都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

池袋あたり

2012-10-14 | 豊島区  
池袋・美久仁小路   Google Map
所在地:豊島区東池袋1-23
Photo 2012.7.21

 人生横丁は消失して跡地は高層ビルになってしまったが、こちらは健在。土曜の昼下がり、表通りは人で一杯だったが、飲み屋街はまだ店も開いておらずひっそり。

都電荒川線踏切の階段   Google Map
所在地:豊島区南池袋2-41
Photo 2012.7.21

 都電の都合で微少な切通しができて、そこに小さな階段が一組できた状況。階段も含めてナナメに横切ってるのがよいな。

#街並み 豊島区  #高層ビル  #ヴィスタ 
#鉄道  #階段・坂 豊島区 
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雑司が谷あたり

2012-10-12 | 豊島区  
雑司が谷・鬼子母神   Google Map
所在地:豊島区雑司が谷3-15
Photo 2012.7.21

 盆踊りの日。土曜日の東京は長袖でも涼しいぐらいだったが、季節的にはやはり真夏で,盆踊りの時期なのでした。鬼子母神にも大勢の参拝者が。

鬼子母神境内
Photo 2012.7.21

 盆踊りの準備。夕方になり、櫓や太鼓が準備され、人々が徐々に集まり、お祭りムードが次第に盛り上がって来る。私自身はこの後、肝心の盆踊りを見ずにこの場を離れてしまったのですが・・・。

#古い建物 豊島区  #パノラマ  #寺院  #祭 
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学習院大学 ピラミッド校舎 4

2010-05-31 | 豊島区  

 解体直前の見学会で見た内部の様子、つづき

頂部へ至るタラップ
Photo 2008.1.12

 客席後方の天井・壁面には、映写室から頂部へ至るタラップが吊されている。上ってみたい気もするが、実際はかなり恐い梯子段だったのではないだろうか。

 客席後方の天井・壁面には、多数のアンカーも取り付けられていた。ガッチリしたものなので、防災上必要なものだったのかもしれないが、どのように使うのかは不明。装飾その他を吊したり、紐を渡したりもできるが、本当の使い道はなんだったんだろう?

 足下にはセントラルヒーティングのパイプやラジエーターがある。この手の教室は冬場にひどく寒いことが多い。天井が高く、エアコンで上から吹き出すタイプだと非効率になるので、イスや足下から暖めるのは理にかなっている。セントラルヒーティングは最後まで使えたのだろうか。

学習院大学 ピラミッド校舎 1  2  3 

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 豊島区  #大学  #前川國男 

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学習院大学 ピラミッド校舎 3

2010-05-28 | 豊島区  

 内部に入ると、外観から想像するのとはまた異なる印象の空間が広がる。

客席前方から室内全景(2枚の画像を合成、Click:1,000*405pixel)

 個人的には天井から吊られた照明がとにかく印象的だった。直管の蛍光灯を円形に並べて空中に吊っているが、そうしたことでなんだかかなり大胆な照明器具のように思われる。

客席後方から室内全景(3枚の画像を合成、Click:921*405pixel)

 四角錐の空間にドーナツ形の照明の組み合わせで、うまく室内を照らせるのかと思うが、意外によく光が回っているようだった。ただ、天井や壁面はもう少し明るい色調の方が、教室としては良いのだけれど。もちろん、60~70年代のややクラシックな感じの教室の雰囲気としては悪くない。上の方がくすんでいるのは当初からの仕様ではなく、汚れたりしたためではないだろうか。

ステージ前から客席

 教室の前半分は平らな床面にイスが並べられており、階段教室状になっているのは後ろ半分だけ。傾斜を徐々に変えるような複雑な設計ではなく、意外にシンプルな階段教室だ。最後部には小さな映写室がある。シンボリックだが巨大教室というわけではないようだった。

中ほどの通路から

 巨大教室ではないのと、天井や照明に求心性があるので、室内には一体感がある。特色のあるこういう教室で学んだりした記憶というのは、貴重な体験に違いない。外観が変わっていて面白い建物だが、中に入ってみると、卒業生が残したいと考えた理由も改めてよく分かるのだった。

客席後方から通路と客席、ステージ

 床には木レンガがはってあった。長年ワックス掛けされたためか真っ黒になっており、雨で濡れた靴で歩くと滑りやすくなっていた。半世紀近い教室の時間の経過が刻まれた床。

Photo 2008.1.12

学習院大学 ピラミッド校舎 1  2  4 

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 豊島区  #大学  #前川國男 

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学習院大学 ピラミッド校舎 2

2010-05-25 | 豊島区  

 内部の様子は解体直前の見学会で初めて見た。

Photo 2008.1.12、1.13

 入口は柱や梁があるためか、ちょっと低い。それをくぐると半屋外のピロティ状ホワイエ。

 屋根面を兼ねた外壁(左)と教室の床面(正面)に囲まれたホワイエ空間。ギザギザになった天井は、階段状になった教室の床面が裏側にそのまま現れたもの。シンプルだが、結構印象的な空間。ただ昔の蛍光灯照明はちょっとあっさりし過ぎな感じ。

 客席後方の入口付近。斜めになった客席床面と地面との間の隙間にトイレなどもレイアウトされている。

 菱形に組まれた鉄筋コンクリートの柱梁が印象的。地面付近の隙間から間接光が入り、そこから風も吹き込んでくるので夏場は涼しそうだ。だが建物を見学した日は1月の雨の日で、風が吹いてホワイエも寒かった。そのへんはモダニズムらしい?割り切りのような気もする。

 扉を抜け、歩みを進めると、階段教室の前方の平場に出る。

 次回は教室内の様子を。

学習院大学 ピラミッド校舎 1  3  4 

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 豊島区  #大学  #前川國男  #モダニズム 

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学習院大学 ピラミッド校舎 1

2010-05-22 | 豊島区  

 半世紀近くにわたり、学習院の一つのシンボルでもあった異形の教室建物。

学習院大学 中央教室・ピラミッド校舎  左奥東2号館、右)南1号館
所在地:豊島区目白1-5
建設年:1960(昭和35)
構造・階数:RC・1F
設計 :前川國男
備考 :2008年解体
Photo 2008.1.13

 学習院大学のキャンパスは奥の方に校舎群がある。だから目白駅のそばにある門からは校舎の様子をあまり見ることができない。

 十数年前は、学習院も比較的自由にキャンパス内に入ることができた。学生時代、友人とキャンパスの奥の方にまで入り込んで、ピラミッド校舎を見た記憶もある。写真を撮らなかったのでおぼろげに記憶していたそのピラミッド校舎は2008年に解体された。

 解体直前に見学会があったのでその際の写真を少し。撮ってからすぐに出せば良かったのだが、写真の整理を怠っている内に2年も経ってしまった・・・。

 もちろんエジプトのピラミッドとは形が異なる。頂点の位置が中央ではなく偏心した、四角錐型の平屋建物だ。内部には座席が三方から舞台を囲む教室が一つ。中央教室、ピラミッド校舎と言われていたそうだが、キャンパス内での位置どりやシンボル性などを考えると、講堂のような存在だったのではないだろうか。

 前川國男設計の建物はこの校舎だけではなく、北側と南東側に2棟がある。以前は東側にも1棟があったといい、ピラミッド校舎を囲んで、シンボリックなキャンパス空間を形作っている。周囲の前川設計の校舎は、ピロティを持った低層のモダニズム建築で、西側と南側の古い校舎はいわゆる近代建築。中央に位置するピラミッド校舎は、周囲とは全く異なるデザインで、強い発信力と求心力を持っていた。

 北面と東面が座席後方で、その面に窓がある。また、南西以外の三方の角付近からピロティ・ホワイエへ入るようになっていた。

 学生時代に、広場とシンボリックな建物が組み合わせられた姿を見て、ちょっとショックを受けたことを思い出した。形は違うが、そこには宗教的な空間のような荘厳さが感じられた。法隆寺の回廊の中にある金堂や、広場の真ん中に建つヨーロッパの教会のような感じ。

 背後って言うのかな?、ステージ側からの姿。客席側への入口はなく、窓もなくて全部が屋根面になっているが、南側にはステージの控え室への入口がある。

 防水工事、耐震工事、照明・空調整備に多額の費用がかかることと、内部の構造が授業に不向きであることなどが解体の理由だという。こういう理由は毎度あちこちで聞かれる。

 耐震工事は別にして、防水や設備工事の費用については、今まであまり手を入れていなかったからそうなったのではないかと思う。コンスタントに補修したり機能向上に努めていれば、今になって多額の費用が掛かったりはしない。日頃放っておいたことを白状しているようなものだ。内部構造が不向きというのも、裏返せば工夫を怠ってきたとも言える。早い段階から改修したり細かい改築をすれば、使い勝手は改善できる。工夫をせずに使い勝手を云々する人たちは、新しい建物になったとしても、また使いにくいと言いつのるのだろう。

この項も、もう少し続く。

月刊旧建築学習院大学、前川国男の「ピラミッド校舎」を建て替え
      > さらばピラ校!!学習院大学中央教室の見学会へ行ってきました
★近代建築探訪★ピラミッド校舎

学習院大学 ピラミッド校舎 2  3  4 

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 豊島区  #大学  #前川國男  #モダニズム 

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目白浴場

2010-04-22 | 豊島区  
目白浴場
所在地:豊島区目白3-13
建設年:?
構造 :木造
解体年:1995後半〜98(平成7〜10)
Photo 1995.6.24

 富士の湯同様、寺院風の玄関を持つ銭湯。

 唐破風が大振りで玄関は立派だが、屋根は大型の入母屋ではなく切妻に千鳥破風で、ややおとなしい印象。

 最近訪れてみたら、銭湯は既に廃業してマンションに建て替わっていた。ただコインランドリーはマンション内で営業を続けている。建て替え後のマンションが1999年10月竣工なので、銭湯がなくなったのは1995年後半〜1998年頃の間だと思われる。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 豊島区  #銭湯 
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角ふじ荘・大勝軒

2010-04-19 | 豊島区  
角ふじ荘・大勝軒
所在地:豊島区東池袋4-28
構造・階数:木2
備考 :2007年3月閉店
Photo 2006.3.12

 大勝軒は有名なつけ麺屋さん。3年前まで写真のお店で営業していたが、再開発によりいちど閉店、別の場所に店を移転して営業を再開している。

 東池袋の再開発事業(東池袋四丁目第2地区)によりこの一角の建物は全て解体された。この界隈は再開発が本格的に始まる数年前から立ち退きが進み、ゴーストタウン状態がしばらく続いていた。そのような中で、大勝軒が営業している時間帯だけは、店の周辺に人がいるというやや奇妙な状況だった。

 背後に見えているのはサンシャイン60。驚くのはこの写真中で、角ふじ荘やその向こうの木造モルタル2階だけでなく、左方の9階建ての茶色いマンションや、その手前の10階建てぐらいのマンションも解体されていること。写真から見る限りでは、せいぜい築20年程度なのではないかと思うのだが。

 再開発によって2011年1月に完成予定なのは、52階建て、高さ190m、600戸超の超高層マンション(OWL TOWER(アウルタワー))。4年前にはこんな風景だったのに、既に40階以上まで建設が進んでいるのにも驚いてしまう。

大勝軒大勝軒とは - 元祖つけ麺 特製もりそば 東池袋大勝軒

東京都公式HP東池袋四丁目第2地区第一種市街地再開発事業

超高層ビルとパソコンの歴史東京都・建設中超高層ビルデータベースOWL TOWER(アウルタワー)

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 豊島区  #街並み 豊島区

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池袋の巨大屋外広告看板

2008-02-20 | 豊島区  

 池袋の東口界隈をうろついた後、駅北の歩行者用トンネルを抜けて西口側に出る。ロサ会館の方へでも行ってみようととぼとぼ歩いていてふと見ると巨大な看板が。

池袋・野立て看板
所在地:豊島区西池袋1-29
Photo 2008.2.11

 看板の真下を歩いていたので却って気が付かなかった。灯台もと暗し。

 しかしでかい。なぜこんなものが造られているかというと、電車から見えるように。池袋を出た山手線もしくは東武東上線からは大きく見えているハズ。「ハズ」としたのは、個人的には全然記憶がなかったから。こんなに大きくても人によっては全く記憶に残っていないのさ。見る気がない人にはいくら大きな看板を立てても効果は全くない。車内広告とか携帯広告の方がよほど効果的なんじゃないかと思うぞ。

 でもって、この広告の左端には駐車場完備とあって、無人契約機がこの看板の直下にあることが書かれているのだが、これは電車に乗っていたらどうすれば良いのだ! 大塚から池袋に到着する電車の車窓からこれをみて改札を出て直ぐに来てねということなのか? 池袋で電車に乗ってから見ちゃった人は、今さらそんなもの見せられても困るのだ。近くを歩いている人にとっては大きすぎて逆に意味がない。大きいの造っちゃいましょう、いいねーそれ、程度の発想だったのだろうが、広告効果が甚だ疑問な巨大看板である。

 電車からだとそれほど大きく見えないのかもしれないが、街中にあると何というか邪魔くさいなぁ。裏側に回ってみるとこんな感じ。風除けパネルみたいだ。この近辺は露天の時間貸し駐車場だらけ。ビルを建てるよりこの方が良いというのか、土地をまとめて大型再開発をする準備中なのか。暫定利用の巨大な空き地に立つ広告もまた暫定利用なんだろうな。

 看板は夜になると照明で煌々と照らし出される。深夜でもずっと点いてるんだろうか。そうでなくてももったいないなぁ。

 さて巨大屋外広告看板の問題はもちろんここの看板だけの話ではない。むしろこのような都心部の鉄道沿いより、首都高速の沿道のビル、もしくは新幹線や地方の鉄道沿線の田圃にこの手の看板は多い。首都高速では羽田空港の周辺、隅田川沿い、甲州街道、渋谷周辺など、自動車を運転している人の視界に入るように大型の看板が設置されている。また新幹線からは神奈川県内の田圃にいくつも大きな看板が立っているのを見ることができる。これらの屋外広告看板についてはまたそのうちに。

#街並み 豊島区  #夕景・夜景 
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池袋の都営住宅

2007-05-13 | 豊島区  

 池袋の西口に昨春まで古い都営アパートが建っていた。

池袋都営住宅
所在地:豊島区西池袋1-30
建設年:1950(昭和25)
構造・階数:RC4(1Fには居室なし)
2006年解体
Photo 1997.2.23

 昔は長い建物だったのだが、数年前に一部が取り壊され、半分程度だけが残されて建ち続けていた。

 最後の頃まで、一部に居住者がいた模様だが、老朽化した外観が醸し出す雰囲気などから、池袋の幽霊アパートなどとも囁かれていた物件。なぜか緑色に塗装された上部の壁面が、異彩を放って妙な迫力があった。

 山手線の車内からも見えていたのだが、昨年4月に解体用の覆いが掛けられ、一ヶ月程度の内に解体されてしまった模様。

以下は他のサイトの記事・写真など
廃墟系池袋都営住宅
都営池袋アパート
ニッポン懐景録豊島区西池袋1~2丁目

Tokyo Lost Architecture 
#失われた建物 豊島区  #公営・公団・公社・公立住宅  #集合住宅 
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