雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 4月1日(金) 4月になりました

2022年04月01日 17時05分43秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 4月1日(金) 4月になりました


 ようやく4月です。ウクライナ戦争は終わりません。


 エリオットさんが詩「荒地」で「4月は残酷な月……」と歌ったという。意味はボクには不明です。エリオットさん、ごめんなさい。


 桜のことも考えたいけど、いまは余裕がないので過去ログでお茶を濁しておきます。


 ① 「雨宮日記 2月7日(月) 桜は何の象徴か 2016年02月08日 16時40分34秒 | お知らせ


 数日前、ネットのユーチューブで「桜チャンネル」というのをやっていました。ヘリ空母「かが」(命名は大日本帝国海軍の空母「加賀」から)の進水式をやってました。


 「守るも攻めるも黒金の…」が響き、まことに異様でした。


 ところで、その日の夜、『万葉集』を読んでいて、思いついたこと。日本人の頭の中に「特攻」というと「桜散る」がイメージングされて、焼き付いているのですが。
 
 はたして『万葉集』の「桜ちる:は死を歌っているのでしょうか。もし、そうであれば「桜咲く」は生まれることを歌っていなければなりません。


 もちろん、桜が咲くことを情景的に歌う歌も大飯ですが。少なくとも、桜が散る=人が死ぬ、というのは近代の、あるいは戦争中の無理矢理解釈なのではないでしょうか。


 少し調べてみます。まず万葉集や古今和歌集の桜の歌を全部読んでみます。何かわかったら、ここに書きます。


 そろそろ桃の花がほころび始めました。春はまだ遠いのですが、春の匂いがし始めました。」


 ② 「日本古代史3 さくら・さつき・さなえ・・・の「さ」とは 2010年03月27日 19時03分49秒 | 古代史を考える


 今日は3月27日(土)で、桜(さくら)がもう7分咲きで、浜松は昨夜から「お花見」モードです。


 今夜は土曜夜なので、浜松城公園とかは、みんな盛り上がっているんでしょうね。
 なぜ日本人は「花見」をするのか?
 なぜ桜が咲いたから、飲み会をするのか?
 ガイジン(外国人)には不可解だそうです。
 当の日本人も、その理由は知らないかもしれませんね。
 「なんでって?だって親の時代から毎年そうしているんだから」


 民俗学のほぼ定説では(「定説」は必ず、その「定説」に反対の学者もいますからね、)お花見は、ほんとうは、農業での今年の豊作を祈る「予祝(よしょく)」行事ということのようです。
 つまり、今年の田や畑の豊作を願って、みんなでお酒を飲み、団結を誓う、村の行事です。
 雨宮も、そう思います。


 日本人の神さま信仰では、稲の豊作の神様は、毎年秋に、山に帰っていって、春に里に戻ってきます。
 その神様を迎える行事が春のまつり「お花見」です。
 秋に神様を山に送る行事が「秋祭り」です。


 で、問題は、なぜ「さくら」の花なのかです。
 民俗学の説では、「さくら」という言葉は「さ」+「くら」で、「さ」は神様のこと、「くら」は、その神様が降りてくる「倉」を意味します。
 
 「さ」はいろんなバリエーションがあります。


  五月 さつき 神様が降りてきて稲が育つ月
  早苗 さなえ 神様が宿った稲の苗
  早乙女 さおとめ 稲を田植えするときの聖なる女性たち
   (ですから、早い年齢の、若い乙女とかという意味はほんらいないと思います。
    何歳だろうと、早乙女です。
    東京大空襲を追求している方は早乙女勝元さんです。)
  五月雨 さみだれ 5月の雨のことです


 どうでしょうか?
 これは雨宮説です。
 みなさん、無条件に、信じないでくださいね。
 自分で具体的に調べて、自分の目と頭で判断して、肯定するなり,否定するなりしてください。」