永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1084)

2012年03月19日 | Weblog
2012. 3/19     1084

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(55)

「宵うち過ぐる程に、宇治より人参れり、とて、門しのびやかにうちたたく。さにやあらむ、と思へど、弁あかさせたれば、車をぞ引き入るるなる」
――宵を過ぎた頃に、「宇治から参上しました」と言って、門をそっと叩く者がおります。大将の君からのお使いではないかと思い、尼君が開けさせたところ、そのまま車を門内に引き入れた様子です――

 乳母などが、不審に思っていますが、

「『尼君に対面たまはらむ』とて、この近き御庄のあづかりの、名乗りをせさせ給へれば、戸口にゐざり出でたり。雨すこしうちそそぐに、風はいと冷やかに吹き入りて、言ひ知らず薫り来れば、かうなりけり、と、誰も誰も心ときめきしぬべき御けはひをかしければ、用意もなくあやしきに、まだ思ひあへぬ程なれば、心騒ぎて、『いかなることにかあらむ』と言ひ合へり」
――「尼君にお目にかかりたい」と言って、宇治の近くの薫大将の荘園の支配人の名を名乗るので、尼君は戸口にいざり出ます。雨がぱらぱらと降りかかり、風がひんやりと吹きこみ、それと一緒に言いようもなくよい薫りが漂ってきましたので、やはり薫ご自身がお見えになったのだと、誰もが胸をときめかさずにはいられません。そのご様子がいかにも艶めかしいのに、突然のこととて、こちらは何の用意もなくむさくるしい上に、まだ何のためにお出でになったのかもよく分かりませんので、どうお返事申し上げてよいものかと、人々は一層胸騒ぎがして「どういうことなのでしょうか」と言い合っています――

「『心やすき所にて、月ごろ思ひあまることもきこえさせむとてなむ』と言はせ給へり。いかにきこゆべきことにか、と、君は苦しげに思ひて居給へれば、乳母見ぐるしがりて、『しかおはしましたらむを、立ちながらやは返したてまつり給はむ。かの殿こそ、かくなむ、としのびてきこえめ、近き程なれば』といふ」
――「気兼ねのいらない所で、この間から思いあまっていたことを、お話申し上げたいと思いまして」と薫が弁の君を介して浮舟にお言わせになります。何とご挨拶申してよいやらと、浮舟が困っておいでになりますのを、乳母が見るに見かねて『折角こうしてお出でになりましたものを、立ったまま(お請じ入れもせず)お帰し申しあげられましょうか。ご本邸にだけはこれこれと、内々にお知らせ申しましょう。近い所ですから』といいます――

 尼が、

「うひうひしく、などてかさはあらむ。若き御どち物きこえ給はむは、ふとしもしみつくべくもあらぬを、あやしきまで、心のどかにもの深うおはする君なれば、よも人のゆるしなくて、うちとけ給はじ」
――世なれぬこと、どうしてそんな必要がありましょう。お若い同志がお話申されるのは、すぐにそう心に沁みつきそうもありませんものを。薫の君は不思議なほどお気持のゆったりした、分別もおありになるお方でいらっしゃいますから、まさか、お相手の承諾なく不躾に馴れ馴れしいことはなさいますまいに――

 などと、言っておりますうちに雨が次第に降り出して、空がいっそう暗くなってきました。

では3/21に。