桜の開花宣言がやっと出たので、
近所の善福寺公園も、そろそろ見頃でしょうか。
この公園には、ソメイヨシノに混じって、
山桜が見られるのです。
散歩が楽しみな季節になりました。
さて、最近感動したことといえば、
内藤瑤子展(絵)初日(3月23日)に行われた
ブリキ星店内でのミニコンサート。
内藤さんの呼びかけで集まった多彩な音楽家たちの
奏でる音に魅了された一夜でした。
高橋穣司さんの笛と、パートナーの女性の発声が
醸し出す「縄文の音」に、風や気流の音を聴き、
立川叔男さんと麻野文恵さんの古楽器演奏では、
中世の時間の流れに身をゆだねました。
さらに、秋山徹次さんのゾクッとする
ギターの音(ね)に覚醒。
TORIO IN QUARTETのレコード盤などを使った
ノイズには悲しみが…。
まるで、人類の創世記から消滅までを音によって
体験したような気持ちです。
形として残っていかないもの、
記憶にしか残らないものも、いいものですね。
話変わって、最近の巷での話題は「ライブドア」。
何故か周りで、口角泡を飛ばす人が多いのです。
何故か「ホリエモン」に肩入れする人が
多いようです。いずれにしても、私には、
金儲けの話はトント縁がないので
「異質な世界の出来事」としか思えないのですが。
そして、金儲けとは 対極の選択をした、
若いYさんのことに思い至ります。
高校で書道の先生をしていた彼は、
3月いっぱいで退職し、辺地に引越して、
畑を耕しながら、書の世界に身を置くそうです。
五右衛門風呂のある古い借家を見に行った、と
言っていましたが、その後どうなったでしょうか。
桜花爛漫の春、
Yさんの門出を祝したいと思います。
近所の善福寺公園も、そろそろ見頃でしょうか。
この公園には、ソメイヨシノに混じって、
山桜が見られるのです。
散歩が楽しみな季節になりました。
さて、最近感動したことといえば、
内藤瑤子展(絵)初日(3月23日)に行われた
ブリキ星店内でのミニコンサート。
内藤さんの呼びかけで集まった多彩な音楽家たちの
奏でる音に魅了された一夜でした。
高橋穣司さんの笛と、パートナーの女性の発声が
醸し出す「縄文の音」に、風や気流の音を聴き、
立川叔男さんと麻野文恵さんの古楽器演奏では、
中世の時間の流れに身をゆだねました。
さらに、秋山徹次さんのゾクッとする
ギターの音(ね)に覚醒。
TORIO IN QUARTETのレコード盤などを使った
ノイズには悲しみが…。
まるで、人類の創世記から消滅までを音によって
体験したような気持ちです。
形として残っていかないもの、
記憶にしか残らないものも、いいものですね。
話変わって、最近の巷での話題は「ライブドア」。
何故か周りで、口角泡を飛ばす人が多いのです。
何故か「ホリエモン」に肩入れする人が
多いようです。いずれにしても、私には、
金儲けの話はトント縁がないので
「異質な世界の出来事」としか思えないのですが。
そして、金儲けとは 対極の選択をした、
若いYさんのことに思い至ります。
高校で書道の先生をしていた彼は、
3月いっぱいで退職し、辺地に引越して、
畑を耕しながら、書の世界に身を置くそうです。
五右衛門風呂のある古い借家を見に行った、と
言っていましたが、その後どうなったでしょうか。
桜花爛漫の春、
Yさんの門出を祝したいと思います。
仕事の合間をぬっての、たまの楽しみは温泉一泊旅行。
最近は群馬県の四万温泉が気に入っています。
二時間半で吾妻線の中之条駅に到着です。
駅のそばにはとびきり美味しいラーメンが
食べられる食堂(「さわや」)もあります。
この間は、バスの時間を待つ間、
駅周辺を歩いていたら、
路地の奥に「林昌寺」という小さなお寺を
見つけました。しだれ桜で有名だそうですが、
目にとまったのは異形の木彫仏 。
一瞬ギョっとするほどの姿、顔。
時代はそれほど古くはなさそう(たぶん江戸時代)。
破調の美しさ、といっていいかどうか
分かりませんが、珍しい仏さまでした。
カメラを持っていなかったのが残念。
その代わり、といってはなんですが、
昨年、西荻の「砧」さん開催の「木彫の古民具展」で
購入した誕生仏(写真)を紹介します。
この誕生仏、右手を上にあげているので、
仏様だと分かりますが、そうでなかったら、
アフリカの木彫と間違えてしまいそうです。
江戸時代の仏様に、
プリミティブアートを感じるなんて面白いですね。
2月の常設内展示企画展での、伊藤広哲くんの絵は
昨年に増して反響がありました。
「これは文明批評だ」とは、
新聞社勤務(今は療養中)のYさんの言葉。
はじめは、どういうことかな?
と思ったのですが、なるほど、
集合住宅のどの部屋にも設置された
同型の電化製品、デパートの売り場にぎっしりと
並ぶ家具類などなど、広哲くんの絵には、
今という時代がそのまま切り取られているのです。
数百年後の人びとが、これらの絵を見たら、
なんと思うでしょうか…。
展覧会が終わった日、
広哲くんは自分の絵をしっかりかかえて帰りました。
いつも、バイクでやって来るTさんが、
新年の挨拶がわりに、と言って、
1枚の楽譜をプレゼントしてくれました(写真)。
もちろん、オリジナルではなく、コピーです。
が、何と美しいのでしょう。
「絶対音感」にはほど遠い私ですが、
じっと見つめていると、あの澄んだ音色が
聴こえてくるようです(作者は想像して下さい)。
そういえば、以前、
俵有作さんのお宅を訪ねたときに
見せていただいた書"はんにゃしんきょう"
を思い出しました。
それは、子どもが書いたような仮名文字で、
たぶん江戸時代の庶民の文字だと思うのですが、
無心さが伝わってくるすばらしい書でした。
楽譜はそれに負けていません。
文字ではなく、五線の上に書かれた音符を、
こんなにも快いと思ったのは初めて。
今の時代にだって、こんな無垢の美しいモノが
生まれるのですね。
現代作家の表現に心惹かれる理由は、
そんな可能性の発見にあるのかもしれません。
快さだけでなく、
ときには違和感があったにしても、
その表現を見つめるとき、
自分がどんな人間かを確かめることも
できるのですから…。
2月は、前川秀樹さん(木彫)、
前川千恵さん(下駄とバッグ)、
そして、伊藤広哲さん/絵(一部常設あり)の
展覧会がつづき、
今までにないブリキ星の空間が広がります。