会津の重ちゃん日記

日常の出来事、地方紙の記事、街中散策して見聞したことを発信。

講義を終えて

2008-02-19 14:58:54 | 会津の文化づくり

2月19日(火)   雨水

 

 先週の大荒れのお天気は日曜日から落ち着いてきた。
 きょうは、二十四節気の一つ「雨水」。降り続けた雪も雨に変わり、積雪も解け始めるころである。スッコップで玄関先の雪塊を崩してみた。日当たりのよいところへ片付けた。温かくなったなと実感する。まだまだ硬いところがあるので無理はしない。

 


  会津エンジン03の講義を終えて

 

 市民講座の講師依頼を受けた時は、何を、どうすればよいのか わからなかった。
主催する会津商工会議所青年部のメンバーも五里霧中であった。

 12月下旬の電話依頼から、正式に文書で講師依頼があったのが1月9日。その時 演題は 会津発見 ~知ってりゃ変わるいつもの路~でといわれた。

 

 今まで落ち着かない年末年始を送って来たが、正式に依頼されたので、大袈裟にいえば、いつも頭の片隅に講義のことが離れなくなってしまった。

 

特別なことを研究したり、書いたり、実践したりしているわけでもないので、講義内容が見つからず悩みました。退職してから実践していること、ブログで発信していることを話せばよいと考えてからは、一気に資料集め、原稿書きなどが進んだ。当日まで集中して仕事をした。久しぶりに充実した日々を送った。

 

 

17日当日は、お天気もよくなり、教室に多くの人が来てくださってよかったです。
話した内容は拙いものだったかもしれませんが熱心に聞いてくださってありがたかったです。用意した内容の半分も話せなくて少し心残りです。

 

講義を終えて、第一回市民講座の講師を務めたこと、久しぶりに資料集め、原稿書き、プレゼンテーションに熱中できたこと そして多くの方々の応援を受けたことに感謝しています。みなさんありがとうございました。

 

お惚気ですが 17日の夜は愛妻が設営してくれたレストランでワインを飲み、フルコース の料理を食べました。 幸せ!

 

 


 


夜楽

2008-02-17 16:44:11 | 会津の文化づくり

2月17日(日)   

 

 昨日まで数日大荒れのお天気だった。今日も大荒れだったらどうしようと思っていた。天気予報は外れて太陽が顔を出し晴れた。よかった。
大勢の方が会津大学へお出かけになった。

会津エンジン03への関心の高さを実感した。

初めての市民講座を受けもっと者としては、講義室ががらがらだったらどうしようと心配でした。多くの応援してくださる方のお陰で満席になり、ほっとしました。
みなさんありがとうございました。


今回の講座については、後でアップします。
 

盛り上がった夜楽

 

昨日は会津風雅堂で著名人による 『日本の教え 会津の教えのパネルディスカッション』があり、夜は、「夜楽」があった。

この「夜楽」は日本や世界で活躍する一流著名人と、会津の郷土料理やお酒を味わいながらお話しできる楽しく美味しい講宴会です。

会津若松市5ヶ所、喜多方市1ヶ所、西会津町1ヶ所で開催。

 

重ちゃんは近所の「二丸屋武蔵亭」へ。
ゲストは漫画家・作家 さかもと 未明氏とお笑い芸人・格闘家ベルナール・アッカ氏。そして福島中央テレビアナウンサー中山 由佳氏であった。

FTCのテレビ局も来ていた。

 

簡単な話しの後 すぐ宴会。 一人で参加したのでゲストのベルナール・アッカ氏の脇に座らされた。英語で話さなくてはと思ったのだが、日本語堪能。
会話が弾んだ。まわりの人々も輪の中に入り会津弁「んだべ」「さすけね」「むづって」など講釈を交えて彼に伝授。本当に愉快であった。

重ちゃんは今日のことがあるので宴半ばで帰宅。


 


講義・講演

2008-02-12 19:03:53 | 会津の文化づくり

2月12日(火)   

 

 数日前に降った雪がまだ融けずに道路の片隅や露地、日陰に残っている。
 陽が射すとぽかぽかと室内はサンルーム状態。陽がかげると暖房が欲しい。
 明日から週末までは、また寒さがやってきて雪が降るような天気予報。
 17日(日)は荒れないで欲しい。

 

 会津エンジン03 で講義

 

 昨年12月下旬 会津商工会議所青年部の方から電話があった。
 今年の会津エンジン03は中央主導でなく、地元主催で開催したい。著名人の講座だけでなく市民講座を設けて実施しようと思う。“一単位の講義"を受け持ってもらいたいのとの要請。

 

どうして僕がと固辞したのですが、電話のやり取りの中で「ブログの内容」を見ての依頼だった。中身のないブログだが若い人たちの情熱に感動して引き受けました。

 

それ以来、年末も正月もこのことが頭から離れませんでした。
気負って大風呂敷でも広げようと思ったりしましたが、実践していないことを話しても駄目ですね。

 今までしてきたことをまとめて話せばいいかなと思うまで時間がかかった。
一度、吹っ切れると、資料集め、原稿書き、発表シナリオ、パワーポイントなど
結構忙しい。

 

 今日会津大学へ行って、プロジェクターの接続、教室などの下見をした。
 一通り終わった。ほっとしてブログをアップ。
 お酒を飲んで休むことにする。
 

担当の話しでは80人定員の教室なのに整理券は100枚以上無くなったそうです。準備はそれなりにしっかりしたので、当日は一生懸命話しをしようと思う。

与えられた演題は

       「会津発見~知ってりゃ変わるいつもの路~」
              =ブログで発信して見えてきたもの=

 

        日時:2月17日(日) 12:15~13:15
        場所:会津大学 講義棟 中講義室3

     

 


 



 


知っているつもり

2008-01-27 21:36:57 | 会津の文化づくり

1月27日(日)   

 

 まだまだ寒さは続く。それでも太陽が顔を出して燦燦と輝くと高度が低い冬の陽射しは部屋の中まで届いて来る。南側の廊下はサンルーム状態でストレッチをするのにはすごくよかった。 

 

 昨日は町内の若い方々(青壮年会)の新年会に招かれて、酒を飲みながら町内のことなど話し合った。頼もしい人々が居ることに一安心。ありがたいことである。
 

 正月はもう少しで終わる。25日の続きで「大人の社交場 1月例会」 きものの三枡屋 社長 笹内 清弘氏のスピーチをアップしてみます。いくつお分かりかな? 

 

 

知っているようで知らなかった和

 

 

1.お正月に神棚に注連縄を張り、破魔矢をあげたりするのは?
2.成人式に二十歳のお嬢さんが振袖着るのはどうして?
3.なぜミセスは振袖でなく留袖を着るの?
4.新年の挨拶まわりにタオルや手ぬぐいを配るわけは?
5.「会津嶺の国をさ遠み逢はなはば偲びにせもと_結ばさね」
  _に漢字1文字が入ります。どういう文字ですか。
6.何から出たことばでしょうか?
 ・折り目正しく  ・しつけ  ・胸襟を開く  ・衿を正す  ・ふところが深い
 ・矜持  ・錦を飾る  ・褄をとる  ・帯に短しタスキに長し  ・袖にする
 ・たもとを分かつ  ・袖の下  ・辻褄が合わない  ・左前

7.袖ふれ合うもたしょうの縁 漢字ではどう書くのでしょか。

 

 

 

答えはメモを取っていなかったので正確にはわかりません。
 

 1.注連縄は住居を外敵から守るため色々な物を張り巡らした。それが神棚などの注連縄。破魔矢は、生贄などに矢が放たれる前に我が家にはもう矢が来ていますとの意思表示で飾る。

 2~6までは 下の写真。長いもの。帯や紐など 着物に関することです。  

 


一里塚

2007-05-16 23:05:43 | 会津の文化づくり

5月16日(水)  

  昨日の荒れて寒い日とは違い、気持ちのよい暖かい日。

 

昨日の午後6時過ぎから今日の午前11時過ぎまで、NTT東日本のフレッツ回線などが故障し、インターネット、メール、IP電話ができなかった。初めは自分のパソコンの故障かと思った。テレビニュースでプロバイダー側の故障であることを知った。約31万契約者のパソコンに影響・?????。IT社会の脆さを露呈した。原因を公表し、しっかりした対策を立ててもらいたい。

 

旧米沢街道を歩いて知ったこと

 

この街道は、会津若松市大町四辻を起点として、東西南北に白河街道・二本松街道・越後街道・米沢街道・下野街道(南山通り)の会津五街道の一つである

 檜原峠を歩く行事に参加した時、この街道を通った。その主なコースは次のようである。

 

往路:県立博物館⇒旧米沢上街道(上荒久田→藤倉→金道→竹屋→常世→熊倉)⇒大塩⇒菅峠⇒中ノ七里⇒檜原⇒金山(檜原銀山跡)⇒檜原口留番所跡⇒檜原旧街道入り口→檜原一里塚→檜原峠(境塚)

 

復路:檜原峠(境塚)→檜原→大塩⇒旧米沢下街道(及川通り→利根川→別府一里塚→湯川村浜崎城址→及川→高野→七日町)⇒県立博物館


檜原峠

2007-05-14 19:21:53 | 会津の文化づくり

5月14日(月)   五月晴れのよいお天気となった。

  

 きゅうりや絹さやえんどうの支柱とネット張りなどの畑仕事で汗を流した。

 

 

歴史に埋もれた檜原峠を歩く

 

   5月13日の日曜日は、磐梯山を初め各地の山開き、ウオーキングなどイベントなどがいっぱい。その中でも一番に心惹かれたのが「檜原峠」であった。

 この峠は米沢街道の一部として会津と米沢を結んだ峠である。
平安時代に西行法師が旅した際に越えたとされ、江戸時代には伊能忠敬、十辺舎一九、高野長英、吉田松陰も越えた歴史の道。時代の流れの中で忘れ去られてしまった峠を歩き、歴史を改めて見直そうと企画された今回の行事です。

 

 千数百年も続いてきた檜原峠の旧街道は忘れ去られてしまい歴史の中に埋没しようとしている。その一つに会津と米沢の境界を示す「境塚」がある。
 左右一対。塚の上には大きなブナが植えられていた。

                   

沢を横切ったり、倒木がある。また、笹がはびこり道がみつけにくい。苦労する。


法話

2007-03-09 21:24:54 | 会津の文化づくり

 

    写真は、材木町の秀長寺の山門と本堂

 

『献杯』は食前の作法ではありませ

ん。

3月9日(金) 

 暖かい日が続いていたので水曜日からの天候悪化には驚いた。3月上旬雪が降り荒れるのは当たり前のことのなのに・・・。

 

 一昨日と昨日はお世話になった方の通夜と告別式で慌しく過ごした。今年に入ってから亡くなられる方が多く、夕食の使いを受け出席することも多かった。
最近、導師が必ずお話し(法話)されるようだ。似たような話しは皆さんもあちこちで聞いておられると思いますが、その中の一つを紹介してみます。

 

『献杯』は食前の作法ではありません。

 

 このお席が「献杯」で始まれば、もっともらしい気もいたしますが、私たちにはもっと大切なご挨拶がある。

 

「いただきます」 「ごちそうさま」という挨拶である。

 

 近年外国の方に、私たちが忘れかけていた「もったいない」という大切なこころや言葉を生活に取り戻すきっかっけを作ってもらた。

 

 あらためてそのこころにふれてみますと、とても大切な事が伝わる。
ありがたく、それこそもったいない言葉である。

 

 残念なことにこのようなこころが伝わらなくなってきています。これだけが原因ではありませんが、伝えたい事が伝わらない、大切な事が伝わっていない最近の世相を見て、子や孫の時代の行く末が心配になる。

 

 私たちの生活は、ご先達や多くの方々のご苦労により向上し便利で豊かになった。しかし、豊になった今でもそのことを追求するあまり、忘れてならないこころや事柄をおろそかにし、忘れてしまったのではないか。

 

 忘れてしまった大切なこころ。いまこそ取り戻す時である。大切な方から受け継いだこころ、忘れてしまったこころを呼び覚まして欲しい。そしてご家族に「いただきます」「ごちそうさま」の大切なこころと意味を教えて欲しい。

 

 あなたが習ったこころ、教え伝えるそのこころはやがて次世代に響きます。

 「いただきます」「ごちそうさま」のこころをもっと大切にしていただきたい。


 

  


合格

2006-11-12 11:08:47 | 会津の文化づくり
第1回会津ものしり検定 初級合格

 去る10月22日に受験した結果が昨日届いた。
 久しぶりに緊張感を味わった受験だったので、
 封書を開けるまでどきどきした。



       認  定  証

   あなたを『会津文化検定士初級』に認定します。

 たった1枚の紙だが、幾つになっても合格、認定はうれしいものである。
 初級50問 8割以上正解でないと合格はしない。

 何事にも好奇心・探究心をもち、挑戦することは長寿への道の一つである。

 

会津ものしり検定

2006-10-22 18:34:12 | 会津の文化づくり
もっと会津を

 今日歴史や文化など会津に関する知識を問う「第1回 会津ものしり検定」初級(4択式50問 午前40分)、中級(4択式100問午後60分)が、中央公民館で行なわれた。主催はNPO法人会津の文化づくり(簗田直幸理事長)。
 会津に生まれ、会津で育ったのに会津のことを自分はどれくらい知っているのか、他所からこられた方に会津をどう説明できるのか等考えて受験した。受験生は高校生から、70歳台の方まで老若男女と幅広い。初級は75名、中級は52名。このうち会津地方からは約8割で、東京都や宮城県など県外からも臨んだ。久しぶりに机に向かい緊張した時間を過ごした。初級は常識的な問題なので自己採点では8割は正解と思うが、中級は専門的な事が多く5割もあやふい。知らないことは勉強すればよい。

 今は受験した充実感で満足している。結果が待ち遠しい。


初級と中級の第1問を掲載してみます。挑戦してください。

 初級問1:
  これを食べると脳卒中にならないとされ、冬至の季節に(      )と
  アズキを入れて甘く煮る行事食が食べられている。
  (ア)サツマイモ  (イ)カボチャ  (ウ)クリ  (エ)トウガン

 中級問1:
  会津三十三観音は、古来の霊場の面影を残し、今も多くの人がおとづれている。羽黒山の山号をもつその結願寺は(     )寺である。
  (ア)東光  (イ)大光  (ウ)光明  (エ)西光

  


講座「地域フィールド」

2006-09-10 18:23:53 | 会津の文化づくり
カルチャーマネージャー講座

会津若松市NPO法人会津の文化づくり(簗田直幸理事長)による初のマネージャー養成講座がスタートした。6月より始まって3月まで月2回のペースで18回の講座である。県地域づくり綜合支援事業の認定を受けた講座。「環境考古学」などの文明論はじめ郷土史などの「会津学」、文化財論、文化景観論などを学ぶほか、野外学習やものづくり学習もある。講義は午後6時から9時まで。休まないで受講したいと思っている。今回は、6回目。初めての野外学習。~一箕風土記が丘づくり~のテーマで大塚山古墳、坊主山古墳、蒲生池(会津中央病院南)などをフィルドワークした。途中にある史跡「村北瓦窯跡」へ寄った。34度を越す暑さの中約1万歩歩いた。疲れたが有意義であった。

この史跡は、昭和45年6月14日から6月30日にわたって実施された居合団地造成にともなう埋蔵文化財発掘調査の結果発見された。古代窯跡である。5基発見され、3基埋め戻された。この窯は、地下式登窯の構造を有するもので、窯としては最初のものである。奈良時代に瓦を焼いた跡といわれ、会津地方では唯一の古代窯の遺跡として重要である。