阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。あちこちでShootする写真日記。お遊びもあり。

東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年03月13日(火)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] から

2024年04月13日 | 東日本大震災ブログ
2012年03月13日(火)
 
B-29の焼夷弾大空襲で焼け野原になった大阪 67年前の今日
 
今日は、67年前の昭和20年3月13日にアメリカ空軍が、大阪の非戦闘員市民を、焼夷弾投下の無差別絨毯空爆で殺戮した日です。この日が第一回目の無差別焼夷弾絨毯爆撃でした。1945(昭和20)年3月13日23時57分~14日3時25分(約3時間半) 大阪上空に飛来したB29は274機アメリカ軍の照準点は、北区扇町・西区阿波座・港区市岡元町・浪速区塩草に設定されていた。空襲警報とともに灯火管制がしかれ、大阪市は暗闇の中にいた。 グアムから飛び立った第314航空団の43機が午後11時57分から14日午前1時にかけて大阪上空に達した。従来の「高々度精密爆撃」という7500メートル以上の高空からの爆撃とは一変して「夜間低空爆撃」として約2000メートルくらいの低空からの一般家屋をねらった夜間爆撃である。先導機が大型の焼夷弾(ナパーム弾)を港区市岡の照準点に投下し、大火災が発生。他の機はそれを目印に次々と焼夷弾を投下した。内蔵した38個の小型焼夷弾が空中で分散して落下するようになっていて、木造の日本家屋を炎上させるために開発されたものであった。続いてテニアンから第313航空団のB29 107機が14日午前0時10分から3時25分にかけて爆撃。浪速区塩草を照準点として投弾した。さらにサイパンから第73航空団の124機が14日0時20分から2時25分にかけて爆撃。照準点は北区扇町と西区阿波座。すでに大火災が発生している中で、北区は米軍のねらい通りには爆撃できなかった(その分、他に被害を与えた)。主な被災地域
 浪速区・西区・南区(現中央区)・港区・大正区・東区(現中央区)・西成区・天王寺区
被災面積 21.0平方キロ
被災戸数 136,107戸
被災者数 501,578人
死者    3,987人(浪速区では報告数よりも多い遺体が後日収容されて荼毘(だび)にふされている。このように、死者の実数はもっと多いと推定されるが実際の数は確かめようがない)
重軽傷者  8,500人(正確な数ではない)
行方不明   678人(確認できた数だけてあろう)第1回大阪大空襲による被災地域■赤の地域 (「新修大阪市史」第10巻の地図をもとに作成。ただし地形・区域は便宜上、現在の形。) OSAKA & KYOTO '1945-6・・・・・「おは朝・特番」だったでしょうか(司会は玉井孝と宮根誠司の新旧コンビ。   京都の画像では「洗い張り風景」が懐かしく(幼少のみぎり(笑うところ)大阪西区でもよく見た・・・S25年ころ)、キセル掃除の「羅宇仕替屋(ラオしかえや)」は演出臭­いが珍しい。 短いですが大阪空中撮影のほうは「今宮」上空から「なにわ筋」を左に見ながら北上、湊町、道頓堀川を超え四ツ橋、雑喉場(ザコバ)魚市場(戦後は米軍滑走路、うつぼ公園)­、西船場小学校、旧田簑小学校敷地(現在は大阪市立科学館)、赤みがかった大きい旧ダイビルあたりの中の島西地区で右奥が渡辺橋(対岸に新フェスティバルホールが入る中之­島フェスティバルタワーが2013年竣工予定)。
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誰も本気で取り組む気がない東電?それとも自社では報告書も書けない?
 
東電の原発安全性、審査見送り 報告大量誤記で経産相疑念 
2012/03/13 11:22 【共同通信】

新潟県の東京電力柏崎刈羽原発1、7号機の安全評価(ストレステスト)1次評価結果報告書に大量の誤記載が見つかった問題で、枝野幸男経済産業相は13日「東電の作業の質全体に問題があったと疑念を抱かざるを得ない」と述べ、東電が再発防止策をまとめるまでは審査に入らない考えを示した。

 東電は12日、2月までに見つかった158カ所に加え、新たに81カ所の誤りがあったと原子力安全・保安院に報告。使用済み燃料プールへの注水機能の揺れへの強度計算ミスも含まれていた。

 枝野氏は「誤りの数が桁違い。内容も本質にかかわりかねない。安全性に対する姿勢をしっかり見直す」と述べた。
 
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日本の大手マスコミにいるのはサラリーマンだけで報道記者はいない。
 
「政府発表がないから報じられない」世界が呆れた日本の新聞

- NEWSポストセブン(2012年3月9日16時00分)

 昨年来、原発事故報道で、新聞はひたすら大本営発表をたれ流した。世界から見れば非常識極まりない日本の大メディアの体質を、自身も日本経済新聞の記者経験があり、新聞社と権力との癒着を批判した『官報複合体』(講談社刊)の著者、牧野洋氏が指摘する。

 * * *
 東京電力の福島第一原発が津波に見舞われた翌日、福島県浪江町で数千人に上る住民は町長の指示に従って北へ向かって避難した。

 この時、政府のコンピュータシステム「SPEEDI(スピーディ)」は放射性物質が浪江町の北へ向かって拡散すると予測していた。なのに、浪江町の住民はなぜ南へ向かって避難しなかったのか。

 二〇一一年八月九日付のニューヨーク・タイムズ紙は「官僚の隠ぺい体質」と断じた。「不十分なデータを公表すると誤解を招く」といった理由で、政府は東日本大震災直後からスピーディのデータ公表を拒み続けていたからだ。同紙上で浪江町町長の馬場有は「情報隠ぺいは殺人罪に等しい」とコメントしている。

 スピーディのデータ公表が遅れた責任は官僚に加えて新聞にもある。国民が知るべき重要なデータであるにもかかわらず、政府の発表を待たなければ国民に伝えられなかったこれが新聞の責任だ。

 政府がデータの全面公表に踏み切ったのは大震災発生から一か月以上も経過した五月に入ってから。新聞が「隠されたデータ」を特報したのを受けて政府が発表に追い込まれたのではなく、政府が発表したから新聞がデータ内容を報道したのである。

 福島原発のメルトダウン(炉心溶融)をめぐる報道でも新聞は本来の機能を果たせなかった。実際にメルトダウンが起き、専門家もその可能性を指摘していたにもかかわらず、政府・東電が否定したことから当初は見出し で「メルトダウン」という言葉の使用さえ控えていた。一斉に報じ始めたのは、政府・東電がメルトダウンを認めた五月中旬になってからである。

 政府の発表を受けて書いているだけでは、権力側の発表をそのままたれ流す「発表報道」の域を出られない。発表報道に依存し過ぎると「大本営発表」と変わらなくなる。史上最悪の原発事故が起きている時にこそ、新聞は権力を監視しなければならないのに、現実には発表報道に終始した。

 福島原発報道については海外からも批判が出た。たとえばニューヨーク州立大学オールドウェストベリー校教授としてジャーナリズムを教えるカール・グロスマン。四十年以上かけて「環境ジャーナリズム」の分野を開拓した論客である。米環境専門誌「エクストラ!」の二〇一一年五月号で次のように書いている。

「福島原発事故の影響についての報道はあまりにもお粗末だ。日本政府が『直ちに健康に影響はない』と説明すると、記者はそれをオウム返しに報じているだけなのだ」

 なぜこうなるのか。単純化して言えば、発表報道の対極にある調査報道の伝統が根付いていないからだ。調査報道では権力側の説明をうのみにせず、独自調査の積み重ねで「権力側が国民に隠している秘密」を暴こうとする。権力の監視が報道機関に求められる基本機能だとすれば、調査報道こそ新聞報道の中心に位置していなければならない。

 調査報道が根付かない理由としてよく挙げられるのが記者クラブである。福島原発報道であれば首相官邸や経済産業省などの記者クラブに張り付き、政府・東電側の動きを漏れなく報じるわけだ。このような記者クラブ詰めの記者については「権力側の速記者」と揶揄する向きもある。

 記者クラブで発表報道に明け暮れると、記者は専門性をなかなか身に付けられない。記事の冒頭に「五W一H(誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どうして)」を詰め込む「逆三角形」を学べば、大抵のニュースを処理できるからだ。

 記者は「客観報道」の指導を受けているため、記事に独自の分析や解説を入れるのを最小限にしようとする。結果、書く記事はプレスリリースを読みやすく書き直しただけのストレートニュース(速報ニュース)になりがちだ。

 言うまでもなく、福島原発事故を報道する記者には、技術的な知識を含めて高度の専門性が求められる。専門性がなければ、政府・東電が嘘をついているかどうか判断することはままならない。それまで社会部で事件取材をしていた記者にいきなり原発報道を任せても、発表報道以上の仕事はなかなかできないだろう。(文中敬称略)

※SAPIO2012年3月14日号

☆福島原発事故の後、本社が東京にある新聞テレビの記者や社員は、本社からの指令で即座に一斉に現地から逃げた。

現地に入り取材したり撮影したのは、外国の新聞や通信社の記者や契約記者、カメラマンだけで彼らの報道やツイッターがなければ現地の被害状況は全く伝わらなかった。

日本の大手マスコミは組合員をかかえる民間企業だから、危険となれば、社員の生命を守る義務がある。それは被害地の住人の現実を取材し報道するという商売よりは優先する、ということだろう。

それはそれで否定はしないけれど、ではこの商売が拠って立つ存在理由との兼ね合いはどうなのだろう。

 12日の大手マスコミの一面記事を見ると、当時の自分たちが地元を見捨てて逃げた事実をなかったことにして、一見被災者に丁重な文面を作っている。売れればどう書いてもいいと思っている連中だと心底感じた。

 記事の偽装商品そのものの劣化状況、お上の情報操作ツールであることがばれてきたことなどで、今のままでは大手マスコミは商売上がったりに近づいている。ちゃんとした人たちもいるはず。出来ることなら、日本と世界に通用する新聞やテレビになんとかなってほしい。
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他人ごとではない福島原発事故  世界はこうみている
 
20120310 世界からみた福島原発事故 NHK・ドキュメンタリーWAVE世界の原子力研究者たちは、福島第一原発の事故が起きたとき、何を思い、そして、事故をどのように分析したのかー 「恐れていた事態が起きてしまった・・・」アメリカで原子力の安全対策の研究を続けてきた科学者たちは、福島第一原発のような事故を想定し、そうした事故が起きることをずっと恐れていた。アメリカでは1979年のスリーマイル島の事故後、「メルトダウン」が実際に起こりうるものとして、様々な実験や研究が行われてきた。福島で起きたことはこれからも起こりうるのか、研究所では、福島の詳細な事故分析を行っている。スイス原子力保安当局は、「フクシマの教訓」と題する報告書を発表。その中で「ヒューマンエラー」の問題を分析している。番組では、アメリカ、スイス、フランスなどの研究機関、研究者に取材し、「各国は何を“教訓”としようとしているのか」、世界から見た福島原発事故を描く。
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番組動画 「新たなる原子力規制のありかたとは?」
 
20120306 新たなる原子力規制のありかたとは? CS朝日ニュースター「ニュースの真相」より。上杉隆氏がキャスターの番組で、ゲストは自民党元幹事長の塩崎恭久衆議院議員。 政府が提案する原子力規制庁の問題点と、国会事故調査委員会について聞く。
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中間貯蔵施設の意見交換会が開催された 前回は直前にキャンセル
 
中間貯蔵施設受け入れ、町村長ら足並みそろわず
(2012年3月12日10時12分 読売新聞)

東京電力福島第一原発事故で放射性物質に汚染された土壌を保管する中間貯蔵施設の設置をめぐり、政府への反発から開催が中止となり、仕切り直しとなった意見交換会。福島県双葉町など原発立地自治体の3か所に貯蔵施設を設置する案に、出席した町村長は「従わざるを得ない」「受け入れは困難だ」と、足並みはそろわなかった。

 会合は10日、郡山市で非公開で開かれ、午前10時半から約2時間にわたって行われた。

 会合後、楢葉町の草野孝町長は「国側からは、中間施設や焼却施設で4か所、双葉郡内に設置したいという考えが示された。国の方向には従わざるを得ない」と述べ、国の案を容認する考えを示した。

 双葉町の井戸川克隆町長は「責任の明確化と、設置しなければならない理由がなければ、受け入れは困難だ。いずれにしても持ち帰り、町でも8町村でも改めて話し合いたい」と述べた。

 東京電力福島第二原発を抱える富岡町の遠藤勝也町長は「今のところは全くの白紙。昨年末、国は1か所と示したが、今回複数となり、一貫性がないのでは」と戸惑いを隠せない様子。

 佐藤知事は「現地の調査をしっかりやって、国家プロジェクト並みの対応をしてもらわないと困る」と要望したことを明らかにし、国の案については、「細野環境相が説明していくということなので、話を聞きながら、対応していかないといけない」とした。
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