都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



 半世紀近くにわたり、学習院の一つのシンボルでもあった異形の教室建物。

学習院大学 中央教室・ピラミッド校舎  左奥東2号館、右)南1号館
所在地:豊島区目白1-5
建設年:1960(昭和35)
構造・階数:RC・1F
設計 :前川國男
備考 :2008年解体
Photo 2008.1.13

 学習院大学のキャンパスは奥の方に校舎群がある。だから目白駅のそばにある門からは校舎の様子をあまり見ることができない。

 十数年前は、学習院も比較的自由にキャンパス内に入ることができた。学生時代、友人とキャンパスの奥の方にまで入り込んで、ピラミッド校舎を見た記憶もある。写真を撮らなかったのでおぼろげに記憶していたそのピラミッド校舎は2008年に解体された。

 解体直前に見学会があったのでその際の写真を少し。撮ってからすぐに出せば良かったのだが、写真の整理を怠っている内に2年も経ってしまった・・・。

 もちろんエジプトのピラミッドとは形が異なる。頂点の位置が中央ではなく偏心した、四角錐型の平屋建物だ。内部には座席が三方から舞台を囲む教室が一つ。中央教室、ピラミッド校舎と言われていたそうだが、キャンパス内での位置どりやシンボル性などを考えると、講堂のような存在だったのではないだろうか。

 前川國男設計の建物はこの校舎だけではなく、北側と南東側に2棟がある。以前は東側にも1棟があったといい、ピラミッド校舎を囲んで、シンボリックなキャンパス空間を形作っている。周囲の前川設計の校舎は、ピロティを持った低層のモダニズム建築で、西側と南側の古い校舎はいわゆる近代建築。中央に位置するピラミッド校舎は、周囲とは全く異なるデザインで、強い発信力と求心力を持っていた。

 北面と東面が座席後方で、その面に窓がある。また、南西以外の三方の角付近からピロティ・ホワイエへ入るようになっていた。

 学生時代に、広場とシンボリックな建物が組み合わせられた姿を見て、ちょっとショックを受けたことを思い出した。形は違うが、そこには宗教的な空間のような荘厳さが感じられた。法隆寺の回廊の中にある金堂や、広場の真ん中に建つヨーロッパの教会のような感じ。

 背後って言うのかな?、ステージ側からの姿。客席側への入口はなく、窓もなくて全部が屋根面になっているが、南側にはステージの控え室への入口がある。

 防水工事、耐震工事、照明・空調整備に多額の費用がかかることと、内部の構造が授業に不向きであることなどが解体の理由だという。こういう理由は毎度あちこちで聞かれる。

 耐震工事は別にして、防水や設備工事の費用については、今まであまり手を入れていなかったからそうなったのではないかと思う。コンスタントに補修したり機能向上に努めていれば、今になって多額の費用が掛かったりはしない。日頃放っておいたことを白状しているようなものだ。内部構造が不向きというのも、裏返せば工夫を怠ってきたとも言える。早い段階から改修したり細かい改築をすれば、使い勝手は改善できる。工夫をせずに使い勝手を云々する人たちは、新しい建物になったとしても、また使いにくいと言いつのるのだろう。

この項も、もう少し続く。

月刊旧建築学習院大学、前川国男の「ピラミッド校舎」を建て替え
      > さらばピラ校!!学習院大学中央教室の見学会へ行ってきました
★近代建築探訪★ピラミッド校舎

学習院大学 ピラミッド校舎 2  3  4 

学習院大学 ピラミッド校舎 2  3  4 

Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 豊島区  #大学



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