MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・スリー 第十章-4

2014-03-21 | オリジナル小説

                             補充機関

 

譲は雅己の手を引いて逃げている。

混乱の中、基成先生に逃げろと言われた。咄嗟に譲は集中する。『逃げ道』そう念じて心を澄ませた時、確かに行くべき方向がわかった。うまくは説明出来ない。ただ、浮かんだとしか言いようがない。目を閉じたまま譲は足を踏み出した。

「キライ、こっちだ!」迷わず、そう言うことができた。

兄貴と言う人と小さな人達の間での小競り合いはとうとう力のぶつかり合いになった。小さな人達同士の争いもある。ドワーフと呼ばれた人達は兄貴の振るう暴力にひとたまりもなかった。争い合うもの達に均等に容赦なくその力は振るわれる。

「なぜ、殺すの!」基成勇二はそれを阻む。この中の片方は美豆良の協力者とやらではなかったのか。「利用しただけだ!もともと生きる価値もない!」

その言葉に光の中は勇二と兄貴の一騎打ちの戦闘になる。

そんな中、譲はまっすぐに進み、とうとう何かの入り口を通り抜けたのだ。

まぶたを真っ白に満たしていた光が唐突に消える。

恐る恐る目を開くと見たことのないシルエットの機械が聳えた部屋。こんな大きな部屋に部屋いっぱいを満たす機械。大きな木に似た中心部は部屋の中央に浮かんでいる。そこから手が縦横無尽に伸びる。部屋自体が四角や球形ではなく複雑な形をしているようだった。果樹のように大きなシリンダー?が浮かんでいる。シンプルだがよく見ると複雑な構造をしているようだった。その機械の中心部からの柔らかい光がその空間を満たしている。譲の目の痛みが急速に和らいだ。冷えた金属のような香りが漂って来る。2人の他に生命の感じられない、灰色と銀色の無機的な場所。「ここは・・・どこなんだ?村の後ろだよな?洞窟なのか?」

「ここは、船だよ。」雅己がクスリと笑った。「君の大好きなUFO。」

「まじで?」譲はリアクションに困った。

以前、サークルの合宿をした蓼科でそれらしき星を見た時の方があまりに嬉しくてかけ回ったほどだったのだが。「そう言われても・・・実感がなぁ。」

「ごめんね。」雅己が静かに「ずっと騙していて。」

「えっ、じゃあ、じゃあ、もういいよ、それは。いや、それよりは、なんで。」言葉に詰まる。「なんで、おまえは・・・超常現象サークルなんかに入ったんだよ・・・!?だって、おまえは宇宙人で・・」「正確には宇宙人の子孫。」

「そう、そうだとすると、おかしいだろ?だって、UFOなんてずっと知ってたんだろ・・・そうだよ、そう知ってた?」一瞬、錯乱する。「知ってたのか?

キライ、おまえは本当に?おい、本当に・・・これは現実か?」

「譲と一緒にいて楽しかった・・・」雅己は譲から目を反らす。

「僕は君と親しくならなくてはならなかったんだ。君がある人達と繋がりがあるから・・・そことの交渉を有利にする為に。」

「繋がり?なんだよ?そんなものないぞ?」離婚した父か?あとは旅館ぐらいしか。

「でも・・・緋色の鳥が・・・つまり、『呪い』だよね。それが発動を初めて色々と急がなくてはならなかった・・・僕の母さんも・・・母さんこそが宇宙人なんだよね・・・もう2000年は生きてる。だからもう具合が悪くて。間に合わなくて・・・

兄貴も普段はあんなじゃないんだ。兄貴は僕を守ろうとして焦ってるんだ。」

譲にはその話のほとんどが頭に入ってこない。。

「じゃあ、じゃあ!・・・おまえは最初から意図的に俺に近づいたってこと・・・なのか?キライ?」

「・・・歌舞伎町での出逢い。あれは偶然じゃない。」雅己は融の目を見ない。

「母さんのコネを使って、桑聞社に入った。あそこの会長は戦時中、この村に身を寄せていたことがあったからね・・・すごく簡単だった。」

「俺は・・・そんなこととは知らずに。」

「でも、わかって欲しいんだ。」雅己が顔を上げる。

「僕はずっと・・・この村から出たことなくて。義務教育は下の学校で受けたけど鬼来の村の者は嫌われてて。祟りがあるからって言われて虐められはしないけれど、誰も話しかけない。ずっと友達なんかできなかった。譲は僕が外に出て、初めて出来た友達なんだ。」

二人の目が合って、譲の心のさっき出来たばかりの塊はあっけなく解けて行った。

「ほんと・・・楽しかった。」ポツリと言った言葉が真実なのがわかったから。

「キライ・・・」なんだよ、もっと早く言ってくれれば。譲は涙が滲みそうになる。

「俺だってUFO大好きなんだから・・・ちゃんと話してくれれば・・・友達やめたりしないぞ。」雅己は譲の目をジッと見る。

「譲ならそう言ってくれると思った。」うなづくと、目が潤んでいた。

「だって・・・すごいじゃないか。」譲も泣きそうになったが、それを隠そうと興奮を抑えかねないふりをして、UFOの中をグルグルと見渡した。「これが本当にUFOならば・・・その中に俺はいま、いるんだろう?夢だとしたって嬉しいと思うよ。違うんならば・・・なんで教えてくれなかったんだってことだけだよ。」

「あっ、そうだ。この部屋はね。」笑う。「UFOならではなんだよ。部屋の上とか下とか考えちゃいけないんだ。ほら、見なよ。」そういうと雅己は見えない階段を登るように宙に歩み出す。

「二次重力があの装置の中心に設定されているんだって。やってみな。」

「よ、よっし!」腹を決めた譲は足を踏み出す。「力まないで。いつものようになんでもない階段を登るんだって思うのがコツだよ。」

2回、空を掻いた後、行けそうな感じがした。譲はついに宙に浮いた。

「うわっ!すごい。」調子に乗って駆け上がる。

「降りたい時は普通に降りていけばいい。急におっこったりしないからね。」

二人は上に上に伸びる機械の中心に向かって歩いたり走ったりした。回転しても気持ちが悪くはならないのが不思議だ。横になって泳ぐようなそぶりもする。クロールで進みながら『無重力ってこんな感じなのかな。』と譲は思う。想像する無重力よりも自由自在な感じがする。動きが抑制できる。「こんなことしてていいのかな。」

「譲、見てごらん。」幹のところどころに瘤のようなドームがあった。雅己はその側で中を覗き込んでいた。ガラスのように中が見えるところがあるようだ。

「なに?これ?」覗いた譲は当惑した。中にいるのは人型の胎児のように見えた。

眠っている成人の人間もいる。若い娘がいて裸だったのでドキリとして目を反らす。

何人かは、雅己によく似ていた。

「これはね、村の人達・・・命を再生しているんだよ。いらなくなった体を分解してまた作るんだって・・・そうやって新しい命が帰って来るんだよ。この村に・・・」

ドロドロとした赤い液体が回りを渦巻いている中に浮いている小さな肉塊を差し示した。「昔の船はね、乗員を補充するこういう設備が必ず付いていたらしいんだ。」

「どういうことだよ。」

「村の人も、あの小さな人達もこうやって産まれたってこと。」

「それって・・・つまり?」

「あの人達だけじゃない。少しやり方は違うけど、僕や兄貴だってもともとは・・」

そこまで言った時だった。

「雅己ぃ!」部屋の空気が破れた。疾風、切り裂くように何かが突き刺さる。譲には円形に飛び散った血液しか見えなかった。

「ペラペラとしゃべりやがって!ほんとにおまえはバカかっ!」

それから起こったことはあまりにも立て続けだった。「譲!」そう叫んだ口のままの雅己が大きく弧を描く、弾き飛ばした男の腕が振り回した棒のようなものが融の頬を掠めそこから血が噴き出す。痛みを感じる暇はなかった。しかしすぐに大きな塊、つまり基成勇二が男に追いすがり譲を太い腕で下に弾き落とす。

譲はゆっくりと下に落ちて行く。

兄貴と呼ばれていたらしい人間は基成勇二には目もくれず雅己を追う。雅己は腕で顔を庇う。その上に鞭のようなしなる棒が振り下ろされる。基成先生がものすごい素早さで間に割り込む。男は棒を持ち替えた。今度は剣のように真っすぐに突き立てる。棒が基成先生の腹に突き刺さった。男の拳まで深々と。

先生は声を上げなかった。上げたのは背後に庇われたはずの雅己だ。

どういう武器かはわからない、霊能者の体を貫いたそれは雅己をも貫いたのだとは落ちて行く譲はまだ知らない。ただ、男が腕を引きワイヤーが引き出されると、伝いしたたり落ちる血液がスローモーションのように弧を描くのが見えた。それ自体が新しく誕生したワイヤーであるかのように跳ね出された先がクルクルと円を舞う。血と共に黒い霧が渦巻いた。雅己が頭を下にして回転し落ちて行くのが見える。血のバネはその後を追う。基成先生の巨体は引き抜かれた凶器によってバネのように軽々と上へと跳ね上げられた。しかし先生はその間も兄貴に腕と足を繰り出すのをやめない。

兄貴が尚も凶器を振るい、腕が足が体から切り離される。それが舞った。

冷たい金属の香りにむっとする血の香り。猛々しい生命の華が咲き誇る。

「先生ぇ!」絶叫する譲が床に到達する間際、基成勇二の首が胴体から飛んだ。


スパイラル・スリー 第十章-3

2014-03-21 | オリジナル小説

          闇を歩く

 

現実とは違う次元の中を鳳来が歩いている。

そのすぐ後ろからユリを連れた寿美恵が付いて行く。寿美恵の手は守るようにユリの手をしっかりと握っている。でも既に寿美恵自身、実際は自分がこの12歳の少女によって鳳来から守られていることを痛いほどに感じていた。

だから、黙って・・・余計な口はつぐんでユリの側に寄り添っている。

もう一人。相談役の姿がない。弁護士は車と共にどこかに残った。夜の雪道に降ろされてどこをどうやってここに至ったのか、寿美恵にはよくわからなかった。

『普通じゃないわよ、こんなの。』それだけはわかる。譲は・・・息子はしばらく見ない間に、いったい何者とかかわってしまったのだろうか。

ユリがぎゅっと手先に力を入れ握り返した。

「なぁ、鳳来。」ユリの声には怯えも甘えもない。「あの男は人間なのか?」

置いて来た弁護士の事を匂わすと前を行く老人は喉の奥でクッと笑ったようだ。

「わかったか。」ユリの指摘に満足したかのようだった。

「あれはロボットだ。」

「ロボットには見えない。」

「生体ロボットというのだ。」

「生体・・」ユリは反芻しながら考える。寿美恵には勿論、なんのことかもわからない。だから黙って聞いている。正直、ユリの度胸には驚嘆するしかない。

「金属ではないものでロボットが作れるのか。」

「ああ、造れるとも。生身よりはな、少しまずいらしいが。」遠い昔、シベリアでのことだ。巨大なトラは農奴達をむさぼったが、ホムンクルスは結局、食べ残した・・・そのことを思い返して薄く笑った。「ユリと言ったか・・・おまえの思いもよらない世界の話だ。そこでも禁じられた技術だったが・・・わたしの知ったことではない。ここへ来た時に30体ほど持ち込んだ。」

「30人もあれと同じ男がいるってことか?」淡々と少女は質問する。

「必要になるだろうと思ったからな。あればあるだけ便利だ。さるところからまとめて盗んで来たわけだが・・・われながら派手に使ったものだ。もう残りは11体ほどか・・それも今晩で使い尽くすつもりだ。」

その声にはユリの知らない過ぎた日々を思う感慨深さがあった。

「そしたら、鳳来は一人か。」

「もとから一人だよ。」籠った笑い。

「でも、あの男は他とちょっと違うんだろう。」

「そうだ、司令塔ロボットだ。」その問いは予見していたようだ。「全てを統括して動かす役目さ。いわば、データの集積庫だ。」

「あれも捨てるのか?」

「最後の一仕事だ。追って来た者のことは察しがついている。いくらかでも、時間を稼いでくれるだろうよ。わたしのかつていた世界ではあれはそういう存在だ。使い捨て・・・わかるか?壊れても直さない、回収しない。見捨てる、見殺す、場合によっては殺すことを前提に使うものだ。」そう言ってから少女の反応を伺うかのように顔を向けた。

「殺す・・・でも、ロボットなんだろう?」ユリの表に動揺はない。

「命はあるのか?」

「命ってなんだと思う?」

鳳来の酷薄な笑みにユリは首を傾げた。

「電気信号だ。ただのな。あとはアミノ酸、有機物質、水の寄せ集めが電気で動いている。脳みそもな所詮、システムとして作り上げられている。方向性を与えるミクロチップさえ埋め込めばいい。だから、生体ロボットも作れるのだ。」

「魂はどうなるんだ?」ユリは鳳来を見上げた。「ロボットに魂はあるのか?」

ユリはアギュの心臓の上で瞬いているオレンジ色の光を思っている。あれはユリの母であるユウリの魂。「魂はあるぞ、鳳来。」

「まさか。」鳳来の蔑む視線は怯え切った寿美恵を掠めて背後に飛んだ。

「奴らは何体あっても一体でしかない。精神流体・・魂などというものは・・・もしあったとしても所詮、使い回しの共有財産でしかない。」

「でも、あれは・・・鳳来の思うものとちょっと違うと思うぞ。」

ユリも背後に視線を送った。鳳来の意識は再びユリに戻る。

「鳳来、あれには何かある。魂のようなものだ。憑いているような気がする。」

自分は魔物と語ったホムンクルスの事が浮かんだ。ばからしい。「おそらく、魔だ。」

今も鳳来は笑い飛ばす。鳳来には自覚はないが、もはやそれはもうおかしなことを言い出した司令塔ロボットへの意地なのかもしれない。

「フン、見所があると思ったが、まだまだ子供だな。魔物だのそんなものはいない。おのれの脳の中の錯覚だよ。」「魔物は次元に生きる生物だ。迷信とは違う。」

受け売りだったがユリは大真面目だった。「魔物等いない。悪魔も神も存在しない。」

もしもそういったものが・・・例えば神と呼ばれる者がもしも存在していたのならば・・自分の生は少しはマシになったのだろうか。そんな脳の隅に湧いた迷い、弱さを鳳来は瞬時に抹殺した。

「あれは・・・30体すべてを1つにするものだ。例え末端が100でも200でも全ての本質は変わらない。ようするにメインコンピューターだよ、おまえの世界でいうな。」

「司令塔が壊れたら、別のものが司令塔になるんだろう。任意のものが自動的に決まる仕組みなのか。」「理解が早い。」鳳来は機嫌を直す。

「おまえは私を愉快にさせている。」

しばらくは沈黙のまま歩んだ。

 

         吸血鬼

 

近づいて来る車に尋常ならざるものを感じた。

司令塔ロボットに取り憑いた魔物は身構えている。

『同じ魔物か?何者だ?』

車が停まる前にフロントを破るように黒い渦巻くエネルギーが飛び出して来た。

咄嗟に人体を離れた魔物はそれを躱す。

「よう、誰かと思ったら黴臭い吸血鬼か。」

「おまえは・・・?!」

圧倒的な質量の差が押し寄せて来る。まずい!魔物は不用意に後退することも出来ず、辛うじて踏みとどまる。エネルギーのいくらかがえぐり獲られた。魔物の支配を逃れた肉体が停車した車へと走り出す。理性を外された野生。『その身の血と肉をもって鳳来の敵を殲滅せよ!』ご主人様の指令が電気の支配する脳髄に谺していた。渡がドアを開けるのを天使が止めた。デモンバルグの気がそちらに逸れる。手を伸ばすとその人型の胴体を引っ掴んだ。

「なにくそがっ!」デモンの怒りが全て腕に注ぎ込まれる。人体は爆発した。

 

「ああ、なんてことを。」天使は咄嗟に渡の目を覆っている。仁王像にも称されたロボットの体は引きちぎられ、血と内臓が辺りに飛び散り、車を汚した。

「まぁ、あれはロボットですから。」アギュは後部座席から外に滑り出ている。

「でも。大丈夫とは言ってみたものの、血と肉で作られていますから・・・見て気持ちがいいものではありませんね、普通は。どっちにしても連邦の遺物ですから、放置するわけにも行きませんし。これは母船に掃除の依頼をしなくては。」

空を見上げた。

「ロボットだと?」デモンバルグが消え、反対の座席からジンが降りて来る。

「マジかよ。人間と変わらない断末魔だったぞ。」ダンマツマってなんだ?と渡は考えている。助手席側にあるらしい死体を見てみたい気もするが、前方のライトに照らされた雪の上の血飛沫を見て思いとどまった。それにフロントガラスにも何やらこびりついているし。

アギュは前方に停められた大型セダンを伺っている。「逃げられましたね。」

「ああ、魔物な。こいつに取り憑いていたんだろ。いいな、こういうのがあったら人体を搾取する手間が省ける。」サクシュかぁ、なんか悪いことなんだろうなと渡。

「知り合いですか?」「直接は知らん。ヤツの断片を少し味わっただけだ。」

「ジン、そんなもの食べてお腹こわさないの?」運転席から降りて来た渡を天使は死体から距離をとらせることに余念がない。こういうところが天使は悪魔と違うのだ。「大丈夫ですよ、どうせ悪魔は悪食ですからね。」「誰が悪食だ。俺っちだって食って楽しいわけじゃない。」アギュに向きあう。「テベレスと呼ばれる、悪魔だ。大陸に巣食う吸血鬼らしいな。別名、『怠惰の王』とか名乗って悦にいってたようだけど。」得意げに「俺っちの敵じゃなかった。」と付け加える。

アギュは追って来た車に歩み寄った。肉体はちゃんとあるが、その動きはすべるように早い。ハンドルに凭れるように意識を失っている若者を見る。

「きっと、気が付いたら逃げるでしょう。」追いついて来るもの達を振り返る。

「その鳳来とやらを追います。」「おい、渡も行くのかよ。」「ジン、当然付いて来てくれるんでしょ?」渡は背後の車の方を見ないように努力している。

「ここから先は母船からサポートできません。おそらく相手の船の中に入りますから。ユリと寿美恵さんを取り戻したら。」渡がその言葉に強くうなづく。

「ジンは3人を連れてなるべく早く神月に戻っていただきたい。」

「帰りも運転してもいい?」「ダメだ!」ジンが唸る。「寿美恵さんがいるだろ。」

「ちえ!残念だなあ。」「あっ、そう言えば、香奈恵もいたんだな。香奈恵はどうするんさ。」「えっ、香奈ねぇも来てるの!どこ?」「どこでもいい!」

「そっちはガンダルファに任せてあります。」

アギュは闇に沈む山頂方向を見上げた。

「ここはちょうど山を挟んで鬼来村の反対側にあたりますね。」

一車線の県道は谷側も山側も大きな木に覆い被さられている。セダン車が停められていたのはすれ違う為に設けられていた回避スペースだった。

「この辺りから道を繋げてあるのでしょう。村に侵入する為の道か・・・あるいは船。」アギュはこともなげに手を広げるように空間を探るとおもむろに開き始める。

そこは先ほど鳳来が開いた次元の穴。それを見てジンは微かに苛立つ。

どうやらこの鬼来村とやらは、既に宇宙人類達の手の内にあるらしい。まだ教えられていない情報が腐るほどあるようだ。腹立たしい。しかし、渡を守るのが第一だと思う気持ちが勝っている。ジンは腹いせにアギュに噛み付く。

「それで、おまえはどうするんだ?そのまま、行くのか?」

ゾロゾロと?「いいえ。」興味津々で見つめている天使をアギュは見た。

「オレとカラスはサポートに回る。」口調が変わっていた。「逃げるなよ、アクマ。」

 

 

 

     基成姉弟と上陸部隊

 

「岩田譲の妹で、香奈恵と言います。」香奈恵はぺこんと頭を下げた。

「兄を捜しに来ました。兄はどこにいます?」

「ふん、似てるね。」そう言われたのはこれで2回目だ。「まちがいない。」

基成素子はドアが外された玄関の上がりかまちに腰を降ろしている。玄関の回りには2、30人の男達が呻いたりのたうったりしていた。そのうちの何人かを無傷な年配のヤクザが起こしたり、ゆさぶたったりして介抱している。

玄関脇に積み上げられているあきらかな死体の山を牡丹がその体で辛うじて隠していた。あえて知ってか知らずか、最初から岩田香奈恵はそちらを一瞥もしない。

「で、あんた達は?」

戦闘があらかた終った頃、突然、雪を踏み分けて現れた集団をエレファントはうさん臭そうに見つめた。殺気は感じなかったから攻撃対象にはしていない。しかし、この状況を見てもまったく落ち着き払ったこの様子はどうだ?。

「香奈恵さんの実家で仕事をさせていただいているものです。我々」

ガンダルファはシドラとナグロスを示した。「3人は。」

「私が連れて来てきてって頼んだんです。」香奈恵が切実な声をあげる。

「変な警官達に脅されて・・・譲兄が犯罪に巻き込まれたとか、犯人だとか、人質だとか言われて、わけわかんなくて。友達と東京から無理矢理連れて来られそうな所を・・・偶然、助けて貰ったんです。おかげで警官は偽警官だってわかったんですけど・・でも、そうなると余計に兄のことが気にかかってしまったんで。」

ジンをガンタに置き換えれば話は簡単だった。

「近くに行ったら様子を見てくれとお母さんの寿美恵さんに頼まれていたものですから。」ガンタも真面目くさった顔。

「やばそうだったので、仲間に声をかけてみんなで来ました。」

警官うんぬんの話の辺りで牡丹の挙動がややおかしくなった。背後の死体が気になるらしい。「なるほど。」エレファントはうなづくと土間からのしっと上がる。

「譲と雅己はこの中にいたんだが、姿が見えないんだ。捜すから手伝ってくれ。」

「えええっ。」香奈恵は慌てて玄関に駆け込む。ブーツを脱ぐのに手間取りそうだった。「この家から一歩も出てないはずなんだが・・・あんた達はこの村の失踪事件を知っているのか?」「えっ?なんですか、それ!」香奈恵のリアクションは素だ。

「警官が来ていただろう。」「あっ、あのパトカー?」

「そう言えば、中で警官が眠らされてましたね。」ガンダルファはブーツのジッパーを下ろして軽々と板間に上がった。「えっ、そうなの?」と香奈恵。中を覗き込んでいたジンの様子を思い出す。自分は寒くてそれどころではなかったのだ。

シドラが続ける。

「その近くで真新しいランドクルーザーが破壊されていたな。」

「あきらかに乗れなくするのが目的ですね。ひどいもんです。」

「ええっ!それ、うちの車ですよぉ」牡丹が悲痛な声を出す。

「ますます普通でないと思ったんですよ・・・だからしばらく、その竹やぶでさっきから様子を見ていたというわけです。」

「で、片がついた所でお出ましってわけか。」

「手助けしなくて申し訳ありませんでした。でも、事情がわからなかったもので。」

「私達が危険だとは思わなかったのか?」

ガンタは肩を竦めて散らばっている集団を見回した。「どうみてもあなた達の方が堅気に見えるし・・・どうやら、正当防衛かなと。」

「あいつは?」頭や腕をさすりながら幹部の回りに集まった10人ほどの男達はあきらかに動揺しキョロキョロしている。遠くで微かにサイレンが聞こえて来た。

「下で会ったんですよ。仲間が拉致されたんでを追って来たとか。」

「あっそうそう、そう言えば。先ほどついでに通報しておきました。」

ガンタがニッコリすると正気になったやくざ達がその一言で慌て出す。

ナグロスが幹部にジンの車のキーを投げた。

「助かるぜ。」傷の付いた頬で笑うと幹部は舎弟達をせき立てる。軽自動車では半分しか乗れないがないよりはマシだろう。パトカーを奪うほどの度胸はあるまい。

「かなり離れた所に乗って来たマイクロバスが隠してあるんだ。それに乗ってずらかるからよ。この車はそこに追いておく。デモンの旦那ならわかるだろうよ。よろしく伝えてくれや。」

支え合って竹やぶを急ぎ足で下る薄着の集団を牡丹は気の毒そうに見送った。

「風邪・・・引かなきゃいいんですがね。」

「大人しく捕まった方が今日の処遇は良いだろうな。」

まだ呻いている残りの男達を見回した。シドラ・シデンが倒れている男の一人を足で蹴って起こす。男は呻いたが起き上がれない。

「通報しなくても定時連絡が途絶えたからどっちみちこちらには来たと思いますよ。」

場を離れたいが離れられないでいる牡丹にナグロスとシドラがそっと近づく。

既に香奈恵とガンタの姿は素子と共に室内に消えている。

「我たちがそれを隠すのを手伝おう。」

「・・・いいんですか。」牡丹の顔がこの男にしては精一杯緊張している。

「どうせ、人間じゃないんだろう?」「?!」「だって同じ顔じゃないですか。」

ナグロスの笑みはガンダルファの言う怪しい名前とは相反して思わず人を信頼させるものだ。「いくらなんでも、11人も同じ人間がいたら尋常じゃない。」

「任せておけ。」

「あっ、はい・・・はい、じゃあ。」

催眠術にかかったように牡丹は身を動かしている。

「私はこれから・・皆様の分も暖かいお茶、入れさせていただきますね。」

 

         ユリの疑惑

 

いつの間にか、トンネルのような薄い暗がりを歩いている。地面はなくなり、アスファルトでもない、固くも柔らかくもない不思議な足触りだ。

「なぁ、鳳来。」急にユリが声を潜めた。

「鳳来は死にたがっているのか。」寿美恵が耳を疑う。鳳来はフッと息を吐く。

「なぜそんなことを?」

「わからない・・・そう思った。さっきから・・違うな。初めて会った時からだ。」

ユリが捕らえていたのはそれだった。「思ってないなら謝る。」

「そうだな・・」鳳来は言葉を選ぶかのように沈黙した。

「死にたがっているわけではない・・・だが、誰にも往生際っていうものがあるだろう?。わたしも年老いた。充分なくらいに。おまえは私が幾つだと思う?」

ユリは傍らの男をジッと見上げる。「竹本のじいちゃんよりは歳上だな?」

「もっともっと歳上だ。」鳳来の声には誇らし気な響きがある。「おまえが思う以上にな。わたしが本当の歳を言ってもおまえには信じられまい。」

「そうなのか。」

「わたしは死にたいわけではないが・・・決着を付けておきたいことはある。わかるか?」

「身辺整理か・・・」ユリはつぶやく。「そんなに大事なことか。」

「ああ、そうだ。自分が生きて来た年月と同じぐらいに重い。」鳳来はうなづく。

「裏切りは許さないと言うことだよ。同じように約束は守る、この鳳来はな。」


スパイラル・スリー 第十章-2

2014-03-21 | オリジナル小説

        悩める悪魔

 

 

「どうするの?どうするのっ!?」

香奈恵が背中にこびりついて激しく囁いていた。

「そうだなぁ。」ジンは目の前の戦いを静観しながら「登場の仕方を悩むさね。」顎をかいた。「そういう問題じゃないでしょ!け、警察に連絡できないんだとしても、あ、あの人達、助けなくていいの?」30人ほどの人間がたった2人の人間を取り巻いている。香奈恵は既に自分なりの判断を下していた。「私はあの太った人達は悪くない気がする!だって、あとはみんなチンピラじゃない!」足下にはジンが倒した一人が倒れている。これは先ほど、一斉攻撃の前に竹やぶに潜んでいた集団の一人をジンが引き抜いて来たものだ。

「あいつほどじゃないがなかなかやるな。霊能者の仲間か。」

足下の男が呻いた。「やだっ!目覚めたわよ、ジン!」

「大北組の幹部さんよ。」ジンは角刈りの頭に手を当てている中年男に声をかけた。

「なんの趣向だい?風邪、引くぞ。」「これは、これは・・・旦那」見るからに品の悪い男だったが声がいくらか知的だったので香奈恵はちょっと安心する。

「・・・やられちまいましたよ。」ジンは相手を下に見て嘲るように「操られていたみたいじゃないか、あんたとあろうものが。」「ちげぇねぇ。まいったね。」

「魔がいんのか。鳳来の手下には。」「いますねぇ。」男は顔を顰めジンの隣に身を引きずり起した。ジャンパーを羽織っているが下は雪山に来るようなカッコではない。黒の3ピースとマフラー、エナメルの尖った靴先が雪にまみれ寒そうだった。

「きっとあいつですさ、あの相談役に決まってる。魔物の匂いがしねぇから、すっかり油断していたのが運の尽きですさ・・・仕事があるってかき集められて酒飲んでたんですが、途中から意識がなくなったねぇ。あそこにいる人間はどうやら、うちの組だけじゃないですぜ。」

「おじさん、仲間なら助けないの?」「あんな状態じゃあねぇ。正気になったら連れ帰ろうってもんだが。」香奈恵の存在を得に気にするでもなかった。

「なんせ、死なれちまったらうちの組もいよいよ人がいなくなっちまう。」

「殺意が感じられない。あのデブさん達は殺す気はなさそうだ。」

「譲にぃはどこにいるのかしら。」

「中にいると思うよ。」不意に現れたガンダルファに香奈恵は死ぬほどビックリした。

「!!!」幹部も度肝を抜かれたようだったが、ジンは驚かない。

「ふぅん、あんたらがいるってことは・・・ここが例の村か。」

「ナグロスが世話になった村だ。」

「シドさん!」香奈恵はシドラ・シデンに抱きついている。「じゃあ、シドさん達が仕事で行くっていってた村ってここなの?!」

「あんた達、どこから?」ヤクザの幹部である魔物が身構える暇もなかったのだ。

「あ、敵じゃないから。魔物さん。」ガンダルファはこともなげに「だろ?ジンとご同類だ。」「同じにすんな。」「こ、この人達は人間なんですかい?」

「確かに人間だが、魔物みたいなもんだ。気にすんな。」ジンは面倒くさそうに「香奈恵の兄ちゃんはほんとに無事なのか?」「おそらくな。」

「ジン、ここは任せてあっちに行け。」ガンダルファがジンに身を寄せた。「アギュが渡を連れて来た。」「なんだと!」ジンはカッとなる。「なんだってこんなところに?!どこだ?」「君にならわかるっしょ。」「デモンバルグ、俺は?」

ヤクザが情けない声を出す。「知るか!好きにしろ!」

香奈恵も驚いたことにジンは跳ねるように闇に消えてしまった。

「ちょっとぉ、ジンさん、どこに行くのよ!」シドラが口の端を曲げる。

「ほっておけ。我らがいる。」「そうそう。」ガンダルファは素早く身を起こした。

「さぁ、香奈恵ちゃんが来たから正面から堂々と行くか。」

「そうですね。」これもまたいつの間にか、ナグロスもいる。ジンが消え、一緒に消えるか人として逃げるべきか決めかねていたヤクザにガンダルファは手を伸ばす。

「あんたも手を貸してよ。あの人達が正気に戻ったら連れて帰ってもらわないと。」

相手もさすが魔物だ。すぐに腹を決めた。

「やばくなったら、俺はいつでもこの体を捨てて逃げやすぜ。」「御随に。」

『俺はまだうちの組長に未練があるやしいや。』大北組の幹部である魔物は考えた。

『くたばるまではついててやるか。そうなると舎弟は見捨てるわけにはいかねぇな。』

 

        宇宙人の末裔

 

譲が初めて異常に気が付いた時、見た事もない場所にいた。

なんらかの室内であることはわかる。一番、近いのはテレビで見る手術室であろうか。何よりも感じる異常さはその眩しさ。

暗いトンネルから出たせいもあるだろうが白い、眩し過ぎる。目が開けていられない。しかも譲にはいつトンネルを出たのかも判然としない。

突然、気が付けば鬼来雅己に手を引かれてここにいたとしかいいようがない。

「キライ・・」譲は親友の振りほどく。「ここはどこなんだ?」遠のいた現実が戻って来る。「基成さん達はどうなったんだ?俺達、何してんだ?」

「譲っち、どうやら」振り払った手は再び繋がれる。「ここは宇宙船の中らしいんだ。」「宇宙船?」

「うん、よく言う。UFOってやつさ。」

「はぁぁん?」譲は目の前にかざした手をどけて鬼来の顔を見ようとするが、すぐ側にいる友人の顔すらよく見えない。目が痛くなってくる。

光は床から差しているのだろうか?それとも室内の中央からか?光源がわからない。あえて言うならば、目の前にある空間、空気そのものが発光しているとしか思えなかった。「何、言ってるんだ?UFO?なんでだよ。そんなばかなことあるか。」

「バカじゃないよ。僕も最初は驚いたけどね。」近くから鬼来の声が聞こえてくる。

「僕はさ・・・なんと宇宙人の末裔だったんだ。」

「なぁ?なんだって?末裔?」あまりに荒唐無稽な展開だ。

「ふざけんなよ、こんな時に。そりゃ宇宙人っちゃ、僕もキライも宇宙人てことだろうけどな。」

「あのさ、信じたくない気持ちはよくわかるよ。僕も最初から納得していたわけじゃないし。とにかく、信じて欲しいのは、そう言うよくあるオチとかじゃないってことなんだ。」知性を取り戻した雅己の声には微かな苛立ちが混ざった。

「そんなこと言われても。」これのどこからどこまでが現実なんだ?

「・・・詳しく言うとさ、僕のご先祖様が宇宙から来た人類だったってこと。」

「天神降臨伝説、今度はそれかよ。まぁ、そういう伝説が確かに残っているところはあるけどさ・・・それにしたって、なんなんだよこの光。」

涙が出て来た。譲は目をとじた。「眩し過ぎるよ、ここ。」まともに考えられそうもない環境だ。「そうやって人を洗脳するってか。おまえ、実は変な宗教でもやってたんか。」「譲、信じて欲しい。そうじゃないと・・・僕は君を」

「待て、待て。待てってキライ。よく考えよう・・・これは、夢か?」

「・・・」

「うん、夢だな。そうだ、そうに違いないぞ。」

譲が一人で自分を納得させている間、鬼来はずっと黙ったままだったがその体がビクリと震えたのがわかった。夢にしてはリアル過ぎる・・・

 

 

「なんでそんな余計なことを話すんだ。」聞いた事のない声がした。

「兄貴・・」鬼来が自分の後ろに移動したのがわかる。目を薄く開けるが相変わらず、何も見えない。涙が次々と流れて来る。

「そいつは何も知る必要はない。それも二人で決めたはず。」

「キライ?」譲は友人の肩に手を置く。その肩が小さく震えていた。

「知ったからには、始末されるぞ。俺達か、それとも。」

「そんなことはさせない。」答えは早い、しかしすぐに「ごめんなさい。」

友人の声は自身を裏切る。譲の思考は完全にフリーズしている。夢?夢だろ?。

「譲に覚えていて欲しかった・・本当の僕のこと。」

「フッ、甘いな。そしてわがままだ。それでお友達の命を危うくさせるんだから。それがおまえの友情だと?おまえはいつだって浅はかで自分本位なんだよ。」

「記憶を消してもいいから・・!」

「消すくせに、記憶させたいとは・・・矛盾だな。矛盾の塊だ、愚かな雅己。」

相手が笑う。それは凍り付くくらい冷たい。

「おまえはデータのなんたるかをちっともわかっていない。データは命だ。しかるべき時にしかるべく所に保管する。それが後々で効力を発揮するように配置していくんだよ。おまえのやっていることはただの甘ったれた感傷だ。そんなもので貴重なデータを無意味に無作為にばらまく。それはまったくの無駄だ。わかるだろう?、無駄はいらない。もっとも合理的な解決方法は個体ごと消してしまうことだ。その方が余計な手間がかからない。おまえは俺にそれをやらせたいんだな。」

「ダメ・・・!」

「そうするとおまえもいらないものと判断するしかない。そうされたいか、雅己。」

「・・お願いだよ、兄貴。」

鬼来の小柄な体が今度は前に回る。髪の毛に混ざる汗の匂いを譲は嗅ぐ。

「譲を殺さないで。そんなことしたら大騒ぎになるよ・・・外の人達が覚えてる。」

「なら、あれも消せばいい。」まるで雑作もないことのようだ。

「予定外に割り込んで来たあいつらが悪いんだ。怪我の巧妙か、かなり時間は稼げたが。でもだからって、感謝することはない。もともと無駄なんだからな。」

「そんな・・」

「好きなんだろう?雅己、おまえの好きなミステリーがまた1つ、この世に増える。」

「兄貴!」怯えたように鬼来の背中が譲の体に触れる。

これは実際はものすごく、怖い状況なのだろうか?でも譲には臨場感がまるでない。こんな時に編集長がいてくれたら。基成先生でもいい!

「そんなミステリー、まったく面白くもないわね。」

聞いたことのある声。待ち望んだ『基成先生?』

声が唸る。「おまえ!どこから?!」

同時に目の前が大きな影に包まれた。それだけではない、回りが喧噪に包まれたように感じる。まるで大勢の人間が入って来たように。

「基成先生!」夢なんだろうけど、ものすごく安堵する。この間の降霊会のように。

目を開けると眩しいは眩しいのだが大きなコートに包まれた基成勇二らしい男の輪郭が見えた。自分が掴んでいる鬼来の肩と背中もぼんやりと。しかし、対峙する兄貴とやらもそれ以外は相変わらずわからない。

「譲くん。」大きな背中が名前を呼ぶ。「目で見ようとしてはダメよ。ここでは目ではなくて全身で感じるの。この光に同調しようとすればあなたにもわかるはず。」

「わかるものか!」嘲る声。

「あら、譲くんにだってできるわよ。あなたや雅己くんにできるんだから。」

「ふざけるな!そいつに、たかが普通の人間にできるはずない!」

「あなたがどれほど特別だというの?」そう言いながら基成先生は雅己と譲を背中に

静かに後ろに下がる。その3人を掠め流れのように何かが前に入れ替わっていく。

木が軋むようなかすかなざわめき。

譲は暖かい毛皮に身をあずけ、目を閉じたままじっとしている。言われたことはよくわからなかったが、わからないながらも耳をすまして全神経を集中させた。すると驚くことに・・・次第にざわめきが意味を持ったものとして聞こえ始めた。

ざわめきに遠のいた兄貴の声。

「黙れ、この裏切り者達が。」

「低能のドワーフどもが!できそこないが!」

「悪口はやめて。この子達を責めるのはとんだお門違いでしょ。」

先生の声は大きな肉体を楽器のように鳴らし、のんびりと落ち着いている。

「この子達はマザーという人の言いつけを律儀に守っただけよ。」

『・・・裏切ったのは・・・先・・』甲高い小さなきしみ。

『・・・マザーは誰も殺させるなと言った・・・』

「おまえらの仲間にも協力者がいたんだぞ。」せせら笑う。「おまえらだって、一枚岩じゃない。俺の言葉にほいほい付いて来たくせに!何が、マザーに忠誠だ。」

『・・・確かに我々も怯えた・・迷った・・・一枚ではない・・・』

声が口々に被さり出す。

『・・・しかし、根は一つだ・・・マザーの為・・』

『・・・犠牲は最小限・・・』

『・・・マザーが犠牲になることはどうしても嫌・・・』

『・・・我々を分裂させるためのおまえの計算・・・』

『・・・美豆良は信用できない・・・雅己ならまだ・・』

『・・・一人だけ・・・助かろうとしているに決まっている・・・』

『・・・おまえに協力した事は後悔・・・』

「ふん、バカどもが!。マザーの本当の思惑も知らぬくせに!」

「あなたは何を知っているというの?」

基成勇二の冷静な問いに美豆良はあざけりの視線を投げた。「なにもかもさ!」

そして回りに光の煮こごりのように固まって来たドワーフ達を力任せに払いのけた。

「それでもお優しいマザー様を慕っていけるのかよ!」

ざわついた乱れた気配がすっと一つになったのが譲にもわかった。

『・・・やっと、われわれはわかった・・・』

『・・・それでもいい・・・』

『・・・共にする・・・』

『・・・しかし、美豆良は許すわけにはいかない・・・』

「ねぇ、ひょっとして・・・これって、その・・・宇宙人?」

鬼来に囁く。

「同じ人間よ。」基成先生が付け加えた。声が後ろに向く。

「・・・鬼来雅己君ね。」

「はい・・・おそらく。」おそらく?

声に籠る自信のなさが譲には不思議だった。

 

        鳳来は悪魔と共に

 

「尾行されてます。」

車の中で相談役がつぶやいた。

「そうだな。」鳳来は動じない。「何者か?」相談役の男は一瞬、黙り集中する様子を見せた。

「・・・・子供?」信じられないというように首を傾げる。

「そのようだな・・・あとは一人か、二人。」

ユリは後ろを振り返る。曇ったガラスの奥、闇のなかに見え隠れに追随するライトが確認できた。寿美恵も落ち着かない様子でそれを見る。『渡だ。』それとアギュ。

 

「あああ、うますぎるんですよ。運転が。」天使が嘆いた。

「尾行する車にすぐ追いついちゃって。いくらなんでも気付かれますよって。山の中の一本道なんですから。」

「気付かれてもいいんですよ。」阿牛蒼一は涼しい顔だ。

「あおっちゃおうか?」渡は上機嫌だ。「それぐらい、すぐできるよ。」

「相手が魔物なら、逆に乗り込まれますよ。」

「させるか。」アギュがニンマリとする。「それにほら、ちょうどよく悪魔が来るぞ。」

「これで、乗員は目一杯ですね。」「はい?」アギュの一人対話に天使がきょとんとする間に車内に怒りを持った塊が爆発的に出現した。

「アギュ、てめぇ」「ジン!」「遅かったですね。」「なんで、渡を連れて来た!」デモンバルグは吠えた。天使が耳を覆う。「おやまあ。」

アギュは後部座席で悪魔と対峙していた。

「ガンダルファから聞きましたか?」

「聞きましたかじゃねぇ!」「僕が来たいって言ったんだ!」渡は急カーブを次々に切った。天使が手を伸ばして渡を支える。「さすがに立ちっぱなしじゃ疲れたでしょ。」「おい!それに、運転なんかさせて!保護者失格だ、てめぇは!」

ハハハとアギュも機嫌良く笑う。「確かに。」そしていたずらっぽく「だから、もっとちゃんとした保護者のいるところに連れて来たんです。」会いたかったでしょ、と目が語る。「綾子さんの許可は取ってあります。なにせ、連れ去られたのは寿美恵さんとユリですから。大事にならないように今晩はうまくやってくれるそうです。」

『なんてこった!バカ親にバカ母か!』しかしさすがに渡の前で母親のことは言わない。「けっ!」それにデモンバルグの機嫌はかなり直っていた。

渡が今の所、元気いっぱいで運転が楽しくてたまらない様子だったからだ。

「なんだ、どうしたんだ?社長さん。あんたこそヒカリのくせに人間ごっこか。」

痩せぎすの体にスーツを着込みしっかりと肉体の濃度を保っているアギュのことを差したこれは嫌みである。

「そう言えば、デモンバルグこそ・・・肉体はどうしたんです?」

「その辺に捨てて来た。」

「すぐに拾って来てください。」と、人使いが荒い。

「あなたには渡の保護者をやってもらわなきゃなりませんからね。」


スパイラル・スリー 第十章-1

2014-03-21 | オリジナル小説

     10・すべて鏡の中の世界

 

 

          雅己の記憶

 

鬼来雅己は眠られずにいた。

隣では岩田譲が枕に頭を乗せるなりあっという間に眠ってしまっている。

『なんだよ。こんな家じゃ怖くて寝られないだなんだ、さんざん言ってさ。』

雅己は上半身を起こした。上から下がった蛍光灯は一番小さい電球だけが点いている。

『ぼくを残して先に寝ないで』とさんざん哀願したのに、まったく譲っちたら。

譲が疲れた顔で鼾をかいているのでさすがにちょっと申し訳なく思った。

「ごめんね、譲っち。」囁いた。

どうせ寝れないのなら、と布団から抜け出る。下でエレファントや牡丹といた方がましかもしれない。巡査のおじいちゃんももう寝ただろうか。定時報告に行った2人は雅己と譲が2階に上がった時もまだ戻っていなかった。時計の針は10時。さすがにもう戻って来ただろう。でも、そんな気配はあっただろうか。

雅己達は寝間着には着替えてはいない。何があるかわからないからと素子に言われたのだ。何かあったら、すぐに逃げ出せるかっこでいろと。いったい何があるというんだろうか。嫌な感じがする。

でもあの2人は頼りになる。信頼していいい気がする。

でも・・・先生はどこにいるんだろう。

心細い。偽警官に連れ出されそうになった時はもうダメだと思った。ぼくを殺すつもりだ、なんて。どうして?ぼくが何をしたの?。

呪い・・これが『鬼来家の呪い』なのかな。そうなると、あの半分偽警官達は・・・人間みたいだけど、死神なのかな?先生が言ってた魔物に支配されているんだろうか。ぼくの一族に降り掛かって来ているんじゃ、どうしようもないや。ぼくが東京から引き上げてずっともうここにいるって決心したら『呪い』は発動を止めるんだろうか。自分が自分じゃないみたいだし、ぼくが出版社で働いてたっていうのも嘘みたいな気がする。もう、編集なんてできそうもないしやめてもいいかな。

でも、そうしたら・・・譲にはもう滅多に会えなくなるのかな。一緒に仕事したのは本当に楽しかった。でも、もうしかたがないかも。

雅己は深いため息を突き譲の寝顔を見た。開きっぱなしの口ってなんか入れたくなっちゃうよね。でも、我慢しよう。

それにしても・・・ぼくが当事者じゃなければ、これってすごい話だよね。読者だったら先が読みたくなること間違いない。自分のことだと思うと・・・知りたくないや。怖すぎるよ。

そう言えば、編集長は元気だろうか。

電話が通じないって譲が言ってたけど、それはこんなに山奥だから仕方がないよね。ぼくもずっと電話が欲しかったけどここでは我慢するしかなかった・・・。

でも、なんでなんだろ。電話線は来ているって誰かが・・・『兄貴』かな、言ってたような気がする。来てるけど繋がないって・・・ほんとに必要ないんだろうか。

ああ、いけない。考えがそれちゃったな。

とにかく、ぼくはあの大きなドラエモンみたいな基成先生が大好きだ。基成先生達と一緒にいると、なんだかとってもほっとする・・・怖いものがなくなった気がして安心出来るんだ。ぼくがいま怖いのは・・・この家でも他人のような気がする自分と、自分のものではないようなぼくの記憶だ。

服のまま襖を閉めて電球の点いた廊下に出た雅己はふいに耐え切れないほどに哀しくなってしまった。

必死に涙をこらえる。

どうして。

どうしてこんなことになったんだろう。

ぼくの記憶は『ある』けど、『ない』なんだ・・・。

足が1階に向かなかったのかは大した理由はない。わざわざ、涙を見せにいくこともないと思ったからだ。なんとなく、足は二階の奥に向かった。

母親の顔が浮かぶ。でも・・・優しかったんだろうか?怒られたんだろうか?浮かぶのは『兄貴』美豆良の顔ばかり。

彼は父親代わりで母親代わりでもあったはずだ。記憶はそう告げている。

母の部屋へは行かず、美豆良の部屋を開けた。

美豆良の部屋は好きだった。好きだったはず。モノトーンで統一されていて、無駄なものがなくて、でもあるものはすべて機能的。部屋は兄貴そのもの。

子供だった頃からそうだ。美豆良はずっと頼もしかった。

どこに行ってしまったんだろう?みんな・・・ぼくを置いて。

黒いシーツが張られた美豆良のベッドに腰を下ろす。シーツが冷たい。

変わってない・・・変わってないよね。

大きな広いベッドに身を横たえると、隣の部屋との間の襖が目に入った。

何気なくそこに手を開ける。

続きになった母親の部屋からは甘い匂いが入ってきた。母のベッドが目の前にある。襖を挟んで並んでいる。この意味をかつての雅己は考えたくなかった。

母と美豆良。手を伸ばすと母親のベッドのシーツは白いシルクでやはり冷たい感触だ。

稲妻のように映像が浮かんだ。

母と美豆良。絡み合う2人。そして・・・

自分と美豆良。それを母が。

 

頭がズキンと痛んだ。鼓動が乱れ、汗が噴き出す。ガバリと起き上がり頭を振り、その映像を払おうとしたがもう手遅れだった。

美豆良に組み敷かれた自分はまだ幼い。痛みをこらえ激しく拒むが美豆良が許さない。押さえつけた手はびくともしない。

嘘、ありえない。次に浮かんだのは美豆良の体の下でやはり喘いでいる少し成長した自分。美豆良は自分の上に股がり腰を動かしている。と、隣で見ていた母が立ち上がり美豆良の上に股がる。3人は同じリズムで体を動かし続けている・・・次は、見知らぬ子供、いや知っている。この村に住む幼なじみだ。幼い娘と美豆良。母と若い娘と美豆良。母ともう若くない娘と美豆良。美豆良が別の男と絡み合う姿。あれは向かいに住むおじさん。年上の従兄弟もいる・・・他にも他にも、見知った顔が次々と・・美豆良を中心に・・・美豆良と母を中心にして次々と浮かぶ。

これはなんだ。なんなんだ。現実?記憶?それとも・・・妄想?

ぼくは発狂したのか?????

押さえた髪の間から次々と流れ落ちる汗で体がどんどん冷えて行った。

吐き気がこみ上げ過呼吸で、息が苦しい。頭が割れるように痛い。

「消去に時間をかけなかったから、封印がとけてしまったということか。」

突然、後ろで声がした。

雅己はゆっくりと顔を上げた。

「兄貴・・・」

乾いた唇がその名を呟くと切れてしまった。

目の前が紗が掛かったように霞んでいる。

「おまえがちゃんと殺されていれば・・・岩田譲は必要なくなっていたんだぞ。」

「兄貴・・・?。」口に血の味がする。

「もしも・・・岩田譲が巻き込まれて殺されてしまっていたとしてもだ、それはそれでまた別の使い道があった。すべてはあの霊能者と母さんが台無しにしてしまったけどな。まぁ、いいさ。先が読めない楽しさは認めよう。」

美豆良は肩を竦めた。

「こうなったらここで岩田譲が殺されることにかけてみるか?ここまでたどり着けたのはおまえにしては上出来だったと言ってやってもいい。どうやら餌の食いつきが早まったからね。だけど、あのデブどもまでが付いて来るとはな。まったく余計だったよ。面倒くさいから『緋色の鳥』がまとめて始末してくれることを祈るとするか。」

口調が優しく変化した。それは彼が幼い頃から知っている声ではないのか?。

「もういい、おまえにはわかりっこない。わからなくていいんだ。」

そう言うと相手は冷たい指を雅己の首に伸ばす。

冷たい指がためらいのない現実となって首筋に食い込む。しかし雅己は相手の顔に魅了されたようにあらがう事もしなかった。

「なぁおまえ、わかっているだろ?」

耳元に熱い息がかかる。

「・・愛しているんだ。」

気が付けば涙を際限なく流していた。

『・・・ぼくも・・・』そうだ、ずっと昔から。

美豆良の笑顔が目の前で薄らいで行く。          

  

        

     基成姉弟覚悟を決める

 

外では闇が渦巻いている。

殺気と言うものが静かに数を重ね、積み上がって行くようだ。

「準備はいいかい?」

「はい、姉さま。」

牡丹は意識を失った巡査を中身を出した押し入れの天袋に隠している。

老人の胸が規則正しく上下し、息の乱れがないことは既に確かめてある。定年まじかの巡査の顔は満腹感と心地よい疲労と牡丹がお茶に入れて飲ませた薬で幸せそうだった。上段の襖が閉められると巡査の姿は封印される。

「2階は死守するよ。それと断じて火はかけさせない。いいね。」

「はい。」そう答えた牡丹はいつもの燕尾服ではない。エレファントと同じく動き易いジャージを纏っている。おなじ装束に身を包んだ2人は確かに同じ血の繋がりを感じさせた。

「勇二がすぐそこまで来ている。」

そう言うと、エレファントは玄関の戸に手をかけた。

「はい、それまで耐え忍べば勝ちですね。」牡丹は廊下に仁王立ちになる。

姉はその姿を背中で感じた。

「いくよ。」

 

           

        逃亡する二人

 

 

「譲っち、起きて!起きてくれ。」

頬を誰かに激しく叩かれ、譲は心地よい夢から叩き起こされた。

「な、なんだよ。」

「何かが、起こってるみたいだ。早く、逃げないと!」

「えっ?」慌てて布団を除ける。確かに、家が騒がしい。家と言うか、建物全体がガンガンと揺れている。屋根の上を何かが走る音と共に雨戸全体に衝撃と木の割れる音がして譲は跳ね起きた。何かが外で暴れている。暴れまくっている。壊れる音、割れる音、音の大合奏だ。慌てて廊下から出る。

「あなた方はそちらにいて下さい!」

階段の降りた先には、詰まった肉塊。立ちふさがるように立つ牡丹。前方に何か大きなものを構えている。何かの得物?

「襲われてるんです!私達でなんとかしますから!」

「なんとかって!?」警官か?あの警官?本物の警官達はどこに?

「とにかく、あなた達は奥にいて下さい。兄さまもすぐそこに来てますから!」

「いったい、誰が襲っているんだ?」

「宇宙人に決まっているだろ?」雅己が譲を引っ張った。

「僕ら、宇宙人に襲われてんだよ!」

「何、言ってんだよ。」

しかし、正体のわからない敵を確かめに行く勇気はなかった。階段は牡丹によって完全に塞がれている。雨戸とガラス窓を開けるのは得策でなさそうだ。雨戸の前・・見えない戸外ではどうやら何らかの激しい戦闘が行われているらしい。何しろ、家が揺れる、揺れる。灯りが消えた。

「大丈夫か、この家、壊れないよな?」

「壊れないよ。」雅己は譲を引きずって母親の部屋に入る。「押し入れに隠れようよ。」

真っ暗な中、どこかに潜り込んだ。

「頭、気を付けて。」遅い。ガンと火花が散る。土臭い匂いがした。

土?「こっち、こっち。」手を引かれて進んだ。「えっ?」ここは押し入れだろ?靴下越しに冷たい湿った感触が・・・「おいっ」たまらず、雅己を引き止めた。

「ここ、押し入れだろ?なんでこんなに奥がある。まるで・・」まるで何かのトンネルのような。「抜け道だよ。」雅己は再び手を強く引いた。

あれほど騒がしかった戦いの喧噪が遠のいて行く。

手で探るとむき出しの土壁に触れた。「抜け道って・・・なんでこんなもんが?」「僕の家は戦時中、戦争忌避者を匿っていたろ。だから、こういうトンネルを掘らせたって話。」滑らかに説明する、その間も歩みを止めない。

「大丈夫なのか?この道、どっかへ通じるのか。」

「目隠ししてでも歩けるよ。小さい頃から、よく遊んだから。」

土の匂いがどんどん濃くなると辺りは音1つしないどころか自分の息づかいさえ、吸い込まれて行くようだった。

前を行く相手はキビキビ溌剌と返事をしつつ、手を強く握り返してくる。暖かい手。「ひょっとして・・キライ。まさか、」子供っぽさが消えている。

「大丈夫だよ。僕、なんだか頭がすごくはっきりした。記憶も戻ったみたい。」

「キライ・・・」ほっとして思わず目頭が熱くなった。

その瞬間、疑問を譲はすべて忘れている。

今、自分達の為に闘っている素子と牡丹のこと。

襲っているという敵の正体。

譲は思い出さない。

村の背後には確かに山があった。

しかし、村の中心に建っていた鬼来本家の2階からいったいどうやってまっすぐに抜け道を掘る事ができるのだろう。そんなものがあったなら、警察にだって隠せはしない。基成姉弟や譲だってその可能性に気が付く。

この道は存在しない空間に浮いていることになる。

それはいったいどこへ続いているというか。

 

        勇二到着

 

「生きてたと思ったよ。」

さすがに息を切らした基成素子は2階の屋根を一掃し、落ちた敵の1人の首をあり得ないほどに曲げて立ち上がった男に入り口から呼びかけた。

「エレファント、こいつらは殺しても構わないみたいよ。」

ピンクのマニキュアの指で可愛らしく微笑んでみせる。

雪の上に立ち上がったのは黒服面の男は3人、起き上がらないものは2人。

「こいつらはねぇ・・・どうやら」

すぐに3人は勇二を中心に距離を置いて構える。

「人間じゃないみたいなの。ホムンクルスかしら。」

円陣は一気に襲いかかろうとするができなかった。

小さな影が次々と彼等の手や足にまとわりついたからだ。

影達は果敢に男達の動きを邪魔するが、はね飛ばされたり一撃で吹き飛んだりして効果はけして大きくない。しかしそれでも怯む様子が両者にはまったくなかった。

シドラ・シデンが散々に手こずったものだが、その再現といって良い。

彼等はいまや、基成勇二の為に闘っていた。

「まさか。」エレファントは玄関から庭に走り出た。「人造人間か。」

その間にも兄を囲む一人に襲いかかる。基成勇二はレスラーのような男達を一人づつ的確に仕留めて行く。大きな腕で首と頭を押さえて脊髄を破壊する。普段の彼からは想像もつかないような荒っぽいやり方。

彼の顔には迷いはない、やらねばならないことをやる・・・滑らかな額には害虫を殺すときのようなそんな覚悟が刻まれているだけだ。

「姉さま、大変です!」牡丹が玄関ドアを突き破らんばかりに転び出た。

「子供達がいないようです!」そして、兄に気が付き破顔した。

「ああ~っ!兄さま~やっと・・・!」ほっとしすぎて目頭を押さえた。

「お帰りなさいましですぅ!」

基成勇二は最後の男の息の根を止めるときびしい顔で振り向いた。

「すぐ、後を追うわ。」

「追えるかい?」

「今ならおそらく。」勇二は直ぐに旋風のように家の中に向う。

「この子達が案内してくれるから。」

小鬼のような影がまつわりついて続くのを牡丹は心底不思議そうに見送った。

ガラス戸や廊下の板がガタピシと激しく鳴り遠ざかる。

勇二に指示されたのか、影の半数ほどが加勢の為か戻って来るのをエレファントは確認し、玄関先の雪を立てかけてあった竹箒で扇型に寄せた。影の小さい手が加わり、玄関先は戦い易いように開けた。

「以外に役に立つじゃないか。」喜ぶ影達に顔をしかめて見せる。

「すごい・・・初めて見ました。」

牡丹はにっこりすると小さい者達に順次に手を差し伸べた。ハイタッチ。

「よろしくね。同じ人間なんですから、頼みますよ。」

その一言に再び、影達は振るい立った。

エレファントは放置されていた5つ子の死体を鬼来家の入り口にに積み上げる。どうやらバリケードにするらしい。覆面が取れた死に顔はどれも同じ。

「牡丹、第二波が来る。」

「第二波?・・はあ、なるほど。」

村の下側、奥の竹やぶがザワザワと揺れるのが見えた。

「移動速度に差があるんですね。そういうことですか。」

「勇二が言ってたろ。遠慮はいらない。」素子の武器は二つの大きな拳だ。

空き地を次々とこちらに向かって走って来る。さっき見たような粒の揃った影。

それは先ほど積み上げたバリケードと体格が変わらない。覆面の下は・・・?

「たぶん、残りはあと5、6体だろう。一緒に来るものは殺してはダメだ。」

跡から不揃いな人影が続く。手に手に獲物を持って整然と進んで来る。

「わかりました。」

牡丹は遠慮なくと言って立てかけたあった農具を両脇に挟んでに構えた。

「効率よく行きましょう。殺すのは姉さま。私は残りを気絶させます。」