永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1079)

2012年03月09日 | Weblog
2012. 3/9     1079

五十帖 【東屋(あづまや)の巻】 その(50)

「うちあばれて、はればれしからで明かし暮らすに、宮の上の御ありさま思ひ出づるに、若い心地に恋しかりけり。あやにくだち給へりし人のけはひも、さすがに思ひ出でられて、何ごとにかあらむ、いと多くあはれげにのたまひしかな、名残りをかしかりし御移り香も、まだ残りたる心地して、恐ろしかりしも思ひ出でらる」
――このような荒れた眺めのなかで、浮舟は気分も晴れ晴れせずに日を送っていますと、宮の御方(中の君)のご様子が思い出されて、若い心に懐かしいのでした。あの無理なお振舞いをなされた方(匂宮)のご様子もさすがに思い出されて、一体あの時匂宮はどういうことだったのかしら、しきりにお言葉を重ねて濃やかにお口説きになったこと、ほのかに残っている素晴らしかった御移り香も、まだこの身にとどまっているような気がして、恐ろしかったことも、あやしげに思い出されるのでした――

「母君、たつやと、いとあはれなる文を書きておこせ給ふ。おろかならず心ぐるしう思ひあつかひ給ふめるに、かひなうもてあつかはれたてまつること、と、うち泣かれて、『いかにつれづれに見ならはぬ心地し給ふらむ。しばし忍びすぐし給へ』とある返りごとに」
――母君からたいそう心を込めたお手紙を書いてお寄こしになります。母上は並み一通りでなく不憫に私をご心配くださるようですのに、私はお世話され甲斐もないことよ、と、つい涙がこぼれますが、文に「どんなにか所在なく、馴染めないお暮しをしていることでしょう。しばらく辛抱してください」とありました。お返事に――

「つれづれは何か。心やすくてなむ。『ひたぶるにうれしからまし世の中にあらぬところと思はましかば』と幼げに言ひたるを見るままに、ほろほろとうち泣きて、かう惑はしはふるるやうにもてなすこと、と、いみじければ、『うき世にはあらぬところをもとめても君がさかりを見るよしもがな』と、なほなほしき事どもを言ひかはしてなむ心述べける」
――つれづれが何でしょう。心安く過ごしております。(歌)「ここが憂き世ならぬ別の所と思えましたら、どれほどか嬉しゅうございましょう」と幼げに詠んであるのを見るにつけても、母君ははらはらと涙を流して、これほどまでに苦労をさせて、身の置きどころもない目に遭わせてしまったことよ、と、たまらなくなって、(歌)「この世ならぬ別の所を探してでも、あなたの盛りの時を見たいものです」と、平凡ながら正直な心を託した歌をやりとりして、思いを述べあうのでした――

◆あやにくだち給へりし人=あやにく・だち・給へるひと=意地の悪い心めいた人(匂宮のこと)

◆かう惑はしはふるるやうにもてなす=かう・惑はし・はふるるやうに・もてなす=このように生きる当てもなく放浪の状態にさせたこと

では3/11に。