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blue deco design lab

クリエイティブが大好きなのに、なぜか商社マンになってしまった私のマニアバース!

スティーブ・ジョブスとPalo Alto

2012-03-30 16:09:00 | 好きな場所
シリコン・バレーでも特に人気の町、Palo Alto。
スタンフォード大学がある学生の町としても有名だが、
目抜き通りであるUniversity Aveには多くのおしゃれな
レストランやお店がひしめく人気エリアだ。
そして、大手ベンチャーキャピタルのメッカである
Sand Hill RoadもPalo Altoが最寄であり、
富裕層が住む町としても有名だ。
あのAppleのスティーブ・ジョブスの家もここ
Palo Altoにある。

僕ももしもう一回シリコン・バレーに住めるとしたら、
今度は絶対Palo Altoに住んでみたい、そう思わせるほど、
ここはいつも魅力的で、憧れの町である。

今回、打合せの合間に少し時間が出来た為、
Palo Altoにあるスティーブ・ジョブスの家
を見たいと思い、車で前を通りがかった。
高級住宅街にあるその家は、ヨーロッパ風でとても趣のある家で、
充分豪邸ではあるのだが、あのスティーブ・ジョブスにしては
意外にも質素だと思わせてしまう印象だ。



亡くなった直後には、下記のように多くの花束が
家の角に捧げられていたようだ。今でも奥様が住んでいるらしい。
彼に思いを馳せながら暫く車の中から家を見つめることが出来た。




そして、これまたスティーブ・ジョブスの足跡を
追うべく、彼が亡くなる前、最後の外食に訪れたという
Palo Altoの日本食屋、陣匠(Jinsho)に訪れた。



あの有名なNobuで修業を積んだシェフがオープンした
ということで話題となったレストランだ。
アメリカ人のお客と一緒に大勢で行ったのだが、
ウェイターもメキシコ人で、一見インチキフュージョン和食屋か
と思わせる雰囲気もあり、味噌汁が最初に出てくるあたり(笑)、
やや胡散臭さを最初感じたが、料理はどれもなかなか美味しく、
レベルはかなり高かったので、すっかり安心。



Jinsho (陣匠)
454 S. California Ave, Palo Alto CA 94306
Tel: 650-321-3454

そして、翌日はまたまたUniversity Aveにある
オシャレ空間のタパスレストラン、Joyaで客と4人で会食。
人気店でとても込み合っていたが、早めの時間に
何とか予約を取ることが出来て、ラッキー。
内装もとってもオシャレである。




ミニ神戸ビーフバーガーや、パエリアなど、どれも
大変美味しかった。シリコン・バレーでタパスが
食べたくなったら、おススメのレストランである。




Joya
339 University Ave, Palo Alto, CA 94301
Tel: 650-853-9800
www.joyarestaurant.com

Palo Altoでは、既に桜が咲いていたが、
やっぱり日本人として桜は心に沁みる花である。
早く日本も桜のシーズンになってほしいものだ。





サンノゼでアイスホッケーを観戦!

2012-03-27 17:07:00 | スポーツ
日曜日から、今年初めての米国出張に出かけている。
羽田発サンフランシスコ行きのJAL便は夜中の12時出発で、
サンフランシスコには夕方に到着。
やっぱり西海岸の気候はいつ来ても最高である。



今回はホテル日航サンフランシスコに宿泊。
昔良く出張で利用していた思い出深いホテルである。
市内のユニオンスクエアにも近く、抜群の立地だ。



今回は大きな窓ガラスが特徴的な角部屋に泊まったが、
なかなか広々とした良い感じの部屋で、とても快適であった。



そして月曜日は、サンフランシスコから北へ車で1時間の
Petalumaという町にある企業を訪問し、午後はそのまま
車で南にあるサンノゼに移動。サンノゼは昔住んでいた街なので、
とても馴染み深く、落ち着く場所だ。
そして夜はお客2人と一緒に、アイスホッケーの試合を
観戦することになった。うちの会社でお客向けにサンノゼ・
シャークスの年間シートを取っているのだが、
ちょうどチケットが空いていたようで、ラッキーであった。



アイスホッケーは特に詳しいわけでも無く、
昔一度だけ、サンノゼ・シャークスの試合を観戦した記憶が
ある程度なのだが、アメリカでアイスホッケーは、野球、フットボール、
バスケットボールと並んで大人気のプロスメ[ツなのだ。
フォローしていなかったので知らなかったのだが、
どうやらサンノゼ・シャークスは今年も好調らしく、
そして過去10年の成績も、6度も地区チャンピオンになっており、
すっかり強豪チームに成長しているようだ。

試合会場はサンノゼダウンタウンにあるHPパビリオン。



対戦相手はコロラド・アバランチ。
シャークスが今日勝てばパシフィックリーグの首位に躍り出るという
大事な試合だったようで、超満員の17,000人以上が観戦していた。



そして、結果は5-1でサンノゼ・シャークスの圧勝!
多くの熱狂的なシャークスファンで大いに会場は盛り上がった。



かなり席も良く、間近で見ることが出来たが、
アイスホッケーはかなりのスピード感と迫力があって、
乱闘なども頻繁に起こる過激なところも見所である。



久しぶりのアイスホッケー観戦をすっかり満喫してしまった、
サンノゼの夜であった。


祝3D化!スター・ウォーズ Episode 1 の思い出

2012-03-24 12:26:00 | 映画
先週仕事の後に、『スター・ウォーズエピソード1
ファントムメナス』の深夜上映をついに観に行った。
家の近くの港北ニュータウンのワーナーマイカルシネマで
見たが、9:50pmからの上映で、終わるのは深夜12時過ぎ
というかなり遅い上映でも有り、観客は殆どいなかったが、
その分映画を独り占め出来るような、
とても贅沢な気分で鑑賞出来た。



スター・ウォーズは、僕の最も好きな映画で、
特に1977年にアメリカで公開された第一作は
生まれて初めて映画館で見た映画ということもあって、
小学3年生であった当時の僕は、今まで体験したことが無いような
その特撮映像のド迫力に完全に打ちのめされ、
強烈なインパクトとして大いに影響を受けた。

そしてシリーズ第4作、新スター・ウォーズ3部作の
幕開けとなるエピソード1は、米国シリコンバレーに駐在していた
1999年の5月に、公開の数週間前に劇場で前売り券を
買う為に会社を半休し、劇場の外で長時間並んで
日焼けしてしまったのを今でも鮮明に覚えており、
とても思い出深い作品なのである。



1983年の「ジェダイの帰還」公開から16年という長い
ブランクを経て、ついにスター・ウォーズシリーズが
復活するということで、当時ファンはみんな熱狂した。
映画のオープニングタイトルで20世紀フォックスの
マークが出て、”Lucas Film Ltd”という文字がスクリーンに
現れた時は会場から物凄い拍手が起こったほど、
みんながスター・ウォーズを待ち望んでいたのだ。
悪役史に燦然と輝くダース・ベーダーの子供時代が
描かれ、どのようにしてダークサイドに落ちて行ったか
がいよいよ描かれるシリーズの幕開けとして
大いに注目が集まった。



出演陣も豪華且つ新鮮なメンバーが揃った。
イワン・マクレガー、リーアム・ニーソン、
サミュエル・L・ジャクソン、そしてヒロインには
ナタリー・メ[トマンという新たな顔ぶれとなり、
またスター・ウォーズファンには欠かせないキャラクター
たちであるR2-D2、C-3PO、ヨーダも復活!
監督もあのジョージ・ルーカスが自ら手鰍ッるという、
まさに最強の布陣で登場。話題性には事欠かなかった。



しかし、公開当時、CGを駆使した斬新な映像は、
往年のファンからは“やりすぎだ”とか、殆どCGで
描かれた新キャラ、ジャー・ジャー・ビンクスもかなりの不評で、
新世代スター・ウォーズの幕開けに賛否両論はあった。
それでも数々の記録を塗り替える大ヒットとなり、
スター・ウォーズの偉大さを改めて痛感する結果となった。
今でもエピソード1は、全米歴代興行成績で、
『アバター』、『タイタニック』、『ダークナイト』に続き、
第4位に入っているのだ。さすがスター・ウォーズである。

あれからまた13年。今度はエピソード1が3Dとなって
スクリーンに帰ってきたのだ!



3D映画は、「アバター」の公開を皮切りに、
世界で一気に普及し始めたと言える。
映画館の3Dインフラが整い、3D対応メガネも軽く、
製造コストも安価になって普及し易くなったことも大きいが、
観客側も3Dを受け入れる土壌がいよいよ整ったと言える。

もはやスクリーンから何かが飛び出してくると
いうような特殊効果を楽しむのではなく、
3次元効果による“奥行”が映像の中に
新たな領域を与え、これが一つのスタンダート
になり始めたことは、相当画期的な出来事なのである。

そして、3Dを最大限活かす為に、エピソード1はまさに
格好の映画だ。

あのスピード感満点のャbドレースシーン、
宇宙でのバトル、Nabooでの戦闘シーン、
そしてダースモールと2人のジェダイ戦士
(クワイ=ガン・ジンとオビ=ワン・ケノービ)との
ライトセーバーによる対決など、どれを取っても
3Dがフルに活かされるシーンが満載である。
エピソード1のDVDはもっているのだが、
やはりスター・ウォーズは映画館の大スクリーンで
見るのに限る。



ジョージ・ルーカスもインタビューで言っていたが、
3D化は機が熟すのを待っており、アバターの成功を
見て過去のスター・ウォーズ作品の3D化を決心した
と言っていたが、まさに満を持しての登場と言える。

今後、エピソード2、3の3D化も最高に楽しみである。


奈良の大仏 vs. 鎌倉の大仏!

2012-03-20 22:08:00 | 好きな場所
先日、奈良の大仏を見てきたが、最近妙に大仏が気になっており、
ついに念願の鎌倉の大仏を家族で見に行った。
鎌倉は何度も訪れているのだが、実は鎌倉の大仏は見たことが
無かったのだ。今回、車を鎌倉駅近くに停めて、
江の電に乗って大仏のある長谷に向かった。



奈良大仏と鎌倉大仏は比較されることが多いが、
サイズ的に見ると奈良大仏が高さ14.98m、重さ250tなのに
対して、鎌倉大仏は高さが11.3m、重さ124t。
奈良大仏は世界遺産なので世界的にも有名で、
鎌倉大仏はまだ世界遺産にはなっていないものの、
国宝であり、鎌倉自体が世界遺産登録を目指している。



データ的にはどこを取っても奈良大仏による勝利となるが、
今回鎌倉大仏を見て、意外にも奈良大仏には無い魅力を感じた。

まず決定的に違うのは、鎌倉大仏は大仏殿がなく、
完全に雨風にさらされる屋外にあることだ。その為、とても
解放的な空間となっており、大仏の表情などもじっくり楽しめる。
そして、実際に間近で見てみるとなかなかの大迫力である。



そして、鎌倉大仏は中が空洞になっており、中に入って見学する
ことが出来るのも面白い。背中には2つの窓が開いており、
哀愁が漂う、その背中もなかなか魅力的である。




そして、メ[ズも鎌倉大仏は両手で座禅を組んでおり、
奈良大仏と異なっているが、とても落ち着き払った雰囲気を
持っている。



また、奈良大仏は時代ごとに何度か改修を重ねているが、
鎌倉大仏は、室町時代に作られたとされるその姿を
ほぼその当時のまま現存しているというから驚きだが、
逆に奈良大仏ほどの史料がなく、その生い立ちは
謎も多いとされている。

大仏のある長谷には、黄金に輝く国内最大級の木像観音が
あることでも有名な長谷寺にも立ち寄った。
梅が少しずつ咲き始めていて、庭もなかなか見事であった。
また、可愛いお地蔵様も魅力的。




そして本堂にある十一面観音菩薩を見学。
黄金に輝き、9.18mもあるその大きさも迫力満点!
木像仏像としては国内でも最大級らしい。



ランチは、豆腐ハンバーグで有名な鎌倉駅近くの鎌倉小町本店へ。



豆腐バーグと湯葉丼のセットを注文したが、
豆腐バーグはとても豆腐とは思えないジューシーな味わい。
そして湯葉丼も想像以上に濃厚な味でとても美味しかった。




鎌倉小町本店
神奈川県鎌倉市小町2-11-4 吉岡ビル1F
0467-23-1751
http://www.kamakurakomachi.com/shop/restaurant/honten.html


『アイルトン・セナ 音速の彼方へ』の感動

2012-03-09 02:28:00 | スポーツ
2010年にイギリスで製作された、アイルトン・セナの
ドキュメンタリー映画、『アイルトン・セナ 音速の彼方へ』の
DVDを先日購入した。



このドキュメンタリーはとても良く出来ている。
セナ財団の全面協力を得て製作されているだけあって、
貴重な映像の数々も登場しており、セナの天才ぶり、そして
ただひたすらに速さを求めたセナのピュアなまでのレース魂にスャbトが
当てられ、観るものに深い感動を刻み込むドキュメンタリーだ。



セナが絶頂期にあった80年代後半から90年代前半にかけて、
僕も例に洩れず、セナの大ファンであった。特にその頃は
日本でもF1ブーム真っ只中で、セナとプロストのチャンピオンシップ
争いが鈴鹿の日本グランプリで決まる状況が多く、フジテレビによる
F1中継は常に高い視聴率を叩き出していたのだ。



ドキュメンタリーの内容は、4歳からカートを始めたセナがF1業界に入り、
トールマン、ロータス、マクラーレン、ウィリアムズと名門チームを渡り歩き、
栄光を掴んだ姿を描いて行くが、その過程で王者アラン・プロストとのチーム内抗争や、
FISA会長のバレストルとの確執など、政治とカネがうごめくF1業界の一面を
痛烈に描きながら、その中で人生をかけて純粋に速く走り、
レースに勝つことだけをひたすら追い求めたセナの姿を描いて行く。
アラン・プロストがやや政治的な力を利用した卑怯な人物描写が
されていることから、プロストファンには辛い作品かも
しれないが、あまりにもピュアなセナとの対比でそのように
誇張されてしまう部分もあるように思う。しかし、実際にライバルとして
激しくぶつかりあった結果、仲良しでいられない状況も良くある話であり、
そう珍しいことでも無いと言える。



セナは1994年5月1日、イタリア・サンマリノGPで7周目の
タンブレロコーナーでコンクリートウォールに激突し、帰らぬ人となったが、
その直前までのオンボードカメラの映像や、ドクターヘリで病院に
運ばれる様子など、とても痛々しい映像も収録されており、当時のことが
思い出されるが、日本のフジテレビの実況スタッフなどの様子も収録
されており、懐かしい。



セナは34歳という若さで亡くなったが、ジェームズ・ディーンといい、
ブルース・リーといい、マイケル・ジャクソンといい、
早く亡くなる天才肌の人物はとても共通項が多いと感じてしまう。
彼らは常にピュアで、それ故に世の中に誤解されてしまうことも多いが、
天才的な感性で突っ走るあまり、鮮烈な印象をこの世に残して、
突然去っていく運命にあるのかもしれない。



セナに関するドキュメンタリーは他にも多くあると思うが、
このドキュメンタリー映画の出来栄えは特に素晴らしく、
昨年のサンダンス映画祭でドキュメンタリー部門賞を受賞したのも頷ける。 
愛すべき音速の貴公子、アイルトン・セナ渾身のレース人生が
収められたメモリアル作品である。