雨宮家の物 21 リサイクルカメラ(使い捨てカメラ)
今は、もう使いませんが、家に残っていたので、撮影しました。富士の「写るんです」。
こういう物もあったんだんというのを記録しておかないと、この時代のことが忘れられてしまうので。
雨宮家の物 21 リサイクルカメラ(使い捨てカメラ)
今は、もう使いませんが、家に残っていたので、撮影しました。富士の「写るんです」。
こういう物もあったんだんというのを記録しておかないと、この時代のことが忘れられてしまうので。
雨宮家の物 20 則子さんが作ってくれた太っちょの座布団
お正月に初生(則子さんの実家)に行った時、初生の主婦のM子さんが「足が悪いので」と、丸太のような座布団を敷いていたので、あ、これ、ぼくも欲しいな、と。
則子さんに「ああいうの、カーマとかで売ってる?」と希望を述べたら、「そんなの、買わなくても古毛布で私が作る」というので、作ってもらいました。
2014年1月3日、雨宮則子さん、自作。
ありがとうございました。木の床(真ん中の部屋)や畳(南の部屋)で座ってパソコンを打つのがすごく楽になりました。
雨宮家の物 19 やられました!兎の豆子にかじられたヒーターの電線
12月26日(木)、昼間、居間に行ったら、豆子を警戒して電気ヒーターの周りに囲った「檻 オリ」がほどけてしまっていて、コードが見事にかじられて金属線が露出していました。
これで、被害は何回目でしょうか?
兎のかじる力はすごいです!
苦笑して、次女が夜、帰って来て相談して、明日、電気屋へ買いに行くことにしました。
いま、月では、中国の月探査機が軟着陸して、月面探査車「玉兎」が月の上を動いています。中国の政治的・軍事的動きには、ボクは批判的ですが、こういう「宇宙探査」には、賛同し、性交を祈っております。がんばれ!玉兎!
雨宮家の物 18 思い出深い「金属の鳩の置物」が今も机に乗っています
ぼくたち夫婦のシンボル(勝手にボクが決めてます)である「鳩」の金属の置物です。どれくらい前かな、10年にはならない(あるいは10年前後前?)と思いますが、当時の名称「福祉文化会館」2階の展示室でおこなわれた「救援美術展」で、則子さんが払ってくれて購入したものです。
いずれ書くはずの『雨宮自伝』には書かないといけない話なのですが、雨宮夫妻のいくつもあった転換点のひとつの時期の記念すべき物なので。
物はいわば「時間の針の破片」です。そういう「破片」を少しづつ書いていくと、それは「時間の再構成」の一つの助けとなるという気がします。
雨宮家の物 17 来年の手帖(胸ポケットに入るサイズ)
毎年、ほぼ同じ手帖を使っていますが、今年は書店でいつもと同じ物を探してもなく、ほんの少し小さいサイズにしました。
高橋のビジネス手帖、№143、定価893円(本体850円)です。この小さい手帖に、スケジュールも、メモも全部書きます。
雨宮家の物 16 ついに壊れたボクの小銭入れ
コンビニで小銭入れを出したら、床にチャリンチャリンと小金が散らばったので、あれっと思って、外で見たら、小銭入れが穴があいてました。
かなり使いましたので、長い間、ありがとうございました。
☆
なんで、こんなモノまで記事にするかというと「後世の歴史家」のために、ぼくらのくらしではこんな物を使ってたということを記録しておくためです。
雨宮家の物 15 則子さんが買って来た階段を照らす灯り
暗い階段で何か物につまづいてころんだようで、則子さんは、階段の2カ所に、人間を感知して明るくなる灯りを設置しました。
2013年11月20日(水)設置。
温度感知?動きで感知?よくわかりません。
雨宮家の物 14 則子さんが買ってくれたボクのひげそり
「ぼくのひげそり」って言うのは変な表現ですね。則子さんが自分でひげそりを使う筈はないですから。
ここ数年くらい、毎日、ひげを剃るのは、コンビニで買ったひげそりでしていたのですが、福島へ旅するので、無給のぼくとしては則子さんに「電動ひげそり、買ってくれない?」とお願いして、いつもの「電化のコジマ」で則子さんの費用負担で買いました。
ブラウンのシェーバーです。数千円でした。
旅行へ行かない、自宅でも、毎朝、これでヒゲを剃っています。
原発と同じで、停電時には役に立たなくなるので、困るんですが。当分は、平常は、これでヒゲを剃る予定。則子さま、ありがとうございます。
雨宮家の物 13 (写真保存)学校で作った皿(サソリ座)
中学校?高校?いつ作ったか、もう忘れましたが、その頃の美術の授業で作った物であることはたしかです。「天文マニア」であったぼくが、たぶん宮沢賢治さんの「銀河鉄道の夜」からとった題材だろうと思います。
「川の向う岸が俄(にわ)かに赤くなりました。楊(やなぎ)の木や何かもまっ黒にすかし出され見えない天の川の波もときどきちらちら針のように赤く光りました。
まったく向う岸の野原に大きなまっ赤な火が燃されその黒いけむりは高く桔梗(ききょう)いろのつめたそうな天をも焦(こ)がしそうでした。ルビーよりも赤くすきとおりリチウムよりもうつくしく酔(よ)ったようになってその火は燃えているのでした。
「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが云(い)いました。
「蝎(さそり)の火だな。」カムパネルラが又(また)地図と首っ引きして答えました。(以下略)」
なお宮沢賢治さんなど著作権(没後50年)の切れた著作は、「青空文庫」などで読むことができます。
☆
「サソリ座」で思い出すのは、浜松の詩人・埋田昇二さんの作詞の合唱曲「ビキニの海は忘れない」ですが、そのなかで「サソリ座のアンタレスが赤く燃えていた」と歌われます。
日本列島からは南に低くしか見えないサソリ座ですが、赤道近くのマーシャル群島ではサソリ座のアンタレスが真上に見えるんですね。
埋田さんに聞いて見て、いま手に入りそうな本があったら「本と映像の森」で紹介します。
☆
このお皿、色は付いていないのが残念です。だから「赤いアンタレス」じゃないです。
一度、割れて、接着剤でくっつけました。写真保存にして、実物は「廃棄」にします。
ボクが生きているあいだに、ボクが生きた証しの紙や物は、すべて「廃棄」して、この「雨宮ブログ」だけにしないといけないんです。それは、則子さんとぼくの「約束」ですし。それに自分が死んだ時に、自分の中に持っているものだけが、自分の財産なんですね。
肩書きも、名誉も,お金も、物も、自分がいく世界へは持って行けません。持って行けないものだけが、自分がこの世界でなした成果なんですね。
雨宮家の物 12 ぼくの誕生日祝いの腕時計
2013年8月27日は、ボクの62回目の誕生日でした。娘が買ってくれた「腕時計」、うれしくて、ここに「陳列」しちゃいます。ばかですね。
夜光時計ですので、真夜中に目が覚めても時間がわかります。
雨宮家の物 11 きれい好きの則子さん、台所のテーブルクロスを変えました
大げさな理念や、崇高な目標もだいじですが、理念や目標や観念を実現するための物質的なもの、日常的な「物」がだいじと思い、この「雨宮家の物」コーナーを書いています。
きれい好きで、片付け大好きの雨宮則子さんと、きれいとかせいけつとかごみとかあまり気にしない雨宮智彦くんが、30数年間も同じ家で、同じ部屋で、なぜいっしょにいられるのか、破断にならないのかは、「雨宮家の7不思議」の第1です(第2から後が何かは知りませんが)。
夏になるのを前にして、4月末に、台所のテーブルクロスを新調しました。
こういう視点は、ボクにはないんですね。尊敬します。(うわ、「尊敬してないで、早くゴミを捨てなさい!」と言われそう)。
そうだ!目の前の事態から行動を起こしていく則子さんと、自分の根源的なと思う思考から自分の行動を起こしていくボクでは、そもそもの方向性が違うんですね。
だから、二人の人生の違いがあまりにおもしろくて、夫婦生活が30数年、成り立ってるのでないかという「仮説」が立ちます。
目の前の事態から行動していく則子さんは、過去の事態や現実にあまり気にしないので、家で炊事をしていて、玄関に誰かが来ると、そっちに意識が飛んでしまい、自分が台所で鍋をぐつぐつしていたのは忘れて、新たな事態に全面的に意識を向けてしまえるんですね。
則子さん、何度、お鍋をこがして、危うく「火事」になりかけた、ことか。
過去から未来へ時系列で考えている、めんどくさい考え方のボクは、過去にぐつぐつ煮ていた「過去」「お鍋」が気になって、則子さんのように未来へ全面的に身を投げ出すことはできなくて、どうしよう、過去か未来か、いったりきたりするんですね。
白いメーヴェに乗って、風の谷からどこまでも飛んでいくナウシカのように、則子さんは、白いバイクに乗って、どこまでも飛んでいきます。
ぼくは、必死になって飛翔するナウシカの後を追っていく、工房都市ペジテのアスベルでしか、ありません。
宮崎駿さんがマンガ版「風の谷のナウシカ」の中で、ナウシカの相手を、当初のアスベルから、「森の人」に変更したことは、一部のファンにはすごく不評でした。ぼくも、そうです。
ボクは人類の未来を行動で救おうとするナウシカ=則子さんの後を追って、ナウシカ=則子さんと共に生きようとするアスベルです。
自分の「思考」の力でも、すこしはナウシカの「行動」の助けになるのではないか、と思いながら、生きてきた30数年、それを書いていけたらと思います。
仮称『銀河とタンポポ ー雨宮智彦自伝ー』を、近いうちに始めます。則子さんとぼくの物語です。
雨宮家の物 10(過去編) 昔のノートパソコン「メビウス」を捨てました
むかし(いつか?不明)使っていた、シャープのノートパソコン「メビウス」は、夜、お酒を飲みながらパソコンを打っていて、うっかりお酒をこぼしてパソコンが消えてしまい、電源が入らなくなりました。
さすがに、則子さんには告白できなくて、こっそり、奥の部屋の書棚にしまっていました。
今年3月から、浜松市が公民館などで(「協働センター」と名称変更)、「使用済小型家電」の「ボックス回収」を無料ではじめたので、午後、則子さんがいないあいだに、曳馬協働センターへ捨てにいきました。
ただし「小型家電」ですので、サイズが大きいと、設置したぼっくすの入り口から入りません。
15センチ×30センチ×60センチが最大サイズです。
このメビウスは、厚さ5.0センチ、縦24センチ、横29.4センチなので、余裕を持って入りました。
携帯電話、ビデオデッキ、パソコン、ハードデスク、カメラ、音響器機、電話機、懐中電灯、時計、リモコン、ケーブル、ドライヤー、電気かみそり、ゲーム機、などなど、かなり、いろんなものを「回収」してくれるので、家のなかの「もう使わない物」を持って行こうと思います。
☆
蛇足ですが「メビウス」は、18世紀~19世紀に生きたドイツの数学者で「メビウス・ループ(メビウスの帯)」を考え出した人です。
ちょっと数学的に知識がなくて説明できないので、疑問に思った人は、自分で勉強してしらべてください。
ようするに、空間と道がひんまがっていて、普通に歩いていくのに、なぜか、周囲の空間が「反転(わかりません!?、何が反転するの?)してしまう」という不思議です。
雨宮家の物 9 上島7丁目の巨大文具ショップで買った「タイマー」
3月16日(土)の午後、則子さんを乗せてマイカー「スズキ・アルト」で上島の文具店に行きました。則子さんが「絵手紙」用の、ハガキ用紙を買いたいとのことでした。
駐車場に入ったら、いっぱいで、1台だけ開いていたところへ止めました。
☆
翌日に、20分間の報告を控えていたので、正確に20分間で終えるために、でかい字の「タイマー」があったので、買いました。1260円です。
ぼくは、今は腕時計を持っていないので、こういうとき、これまでは、則子さんの腕時計を借りて、時間を見ていたのですが、やはり腕時計の画面は小さくて、見にくいです。
このタイマーなら、字はどでかいので、チラッと見れば一目瞭然です。
このタイマーのおかげで、20分の報告は、21分くらいで終わりました。
雨宮家の物 8 則子さんが「洗濯」しちゃったボクのSONY「ウォークマン」(8/1)
ボクが毎日、数時間聞いていた「ウォークマン」でしたが、とつぜん、惜しまれつつ。ご臨終になりました。合掌。
則子さんが、ぼくがいつも付けてポケットにカメラや携帯電話を入れている「チョッキ」を洗ったら、なんと、この「ウォークマン」だけ、出し忘れて、洗濯機の中でたっぷりと、洗剤や水につかってしまいました。
これ、16ギガで、まだ7割くらいしか録音されて無くて、すごく使いやすかったのですが、手元にもっと容量が少ない予備の「ウォークマン」があったので、今は、それを使っています。
則子さんが「どうする?新しいの買う?」と言ってくれたのですが、高い16ギガクラスを買ってもらうのも悪いなと思って、まだ決断がつきません。
器械は水につかったら、だめになるし、原発は津波につかったら、ダメになります。特に海水は。
☆
自分が死ぬまでに、クラシックの主な作曲家の。主な曲は全部、たっぷりと聴いてから死にたいなと思います。まあ、全部聞いたらどうなるの?ということはないです。聴いた曲を地獄なり天国なりに持って行けるわけではないし。