神鳴り(アメジストネックレス)

難聴ゆえに家居の好きな主婦です。過去、心臓弁膜症、大腸がんの手術を受けました。趣味は短歌です

昨年の今日は母のためにグループホームの見学もしたようだ

2017年05月27日 18時23分44秒 | 家族
そのグループホームに空きができたと母の面談があったのは、今年になってからだった。

が、母の受け答えがしっかりしているということと歩けるということで、入所は断られたよし。

まあ仮に入所できたとしても、現在の母の状態ではおとなしく入所していることは難しいだろう。

現在は入院しているが、これもまたいつ勝手に退院してしまうかもわからない。

母はとにかく外に出たいのだ。外に出て人に会いたいのだ。人と会っておしゃべりをしたいのだ。

が、来られたほうは迷惑する。なにしろ何をしゃべっているかよくわからないときがあるし、人の話を聞かないで一人でしゃべり続けるから。

もともとそういう傾向のある人だったが、それでも今のようにひどくなったのは最近だ。

そのことを注意すると、私に対して猛烈に怒る。

先日の帰省でも、「もう帰って来なくてよい」と怒った。

だから帰省しないわけではないが、いくら親と言ってもああいう言われ方をすると、「もう帰るものか」とも思ってしまう。

が、娘の私が言わないで、だれが言うというところがあるので、言う。

  年老いた母に注意をすることの避けては通れぬ難しさあり  biko

  はじめから母の言葉を無視しゐる兄嫁われほど煩悶せざり  biko

大阪梅田から高知駅まで~その後、グループホーム見学、実家、母の入院する病院へ
午前11時発の高速バス「よさこい号」に乗ってすぐに持参の穴子寿司と巻き寿司を食べると眠くなって、いつのまにやら熟睡していたようだ。目覚めるとトンネルの中を走っていた。という......

家を片づけること・・・終活はいつから?

2017年05月27日 07時25分40秒 | わたしのこと
私も母に似て片づけることが苦手である。

掃除が苦手と言ってもいいかもしれない。

かと言って、断捨離がいいとも思わない。

まだ使えるものを捨てるのはいいこととは思わないから。

断捨離では服は数年着なかったら捨てましょうというが、数年着なくても数年以上経って着ることはある。

私は、現在は太り気味だが、過去、心臓弁膜症で死にかけたとき、大腸がんで死にかけた時、精神薬の副作用、離脱症状で死にかけたとき、痩せていた。

治ってもすぐには太らないので、しばらくはスマートな体形であった。

そのころ、太っていたころの服を思い切って捨てた。

その頃は、また太るとは思わなかったから。

が、現在、元に戻ったというか、ふくよか体形になると、捨てた服がもったいなかったと思うことも多い。

本もそうである。

子供達の童話やその他の本を、当時はマンション暮らしで置き場がなかったから、すべて捨てていた。

以前、河野裕子さんが、「孫にわが子に読んでやった絵本を読んでやっている」というような歌を作っていて、私も置く場所さえあれば置いておきたかったとうらやましく思った。

というふうに、捨てることに抵抗があるうえ、片づけが上手でないから、家の中がすっきりしない。

掃除が手抜き勝ちであるというところもある。

現在も掃除をする時間より本を読んでいたいと思う。

読む時間はそれほどないのに、短歌の本、スピリチュアルの本を結構買うから溜まる。

私も来年は70歳になる。

そろそろ引き算の生活に入らないといけない。

が、まだまだ勉強はしたいのだ。

死ぬまでこういう生活を続けていたら、死後子供達に迷惑がかかるだろう。

そこが悩ましいところである。

  生きてゐるあいだは本を読むわれでありたし本は増えゆくばかり  biko

  読むことをやめて余命を生きるなど考へられず本をため込む  biko

  この本を服を子供ら如何にせむわれ死にしのち困る子供ら  biko

  耳悪きわれの読書は耳のよき人らの読書と意味が違ふが  biko