落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

はせがわくんきらいや

2003年11月11日 | book
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小さい頃、ぐりは「泣きみそ」と云われていました。
関西の方言で泣き虫のことで、事実ホントによく泣く子でした。いじめられっ子でもあったし、頑固な割りには弱虫で、都合の悪いことがあるとすぐ泣いて、一旦泣き出すといつまでも泣いている子でした。
三つ子の魂百までと云うけど、今もそう云う傾向はあんまり変わっていません。

ただ、人間にとって涙を流すと云うのは適度なストレス解消にもなるそうで、映画やテレビを見て泣いたり、本を読んで泣いてスッキリするのは精神衛生上良いことなんだそうです。
ぐりは最近だと「ヤンキー母校に帰る」と云うドキュメンタリー番組を観て号泣しちゃいました。このドキュメンタリーは現在連続ドラマにもなってるし、本もたくさん出ているのでご存じの方も多いかと思いますが。

本では、今日本屋さんで見かけた絵本『はせがわくんきらいや』(長谷川集平著)がかなり泣けました。店頭で絵本を読みながら泣く女。ヘンですね。まぁ周りに全然ヒトがいなかったから良いけど。
実はぐりは結構絵本売り場で泣いてます。絵本は泣けますぜ。お金があったら買って帰って家で泣くけど、泣ける絵本をいちいち買ってたら破産する。

『はせがわくんきらいや』は昭和50年に発行されその後絶版になりましたが、インターネットの復刊ドットコムでのリクエストにより今年再版された絵本です。
小学校3、4年生くらいの子どもたちが、同級生の「長谷川くん」をくちぐちに「きらいや」と評する。なぜなら長谷川くんは虚弱体質で、みんなの遊びにうまくついて来れないし、すぐ泣くし、そんな長谷川くんとつきあっていると「疲れる」から。
みんなはそんな長谷川くんをおぶって山に登り、ごはんをいっぱい食べて元気になろう、もっと速く走れるようになろう、泣かないで、笑って、と呼びかける。

この本を描いた長谷川集平さんはぐりの故郷にも近い兵庫県姫路市出身で、描いた当時20歳。
この絵本は、長谷川さんが生まれた昭和30年に発生した「森永ヒ素ミルク事件」が背景になっています。この事件は徳島で生産された森永のドライミルクにヒ素が混入し、それを飲んだ西日本の乳児約130人が亡くなり、推定2万人が深刻な健康被害を受けた食品公害事件です。長谷川さんもこのミルクを飲んだそうです。
絵本の主人公「長谷川くん」はこのミルクを飲んで障害児になったと作中で説明されています。

この絵本は絵と文章が同じ毛筆・墨汁の手描きで、構図と云いタッチと云いかなり大胆と云うかアバンギャルドな作風です。と云ってもオシャレでも装飾的でもなくて、一見子どもの絵のような素朴でユーモラスな絵です。モノトーンで、気取ったところが全然無くて、読み手の心に突き刺さるほど力強いのに、どこかしなやかで情緒的。
その画風と、いささか乱暴にも聞こえる播州弁(姫路近辺の方言)の文章がよくマッチしています。
物語では、強さとは弱さや厳しさを受け入れ、認め、対等に向き合う優しさである筈だと云うメッセージが、暗く重い事件を子どもの情け容赦無いほど率直な語彙で語ることによって、すっきりと描かれています。
そこには、‘優しさ’を曖昧さや同情や偽善と混同しがちな人間にとってはショッキングなくらい鮮やかな‘怒り’が、さりげなく、しかも決然と掲げられています。

ぐりはこの絵本を今日初めて知りましたが、なぜこの本が何度も絶版になったのか、そして絶版になっても、読みたいと云う声が絶えないのかはとてもよく分かる気がします。
大人はついこう云う暗さや重さから目を背けがちだけど、背けてばかりもいられない、そんな日本の現実をそこに感じるような気がします。

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