永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(832)

2010年10月07日 | Weblog
2010.10/7  832

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(9)

 夕暮れになってきましたので、

「仏のおはする中の戸を開けて、みあかしの火けざやかにかかげさせて、すだれに屏風を添へてぞおはする。外にもおほとなぶら参らすれど、『なやましうて無礼なるを、あらはに』などいさめて、かたはら臥し給へり」
――(大君は)仏間との間の戸を開けて、燈明の火をいっそうあざやかにかかげさせ、間仕切りには御簾と屏風を隔てていらっしゃいます。薫のお部屋にも大殿油(おおとなぶら)をご用意させますが、薫は「気分が悪くて失礼な風をしていますのを、それでは明るすぎて…」などとお断りになって、物に寄りかかって横になっていらっしゃいます――

「御くだものなど、わざとはなくしなして参らせ給へり。御供の人々にも、ゆゑゆゑしき肴などして、出させ給へり。廊めいたる方に集まりて、この御前は人げ遠くもてなして、しめじめと物語きこえ給ふ。うちとくべくもあらぬものから、なつかしげに愛敬づきて、物のたまへるさまの、なのめならず心に入りて、思ひ焦らるるもはかなし」
――(大君は、また)くだものなども、特に調えた風にはせずにご用意なさり、お供の人々にもそれぞれに、それ相当の酒肴を出させられます。この人々は廊のあたりに集まっていて、お二人の近くには人が居ないように気をつかっております。お二人はしみじみと物語なさっております。大君は容易に気をお許しになられないものの、なつかしげにものをおっしゃるご様子を、薫はなおのこと気に入られて、恋焦がれるのも、考えれば儚いことです――

「かく程もなき物のへだてばかりを障りどころにて、おぼつかなく思ひつつすぐす心おそさの、あまりをかがましくもあるかな、と思ひ続けらるれど、つれなくて、おほかたの世の中のことども、おはれにもをかしくも、さまざま聞き所多くかたらひきこえ給ふ」
――このようなちょっとした隔て位に妨げられて、いらいらしながら時を過ごす愚直さの、あまりのばかばかしさよ、と薫はやるせない思いでおられますが、表面上は平気を装って、世の中のことや世間話をあわれにも面白くもお話なさっておられるのでした――

「内には、人々近くなどのたまひおきつれど、さしももて離れ給はざらなむ、と思ふべかめれば、いとしもまもりきこえず、さし退きつつ、みな寄りふして、仏の御ともしびもかかぐる人もなし」
――御簾の内側では、大君が侍女たちに、近くに付き添っているようにと言っておかれましたが、侍女たちは大君がそれほど薫をお避けにならないで欲しい、もうそろそろその時期ではないかと思うらしく、大して警戒も申し上げず、皆奥へと退き下がってしまい、仏の御燈明の火を守る人もおりません――

◆ゆゑゆゑしき=故故しき=いわれがありそうな、品格があって重々しい。

◆しめじめと=ひっそりと心沈んださま。しんみり。

◆写真:几帳(きちょう)部屋の間仕切りなどに使用。

では10/9に。