先生「切除した血管腫の組織検査の結果ですけど…」
ついに宣告の時が来たか…悪性の文字が頭をよぎる。
人間五十年、いや六十五年、下天のうちをくらぶれば夢幻のごとくなり…。覚悟を決めなくっちゃね。でも未だ逝きたくないなぁ。残されたカミサンの事が一番心配だし、やりたいことだって一杯残ってるんよ。ギターも中途半端、せめてGuitarBoogieくらいマスターしなくっちゃ。飲んでないシングルモルトもいっぱいあるし、シカゴで本場のブルースを聴いてみたいし、老いらくの恋もチャンスがあれば…
「なにをブツブツいってるんですか」
あっ、いえ、で、ど、どうなりましたか
「ま、良性ですねぇ、腫瘍も完全に取り切りましたし、問題無しね。」
ホントですか~、良かったぁ、ほんと…ヨカッタ(さぁ、後顧の憂い無く遊ばなくっちゃ)
「そろそろ、毎朝シャワーを使いましょうか。傷口をきれいに洗い流ないと回復が遅れるので」
大丈夫なんですか、お湯なんかかけちゃって
「ぬるいお湯を静かにかけて、無刺激性の石鹸で柔らかく汚れを洗い流すんです」
はぁ…
次の朝、浴室に連れて行かれる。看護婦さんが洗ってくれるそうだけど、傷口ゴシゴシされちゃかなわないから自分で洗います。
シャワー椅子に座って、ぬるめのシャワーをゆっくりガーゼの上からかける。ガーゼを通して湯が浸み渡っていく。うん、大丈夫、痛くない。ゆっくりゆっくり、ガーゼを剥がしていく。正面の鏡をみながらゆっくりと…傷にひっかかる、慎重に…お湯をたっぷりガーゼに…。ちょっと痛い…。なんか怖い。
ガーゼの下から血がダラダラと流れてきた。おい、これ、大丈夫なんか?血が…流れてるよぉぉ。ガーゼが取れた…ふぅぅぅ、ここまででもう、すっかり疲労感が。怖々と鏡を見る。
な、何なんだ!
手のひら大の傷跡は赤黒い血にまみれ、網目に刻まれた皮膚が肉に乗っかってるって感じだ。自分の体なのに見るに恐ろしいよ。ワナワナしちゃう。
この大きな傷に湯をかけ、石鹸の泡で傷口を超柔らかくシャワシャワさせて洗う。多少しみるけど痛みはそれ程でもない。痛みよりも精神的にすごく緊張してしまう。ようやく洗い流して脱衣場に立つ。ナースコールで看護婦さんを呼ぶ。ガーゼで軽く傷口を押さえ、病室のベッドへ。しばらくすると先生が処置にやってくる。傷口を消毒し、皮膚の再生を促す薬をスプレーし、ガーゼに塗り薬をたっぷりつけて胸に貼り付ける。
これを毎日繰り返すのよ、朝食をとると、シャワー室。その後の医師による処置。もう午前中はグッタリなんよ。そのあとは昼食を食べた頃に痛みの残渣が消えてくると…、もうやる事ありません。退屈の時間がやってくるのよね。TVもつまんない、新聞も隅まで読んじゃうし、本も十冊は読みこんだ。PCに仕込んだJazzも延々と聴いてはいられないし。となると…さ迷い出たくなるのよね。
少しは歩いて筋肉の衰えを防止しなくっちゃ。
9階のフロアーをヨタヨタしながら一回り、次の日は二廻り、その次の日は…エレベーターに乗って二階に遠征する。
二階に何があるかって?
パラダイスがあるんよ。知りたい?