アマオケ活動記ブログ版

所属しているアマオケ(群馬シティフィル)での活動を中心に演奏会案内や練習状況など零します。

バランス

2014年10月28日 | Weblog
こないだ某SNSで私がタイトルに「ベト7」と入れていたのを夫が見かけて、夫はクラシックは興味ないので「「ベト7」って何?ロト7みたいなー」と言ってきたので、「ベートーヴェンの交響曲7番を略して使うんだよー、言われて見ればロト7に似てるねw」なんつー会話をしました。音にしたら違うんですけどね。
チャイコフスキーの5番をチャイ5と言ってみたり、白鳥の湖を「白鳥湖(はくちょうこ)」で済ませたり、確かに中にいないとなんじゃいそりゃって呼び方かもしれません。
そんでオケによっても略し方が違うんでしょうねー私はあちこちのオケに参加したりしないから分からないけど。ちょっと面白いです。

ベートーヴェンの6番は難しかったねという話が先日の練習の際に出て、実は5番と6番はほぼ同時期に書かれているということが出ました。
一方は超深刻で重々しく、一方は幸福な音楽です。
その話の中で私が密かに思い出していたのが2011年に亡くなられた医学博士にして作家の北杜夫のこと。医師であり歌人でもあったかの斉藤茂吉の息子でもある。
中学生の頃よく「どくとるマンボウ」シリーズと呼ばれるエッセイを読んでいたのだが作家の遠藤周作と仲が良く、遠藤の狐狸庵シリーズのエッセイと合わせて読むとお互いのエッセイの中にお互いが登場していて作家さん同士の交友が覗ける感じも楽しかった。
北杜夫は精神科医でもあったのだが、自ら躁うつ病を発症していて、そのことを自分のエッセイにちょっと軽いタッチで書かれていたのが私には面白かったのである。
で、氏の純文学の方の代表作は「楡家の人びと」というシリアス大河小説なのだが(すみませんが未読です;)これはすっごく重たい話らしいので当時の私はてっきり鬱の時に書かれたのではなかろうかと思っていたのだが、氏のエッセイの中でどっかに「人生でも珍しい躁期の時に書かれた」というような一節があって目からウロコだった。
つまり、鬱病期というのは病としてともかく何もかもの気力を失っている時期なので、とてもそんなシリアスな小説は書けない、気力が充実した躁期だったからこそ書けた、というような主旨だったように覚えている。
で、氏の作品でいけば軽いタッチで読ませるマンボウシリーズの方が多いのだ。つまり病の軽い重いはよく分からないが(本当に重い鬱ならエッセイも書けないと思う;)鬱期の方が多い方だったのだなあ、と思ったのだった。
などなど…躁鬱で気力の波があった北杜夫のシリアス大河小説は氏の人生の中で特に気力が充実していた時に書かれた作品、ということを思い出していたというわけです。
(ちなみに躁状態も行き過ぎると今度は冷静な判断を失うので、北杜夫も株に手を出してとんでもない借金を作ったりした時期もあったようです;)

ベートーヴェンの「運命」というと、あのいかにも芸術家っぽい肖像画とともに思い出される超重々しくシリアスな作品ですが、恐らくは非常に創作意欲がなみなみとあふれ出した充実した時期だからこそ書かれたのだなあと。決してウツウツと沈んだ精神で書かれたものではなく。だから田園のような明るい幸福な作品も同時に書けたんじゃなかろうかーとちょっと思ったりして。
文学専攻だったので音楽家の研究はしたことがないので単に印象ですが。

でも音楽家に限らず作家でも漫画家でも才能が溢れて溢れてという充実期には重たいシリアスで陰々滅滅な作品を描きながら一方でそれのセルフパロディみたいな軽い作品も書いていたりするので、気力充実した中でも陰陽の精神のバランスを取りながら書かれるのかもしれないですね。先生もそういうことをちらっとおっしゃってましたが、同感です。


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曲のタイトル

2014年10月22日 | Weblog
そういえば草月流さんとのコラボで久々に弾いたエルガーの「ニムロッド」(「謎-エニグマ-変奏曲」より)ですが、昔やった時はあんまり好きでもなかったです。
なんじゃこの曲…ようわからんわ~くらいに思っていました。(ダメじゃん。)

当時はインターネットもまだ今ほど盛んではなく、多分曲は県立図書館に行ってCD借りたりしてライナーノーツ読んだりはしてたんだと思いますが、ニムロッドってなんの意味だったかも忘れていたし(エニグマ=謎=の方は覚えてましたが)。
今回演奏するにあたって再度曲の成立やタイトルの意味を調べてみて、はあー!なるほどー!でした。
現在ではネットで調べればすぐ検索で出てくるのですが、「エニグマ」は妻や親しい友人らなどエルガーの身近な人らのイメージで書かれた変奏曲集で、各タイトル(そのままずばりの名前ではないとこも「謎」ならではです)のその人たちのイメージであったりその人たちへのメッセージであったりもするようです。

中で「ニムロッド」とは、旧約聖書に出てくる狩の名手の名なんだそうです。エルガーを長年支えてくれた友人の名前が「イェーガー」、その意味が狩の名手ということで、そこで愛称として旧約聖書の中に出てくる狩の名手の名をその人に付けた。そこからタイトルが「ニムロッド」というややこしさです。
曲にはその友人への尊敬や感謝が込められているのと、友人がエルガーを励ます時に使ったベートーヴェンの逸話、特に「悲愴」の曲の話が一緒に散策した際に出たということで「悲愴」のテイストも入れこんであるという解説も読みました。
今回そういう成立を調べてから弾いてみたらすごく情感のこもったいい曲だなと改めて思いました。アンコールピースで使われることが多いというのもよく分かる気がします。

それにしても友人への愛称の元が旧約聖書から出てくるっていかにも英国の知識人っぽいです。
日本であだ名をつける際に「古事記」とか「日本書紀」から付けるかって付けないよなあ?w暴れん坊に「スサノオ」とか付けますか?付けないよねえ。
感覚としては例えば「ジャイアン」とあだ名に付ければ身体が大きないじめっ子という日本全国に共通認識があるようなものでしょうか。
キリスト者にとっての聖書ほど馴染み深いものが某国民的アニメしか浮かばないっつうところが日本ですね!(違っ)


そうそう蛇足ながら検索の話を少し。
グーグルの検索は数年前からパーソナル化が進んでいるので、例えばここのブログをよく読みに来て下さるPCでうちのオケの名前で検索するとそこそこ検索上位に来ると思いますが、その結果はそのPC固体のものであって、どのPCでもその検索順位ではありません。
私は自宅にも複数台PCあるので分かるのですが、読みにきたことがあるPCと殆どないPCでは検索結果は異なります。だからうちのオケの名前で検索してここが上位に来たとしてもそれは読みにきてくださってる結果であって、読んだことのないPCで同じ検索をしても順位は全然違ってきますよ。
大概上位にくるのが決まっているのは公式サイトなどです。
あと、個人ブログであると長く同じ場所でやってると上位には来がちです。長く置いてあるというだけでも信頼性が上がるからでしょう。なので、そういう意味ではここもそこそこどのPCでも上位側ではあると思いますが、演奏会の宣伝以外では固有名詞出してないのでそこまででもないです。


ちなみに、アクセス解析でもグーグルで検索した結果は検索ワードに反映されません。
(どんな言葉で検索したかというのも個人情報なのですねー)
昔は日記の検索ページを見てて、面白いワードの組み合わせで辿り着く人がいて、ちょっと面白かったりしたんですが。
他の検索エンジンではそこまでパーソナル化してないのもあるのでその分は解析に反映しています。




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富士見町演奏会無事に終わりました

2014年10月22日 | Weblog
土曜日は爽やかな秋晴れでした。素晴らしい。
「こんな日はどこか遊びに行きたいよねえ」という夫の恨み言を背中に聞きながら出かけていった富士見の公民館、いつもながら会場いっぱいにお客様が見えてしかも熱心に聴いてくださって本当に有り難いことです。
佐藤先生の時折冗談を混ぜ込んだ曲の解説も滑らかに進行し、楽しんで聞いてくださってるのがよく伝わってきたのでこちらも楽しく演奏させて頂きました。

演奏会がずっと短期間で集中してあったのでちょっとしんどかったですが、無事に終わってほっとしました。
いらしてくださった皆様、用意くださった関係者の皆様有難うございました!!


ここんとこ普段使わない集中力を相当使ったせいか、薄毛を促進したような気がします;(切実だっ!!)
夏の疲れもどーっと出ますね、そろそろ身体も休めなくては(笑)
団員の皆様、ここを読みに来て下さる皆様も、どうぞくれぐれもご自愛ください。

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オケの醍醐味

2014年10月16日 | Weblog
先月、奈良に住む義姉(夫の兄の奥さん)が人生で初めてチェロの発表会に出るというのでお花を贈った。小さいお嬢さん達に混ざっての参加だったんですよーと言うお礼と報告のメールが来たが動画とか写真は来なかったw気恥ずかしかったらしい。いいのに。
ピアノ伴奏付きだったので楽しく弾けたと書かれていて、ピアノと合わせるだけでも楽しいのだからオケは楽しいでしょうねーとのこと。

義姉は家庭裁判所の調査官を経て今は大学で心理学を教えてる才媛ですが、結婚当初急に思い立ってチェロを買ったのだそうだ。習う前にぽーんと。(幼少期にピアノは習っていたそうだ。)
が、当時、家裁は忙しいわ転勤はあるわ息子は二人生まれるわ長男はアトピーだわ、で結局チェロはずっと放置状態だったらしいのだが、義理の弟の嫁(私のことですな)が群馬に転居した途端アマオケに入っていると聞いて、いつかは練習を再開したいと思っていたらしい。
息子達も大学生になり手を離れ、ご自身も勤務先が住居に近い大学になり、ここ数年ぼちぼちと習い事として再開されて、それで今秋の発表会!なのだった。
義母の件でメールのやりとりをしてる中でぽろっと書かれていたので、こっそり義兄にメールで会場と日時を聞きサプライズで贈った花はネットで日比谷花壇に手配を頼みましたが、何かもうとっても完璧でしたね。さすが大手。
私はソロで弾く心臓もないし、下手の横好きでオケを楽しんでいるので、義姉にもどこかいいアマオケ見つけて入ったらもっと楽しいですよ~とお勧めをしている。

で、タイトルのオケの醍醐味だが、義姉の言うとおり何が楽しいって「合わせること」だろうと思う。本番にいたっては100人近い大所帯の時もある集団がたった一人のタクトの振りに全員が集中して合わせるのだから。
リズムが噛み合ってる時、響きが気持ちよくまとまってる時の快感はそれらが生み出す非日常空間ならではである。
だから自分が自分が!!で勝手に弾くんじゃなくて周りの音を聴いて合わせることこそが醍醐味だと思っている。それだけに上手く噛み合わない時はなかなかしんどい。自分の練習の至らなさも歯痒い。それでも指揮者の振りにぴたっと付いていけるように心がけることがとても面白い。練習しても弾けない箇所はある、それだっていい、周りを聴いて出来るだけ合わせて響きを壊さなければ。

立て続けに演奏会本番が来て4人の指揮者の方たちの振りを短期間で経験している。アマオケの団員としてはこれは本当に稀有な経験だし、とても恵まれている。
オペラ集とピアコンの息遣いに合わせる指揮は本当に難しかった。振りに合わせるということではシューベルトのミサ曲の比ではなかった。(ミサ曲は弾くのが大変だっただけで呼吸に合わせるのが難しいということではなかった。)
そして今回ほぼ同じプログラムを違う指揮で演奏するという、これまたアマとしては稀有な場面に来ている。難しいが楽しい。
これが解釈の違いかとも思うし、指揮者の個性というものをまざまざと感じる。
前回までの本番の疲れがけっこう皆に溜まっていることやさらには管楽器の演奏者もスケジュールの都合などで変わっている(ということはその方たちはより短い練習期間!でも管楽器の皆さん実力高いから大丈夫だけど)ことなど、残念な要素も多いのだが、それでもこれぞオケの醍醐味だなあ!と思ったりする。
ともかく指揮をよく見て要求に合わせられればこんな楽しいことはないのだが!難しい。
本当に難しい。しかも曲が多いので頭の切り替えも大事。

ちなみに「醍醐味」というのは元々は仏教用語だそうだ。「醍醐」というのは今では製法が伝わっていないらしいが牛乳を発酵させたものでチーズとかヨーグルトとかに近いものだったらしい。私が昔読んだ聖徳太子の時代の作品に出てきたことがあるので、仏教伝来時には日本にも入ってきていると思われる。最上の味ということで、これが一番美味しい部分というような意味で今回使っている。
タクトの求める表現に全員でどこまで一致して付いていけるか、それがオケで合奏する醍醐味ですよね。指揮を見るためには個人練習は必須なわけですね、大変だけどより多く楽しむために。

個人的にやや残念なのは、ちと体調が悪い;これも寄る年波と仕事の疲れかw


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2014年10月18日(土)富士見公演

2014年10月15日 | Weblog
今週土曜日に富士見町で演奏会やります~!
詳細は公式サイトをご覧下さい。

http://www12.wind.ne.jp/gunmacityphil2/


このところ台風が続けざまに来ていて各地に爪あとを残しているのですが、うちの演奏会はそれをうまく避けて本番が来ていて有り難いです。
爽やかな秋の日の午後にクラシックコンサートなどいかがでしょうか~。
富士見町周辺の皆様、是非公民館まで足をお運びくださいませ。

期日*2014年 10月 18日(土)
会場*前橋)富士見町公民館
指揮*佐藤寿一 
開場*13:30 開演 14:00

プログラム 
第1部 
オペラ「魔笛」より序曲 モーツァルト
交響曲第6番「田園」より第1楽章 ベートーヴェン
交響曲第3番より第3楽章 ブラームス
交響曲第9番(「新世界より」)より第3楽章 ドヴォルザーク

第2部
バレエ組曲「眠れる森の美女」よりワルツ チャイコフスキー  
「ピチカート・ポルカ」J・シュトラウス     
バレエ組曲「くるみ割り人形」よりロシアの踊り チャイコフスキー      
「アンダンテ フェスティーボ」シベリウス
行進曲「威風堂々」第1番 エルガー
「ラデッキー行進曲」  J・シュトラウス     

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煥乎堂さん「Strings Fair 2014」

2014年10月15日 | Weblog
先日の練習の際にいつもお世話になっている煥乎堂の方が見えてチラシを下さいました。
Strings Fair 2014 ということで、弦や肩当、他消耗品など各種アクセサリも含めてお買い得だったり、弓の毛替えや調整もやってもらえるらしい。
フェアの期間は10月18日から10月26日(日)まで

毛替え・調整については期間が10月25日(土)から10月26日(日)まで。
枠が各日10人までで事前予約要のようです。そりゃそうだ、毛替え時間かかりますもん~。

詳細は下記サイトにて↓
https://www.kankodo-web.co.jp/music/gakki_link.html


うちのオケの活動状況でいくと年に一回は弓の毛替えしときたいものですよね。
前のコンマスHさんの話では本番の2週間くらい前に弦の交換と弓の毛替えしとくと安定して音も良くなるからいいよーと言われたことがあったのですが、私はいつもけっこうぎりぎりになってから慌ててやってて音の安定がぎりぎり~~~みたいだったり、結局やりそこなったまま本番だったりも多い。←普段バタバタ暮らしてますからねえ。

というのも前橋に弦楽器調整技術のある職人さんが常駐してるお店がないからというのも一つあるのでした。
普段だと楽器預けないとやれない;ぎりぎりだと預けられないw

こういう機会にやっておくのもいいですね。

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第96回草月いけばな展

2014年10月11日 | Weblog
10月29日(水)- 11月3日(月・祝)日本橋高島屋8階ホールにて
第96回草月いけばな展 目で見えぬものを、いけよ

開催予定だそうです。
チラシを頂きました。

詳細は下記
http://www.sogetsu.or.jp/event/2013/2013103111595.html

700名の作品が一堂に揃うというのはどれだけの迫力でしょう。凄そうです!

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新世界より

2014年10月09日 | Weblog
先日の演奏会用にほぼ曲順(後で変更になりましたからね)に自分用CDを作成してこの1ヶ月ずっと通勤路で聴いていました。
(そういえば、美女のワルツをうっかり間違えて入れていて一緒に聴いていらした皆さん、すみませんでした。前にそっちを演奏したことがあって曲を並べての確認時に入れ間違いに気が付いてなかったー。一部の方には謝ったんですが、この場を借りてお詫びしておきます;)

で、新世界の3楽章を聴くたびに、ああああ~~どうせだからこのまま4楽章も聴きたいっ!!とじりじりしてたんですが、ぐっと堪えてそのまま。
一昨日になって無事に終わったのでここは一つ思いっきり全楽章聴こう!と思って聴きました。ああ、すっきり。
やっぱりいい曲ですねー。
新世界というのはドヴォルザークが音楽院の院長に招聘されて3年ほど住んだというアメリカ(ニューヨーク)。故郷ボヘミアへの郷愁やら、発展の只中にある大都市の印象やそこで触れた新しい音楽、文化等への思いがどこか土臭いところを残しつつ洗練された形になっていてやっぱり世界的にもいまだに愛され続ける曲だけはありますよねー。
去年の冬、通院してるクリニックで流れた時、むらむらと(ああ、また弾きたいなー)と思ったのを思い出しました。

最近は「ドヴォルザーク」の名前表記も現地(チェコ)での発音的にはちと違うということで「ドヴォルジャーク」の表記も見られるが、本当は「ドヴォジャーク」の方が近いとかなんとかもあったり。でも結局のところチェコならではの巻き舌発音を日本のカタカナ表記するのはどっちにしろ難しいみたいなんで、昔から一般的に通ってる「ドヴォルザーク」のままでいいような気がする(どうせ現地語通りには表記も発音も日本人には出来ないんだから。)

大事な名前なんだから現地語通りに呼んでやろうぜーみたいな風潮はここ近年あるんだけど、でもこっちではない発音というのはかなりあるし、逆に日本名でも海外では発音しづらい音があって、そのために企業名などもわざわざスペルを変更したりもしてるくらいなのでまあいろいろありますなあ~。
(有名なところでは*ツカンが社名表記をアルファベット表記にした際、TSUの発音が海外では通りにくいというので表記でわざわざZを使用しているというような話を企業名変更の際に聞いたなあ、このニュース自体だいぶ昔の話になるけど。)


しかし、やっぱり3楽章難しいな!
テンポ感がちょっと変わるだけでもうばらばらっと来る。遅くなったら合いやすくなるということでは一切ないのがこの楽章のミソですね。




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オケピ

2014年10月05日 | Weblog
華やかにダイナミックに繰り広げられたステージの下、オケピ(オーケストラピット)の話を少しw
(差し支えのない範囲で書かせて頂く一演奏者のこぼれ話としてお読みください)

今まで何度かオケピでの演奏も経験があるのですが、今回は私が経験した中では一番狭かったです。滅多にない機会なので参加率も良かったですし。
それで普段の練習からオケピの大きさに範囲を区切って椅子の並べ方も通常の形通りは取れないので試行錯誤して、それで練習しておりました。座る位置が違うと指揮の見え方も違いますし、音の聴こえ方も違います。
前日ゲネプロで初めて本番の大きさに入れてみて練習時よりさらにスペースが厳しいことが分かりました。
私は身体は出来るだけ右斜めに向けて、顔はしかし左側の譜面を見るという、かなり無理のある体勢になっておりました。全弓を使うのも角度によっては難しく両隣を気にしながらになりました。私だけの話ではないですが、皆それぞれに工夫してなんとか収まっておりました。
そしてオケピは暗い。そして揺れるw
昔経験してない頃、オケピというのはちょっと憧れだったんですが、それは単にオケピで演奏するようなオペラ、バレエといった大きなお仕事への憧れであっただけで、実際にオペラなどを経験してみると演奏場所としてのオーケストラピットは憧れるようなところではございませんでした(笑)いや演奏経験としては素晴らしいんですけど。

そんなこんなで弾かせて頂いておりました。本番ではいろいろ及ばないところもありましたが、精一杯の集中力をもってやらせて頂けたと思っております。それに先に書きましたように、素晴らしい舞台のお手伝いをさせて頂けたのは本当に楽しい希少な経験でした。充実した一日になりました。

それにしても4日は年間の中でもレアな吉日と書きましたが、台風接近する中でまだぎりぎり天気もよく、いろいろなことがスムーズに動きましたね。多くの方が準備に心を配られて動いた結果だと思います。
団としては指揮の櫻屋敷先生にはひとかたならぬご尽力を頂きました。
役員の皆様、中でもインペクAさんの配慮の細やかさ、動きの確かさ、Aさんなしには今回の団としての成功はなかったろうと団員みんなが思っていると思います。頭が下がりますね。足を向けて眠れないw

さて、そんで水曜は次の演奏会の練習です。楽譜の準備をせねばーです。
一つAさんに言われたのが、カバレリアがハープ無しバージョンの楽譜になります。皆様ご準備の際ご注意下さいませ。
(ちょっと首が痛いんですがwもう寄る年波に勝てない感じです、、、)

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草月流いけばなLIVE IN 高崎 無事に終わりました

2014年10月05日 | Weblog
草月流家元いけばなLIVE IN 高崎、2014年10月4日 群馬音楽センターにてほぼ満席の会場の中、無事に終了致しました。群馬シティフィルは二部で音楽を担当したのですが、始まってすぐ会場の空気が期待に満ちているのを感じました。演奏しているのでステージを見ることができなかったのがほんとうに残念でしたが、作品が仕上がって行くに連れて起こる拍手、感嘆の声、食い入るように舞台に見入っておられる雰囲気をひしひしと感じてました。
そして最後仕上がって演奏が終わってようやく垣間見た作品群はほんとうに素晴らしいものでした。
心よりご成功をお祝い申し上げます。
このような素晴らしい舞台に一団員として参加させて頂けてこんな機会は滅多にないですし、光栄なことだったのだなと改めて思いました。

今回の舞台を見て感じたのは、歴史と伝統ある格式高い草月流さんのような芸術が、現代にあっても隆盛を続けていらっしゃるというのは、常に新しい表現に挑戦、模索、革新されているその精神にあるのだなあということでした。伝統文化を守ることに対して革新というのは一見アンビバレンツなことのようにも思えますが、表現において見る人の心を動かすためには、「新しいものを求め続ける」その革新性がその本質を守るということもあるのです。今までにないものを見てはっとする、大きく心を動かされる、感動する。
これは常々例えば歌舞伎やオペラの現在の活動を見ても思うことではありました。伝統を守るということは同じことを繰り返すということではない。例えばスーパー歌舞伎などもそうですが、常に新しい表現に挑戦している。考えてみれば歌舞伎の語源は元来は一般とは違う目立つ服装をした「かぶきもの」から来ており、出雲の阿国がその風俗を取り入れて踊りに使い、様式が確立された江戸時代にあってもいかに見に来る人を驚かせる表現が出来るか競い合ったという流れがあります。伝統の様式を守りつつ、常に変化を続けるというのはそもそもの本質にも合っている。
閑話休題。

いけばなというのは空間の芸術ですが、それにしてもあれだけの大きなステージいっぱいの作品は凄いものでした。そして音楽と同じで、その場の空間でしか味わえない一期一会の芸術でもあるのだなと思いました。
写真や動画で残される部分もありますが、でもあの場にいらしたお客様でしか味わえなかったものも多かったろうと。心を動かされるというのは何よりも癒しになりますね。
今後ますますのご活躍を祈念致します。


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