未来への便り アドバンス

学校職員を定年前に辞めました。そして株式会社を設立しました。AIを学びながらブログの記事をアップします。

Gyao!でお笑いを深く楽しむ

2007年08月22日 17時06分36秒 |      +ブログ
USENのパソコンテレビ「GyaO(ギャオ)」で放映中のよしもとお笑いch.が面白い。その中でオリエンタルラジオの90分という番組を観ました。

Gyaoというメディアに関心があり、この前も紹介しました。
そのときの記事:Gyao体験




テレビのお笑い番組でいいじゃんと思うかもしれませんが、実は、深い違いがあるのです。90分の舞台をそのまますべてを見せていることです。編集なしで。

今日は「オリエンタルラジオの90分」に刺激されて、少し過激なメディア論、そして「お笑い」の意味について書いてみます。

90分のライブをすべて観ると彼らがいかに真剣勝負しているかがわかります。テレビの編集された笑いとは違うのです。この「よしもとお笑いch.」をみているとテレビの笑いはディレクターの編集による、お仕着せの「笑い」だということに気がつきます。

そしてテレビとは何かに気がつかせれるわけです。報道にも編集があるし、ワイドショーなどはひどいものですが、そのことにこのGyaoの試みを通じて気づかされるわけで。これこそ「笑い」が持つ社会風刺性でもあるのです。

さらに面白いのは、舞台をGyaoというメディアで見ているという点です。カナダの先駆的メディア学者であったマクルーハンは「テレビはクールメディア」であるといいました。「ホット」ではなく「クール」、冷めたメディアという意味が、最初は理解できませんでした。実は、画面と私の関係は、熱中しているようで、常に、ある距離感、あるいは客観性が存在するということです。どこかで画面を批判的に見ている自分があるということで、画面に釘付けであるようで、実は、クールに参加しているのです。

テレビにせよ、映画にせよ、観客をそれでもホットにする仕組みが盛り込まれているわけです。

だから、舞台のすべてを画面で見るということは、ライブでは気がつかないことに気がついてしまうのです。たとえば相方との間合いのとりかたとか、きっかけのあたえかたとか…。

こういう見方をすれば、お笑いの本質が少し見えてくるような気がします。やはり真剣勝負なのだということが、よくわかるし、人気のあるコンビ、勢いのあるコンビは、やはり何かが違います。90分最後まで見るのは大変な労力ですが、それを飽きさせずにやった「オリエンタルラジオの90分」はほんとに面白かった。

ちょっと熱く語りましたが、Gyaoのこういう楽しみ方もありでしょう。

<追記>マクルーハンを引用しましたが、違っているかもしれません。その節はご容赦を。あとでしっかり調べてみます。わかった気がしただけかもしれません。




キャンペーンバナーパソコンテレビ GyaO(ギャオ)
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