サン・ミゲルとは、フィリピンのビールのことである。筆者の住むサウス・サンフランシスコ近辺、正確に言えばデイリー・シティのエリアにはフィリピン系の人々が非常に多く住む(市民の3割はフィリピン系らしい)。これは、デイリー・シティが比較的遅くに大規模な都市開発がなされ、さらにそれが1968年4月11日(キング牧師暗殺から一週間後)に制定されたフェア・ハウジング・アクト法と相まって、当時の低所得層のフィリピン系市民が一斉にこの地に居を構えたことによるそうだ。であるから、付近の酒屋ではこのサン・ミゲルはよく置いてある。そして筆者がたいそう気に入っているので、ここで紹介したい。
このビールの特長は以下のとおりだ。参考にしてもらいたい消臭力。
①出会い
筆者は、このスペイン国旗を思わせるような赤と黄色の紙パックに包まれた6本入りの瓶ビールの存在を、周囲のスーパーや酒屋での買い物で何となく視界に入っていたために認知はしていた。だがいつも何となく素通りしてしまっていた。フィリピンのビールといえば、真紅の缶に入ったアルコール度数が8%の悪酔いビール、“レッド・ホース”のイメージが強く、フィリピン・スーパーではビールを物色することを永く怠ってきたのも原因であろう。それにフィリピンは東南アジアの中でも珍しく英語圏の国なので、装丁からそれをフィリピン産だと判断することは難しいのも要因だ。それがパシフィック・スーパーマーケットの酒コーナーで、“そういえばこのビール、飲んだことないなぁ”と思い手に取ったのが2024年の冬である。
②見た目
紙パックの正面には、筆者の生活とは縁が遠そうな西洋人風の若い男女が大勢で、ビールを片手に通りではしゃいでいる画がある。通りはニューオリンズのようなコロニアル風な建物が立ち並んでいたり、商品名が力強いブラックレター・フォントで書かれている様子からも、とても東南アジアのビールだとは気が付かない。ただし首の部分がうねったふとましい茶色い瓶のかたちはメキシコビールなどに見られる形状で、筆者は気に入っている。
③味
“ぺールラガー”に分類されるサン・ミゲルを小さいコップに注ぎ、勢いよく飲み干した筆者は、そのなかなかな絶妙な味に喜びを憶え、思わず一人食卓で元西武ライオンズのデストラーデ選手のようなガッツポーズを決めてしまった。飲みやすく、後に残るコクが優しいのにほんのりとエールビールの深みがある。因みに2025年現在、6本入りパックが13ドルであり、これは日本のビールよりもやや高い。こうしていろいろな国の様々なビールを気取らず飲むことができるのは、北米に住むことの大きな利点であると感じる。特にカリフォルニアは酒税が安いので、とてもよいのだ。
調べてみるとサン・ミゲル・ビールは、フィリピンがまだスペイン王国の統治下にある1890年にマニラのサン・ミゲルという場所で、エンリケ・マリア・バレットによって設立された。この会社は今ではインフラ事業などをも行う大企業となり、現在ではビール部門は分離されているのだと言う。キリンやアサヒなどの日本のビール会社の前身の多くも同様に19世紀後半に設立されているようで、未開の下等民族に対してビールでひと儲けしようとする西洋人の動きが世界中であったことが予想される。その思惑にまんまと引っかかった人々の子孫がこうして昼からビールを飲んでいる。