重要文化財の石塔のある寺の代表は、私の勝手な判断ではあるが「石塔寺」だと思う。
平成22年7月に初めて訪れたときの写真と感想をH25年9月6日のブログで「異様な感じ、違和感がある、強烈な印象」と表現した。
阿育王山 石塔寺
阿育王山(あしょかおうざん)石塔寺(いしどうじ)の歴史等については、9月6日のブログにて掲載しているため省略。
駐車場には2台の車が駐まっていたが、この寺の規模にしては、何か寂しい感じがする。
駐車場の上には「下馬」と「石塔寺」の石柱が堂々と立っている。
山門
阿育王山と書かれた小さな山門が右手にある。
三年前に訪れたときは、夏で緑一色だったが、今は周囲の木々が色づきはじめ、とてもおちついた雰囲気がある。
本堂
織田信長の元亀の兵火等により、伽藍は焼失し全山は荒廃した。
江戸時代初期に現在の寺領部分が復興された。
本堂前の扉は少し開けられていてお参りできるようになっている。
お堂の内部はこのようになっている。
御本尊の聖観世音菩薩は秘仏のため、御前立の十一面観世音菩薩が中央に安置されている。
本堂からみた釈尊像
長い石段が続くが、最近は一気に上ることはせず、自分の年齢の所で休むことにしている。
そうすることにより、段数が把握しやすいというメリットもある。今回は158段、前回より1段少ない。
石段の左側にはたくさんの石仏がきれいに並んでいる。
前回は上ることに集中していて、石段横の石仏の記憶がまったくない
判別できない石仏も数多くあるが、このように綺麗なまま残されているものもある
石造三重塔<伝・阿育王塔>(重要文化財)
石段を上がったところに、この塔が建っている
奈良時代前期建立。
石造層塔としては日本最古であり、石造三重塔としては日本最大。高さ7.6m。
圧倒的な存在感がある
阿育王塔の左側には大きな石碑が
鐘楼
この鐘は自由に撞いていいことになっているので、「旅の無事と、この寺でいい写真が撮れますように」とお願いして力強く撞いた。
左奥の方から撮る。石仏群が阿育王塔を向いて守っているような感じがする
阿育王塔の背後となる中央奥には大きな石仏が立っている
さらにその奥には小さな石仏が立っている
阿育王塔周囲の石仏群
信仰の深さがこの数になっている
そして、その中心にあるのは
次回に続く
撮影 平成25年11月9日
平成22年7月に初めて訪れたときの写真と感想をH25年9月6日のブログで「異様な感じ、違和感がある、強烈な印象」と表現した。
阿育王山 石塔寺
阿育王山(あしょかおうざん)石塔寺(いしどうじ)の歴史等については、9月6日のブログにて掲載しているため省略。
駐車場には2台の車が駐まっていたが、この寺の規模にしては、何か寂しい感じがする。
駐車場の上には「下馬」と「石塔寺」の石柱が堂々と立っている。
山門
阿育王山と書かれた小さな山門が右手にある。
三年前に訪れたときは、夏で緑一色だったが、今は周囲の木々が色づきはじめ、とてもおちついた雰囲気がある。
本堂
織田信長の元亀の兵火等により、伽藍は焼失し全山は荒廃した。
江戸時代初期に現在の寺領部分が復興された。
本堂前の扉は少し開けられていてお参りできるようになっている。
お堂の内部はこのようになっている。
御本尊の聖観世音菩薩は秘仏のため、御前立の十一面観世音菩薩が中央に安置されている。
本堂からみた釈尊像
長い石段が続くが、最近は一気に上ることはせず、自分の年齢の所で休むことにしている。
そうすることにより、段数が把握しやすいというメリットもある。今回は158段、前回より1段少ない。
石段の左側にはたくさんの石仏がきれいに並んでいる。
前回は上ることに集中していて、石段横の石仏の記憶がまったくない
判別できない石仏も数多くあるが、このように綺麗なまま残されているものもある
石造三重塔<伝・阿育王塔>(重要文化財)
石段を上がったところに、この塔が建っている
奈良時代前期建立。
石造層塔としては日本最古であり、石造三重塔としては日本最大。高さ7.6m。
圧倒的な存在感がある
阿育王塔の左側には大きな石碑が
鐘楼
この鐘は自由に撞いていいことになっているので、「旅の無事と、この寺でいい写真が撮れますように」とお願いして力強く撞いた。
左奥の方から撮る。石仏群が阿育王塔を向いて守っているような感じがする
阿育王塔の背後となる中央奥には大きな石仏が立っている
さらにその奥には小さな石仏が立っている
阿育王塔周囲の石仏群
信仰の深さがこの数になっている
そして、その中心にあるのは
次回に続く
撮影 平成25年11月9日
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