永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1083)

2012年03月17日 | Weblog
2012. 3/17     1083

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(54)

「のたまひしまだつとめて、むつまじくおぼす下の侍一人、顔知らぬ牛飼ひつくり出でてつかはす。庄の者どもの田舎びたる召し出でつつ『つけよ』とのたまふ」
――約束された日の未明に、気心の知れた下仕えの侍一人に、顔も知られていない牛飼いの男をつけて、宇治へお遣わしになります。荘園の者達で、田舎風なのを召し出して、「弁の車に付き添わせよ」とお申しつけになりました――

「必ず出づべくのたまへりければ、いとつつましく苦しけれど、うちけそうじつくろひて乗りぬ。野山のけしきを見るにつけても、いにしへよりの故ごとども思ひ出でられて、ながめ暮してなむ来着ける」
――是非京に上るようにと、薫からおっしゃられましたので、弁の君はたいそう極まり悪く気づまりでしたが、化粧をし身繕いをして車に乗りました。道々の野山の景色をながめていますと、昔からの古い出来事があれこれと心に浮かび、物思いにふけりつつ京に着きました――

「いとつれづれに人目も見えぬ所なれば引き入れて『かくなむ参り来つる』と、しるべの男して言はせたれば、初瀬の供にありし若人、出で来ておろす」
――浮舟の侘び住まいは、ひどくひっそりとして人の出入りもないところですので、心安く車を門内に入れて「これこれの次第で参上しました」と案内の男に取り次ぎを頼みますと、初瀬詣での折に供をしていた若い女房が出て来て、尼君を車から降ろします――

「あやしき所にながめ暮しあかあすに、昔語もしつべき人の来たれば、うれしくて呼び入れ給ひて、親ときこえける人の御あたりの人と思ふに、むつまじきなるべし」
――浮舟がこのようなみすぼらしい所にわびしく暮らしております折から、昔語りもすることができる人が訪れましたので、嬉しくて招き入れてお会いになります。弁の君は御父とお思い申した八の宮にお仕えした人だと思いますと、親しい気がするのでしょう――

 尼君が、

「あはれに、人知れず、見たてまつりし後よりは、思ひ出できこえぬ折りなけれど、世の中かばかり思ひ給へ棄てたる身にて、かの宮にだに参り侍らぬを、この大将殿の、あやしきまでのたまはせしかば、思ひ給へおこしてなむ」
――いつぞや、初瀬詣での中宿りの折、人知れずお目にかかりましてからは、思い出さない時とてございませんでしたが、この世を、これほどまで棄ててしまいました身で、今は兵部卿の宮(中の君の二条院)の御殿にさえ参上いたしませんのに、あの薫大将殿がしきりに仰せになりますので、心を引き立てて参りました――

 と、申し上げます。

「君も乳母も、めでたしと見置ききこえてし人の御さまなれば、忘れにさまにのたまふらむもあはれなれど、にはかにかくおぼしたばかるらむ、とは思ひも寄らず」
――浮舟も乳母も素晴らしいとお見上げ申した薫のご様子なので、薫が浮舟をお忘れではない風におっしゃられるのも身に沁みて思いますが、突然このような計画をめぐらされようとは、思いもよらないことでした――

◆(のたまひし)まだつとめて=まだ(いまだ)つとめて(朝)=約束の日の未明に

では3/19に。