2012. 6/9 1117
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その25
「めづらしくおかし、と見給ひし人よりも、またこれはなほありがたきさまはし給へりかし、と見給ふものから、いとよく似たるを思ひ出で給ふも、胸ふたがれば、いたくもの思したるさまにて、御帳に入りておほとのごもる」
――あの山里で珍しく美しい人だったと思われた女よりも、こちらはなお優った格別のご器量で、やはり類なく稀なご様子だと、匂宮は御覧になりますが、またそっくり似ていることを思い出しになりますと、お胸も塞がってひどく物思わしいご様子で、御帳にお入りになってお寝みになります――
「女君をも率て入りきこえ給ひて、『心地こそいとあしけれ。いかならむとするにか、と、心細くなむある。まろは、いみじくあはれ、と見置いたてまつるとも、御ありさまはいととく変はりなむかし。人の本意は必ずかなふなれば』とのたまふ」
――女君(中の君)もご一緒にお連れしてお入りになって、「ひどく気分が悪い。私はいったいどうなるものかと心細い気がする。わたしがいくらあなたを愛しいと思って居ても、私が死んだらあなたは早速心変わりして、あの人のものになっておしまいになるでしょう。人の一念というものは必ず徹るものだと言いますからね」とおっしゃる――
「けしからぬことをも、まめやかにさへのたまふかな、と思ひて、『かう聞きにくきことの漏り聞こえたらば、いかやうに聞かえなしたるにか、と、人も思ひ寄り給はむこそ、あさましけれ。心憂き身は、すずろなることも、いと苦しく』とてそむき給へり」
――(中の君は)よくもひどいことを、真顔でおっしゃる、とお思いになって、「このような聞きにくいお言葉が、もしちょっとでも漏れ聞こえましたら、私がどのような作り話をあなたに申し上げたのかと、あの方(薫)も気をお回しになることかと、それが本当に迷惑です。私のような嘆かわしい身の上には、ちょっとした御冗談もとても苦しくて…」とおっしゃって、わきを向かれます――
「宮もまめだち給ひて、『まことにつらしと思ひきこゆることもあらむは、いかが思さるべき。まろは御ためにはおろかなる人かは。人も、ありがたしなど、とがむるまでこそあれ。人にはこよなう思ひおとし給ふべかめり。たれもさべきにこそは、とことわらるるを、へだて給ふ御心の深きなむ、いと心憂き』とのたまふにも、宿世のおろかならで、たづね寄りたるぞかし、と思し出づるに、涙ぐまれぬ」
――匂宮も真面目な口調になられて、「私が本気であなたをひどいとお恨みすることでもあったなら、どうなさいますか。私はあなたにとっていい加減な人間なのでしょうか。世間でもめったにない愛し方だと見咎めるほど、大切にもてなしているではありませんか。それなのに、大将よりもずっと私を見くびっておられるらしい。誰にせよ、それだけの運命だとは諦めもしますがね。私に隠しだてをされるお気持の深いのが、実に不愉快なのだ」と、おっしゃるのですが、お心の中では、浮舟との宿縁が並々でなければこそ、探し当てたのだ、と思い出されると、またつい涙ぐまれるのでした――
では6/11に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その25
「めづらしくおかし、と見給ひし人よりも、またこれはなほありがたきさまはし給へりかし、と見給ふものから、いとよく似たるを思ひ出で給ふも、胸ふたがれば、いたくもの思したるさまにて、御帳に入りておほとのごもる」
――あの山里で珍しく美しい人だったと思われた女よりも、こちらはなお優った格別のご器量で、やはり類なく稀なご様子だと、匂宮は御覧になりますが、またそっくり似ていることを思い出しになりますと、お胸も塞がってひどく物思わしいご様子で、御帳にお入りになってお寝みになります――
「女君をも率て入りきこえ給ひて、『心地こそいとあしけれ。いかならむとするにか、と、心細くなむある。まろは、いみじくあはれ、と見置いたてまつるとも、御ありさまはいととく変はりなむかし。人の本意は必ずかなふなれば』とのたまふ」
――女君(中の君)もご一緒にお連れしてお入りになって、「ひどく気分が悪い。私はいったいどうなるものかと心細い気がする。わたしがいくらあなたを愛しいと思って居ても、私が死んだらあなたは早速心変わりして、あの人のものになっておしまいになるでしょう。人の一念というものは必ず徹るものだと言いますからね」とおっしゃる――
「けしからぬことをも、まめやかにさへのたまふかな、と思ひて、『かう聞きにくきことの漏り聞こえたらば、いかやうに聞かえなしたるにか、と、人も思ひ寄り給はむこそ、あさましけれ。心憂き身は、すずろなることも、いと苦しく』とてそむき給へり」
――(中の君は)よくもひどいことを、真顔でおっしゃる、とお思いになって、「このような聞きにくいお言葉が、もしちょっとでも漏れ聞こえましたら、私がどのような作り話をあなたに申し上げたのかと、あの方(薫)も気をお回しになることかと、それが本当に迷惑です。私のような嘆かわしい身の上には、ちょっとした御冗談もとても苦しくて…」とおっしゃって、わきを向かれます――
「宮もまめだち給ひて、『まことにつらしと思ひきこゆることもあらむは、いかが思さるべき。まろは御ためにはおろかなる人かは。人も、ありがたしなど、とがむるまでこそあれ。人にはこよなう思ひおとし給ふべかめり。たれもさべきにこそは、とことわらるるを、へだて給ふ御心の深きなむ、いと心憂き』とのたまふにも、宿世のおろかならで、たづね寄りたるぞかし、と思し出づるに、涙ぐまれぬ」
――匂宮も真面目な口調になられて、「私が本気であなたをひどいとお恨みすることでもあったなら、どうなさいますか。私はあなたにとっていい加減な人間なのでしょうか。世間でもめったにない愛し方だと見咎めるほど、大切にもてなしているではありませんか。それなのに、大将よりもずっと私を見くびっておられるらしい。誰にせよ、それだけの運命だとは諦めもしますがね。私に隠しだてをされるお気持の深いのが、実に不愉快なのだ」と、おっしゃるのですが、お心の中では、浮舟との宿縁が並々でなければこそ、探し当てたのだ、と思い出されると、またつい涙ぐまれるのでした――
では6/11に。