議はどうかしら?」

やっとデザートと紅茶にたどり着いた2人に基成勇二が提案する。

「ごちそうさまです。」譲はすっかり満たされていた。

「とってもおいしかった。」執事の顔が満足げに赤らむ。

「うん、いいよ。」鬼来もナプキンに付いた卵の欠片をナプキンで拭う。

「作戦会議っていい響きだね。でも、なんの作戦立てるの?それよりぼく、これまでのことちゃんと整理して欲しいんだけどぉ?記憶が失われてるせいなのかなぁ、あの警官といい唐突で何がなんだかわかんないんだよね。」

「勿論、敵と戦う時はちゃんと状況を整理して作戦を立てておかないといけないわ。覚悟もいるし。」「敵ぃ?覚悟ぉ?」

「敵と言うのはさっきの警官ですよね。本物の警官だったのかどうかもわからないですけど。」

「牡丹。」と勇二。牡丹は近くの優美なしかしでかい書類机の前を開いた。そこには不似合いな機械がびっしりと詰め込まれていた。エレファントはその机に向かい引き出しから大きなタブレット型パソコンを取り出す。椅子に座るともう一つのノートパソコンも開きヘッドホンを付け目の前の機械を調節し始める。何を現すのかもよくわからない複数のメーターの針が動き出す。電波を傍受する装置のようだった。

更に手元のスマホとそれらを連結すると猛然と指が動き始めた。

「やれる?」基成先生の肩頬に笑みが浮かんだ。

「誰だと思ってる。」エレファントが唸るように2面のボードに両指を走らせる。

目の前の大きな画面とそれぞれの液晶に文字が打ち込まれて行く。

「さっきだって陸運局に侵入しただろ。あっと言う間だよ。」

「エレファントは凄腕のハッカーでもあるの。」

基成先生が譲を見て挑戦的に自慢する。

「エレファントに見つけ出せない情報はないわ。」

「それってまさか・・・」譲は言葉を飲んだ。もしかすると霊能者、基成勇二の秘密の一端に自分は触れようとしているのかもしれなかった。

「星崎さんには内緒よ。」それでは肯定したも同然だ。

霊能者は笑いを含んだまま、涼しい顔を向ける。

「言っとくけれど、情報っていうのは、あくまでも霊感を補佐する為のものでしかないからね。エネルギーの無駄を防ぐ、エコってわけ。」

「はぁ・・・」融は基成勇二の真偽については深く考えないことにした。

相変わらず、目まぐるしく画面をスクロールしまくっていたエレファントがピタリと動きを止める。

「この中に見た顔がいるか?」

「えっ、なになに?」雅己が席を離れ譲も続く。大きな背中に左右から覆い被さる。

「例のパトカーが配属されている分署の職員の名簿の中から、警邏警官だけをピックアップした。」「そんなことまでできるんですか!?」「ゆずるっち!こいつ!」

融の発言は雅己にかき消される。ようやく雅己の指差している画面を見る。

「あっ」「こいつだよね。」そこには見覚えのある輪郭があった。凹凸のはっきりした仁王像。「高木刑事達が来た時に一緒に来た警官はどうやらこいつ・・・本署に送り届けた後、すぐにパトロールに出たんだろう。」

「でも、そうすると時間的にはおかしくない?先生達が帰ったのって割とあのあとすぐじゃない?それにもう警官達、マンションの中に入ってたしぃ。」

白黒写真の制服姿はなんの表情もない。そんなところもまちがいがない。

「ふむぅん。」再び、肩越しに基成勇二の顔があったがもう今更驚かない。

「吉井武彦・・・21歳。3年前に一般から18歳で採用されている・・・。」

「ええっ、21?歳下!」歳下には見えなかった。

「何も読み取れないわね・・・」霊能者がつぶやく。「何かに憑衣されたのかとも思ったけれど、もともとこういう性質なのかしら。」

「・・・二人いましたよ。」他の写真をスクロールした。

「一人しかいない。二人、いたのに。同じ顔。他の警察署?」

エレファントは履歴書のようなものを画面に出し、同時にまた別のファイルに侵入を試みている。「吉井武彦の本籍地の役所だ。ほら、出た。」得意げな顔になる。映し出されたのはどこかの役所の台帳。見覚えがある。「こ、戸籍謄本?。」

「役所の管理なんてこんなものよ。」基成勇二がため息を付いた。

「見な。」「なるほどぉ」先生の息がかかった。「双子なんですか?」

「兄弟がいるわ。5人男兄弟の末っ子。しかも、誕生日が全員一緒、なんと・・・双子どころか、5つ子だわ!?。」

「いっ5つ子!」声が重なった。

「すっごい!5つ子の人初めて見た。」「お母さん、産むのが大変だったろうね。」

「雅己さま、通常は帝王切開でございますよ。」と牡丹。

「同じ顔の人が5人、いるってことですよね?」

基成先生がおかしそうにうなづく。

「一卵性ならば、そういうことになるわね。」

強面の5人の仁王様の姿が浮かぶ。

「ゴレンジャーだっ!」雅己は喜ぶ。「おそまつ君だよ。」

おそまつ君は6つ子だと譲。

「じゃあ・・・その吉井君が自分の兄弟にも制服を貸してコスプレさせたってことなのかなぁ?。でも、なんで?」年下とわかった以上、『くん』呼ばわりである。

「警官は彼、1人だな。」

エレファントが画面を操作して次々に別の画面を開いていく。

「4兄弟は弁護士に医者に政治家秘書・・・残りの1人はどうやら現在は無職だ。もとTK大学の研究員・・吉井弘人。自由に動けたのはきっと、こいつだろ。住所も西部新宿線沿線の武蔵関、後は都内在住じゃないようだな。」

「ってことは。」譲は興奮した。

「考えても見てください。こいつらが全部揃えば死因に細工があったとしても誤摩化すことができるんじゃないでしょうか?!『呪い』の遂行が容易になったりしませんか!」

「まぁ、住所の問題がクリアできればありえなくはないけど。」

「ちぇ、いいアィデアだと思ったのにな。」「譲っち、目の付けどころは悪くないよ。」

基成勇二は顎に手を当てた。

「なんにしても・・・黒幕がいるはず。」

「ひょっとして・・・魔物ですか?」

自然にその言葉が出てしまった。編集長、許して!

「私が感じたままを言うと、あの警官は人間だったと思う。魔の気配は感じ取れなかった。どちらかというと・・・あのマンションの方がおかしかったけれど。そっちは人為的なもの。流れが・・・二つある。」

霊能者は神経質に指で顎を叩いていることに気が付かない。

「味方なのか、敵なのか。どっちがどうなのか。見極めないと。」

「警官は敵ですよね?雅己を殺すとか言ってたし。」頭に聞こえた不思議な声のことも既に報告してある。

「そう言えば、偽警官達がさぁ、ぼくの服の血がおじさん達の血と一致したって言ったんだよね。それって、嘘だよね?ぼくを逮捕されるのかなぁ。」

譲は殴られた跡のある雅己の顔を見る。譲の肩は黒い打ち身になっていた。

「でかませだ。逮捕なんかされるわけないだろ。」

譲は、お茶を飲み干した。すかさず、牡丹が脇から注ぐ。即座に満たされる様は、まるでわんこティーである。

「鑑定がでたところで迷宮に落ち込むのがオチよ。」

「真面目に調べる気が皆無だったって言ってましたよね。するとしばらく結果なんかでないんじゃないですかね。」

「それがそうでもないかもしれないな。」エレファントの鋭い声。

「今、警視庁の警察無線の録音記録を調べている。」

えっそんなことも?と譲。犯罪者かよ。

「どうしたの?何か、あった?」鷹揚に兄が聞き返した。

「死体が出たぞ。」鼻息荒くキーボードを叩いた。


スパイラル・スリー 第四章-1

2014-03-02 | オリジナル小説

        4・伏魔御殿の夜

 

 

             欠片達

 

次元の狭間に形を取らない意識の欠片がヒラヒラと舞いながら会話をしている。

『・・・それにしてもあの霊能者は予定外だった』

『・・・まさか生け贄を奪われるとは』

『・・・きっとマザーの差し金だよ』

ひとつの影はチッとでもいうようにもやもやと・・・ますますもやもやとした。

『・・・みんなの思惑もあるしね』

『・・・おまえの味方じゃなかったのか』

『・・・統率できるとしたらマザーだけさ』

『・・・マザーはけして強権を発動しない』

『・・・我々にも干渉しないように』

『・・・時間が稼げただけでも良しとしない?』

『・・・あいつも殺されれば良かったんだ』

『やっぱり、それが狙いだったんだ・・・』

『だったらどうする?』

『・・・・・・』

『・・・なんのために』

『あいつに近づけたと思っている』

『・・・無事で良かった・・』

どこかキラキラとする。

『勘違いするな』

『・・・わかってる』

『おまえはあいつの友達ではない・・・』

意識の断片達は異次元に漂う破壊された箱の穴へと舞い落ちて行った。

『なんにしてもいまいましい霊能者・・・』

舞落ちた先には二つの死体が転がっている。首がない男女の死体だ。

どういうわけか、首は見当たらない。誰が?彼等は気にしなかった。

遺体を慈しむように意識がまつわりつく。

『・・・どうするの?』

『予定は修正される』

『・・・彼はどうなるの?』

『・・・偽りのうえに更に泥を塗る』

『・・・ひどいこと言うね・・』

意識達は寄り添い、遺体から離れくるくると回った。

『悪かった』

『悪いのは僕だ・・だって、二人で決めたのに』

『そうだ、二人で決めたんだ』

『・・・マザーの意志も既に決まっている』

『最終的な着地点は・・・』

『緋色の鳥が狩りにくるまで・・・』

『・・・どちらが先に尽きるか』

『・・・死に損ないの競争』

『それは・・僕達も同じ』

『・・だからせめて』

意識は絡み合い一つとなり、流れるように戯れ続ける。

『そう、二人は』

『死ぬまで一緒』

『いつまでも』

『どこまでも』

次元の狭間に浮いた黒い箱はゆっくりと解体していく・・・