ぶうちん村、風わたる。

風の吹くまま、気の向くままなんて、なかなかできませんが、楽しみを見つけながら過ごしたいものです。

ぼくの好きな秋の色

2006年10月29日 20時17分02秒 | Weblog
 もともとは外来種の植物だけど、まるで在来種のように日本の景色になじんでしまったセイタカアワダチソウ。
 鮮やかなやまぶきはもう日本の秋の色と言ってもいいのでは。もしセイタカアワダチソウの群落を万葉歌人が見たにどんな歌を歌ったのだろう。
 でも、こだわって言うならば、背が伸びてセイタカになったセイタカアワダチソウは好みではない。がさつな感じがする。
 どちらかと言えば、1m以内で葉の色が若々しい背の低い方が好きだ。名前はセイタカだけど、セイタカではなく、セイヒクのアワダチソウが好きだ。
 昨夜、追突事故を受けた愛車を整備工場まで運び、代車で帰宅する途中、道路端に「セイヒク」アワダチソウの群落を見つけたのでついシャッターを切った。
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武岡台高校の校長、またもや「猛々しい」発言

2006年10月29日 12時51分28秒 | Weblog
 未履修問題に関する今朝の南日本新聞の記事を読み、またもや怒りを感じた。
 武岡台高校での保護者説明会の折、校長は「センター試験後を中心に補習を行う。推薦合格者についても大学側の配慮を求める」と、相変わらず責任の値切りを図ろうとする発言をしている。
 先日、彼が「軽減措置を求める」と発言したことに対して、私は「盗人猛々しい」と批判した。他の大多数の高校の子どもたちは時間と労力を割いて「未履修」分の勉学な励んできている。どうして武岡台高校の子どもだけが未履修分を軽減されなければならないのか、フェアーじゃない。
 未履修の発覚した他の高校ではなんとかしようと知恵を振り絞って批判にあまんじながら対応している。南日本新聞の報道内容が偏っているのか分からないが、武岡台高校だけが、少しでも対応を「値切ってほしい」と言い続けているのである。
 もうそろそろ目を覚まし、他の高校同様に真摯な努力をすべきではないのか?!
 いつまでもこんなことをやってて迷惑するのはむしろ武岡台高校の子どもたちではないのかと思う。
 県教委も高校任せにするのではなく、厳しい指導をすべきではないか。受験を控えた子どもたちを何日も何日も心配させるようなことをしていてはいけない。
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追突されまして

2006年10月29日 00時36分45秒 | Weblog
 買い物などした帰りの夕方、小山田の交差点で追突されました。
 18:50頃の出来事でしたが、同乗していた子どもたちが頭や腰の痛みを訴えていたので救急車で運ばれ、警察の事故調査、保険会社とのやりとり、一通り終わってから自分自身も後頭部が痛かったので救急病院へ。
 そして先ほど帰宅しました。5時間遅れですね。
 幸い身体の異常はみあたりませんでしたが、子どもたちにとってはショックがけっこう大きかったようです。
 さらに言えば、救急車の乗り心地が悪く、酔ったと言っていました。
 
 はぁ~。疲れました。明日から始まる事故の整理が憂鬱です。
 せっかくの日曜日が・・・
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武岡台高校の校長、盗人猛々しいとはまさにあなたのことだ

2006年10月27日 21時05分28秒 | Weblog
 今朝の南日本新聞を読んで愕然とした。
 必修教科の未履修問題が遂に鹿児島県にまで。4校の名前が挙がっていたが、そのうちの一つ、武岡台高校の校長が県教委に対して「軽減措置を求める」というコメントを語ったことが載っていた。
 軽減措置とは時数不足でも容認してくださいということだろうか。もしそうだとすれば、「盗人猛々しい」とはまさにこのことで、結局のところ、未履修を認めてくださいということだ。
 これを県教委がよしとした場合、「本末転倒だ」などと批判している県教委自身が逸脱行為を認めることになり、もう指導要領がどうのこうのという資格は県教委にはなくなるし、高校に限らず義務制の学校においても県教委への不信感が増大することは必至だ。
 「子どもが・・・」を理由にしてほしくない。4校の逸脱行為は認めてその他の約80校(公立だけで言えば)の子どもたちには厳々にするというのはおかしい。先日も述べたが、アンフェアーだ。
 私は卒業生の卒業資格の剥奪をと言ったが、今年の3月に卒業した子どもはOKで、たまたま今年、受験を控えた子どもたちには厳しくするというのもまたアンフェアーだ。
 とにかく、武岡台高校の校長の発言の常識のなさには驚いた。盗人猛々しいという言葉はまさにこの校長のためにあると。
 また、県教委にもミイラとりがミイラにならぬよう願いたい。
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もう一発、「子どものために」に関する問題

2006年10月26日 00時06分31秒 | Weblog
 福岡でいじめによる自殺事件が話題になっている。
 教育委員会もかなりぴりぴりしているようで、生徒指導に関する公文でも「児童生徒の自殺など」という言葉が挿入されていた。
 いじめに関するアンケートが実施されているが、1学期ゼロだった本校ではプロレス技で痛い目にあったなどといった事例が出てきた。数字の上で実態ゼロが実態のある学校になってしまった。校長・教頭はあわてた。
 市内のある小学校では大規模校並の数字が出たらしい。そうしたところ、教育委員会がやってきて実情を把握した上で指導をしたという。
 個々の実態把握は大事だ。それは担任が一番よく分かっている。結局、スキンシップでプロレスごっこをする子が多いのだが(1年生は6年生に向かっていく)、力かげんでちょっと痛いことがあり、アンケートに該当する項目があったから記入をしただけで、子ども自身には「いじめ」の自覚は全くない。
 しかし、校長・教頭は「どんな小さいことでもそれが発端になるから指導を」とのたまう。私も他の担任も「スキンシップの内容まで言わないといけないのか」と反論したが、どこまでやらないといけないのか。
 ・・・・・分かった。指導をしよう。スキンシップであれ、なんであれ、「いじめの原因にされかねないから」友だちにふれるのはやめよう。「裁判で負けるとたいへんだから」格闘技もやめよう、競走もやめよう、学力テストもやめよう。
 そういうことになる。誰だって裁判だなんだと面倒なことは嫌だ。
 でも、そんなバカな議論をするおとなが子どもの力を奪っているんだと思う。いじめはあってもいいじゃないか、暴力もあっていいじゃないか。要は、その時に裁判だ、人権侵害だと大上段に騒ぐのではなく、どうしてそうなったのか原因をじっくり考えること、その上で対策を考えること、その手続きを丁寧にする力が子どもにもおとなにも求められているはずなのに。
 人間はそんなに上等に生き物ではないし、生まれてくる子どもに既にそんな経験と知識があるわけではない。みんなゼロから出発している。なんで100から出発しようとしているのか分からない。
 でも、それが時代の要請だと言うのなら、みんなで徹底してやろうではないか。スキンシップでもプロレスごっこはやめなさいと。一時が万事全てかくのごとくに。
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「子どものために」もここまでくれば。

2006年10月25日 23時46分18秒 | Weblog
 高校の必修教科の未履修問題は10県65校・生徒数約12000人に達した。
 学校ではよく「子どものために」と言えば、水戸黄門の印籠のごとく、勤務時間も法や条例、肝心の子どもの健康もなんでもふきとばせるといった「文化」がある。
 例えば、県内の多くの学校では子どものために土日にスポーツ少年団や部活動の練習や対外試合をがんばっている。また様々な団体や教育委員会も参加者数が足りなければ、校長を通じて「動員」をかけたり、他の大会への参加ができなくさせるなど、何がなんでも子どもの土日を何かの形で拘束しようとする。それを俗に「青少年の健全育成」と呼んでいる。その結果、子どもたちの月曜日の表情は重たい。きつそうだ。特に土日にも宿題を大量に出されている学級の子どもの実態は悲惨だ。
 指摘すれば、他にも多くの事例がある。今回の高校の必修教科未履修問題はその延長上にあると思う。
 報道では「学習指導要領の遵守よりも大学進学の実績」「テストの基準がカリキュラムの基準」と分析しているが、それは学校側の問題だけに焦点化しすぎた一方的な分析であると思う。
 肝心の子どもたちはどうだったのか。そもそも履修していない教科に評価がついていることに疑問を持った子どもがいたことから発覚したなどと、子どもに非はないかのごとくの報道が多いが、高校によっては「生徒の強い希望があったため」そうしたというところもあった。理由がどうなのか、トータルの結果は分からないが、そうした実態を含めた分析が必要だと思う。
 とりあえず、個人的に思うのは、
 ① 現役生は卒業までに未履修教科の完全履修
 ② 未履修のまま卒業した子どもに対しては卒業単位を剥奪する。
   ※ 今後数年間以内に受講(全国どこの高校でも可)を完了すれば卒業は認定する。また、卒業を前提として入学した大学等については受講を完了しない者は退学させる)
 ③ 未履修教科の成績をもとに算定されている諸団体の奨学金の支給の扱いについては原則的には諸団体の判断とするが、奨学金の支給の継続は履修の完了を前提とさせることを条件にする。
 ④ 未履修にもかかわらず入学・就職した者のいる学校・企業については、その者の数の分を不合格者から補充・採用する。
 ⑤ 先生たちの責任については、未履修のまま卒業させた子ども・現役生に対する業務の完了を必ず行うこと(定年退職などの条件は考慮しない)は最低限のものとする。
 このくらいは言いたい。
 なぜなら、フェアーじゃないからだ。子どもも先生たちも。指導要領の基準を守り数教科の学習をした結果、不合格になった子どもたちは浮かばれない。全国の数千の高校の中でわずかに65校だけがこんなアンフェアーなことをしたわけだから、その報いは子どもも先生たちも受けるべきだ。「子どものために」「わたしたちのために」という文化はもうおしまいにしなくっちゃいけない。
 こんなのがいるから、教育界全体がおかしいとか「教育は死んだ」とかバカなことを言う者が出てくる。全体に迷惑をかけた責任は負ってもらいたい。
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先生は大変? 先生も大変? 明日は我が身

2006年10月25日 00時29分15秒 | Weblog
 教育基本法の「改正」がどうやら行われそうだ。
 マスコミや組合は「愛国心」の行く末だけを気にしているが、私の不安はそこにはあまり、というより、全くない。
 むしろ、教育委員会の任務は条件整備であるとした現行法第10条の意味が大きく変質させられることによって、国や文部科学省、教育行政が教育内容にまで介入を図ってくることの問題の方がずっと大きい。
 戦前の教育を受けた方やコント集団・ザ・ニュースペーパーが指摘しているが、習字で書く題材となる言葉、職場体験学習・集団宿泊学習などの内容に自衛隊などが露骨にリンクさせられてくるのではないかと思う。国語の「お手紙を書こう」ではイラクなどの紛争地帯にいる自衛隊員を励まそうという内容が盛り込まれるかもしれない。
 そうなると、「日の丸・君が代」の強制とか「愛国心」の強制といった次元を乗り越えた形で、国への忠誠心が植え付けられていくことになる。実際、戦前はそうだった。当時の「日の丸・君が代」は「国旗・国歌」ではなかったにもかかわらずである ・・・ もっと悪質な形で、悪質な内容が押しつけられてくるのではないかと思う。
 もう一つの問題。先生たちの勤務の成績を評価するのであれば、設置者である教育委員会は先生たちの精神的なストレスの蓄積をどう計るのか具体を示してほしい。国なり自治体が示した教育の目標の実現に向けて、手段である先生たちが疲弊していたら目標の実現どころではあるまい。病気になったり精神疾患になった先生たちを切って捨てるのは簡単だが、基本的に免許をもとにした仕事であるので、誰でもこの仕事ができるわけではない。 
 制度としては労働安全衛生法が義務制の学校にも適用されたが、衛生委員会を開催している学校は本当に数少ない。開催されたとしても学期1回が関の山であり、議論したとしても条件整備のための予算措置はない。先日、南さつま市の学校の各教室にPTAの資金で扇風機が設置されたという報道があったが、あれこそ公費で賄われるべきものであろうし、扇風機一つからして買えないこの自治体の教育委員会は、実に余計なプレッシャーを学校にかけ続けている。カネも出すが口も出すはよく言われるが、カネは出さずに口を出す、全くもってヤクザなことである(という自覚すらないのであろう。多分、当たり前程度の感覚なのでは?)。
 そんな中で保護者との関係・同僚との関係などで苦しんでいる教職員がどれだけたくさんいるのか。自殺者・年間3万人のペースはすっかり当たり前のことになってしまった。先日自殺したある先生は自宅に残したノートに「無責任な私をお許しください。全て私の無能さが原因です。家族のみんなごめんなさい」と書き残していた。痛ましい・・・
 言いたいことはもっともっとたくさんあるが、この程度でとどめておきたい。要は「明日は我が身」とならないように、人をけ落としてでも自分の学級・仕事だけはなんとかすることである。攻撃される前に攻撃しておく。ブッシュの手法に学んでおかないといけない。嫌なことだが、今やそれしかないと思うようになりつつある。

 
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農業体験in八重の棚田②

2006年10月23日 22時37分52秒 | Weblog
 ふれあい棚田事業の田植え・草取り・稲刈りの会場は八重公民館の上の田んぼで行われています。が、それも今回まで。
 来年度は棚田館が八重上バス停留所近くにできるため、その近くの田んぼで開催になります。
 今までよりもずっと開けた感じの場所だし、まさに棚田の一角での事業になります。
 先日、TVで中山間地域の集落の振興事業として美術展だったかな、にとりくんだ地域がとりあげられていましたが、やはり棚田での米作りとソバだけでは長続きしないのかなと思います。
 結局、田舎の生活をそのまま都会の人に味わってもらう、それも魅力の一つなんでしょうが、もうひとひねりしないと、全く別な要素もかませていかないと人はよってこないのではないのなと感じます。
 ふれあい事業の課題ですね。会長ともまた語りたいと思った、今回の棚田・稲刈りでした。
 
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農業体験in八重の棚田①

2006年10月22日 20時09分12秒 | Weblog
 今日は八重の棚田の稲刈りでした。
 集落以外だけでも約50名の参加がありました。その本番に先立ち、朝8時から事前の準備が行われました。
 それは田んぼの四隅を刈っておくといった生やさしいものではありませんでした。というのも、昨夜、イノシシが田んぼに乱入してきたらしいのです。何人も目撃者がいました。そのイノシシが棚田の米を食べ、寝ころび、糞をしてということで一番上の田がどうしようもない状況になっていました。また、風で上から2枚目の田も稲が倒れ、たいへんな状態。
 事前準備とは名ばかり、実態としては本番そのものでした。
 みんなで話したのが、山の中にエサになるものが少ないのかなということでした。でも、台風などが数多く来襲していればそれも分かりますが、今年は安定しているので、事態は深刻ではないかということでした。
 私は右の腰に張りと痛みがあったものの、終日なんとか終えることができました。
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きな臭さぷんぷんの来週の臨時国会

2006年10月21日 22時51分17秒 | Weblog
 臨時国会が始まっているが、来週にはいろいろときな臭い動きが一気に強行採決へと動こうとしているようだ。
 例えば、過去何度も見送りになってきた「共謀罪」が再び俎上にあげられそうだというのが一つ。もう一つは「教育基本法」の改正案。
 どちらにしても私たちの生活に直結するものだ。共謀罪が成立すれば飲み屋で上司や政治家の悪口すら言えなくなる。「教育基本法」は愛国心だけが突出して扱われているが、私が大きな問題だと思うのは愛国心よりも家庭教育に行政が介入してくることと学校民営化への道を開くことだ。
 そんな危機的な状況の中で野党のみなさんの情けない・ふがいない姿があまりにも目につきすぎる。
 小沢VS安倍が話題になった党首討論に対して、福島・社民党党首は「討論は血わき肉躍るものでなければ」といった発言をしたが、全くどうしようもないバカな発言だ。だから昨夜の教育問題を扱ったTV番組でも発言に説得性が全くない。民主党は神奈川・大阪の補欠選挙のどちらかを獲らないといけない時にまた元代表の前原の一派が勝手な動きを始め、民主党のイメージを壊している。共産党は・・・何をしてるのか不明。
 こんなことでは自民党を利するだけなのに・・・。
 補欠選挙の結果を受けて、自民党はまずは「教育基本法」改正案の強行採決にでる。街頭演説でかなりしゃべっているから信任を得たと判断するだろう。
 ああ、腹が立つ!
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