永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1223)

2013年03月07日 | Weblog
2013. 3/7    1223

五十三帖 【手習(てならひ)の巻】 その15

「このあるじもあてなる人なりけり。女の尼君は、上達部の北の方にてありけるが、その人亡くなり給ひて後、女ただ一人をいみじくかしづきて、よき君達を婿にして思ひあつかひけるを、その女の君の亡くなりにければ、心憂し、いみじ、と思ひ入りて、かたちをも変へ、かかる山里には住みはじめたるなりけり」
――ここの庵室の主人である僧都の母君も身分のある人でありました。娘の尼君は、さる上達部の北の方でしたが、その夫が亡くなりまして後、一人の娘を大そう大切に育てて立派な公達を婿に迎え、手厚くお世話していましたところ、その娘も亡くなってしまったので、つくづく世をはかなんで、出家してこの山里に住みついたのでした――

「世と共に恋わたる人の形見にも、思ひよそへつべからむ人をだに見出でてしがな、と、つれづれも心細きままに、思ひ歎きけるを、かくおぼえぬ人の、容貌けはひもまさりざまなるを得たれば、うつつのこととも覚えず、あやしき心地しながら、うれしと思ふ。ねびにたれど、いときよげに由ありて、ありさまもあてはかなり」
――歳月がたつと共に娘のことが忘れられず、亡き娘の形見と思えるような人をせめて見つけたいものと、心細いままに歎き続けていたところへ、このような思いがけない人で、容貌も様子も娘以上の人を得ましたので、現実のこととも思われず不思議な気がしながらも、嬉しさは格別です。この尼君も年はとっていますが、いかにも美しく品があり、物腰も上品でです――

「昔の山里よりは、水の音もなごやかなり。つくりざま、ゆゑある所の木立おもしろく、前栽などもをかしくゆゑをつくしたり」
――あの宇治の山里にくらべますと、ここは川の水音も静かです。庵室の造りや庭の木立ちも趣きがあって、前栽などもたいそう風流に作ってあります――

「秋にありゆけば、空のけはひあはれなるを、門田の稲刈るとて、所につけたるものまねびしつつ、若き女どもは歌謡ひ興じあへり。引板ひき鳴らす音もをかし。見し東路のことなども思ひ出でられて」
――秋になってきますと、空のけしきもあわれ深く、門田の稲を刈る頃ともなると、若い下女たちは、農夫たちの鄙びた稲刈り歌の物真似をして、お互いに興じあったりしている。引板(ひた)を引き鳴らす音も面白く、浮舟は幼い折に見た東国常陸の生活なども思い出されて懐かしい――

「かの夕霧の御息所のおはせし山里よりは、今すこし入りて、山にかたかけたる家なれば、松陰しげく、風の音もいと心細きに、つれづれと行ひをのみしつつ、いつともなくしめやかなり」
――この庵室のある場所は、あの朱雀院の女二の宮の御母御息所の住んでおいでになった小野の山荘よりは、もう少し奥まっていて、片側を山に寄せて建てた家ですので、あたりには松の木がこんもりと茂り、風の音もまことに淋しく聞こえるのでした――

では3/9に。