永子の窓

趣味の世界

蜻蛉日記を読んできて(37)

2015年06月02日 | Weblog
蜻蛉日記  上巻 (37) 2015.6.2


「その頃ほひすぎてぞ、例の宮にわたり給へるに、まゐりたれば、去年も見しに花おもしろかりき、すすきむらむらしげりて、いと細やかに見えければ、『これ堀り分かたせ給はば、すこし給はらむ』ときこえ置きたしを、ほどへて川原へものするに、もろともなれば、『これぞ、かの宮かし』など言ひて、人を入る。」
◆◆その時期が過ぎたころ、宮様があの邸においでになっていて、参上したとき、昨年も拝見して見事だった薄がむらがり繁っていて、それがほっそりと品よく見えましたので、「これを株分けなさいますなら、すこしいただきたいのですが」と申し上げておりましたのを、しばらく経って賀茂の川原へ出かけた折に、あの人と一緒だったのですが、「ここがあの宮様のお邸ですね」などと言ったのでした。あの人は従者を宮邸に入れて。◆◆


「『【参らんとするに折りなき。類のあればなん。一日とり申しすすききこえて】と、さぶらはん人に言へ』とて、ひき過ぎぬ。はかなき祓へなればほどなう帰りたるに、『宮よりすすき』と言へば、見れば長櫃といふものにうるはしう掘り立てて、青き色紙をむすびつけたり。見れば、かくぞ。
<穂に出でば道ゆく人も招くべき宿のすすきを掘るがわりなさ>
いとおかしうも。この御かへりはいかが。忘るるほど思ひやれば、かくてもありなん。されどさきざきもいかがとぞおぼえたり。」
◆◆「『お伺い申し上げたく存じますが、機会がございませんでした。ただいまも連れ(道綱母のこと)がありますので。先日お願い申しました薄のことをどうぞよろしく』と申し上げるように」と使いの者に言わせて通りすぎたのでした。ちょっとした祓へでしたのですぐに帰ってくると、「宮様から薄が届いています」と言うので見ますと、長櫃にきちんと掘り分けた株を立て揃えて、青い色紙に歌が書かれたのが結びつけられております。拝見しますとこうです。
(兵部卿章明親王の歌)「穂が出ると我が家の前を通る人をも招き寄せるはずの薄をご所望とは、掘って差し上げますが、困ったことです。」とは、何とおもしろい歌ですこと。この返歌にあの人の歌はどうだったのでしょうか。忘れてしまう程度のものだったようで、ここに書かなくてよいでしょう。これまでの歌や書き物でもどうかしらと思うものがあったと思いますが。◆◆

■長櫃=ながびつ=物を入れて運搬に用いる長い櫃。ふたのある箱。