静 夜 思

挙頭望西峰 傾杯忘憂酒

書評【115】 2/2   澄 江 堂 雑 記    芥川龍之介 著       2014年12月  青空文庫POD 発行     

2020-12-20 20:05:32 | 書評
 今回も右の分類を用いる。(A) 言葉の解釈/用法の変遷に関して  (B) 文明/時代批評  (C) 作家としての表現論/芸術論
(B)これに該当するのは、#1,,3~5,10,11,14,17,18,25,26,都合11編とみた。どれも皮肉たっぷり芥川らしい筆致が軽やかだが<So What ?>と言いたくなるものもある。従い、特記しない。
 (A)で眺めた3編と(B)を併せて14だから(C) 「作家としての表現論/芸術論」は実に18編を数える。小説書きを生業とした人生ゆえ当然だが、彼の真骨頂は(C) に在る事を再確認した。

(C) 作家としての表現論/芸術論;18編の中から特に述べたいのを幾つか取り上げるなら、#9,12,29,30,32 である。
* #9;「歴史小説」
   ・・これこそ塩野氏が<ルネサンスとは何であったのか>に全文を引用した小文だ。 芥川が言いたかった核心であり、塩野氏が傾聴する部分ゆえ、以下に引く。
   ≪歴史小説と云ふ以上、一時代の風俗なり人情なりに、多少は忠実ではないものはない。 しかし一時代の特色のみを、とくに道徳上の特色のみを主題としたものもあるべきである。
    例えば日本の王朝時代は男女関係の考へ方でも、現代のそれとはだいぶん違ふ。其処を按然(=そのまま)作者自身も和泉式部の友だちだったやうに、虚心平気に書き上げるのである。
    この種の歴史小説は、その現代との対照の間に、自然 或る暗示を与へ易い。 メリメのイザベラもこれである。フランスのピラトもこれである。
     しかし日本の歴史小説には未だこの種の作品を見ない。日本のは大抵古人の心に今人の心と共通する、云はばヒュウマンな閃きを捉へた手っ取り早い作品ばかりである。

    誰か年少の天才の中に、上記の新機軸を出すものはゐないか?≫

    
  下線部分。塩野氏は『現代人の思う価値観に似合う側から時代を遡った舞台にすり寄った小説ではいけないと芥川は言いたいのだ』と示唆したかったのだろう。此の引用に続き次の文章がある。
  ≪レオナルドやミケランジェロやティツィアーノの作品の前に立った時は、これらルネサンスの天才たちを解説した研究書など読む必要はない。ガイドの説明も聞き流していればよい。
   貴方自身が「年少の天才」にでもなったつもりで「虚心平気」に彼らと向き合うのです。天才とは、こちらも天才になった気にでもならない限り肉迫できないものでもあるのですよ。≫
  ≪表現とは自己満足ではない。他者に伝えたいという強烈な想いが内包されているからこそ、力強い作品に結晶できるのです(中略)ダヴィンチの書き遺した文賞に至っては、その多くが
   ”キミ”という呼びかけを使って書かれている。レオナルドが言った”キミ”にならないで、どうしてレオナルドが理解できるでしょう。


* #12「俊寛」29「袈裟と盛遠」30「後世」・・これらは題材こそ違え『現代人の思う価値観に似合う側から時代を遡った舞台にすり寄った小説ではいけない』と述べる点では#9と同じである。
* #32;「徳川末期の文藝」・・江戸文学に無知蒙昧な私には芥川の見解に対するコメントが出せない。 唯、以下の言葉には芥川の真摯な態度が覗われ、私は大事にしたい。
   僕は所謂江戸趣味に余り尊敬を持っていない(中略)若し彼らの「常談」としたものを「真面目」と考えるならば、黄表紙や洒落本もその中には幾多の問題を含んでいる。僕らは彼らの作品に
    随喜する人々にも賛成できないけれども、亦、一笑してしまふ人々にもやはり軽々に賛成出来ない


考えてみれば、明治25年生まれの芥川は身の回りに江戸時代を実感できる年回りだった。芥川の親世代は幕末・維新を生き延びた人々である。芥川の親がどう、子供に前の世の中を語ったか?
比定するなら、1945年を境にガラリと様変わりした敗戦後の日本で子供を育てた私の親世代は何を語ったか? 語らなかったか?  芥川が#32 で投げた言葉は、余りのスピードで江戸を消し去った
明治の45年間を怨嗟する声だったかもしれない。 私たちの場合の”前の世の中”とは、明治の45年ではなく、維新から敗戦までの77年である。                 < 了 >
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