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祝日本! WBC世界一 V2達成!

それにしても今回のWBCは熱かった! 仕事中に会社のテレビやPCでのライブ更新で誰もが決勝の行方をドキドキしながら見守っていた。合計で5試合も戦った宿敵韓国との一騎打ちはどのゲームも見所満載であったが、特にLAのドジャーズスタジアムで行われた決勝は球史に残る名勝負となった。延長戦の末勝利を決めた瞬間は鳥肌が立ち、試合後グラウンドに広がった巨大な日の丸を見た時は、思わず愛国心が溢れ出し、胸に深く、そして熱い感動が残った。

今回の「侍ジャパン」は、実にバランスが取れたチームで、個々の高い戦力も去ることながら、その見事なチームワークからくる「全員野球」は、日本の野球スタイル/野球哲学を象徴しているものであり、持てる力の全てを、チーム一丸となってぶつけた今大会は本当に素晴らしかった。日本の野球レベルが向上しているのを実感したのと同時に、野球の一つの”あり姿”みたいなものを見たような気がした。

今回WBC優勝を手繰り寄せた最大のャCントと個人的に感じたのは、韓国との4回目の対戦となった第2ステージの1位決定戦と、準決勝のアメリカ戦。それまで1勝2敗と韓国に負け越した状態で迎えた第二ステージの1位決定戦で韓国を破り、2勝2敗の五分に持ち込んだのは、メンタル面、そしてチーム全体のモメンタム維持にとって途轍もなく大きかったと思う。一見1位通過によってアメリカと対戦してしまうという”厳しい”状況になり、かえって不利になってしまうとさえ思える状況だったが、韓国を破って1位通過の上で、最大の難関でもあったアメリカに打ち勝ったことは大きな自信となり、既に決勝の行方は決まっていたと感じていた。もしも第二ステージで韓国に敗れ、1勝3敗で2位通過していたとしたら、恐らく決勝に残ったとしても韓国に負けていたのでは無いかと思う。

2大会連続のMVPに輝いた松坂、決勝で神がかり的な勝ち越し2点タイムリーを10回表に放ち、勝利に導いたイチロー、他にも活躍を見せた城島や岩村など、大リーガー組の実力と勝負強さはさすがであった。しかしそれにも増して今回は内川、青木、中島、小笠原、残念ながら怪我の為決勝には出られなかった村田をはじめ、決勝でも見事なピッチングを見せた岩隈、そしてダルビッシュ等、投打に渡り、国内組の活躍には目を見張るものがあった。派手さは無いが、まさに全選手がそれぞれの持ち味をフルに出しながら、全員が一つになって”総合力”を発揮した結果の優勝である。残念ながら、所属チームなどから様々な条件を課せられたアメリカは、選抜メンバー自体が決して最高・最強の布陣とは言えず、国を挙げての取り組みを行った日本や韓国とは明らかに差があったのも事実であるが、これを気に、アメリカにももう少しWBCで本気を出してほしいものだ。

今回のWBCを見ていて感じたことは、まさに「侍魂」を見せた侍ジャパンの戦いぶりが実に爽やかなであったということ。戦争などによって国どうしで争うのでは無く、正々堂々とスメ[ツを通して、思いっきりぶつかりあうという清々しさを改めて痛感した。そして筋書きの無いドラマという意味でスメ[ツは、世界共通の「最強コンテンツ」であることを久しぶりに思い知らされた。不景気のこのご時勢に、日本の優勝は久しぶりに明るい話題となり、人々の励みとなったことは間違い無い。スメ[ツとは、やはりそういう凄い魔力を持っているのである。

今大会で、選手個々の実力をWBCという短い大会期間に照準をあわせてフルに引き出した原監督の手腕も忘れてはならない重要なャCントにて、今回原監督にも少しスャbトを当ててみたいと思う。昔から巨人ファンの僕は、リアルタイムという意味では江川、西本、新浦等のピッチャーが活躍し、原辰徳が巨人の現役4番に定着した80年代の始めに、最も巨人戦に熱中していた。原辰徳は1983年には打率3割、本塁打30本、100打点クリアという球団史上4人目という快挙も成し遂げ、その年の巨人優勝にも貢献し、MVPにも輝く。その後も3割30本を何度も記録し、伝統ある常勝巨人軍の4番としてチームを牽引したのだが、天才長島と比べ、どうも肝心なところで”勝負弱い”などと散々当時叩かれて可愛そうでもあった。それでも、自分の誕生日、誕生月と同じ背番号8の原辰徳は当時から何故か親近感と愛着があった。

2002年には、背番号83を付け (原自身の選手時代背番号の8と、長島の3をあわせたもの)、長島監督から巨人の監督を引き継いだが、そのチーム経営手腕と人望は確かなものがあると感じていた。その年はリーグ優勝、そして負け無しの4連勝での日本一に輝き、「ジャイアンツ愛」というスローガンも話題になった(その後、ゴタゴタの後で監督を堀内に変えたことは巨人にとって大きな失敗であった)。2007年に原が巨人の監督に復帰してからは2度のリーグ優勝、そして昨年の「メークレジェンド」で最大13ゲーム差をひっくり返して優勝した昨年の戦いぶりも記憶に新しい。

今回のWBCでもしばし取り上げられているが、原監督は、選手を信頼して放任主義を貫きながらも、試合毎にチーム力が進化していくという不思議な統率力でチームの完成度を上げていったのである。また、コンディションの良い選手を最優先で選抜・起用したが、怪我人が続出し、プレッシャーに押しつぶされてしまった北京オリンピック時の星野ジャパンとは明らかに異なる。”原ジャパン”とせず、”侍ジャパン”とした原辰徳の監督としての実力を世界に知らしめる、歴史的な大会となった。

それにしても、今回の「侍魂」は、自分の中で深く印象に残った。やっぱり日本の国民的スメ[ツである野球は最高である。
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