2012. 6/7 1116
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その24
「涙をもほどなきそでにさきかねていかにわかれをとどむべき身ぞ」
――(浮舟の歌)この狭い私の袖では涙すらおさえかねておりますのに、どうしてあなたをお引き止めすることができましょう――
「風の音もいと荒ましく、霜深きあかつきに、おのがきぬぎぬも冷やかになりたる心地して、御馬に乗り給ふ程、引き返すやうにあさましけれど、御供の人々、いとたはぶれにくし、と思ひて、ただいそがしにいそがし出づれば、われにもあらで出で給ひぬ。この五位二人なむ、御馬の口にはさぶらひける」
――風の音も荒々しく霜深い明け方に、別れ別れになったお互いの衣も、冷たくなったような気がして、匂宮は御馬にお乗りになる間も、引き返したいような浅ましいほどのご執心ですが、供人たちは、全く冗談じゃないと思って、ただひたすらお急かせしますので、仕方なくお出かけになります。大内記と時方のこの五位二人が、御馬の口取りをします――
「さかしき山越え果ててぞ、おのおの馬には乗る。みぎはの氷を踏みならす馬の足音さへ、心細くもの悲し。昔もこの道にのみこそは、かかる山踏みはし給ひしかば、あやしかりける里の契りかな、とおぼす」
――険しい山道を越えてしまってから、二人はそれぞれの馬にのります。水際の氷を踏み鳴らす馬の蹄の音までが、心細くも物悲しい。昔も宇治に通うためだけにこういう山越えをなさっていますので、匂宮は不思議な因縁のある宇治の山里よ、とお思いになるのでした――
「二條の院におはしまし着きて、女君のいと心憂かりし御もの隠しもつらければ、心やすき方におほとのごもりぬるに、寝られ給はず、いとさびしきに、もの思ひまされば、心弱く対に渡り給ひぬ。なに心もなく、いときよげにておはす」
――ニ條の院にお帰りになって、中の君があの女のことを隠していらっしゃったのも癪に障りますので、心やすい御自分のお部屋でお寝すみになりますが、なかなか眠ることができません。淋しくてやりきれなさが増すばかりですので、匂宮は中の君のいらっしゃる対の屋にお渡りになります。中の君は何もご存知ない平らなお気持で、大そう美しくお綺麗にしておいでになります――
では6/9に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その24
「涙をもほどなきそでにさきかねていかにわかれをとどむべき身ぞ」
――(浮舟の歌)この狭い私の袖では涙すらおさえかねておりますのに、どうしてあなたをお引き止めすることができましょう――
「風の音もいと荒ましく、霜深きあかつきに、おのがきぬぎぬも冷やかになりたる心地して、御馬に乗り給ふ程、引き返すやうにあさましけれど、御供の人々、いとたはぶれにくし、と思ひて、ただいそがしにいそがし出づれば、われにもあらで出で給ひぬ。この五位二人なむ、御馬の口にはさぶらひける」
――風の音も荒々しく霜深い明け方に、別れ別れになったお互いの衣も、冷たくなったような気がして、匂宮は御馬にお乗りになる間も、引き返したいような浅ましいほどのご執心ですが、供人たちは、全く冗談じゃないと思って、ただひたすらお急かせしますので、仕方なくお出かけになります。大内記と時方のこの五位二人が、御馬の口取りをします――
「さかしき山越え果ててぞ、おのおの馬には乗る。みぎはの氷を踏みならす馬の足音さへ、心細くもの悲し。昔もこの道にのみこそは、かかる山踏みはし給ひしかば、あやしかりける里の契りかな、とおぼす」
――険しい山道を越えてしまってから、二人はそれぞれの馬にのります。水際の氷を踏み鳴らす馬の蹄の音までが、心細くも物悲しい。昔も宇治に通うためだけにこういう山越えをなさっていますので、匂宮は不思議な因縁のある宇治の山里よ、とお思いになるのでした――
「二條の院におはしまし着きて、女君のいと心憂かりし御もの隠しもつらければ、心やすき方におほとのごもりぬるに、寝られ給はず、いとさびしきに、もの思ひまされば、心弱く対に渡り給ひぬ。なに心もなく、いときよげにておはす」
――ニ條の院にお帰りになって、中の君があの女のことを隠していらっしゃったのも癪に障りますので、心やすい御自分のお部屋でお寝すみになりますが、なかなか眠ることができません。淋しくてやりきれなさが増すばかりですので、匂宮は中の君のいらっしゃる対の屋にお渡りになります。中の君は何もご存知ない平らなお気持で、大そう美しくお綺麗にしておいでになります――
では6/9に。