永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(838)

2010年10月19日 | Weblog
2010.10/19  838

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(15)

 大君は、

「人の思ふらむ事のつつましきに、とみにもうち臥され給はで、たのもしき人なくて世を過ぐす身の心憂きを、ある人どもも、よからむこと何やかやと、つぎつぎに従ひつつ、言ひ出づめるに、心よりほかの事ありぬべき世なめり、とおぼしめぐらすには」
――侍女たちがどう思うかと憚られて、すぐには眠る事もできずにいらっしゃる。自分には後見人もおらず、この世を生きて行く身の心細さが辛いのを察して、傍にいる侍女たちも懸想文の取り次ぎなどつまらぬことを、あれこれと次から次へと言い出すに違いない。そんなことで男との関係で困ったことがきっと起こるに違いない、と思い巡らしていては――

「この人の御けはひありさまの、うとましくはあるまじく、故宮も、さやうなる心ばへあらば、と、折々のたまひおぼすめりしかど、みづからはなほかくて過ぐしてむ」
――この方(薫)のお感じやご容姿を、決して疎ましいと思うわけではなく、お父上(八の宮)も薫にそのようなお気持があるならば、自分と結婚させてもよかろうと、折々ほのめかしておられましたが、しかし、やはり自分はこのまま独身で過ごそう――

「われよりは、さま容貌もさかりに、あたらしげなる中の宮を、人なみなみに見なしたらむこそうれしからめ、人の上になしてば、心のいたらむ限り思ひ後見てむ、みづからの上のもてなしは、また誰かは見あつかはむ」
――自分よりも、今を盛りのこのままでは惜しい中の宮(中の君)を、世間並みに縁づけて差し上げたなら、それこそ嬉しいことだろう。薫を中の君の夫としたならば、出来る限りお世話をして差し上げよう。自分自身のことについては、また誰かが世話をしてくれるであろうから――

「この人の御様の、なのめにうち紛れたる程ならば、かく見馴れぬる年頃のしるしに、うちゆるぶ心もありぬべきを、はづかしげに見えにくきけしきも、なかなかいみじくつつましきに、わが世はかくて過ぐしはててむ」
――薫のご容姿がいい加減で目立たぬ程度ならば、こうして長年親しんできたということで、気持ちも和らいできたでしょうが、気が引けるほどご立派で、傍に寄りにくいご様子であって、こちらとしては遠慮されるので、自分は一生このままで終えてしまおう――

 と、しみじみ思い続けて、咽び泣きつつ夜を明かそうとなさるのですが、心ぐるしくて、中の君の臥せっておられる奥に行かれて添い寝なさったのでした。中の君は大君が傍に来られたのがうれしくて、御衣を引き着せなさると、

「御移香のまぎるべくもあらず」
――香りが、紛れもなく薫のそれで――

 薫と大君の御仲は、侍女たちが噂をしている通りなのだろうと、たまらなくお気の毒で、まんじりともしないでお声もかけられません。
薫の方は、弁の君をお呼びになって、大君へのご挨拶を生真面目に申し置いて、京へお帰りになりました。

では10/21に。