永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1192)

2012年12月17日 | Weblog
2012. 12/17    1192

五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その32

「御前なる人は、まことに土などの心地ぞするを、思ひしづめて見れば、黄なる生絹の単、薄色なる裳着たる人の、扇うちつかひたるなど、用意あらむはや、と、ふと見えて、『なかなか、ものあつかひに、いと苦しげなり。たださながら見給へかし』とて、笑ひたるまみ、愛敬づきたり。声聞くにぞ、この志の人とは知りぬる」
――姫君のお側にいる女房は、実に土くれか何かのような感じがするけれども、(薫は)お心を鎮めてじっとご覧になりますと、黄色い生絹(すずし)の単衣に、薄紫の裳を着た人が、扇を手馴らしている様子など、いかにも嗜み深く見えますのが、「割るのに骨が折れて、かえって暑苦しそうですね。そのままで割らずに見ていらっしゃいよ」といって笑っている目もとに愛敬があります。その声に、ああ小宰相だなとお分かりになりました――

「心強く割りて、手ごとに持たり。頭にうち置き、胸にさし当てなど、さまあしうする人もあるべし。こと人は、紙につつみて、御前にもかくて参らせたれど、いとうつくしき御手をさしやり給ひて、のごはせ給ふ。『いな、持たらじ。雫むつかし』とのたまふ、御声いとほのかに聞くも、かぎりなくうれし」
――女房達は無理に氷を割って、一人ずつ手に持っています。頭にのせたり胸に当ててみたり、はしたない様子の人もいます。他の人(小宰相)は、紙に包んで姫宮(女一の宮)にもそのようにしてさし上げましたが、姫宮はたいそう愛らしい手をさしのべられて、女房達に氷でお拭かせになって、「いえ、持つのはやめましょう、雫がこまるわ」と仰るお声をかすかに聞くにつけても、大将はかぎりもなく嬉しい――

「まだいとちひさくおはしましし程に、われも、ものの心も知らで見たてまつりし時、めでたの児の御さまや、と見たてまつりし、そののち、たえてこの御けはひをだに聞かざりつるものを、いかなる神仏の、かかる折を見せ給へるならむ、例の安からずもの思はせむ、とするにやあらむ、と、かつはしづ心なくて、まもり立ちたるほどに」
――(薫はお心の中で)女一の宮がまだほんの御幼少の時分に、自分も分別つかずにお見上げして、何とお美しい姫宮かと思いましたが、その後まったくご様子さえ見聞き出来なかったのに、どのような神や仏がこうした機会をお与えに下さったのであろう、例によって私に恋の悩みをさせようとのつもりだろうか、などと、一方では胸をときめかせて見守りながら佇んでいる時――

「こなたの対の北面に涼みける下女房の、この障子は、とみのことにて、あけながら下りにけるを思ひ出でて、人もこそ見つけて騒がるれ、と思ひければ、まどひ入る。この直衣姿を見つくるに、誰ならむ、と心騒ぎて、おのがさま見えむことも知らず、簀子よりただ来に来れば、ふと立ち去りて、誰とも見えじ、すきずきしきやうなり、と思ひて隠れ給ひぬ」
――薫のいらっしゃる対の屋の北廂に涼んでいました下級の女房が、この障子を急ぎのために開け放したまま退がって来たことを思い出して、人が見つけて騒がれては大変だと思ったので、慌てて戻って入ってきました。そして、この方の直衣姿を見つけて、誰であろうかと驚き、自分の姿を他人に見られることも気に止めず、簀子を真っ直ぐに走って来るので、薫は素早く立ち去って、誰とも分からぬようにしよう、何やら好色めいているとお思いになって隠れるのでした――

では12/19に。