明孝陵は明王朝を建国した朱元璋と皇后の馬氏が眠る陵墓です。
2000年登録の世界文化遺産の明・清王朝の皇帝墓群に、2003年に追加登録されました。
明孝陵景区は無料のエリアと有料のエリアがあり、入園料は70元です。
大きな陵墓なので入り口は1号~7号門、それ以外にもあります。
神道は2つエリアに分かれています。
1つ目の石像路の長さは615m、6種類の石獣像が道の両側に並んでいます。
石獣像の種類は、獅子、獬、駱駝、象、麒麟、馬です。
すべて一塊の大きな石を削り、彫刻したもので、重量が80トンを超えるものもあるそうです。
次のエリアは翁仲路、こちらには4組の石翁仲と呼ばれる武将などの石像が並んでいます。
甲冑をまとった武将や、酌を持った文臣たちの高さは3mを超えています。
石像が並ぶ神道の終点には棂星門があります。
清代に破壊され6つの基礎部分のみ残っていたものを再建したのだそうです。
孝陵陵宮の正面にあるのが金水橋です。明代の橋の基礎部分などが今でも残っています。
橋を渡ると明孝陵陵宮区で、ここから先はまっすぐの道、直線状に建物が並んでいます。
金水橋の周りは、乗り合いカートの切符売り場と乗り場、飲食店や売店がある休憩スポットです。
文武方門は明孝陵の正門にあたります。
もっと大きな門でしたが、清代の戦火によって破壊された後、今の形で再建されました。
碑殿はもともと孝陵門と呼ばれる大きな門があった場所です。
基礎部分だけが残っていた場所に碑殿が建てられました。
清の乾隆帝、康煕帝がこの地を訪れたことを記録した大きな石碑が置かれています。
大きな石造りの台座(須弥座)の上にポツンとある感じの建物が享殿です。
この場所は太平天国の乱で戦場となり巨大な殿堂は焼失しました。
今の享殿は清代にお金をかけずに再建したものなのだそうです。
現世と冥界との境目になる内紅門を通り抜けると、巨大な方城明楼が現れます。
朱元璋の遺体は、手前にある昇仙橋を渡って埋葬されたとされています。
方城明楼は、朱元璋の墓である宝城宝頂の門と門楼にあたります。
巨大な石垣の方城の真ん中に大きなトンネルがあります。
このトンネルの中が結構涼しくて、暑い日には階段に座って一休みする人も多いです。
明楼の中は、3D映像で明孝陵を見る有料施設ができていました。
建物の中央はこの施設で占有されているので、周囲にある壁と展示物ぐらいしか見るものはありません。
方城明楼の後ろ側に朱元璋と皇后の馬氏が埋葬されている宝頂があります。
宝頂は直径325m~400mの楕円形の円墳で、その地下には未発掘の宮殿があるとされています。
明代の1381年に造られた明孝陵には、1398年に朱元璋が埋葬され、
最後の大明孝陵神功聖徳碑が完成するまでに32年の歳月を費やしました。
明孝陵景区の中には朱元璋の陵墓以外にも、森の中にある長男の朱標が埋葬された明東陵遺跡や、
タイガーバームで大儲けしたシンガポール華僑の胡文虎さんの寄付で造られた紫霞湖があります。
紫霞湖は遊泳禁止なのですが、地元の人たちなのでしょうか、夏は子供や老人が泳いでいます。
明東陵や紫霞湖のある森は訪れる人が少ないので静かです。
こちら側には乗り合い電動カートもあります。金水橋~紫霞湖周辺までいつくか停留所があります。
他には、梅の名所の梅谷、梅花山や、5号門を入ってすぐの場所に江蘇福岡友好櫻花園などもあります。
とても大きな景区なので行ったのは全体の半分ぐらいの場所だけです。
今回は7号門から入って5号門から出たのですが、無料エリアの大金門を通って、
大明孝陵神功聖徳碑に立ち寄り、有料エリアには5号門から入って石像の並ぶ神道区を通り、
陵宫区に入ると後戻りがありません。
南京に3ヶ月ぐらい仕事で言っていたときは世界文化遺産の明孝陵があったのは後で知りました。
石獣像はすべて一塊の大きな石を削り、彫刻したものなど、スケールが日本と違うので見ごたえがありますね。
南京に行ける機会があるかどうかわからないですが、行ったときはぜひ立ち寄ってきたいと思います。
中山陵と世界遺産の明孝陵、山の緑の中あるので、
新緑か紅葉の季節が最も良い時期なのかと思います。
明孝陵の石獣像と石翁仲どちらも大きいです。
さすがに世界遺産なので本物です。大きな石でできています。
中国あるあるの古く見えるようにコンクリートで造ったものではないです。