娘のお友達が家に来た。
中2病真っ最中の娘達はそれぞれに激しい思いを抱えつつ青春をそろりそろりと歩き出しているのだろう
いくら話をしていても尽きなさそうである
私は気まぐれに夕食を食べていかないか?と娘のお友達に声をかけたら
ちょっと困ったような恥ずかしいようなそんな微妙な顔をして「おかあさんに聞いてみないと。」という
そしてさっそく携帯で電話をしはじめた
息子が小さいとき、保育園からの仲良しの幼なじみの子がいて、
それぞれ母親が仕事を持って忙しいので長い休み等は良く着替えを3組くらいもって長い間泊まりにきていたものだ
持ちつ持たれつで、向うにも息子を預かってもらい遊びに連れていってもらった覚えがある
ひとりでお留守番させるよりも仲良く一緒に遊んでお弁当食べていてくれたほうが安心である。
「大きくなったら、4人で飲みに行こうね」とお酒好きのママ友達は言っていたが
息子も今年20歳になるので、もしかしたらそういう夢が近々叶うかもしれない
私の息子はなかなか意志を持ったオトコで、大学に入った瞬間から、或はその前から得意がって酒を飲むような友達を少しはすかいに見ているのが良くわかる。
別に20歳前に飲んだとしても身体にただちに異常が出るわけでもないのだろうが
まぁ、国で決められていて、そういった事を或はきちんと守ったりするのを「カタイオトコ」とか思うよりも
決められているからとか、そうでないとかに関わらずなんだか自分で一本の柱を持っているようで私としては好ましい。
なんでもありの人は、かえって中身が薄ら寒い感じがするのも事実であるし
しかしなんでも固執するというのも堅苦しい
話がまたそれた
そう。息子の友達は小さいときからパジャマだとか、パンツだとか、そういったものも一緒に洗濯し、
悪さをすればしかり飛ばし、ほんの小さい時は一緒に風呂に入り、寝床では誇張した読み聞かせをし、熱が出たら病院にも連れて行き、
大きくなってからは二人で愉しそうに話をしたりするのを自分の息子では無いけど息子のような感じがしてなんとなく嬉しく
そうして本物の息子があまり勉学に勤しむタイプではないが、偽物の息子は勉学もそつなくこなし、
たまには顔を出しにきて、あんなに小さくてひょろっとしてた体が最近では逞しく背もがんがん伸びて30メーターを越すくらいの勢いがあるのに、長い月日を感じる。
そういった事を思い出すと“子育て”っていうのは“孤”では出来ない、またしてはならないのだろうな、と思う。
たくさん協力者を作り、またオノレも協力する人になり
辛いときは助けを求め、クダラナイことでも愚痴をこぼす相手を作り、時には笑い時には罵り
東に保育園あれば赤子を背負って行って「空きはないか」と担当者にかけあい
西に赤子の夜泣きに疲れた友がいれば「明けない夜は無い」と偉そうに言ってから、やっぱり途方にくれて一緒に泣き
そんなことでバタバタあがいている内に気がつけば赤子は歩いていたりする
私もたくさんのヘトヘトを経験してきたから言えるのだ
私は二人の子供を育てている母親という役割であるけど
昔から、そうたぶん昔から“母性本能”が強いタイプなんだろうな、と自覚している。
だからなるべくたくさんの親しい人間を持ちたく無いとも思うのだ
どうしてもどの子も可愛くて思い入れが強くなってしまうので、そこら辺の調整が難しいのだ
某シアトル系コーヒー店の年若く一緒に働く方々も、何故だかみんな娘や息子の気がする
たいした事は出来ないし、出過ぎた真似もしたくはないけど
やっぱみんな、みーんな可愛い
そういうことを考えながら夕食を作った
今日は焼き肉サラダ。スナップエンドウとプチトマト添え
スープは新玉葱と新じゃがいもとブロッコリの軸をバターで炒め、そしてポタージュにしたてた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/dd/33dab6439247b319501543a640585cc2.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/f3/761f41ab9c2ae7b9536d0be929a3ee68.jpg)
炊きたてのごはんと麦茶
そして友達と話をしながらの愉しい時間を今日は娘にプレゼントしたぜぇ
ワイルドだろ?
中2病真っ最中の娘達はそれぞれに激しい思いを抱えつつ青春をそろりそろりと歩き出しているのだろう
いくら話をしていても尽きなさそうである
私は気まぐれに夕食を食べていかないか?と娘のお友達に声をかけたら
ちょっと困ったような恥ずかしいようなそんな微妙な顔をして「おかあさんに聞いてみないと。」という
そしてさっそく携帯で電話をしはじめた
息子が小さいとき、保育園からの仲良しの幼なじみの子がいて、
それぞれ母親が仕事を持って忙しいので長い休み等は良く着替えを3組くらいもって長い間泊まりにきていたものだ
持ちつ持たれつで、向うにも息子を預かってもらい遊びに連れていってもらった覚えがある
ひとりでお留守番させるよりも仲良く一緒に遊んでお弁当食べていてくれたほうが安心である。
「大きくなったら、4人で飲みに行こうね」とお酒好きのママ友達は言っていたが
息子も今年20歳になるので、もしかしたらそういう夢が近々叶うかもしれない
私の息子はなかなか意志を持ったオトコで、大学に入った瞬間から、或はその前から得意がって酒を飲むような友達を少しはすかいに見ているのが良くわかる。
別に20歳前に飲んだとしても身体にただちに異常が出るわけでもないのだろうが
まぁ、国で決められていて、そういった事を或はきちんと守ったりするのを「カタイオトコ」とか思うよりも
決められているからとか、そうでないとかに関わらずなんだか自分で一本の柱を持っているようで私としては好ましい。
なんでもありの人は、かえって中身が薄ら寒い感じがするのも事実であるし
しかしなんでも固執するというのも堅苦しい
話がまたそれた
そう。息子の友達は小さいときからパジャマだとか、パンツだとか、そういったものも一緒に洗濯し、
悪さをすればしかり飛ばし、ほんの小さい時は一緒に風呂に入り、寝床では誇張した読み聞かせをし、熱が出たら病院にも連れて行き、
大きくなってからは二人で愉しそうに話をしたりするのを自分の息子では無いけど息子のような感じがしてなんとなく嬉しく
そうして本物の息子があまり勉学に勤しむタイプではないが、偽物の息子は勉学もそつなくこなし、
たまには顔を出しにきて、あんなに小さくてひょろっとしてた体が最近では逞しく背もがんがん伸びて30メーターを越すくらいの勢いがあるのに、長い月日を感じる。
そういった事を思い出すと“子育て”っていうのは“孤”では出来ない、またしてはならないのだろうな、と思う。
たくさん協力者を作り、またオノレも協力する人になり
辛いときは助けを求め、クダラナイことでも愚痴をこぼす相手を作り、時には笑い時には罵り
東に保育園あれば赤子を背負って行って「空きはないか」と担当者にかけあい
西に赤子の夜泣きに疲れた友がいれば「明けない夜は無い」と偉そうに言ってから、やっぱり途方にくれて一緒に泣き
そんなことでバタバタあがいている内に気がつけば赤子は歩いていたりする
私もたくさんのヘトヘトを経験してきたから言えるのだ
私は二人の子供を育てている母親という役割であるけど
昔から、そうたぶん昔から“母性本能”が強いタイプなんだろうな、と自覚している。
だからなるべくたくさんの親しい人間を持ちたく無いとも思うのだ
どうしてもどの子も可愛くて思い入れが強くなってしまうので、そこら辺の調整が難しいのだ
某シアトル系コーヒー店の年若く一緒に働く方々も、何故だかみんな娘や息子の気がする
たいした事は出来ないし、出過ぎた真似もしたくはないけど
やっぱみんな、みーんな可愛い
そういうことを考えながら夕食を作った
今日は焼き肉サラダ。スナップエンドウとプチトマト添え
スープは新玉葱と新じゃがいもとブロッコリの軸をバターで炒め、そしてポタージュにしたてた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/dd/33dab6439247b319501543a640585cc2.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/f3/761f41ab9c2ae7b9536d0be929a3ee68.jpg)
炊きたてのごはんと麦茶
そして友達と話をしながらの愉しい時間を今日は娘にプレゼントしたぜぇ
ワイルドだろ?