時々新聞社

慌ただしい日々の合い間を縫って、感じたことを時々報告したいと思います

完集(かんしゅう)

2007年09月11日 | コイン収集など
コレクターの用語に「完集」(かんしゅう)という言葉がある。
当然、辞書には載っていない。
何となく、完全収集の略だろうということはわかるが、一般にはほとんど使われない言葉である。
ところが、インターネットで「完集」を検索すると、驚くほどたくさんの記事が引っかかってくる。
それだけ、この「完集」という言葉も広く使われているのだろう。と思って内容を良く見ると、やはり、コインや切手、鉄道の切符、オマケのシール、カードなどのコレクターに関連する記事ばかりである。いわゆる「オタク用語」なのだろう。
さて、その領域のものを1つ残らずすべて集めたいと考えるのは、コレクターの心理である。
編集長の趣味であるコインや切手を例にとると、日本で発行されているものはすべて集めてみたいと思うのが、コレクターという人種である。
しかし、日本で発行されたコインや切手をすべて集めるなどということは、事実上不可能である。というのも、これらの中には、数枚しか現存していないものがあるからだ。また、エラーと呼ばれる正規のものから逸脱した物などもあり、入手は困難だ。そして何よりも、よほどの大資産家でもない限り、財政的に困難が伴うだろう。
したがって、多くのコレクターは、年代や種類を限定して、その範囲のものだけでも、何とか全部集めようとしたりするのが普通である。「○○銀貨を完集」などのように。
しかし、コレクターという人種は、とにかく持っていないものがあると欲しくなるのが習性のようである。
編集長は、コインや切手のコレクションをしているが、特に「完集」にはこだわっていない。無理なことにこだわっても仕方がない。「完集」は無理なのだから、特定のテーマに絞ったコレクションに徹底的にこだわるべきだが、たまに目移りがして、関係ないものを購入してしまうのもコレクターの習性なのだろう。
財布の中身と相談しながら、コレクションの充実を図るところに、コレクターの楽しみがあるのではないだろうか。
ところで、最後になったが、テレビ東京で放映されているあの「大食い選手権」では、「完食」という言葉が使われるが、これも現代の造語である。
それにしても、「完集」も「完食」もけっして美しい言葉でないことだけは、確かである。