永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1231)

2013年03月23日 | Weblog
2013. 3/23    1231

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その23

「出で給ふとて、畳紙に、『あだしのの風になびくなおみなへしわれしめゆかむ道とほくとも』と書きて、少将の尼して入れたり。尼君も見給ひて、『この御返り書かせ給へ。いと心にくきけつき人なれば、うしろめたくもあらじ』とそそのかせば、『いとあやしき手をば、いかでか』とて、さらに聴き給はねば、『はしたなきことなり』とて、尼君、『聞えさせつるやうに、世づかず、人に似ぬ人にてなむ。うつしうゑて思ひみだれぬをみなへしうき世をそむく草の庵に、とあり。こたみは、さもありぬべし、と、思ふゆるして帰りぬ』
――(中将は)帰りがけに、懐紙を取り出して、(歌)「美しい姫君よ、他の男に靡いてくれるな。私が通って来て契りを結ぼう、道は遠くとも」と書いて、少将の尼に言付けされました。尼君もご覧になって、浮舟に、「このお返事はお書きなさいませ。中将の君はたいそう心の行き届いた人柄のかたですから、ご心配なことはありませんよ」とすすめますが、浮舟は、「ひどく不調法な字ですもの、どうしてそのようなことを…」と言って、どうしても承知なさらないので、尼君は、「それではあまりにも失礼ですから」と言って、尼君が、「先に申しましたように、並みの人とは違って世慣れぬところのある人でしててね。(歌)この庵に移り住んで以来、あの方は物思いに沈んでばかりいるのです。と申し上げます。中将は、この度ははじめての事だから仕方がない、と諦めて帰って行かれました――

「文などわざとやらむはさすがにうひうひしう、ほのかに見しさまは忘れず、もの思ふらむ筋何ごとと知らねど、あはれなれば、八月十余日の程に、小鷹狩のついでにおはしたり。例の尼呼び出でて、『人目見しより、しづ心なくてなむ』とのたまへり。いらへ給ふべくもあらねば、尼君、『待乳の山の、となむ見給ふる』と言ひ出し給ふ」
――わざわざ文などを送るのは、さすがに気恥かしく、そうかといってほのかに見かけた面影も忘れられず、何か物思いの多い様子と聞いたのが、どのような事情なのか詳しくは分からないままに心に掛るので、中将は、八月十日過ぎの頃、小鷹狩のついでに小野の庵に出掛けて行きました。いつものように少将の尼を呼びだして、「あの人を人目見てから、心が落ち着かなくなって…」などとおっしゃいます。浮舟は今度もお答えになりそうもありませんので、尼君は、「昔のお方でも『待乳の山』かと存じますが。(この方には愛する人があるらしくおもわれます)」と申し上げます――

「対面し給へるにも、『心ぐるしきさまにてものし給ふ、と聞き侍りし人の御上なむ、残りゆかしく侍る。何ごとも心にかなはぬ心地のみし侍れば、山住みもし侍らまほしき心ありながら、ゆるい給ふまじき人々に、思ひ障りてなむ過ぐし侍る。世に心地よげなる人の上は、かく屈したる人の心からにや、ふさはしからずなむ。もの思ひ給ふらむ人に、思ふことを聞こえばや』など、いと心とどめたるさまに語らひ給ふ」
――(中将は)尼君に対面なさるについても、「お気の毒なお身の上とか伺いましたお方の、一部始終をお聞きしたいと存じます。私とて、世の中が何一つままならぬ心地ばかりして、山にでも籠りたいとは思いながらも、親たちがお許しくださる筈もありませんので、こうして過ごしているのです。結婚生活に満足しているらしい妻は、私がこうして塞ぎこんでいるせいか、不似合いな気がします。物思いがちなあのお方に、私の心の内を申し上げたいのです」などと、ひどくご執心の様子でお話になります――

◆いと心にくきけつき人=いと・心にくきけ・つき・人=たいそう奥ゆかしいところのある人

◆小鷹狩(こたかがり)=秋、小鷹を使って行う狩の催し

◆待乳の山(やつちのやま…)=新古今集「誰をかも待乳の山の女郎花秋と契れる人ぞあるらし」

では3/25に。