落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

この世の果て

2006年07月21日 | book
『中国の血』ピエール・アスキ著 山本知子訳
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1990年代、貧しい農村地帯で大々的に展開された売血事業が原因で爆発的に感染が広がった、中国のエイズスキャンダルを克明にリサーチした実に衝撃的なルポルタージュ。
ある調査では、中国全土には現時点で100万〜150万人のHIV感染者が存在するという(非公式発表)。これが2010年には10倍になると予想されている。凄まじい数字である。中国の人口は現在13億人だから、100人にひとりはキャリアという計算になるのだ。
エイズは今日でも、享楽的な性生活を送る一部の特殊な人たちの病気という誤解が中国だけでなく世界中で一般的だ。だが決してそうではない。初めての恋人からエイズをうつされて亡くなった人をぐりは知っている。血液製剤で感染した人もいる。中国の感染者の大半はろくな衛生管理もされない売血事業によって感染した。同性愛者の感染者は全体の1割程度である。その反面、中国国内で売春している女性はかなりの割合でこのウィルスに感染している。中国人にセイファーセックスの意識が浸透していないからだ。また、地方ではコンドームそのものが普及していない。

売血事業が非合法化された現在、最も必要なのは的確な治療と正しい情報の共有である。
売血で感染した農民の多くは夫婦両方が感染している。感染後に生まれた子どもに母子感染しているケースも多い。しかも、感染者のほとんどがまともな治療を受けていない。
エイズは正しく処方された薬を毎日きちんと飲めば発症を遅らせることができる。もう「死の病」ではない。それなのに、貧しい農民には薬も、それに関する知識も行き渡っていない。感染したばかりにもっと貧しくなり、まったくいっさいの治療を受けられず、なすすべもなく死んでいく人も大勢いる。
こうした感染者救済の遅れは、エイズに関する正しい知識がまるで浸透していない現実に大きな原因があるのではないかと思う。
HIVは体液感染するウィルスだが、非常に感染力は弱い。ごく乱暴にいえば、ナマでセックスしさえしなければうつらない。キスしてもいっしょにおフロに入ってもうつらない。だから、感染者の出た村の女の子が結婚できないとか、出身者がよそへ出稼ぎに行けないとか、生産された野菜が売れないとか、感染者遺児の孤児院が閉鎖させられたりするのは完全な誤解による差別でしかない。そうした差別の中で感染者は孤立し、もっと貧しくなる。
逆にいえば、HIVはナマでセックスすればそれなりの確率で伝染するウィルスでもある。たとえば別々に感染したキャリア同士がナマでセックスすると、それぞれ別の型のウィルスに再感染し、ウィルスの活動が活発になり、より発症しやすくなったり、症状が激化する恐れがある。また、貧しい農民たちは一度処方された薬が足りなかったり、あるいは副作用が厳しすぎて服用をやめたりしているため、体内でウィルスに耐性がついてしまっている。服用を続けなくてはならないことを誰もちゃんと教えてくれないからだ。感染しただけでも不運なのに、無知と貧困がさらにその不運に拍車をかけている。大体、彼らは自分たちの病がなんであるかもろくに知らないのだ。

中国政府はちゃんとエイズに関する啓蒙活動をやってますよという人もいるだろう。
しかし実際には、有名俳優が出演しているTVCMは“エイズ村”ではみられない。ほとんどの家にTVがないからだ。また、沿岸地区の売春窟での調査では、コンドームをつける客は全体の2割に満たない。コンドームをつけない客のうちのどのくらいが地方から来た出稼ぎ労働者なのかはわからない。家族を養うため、子どもを学校に行かせるため、お嫁さんをもらうためにはるばる働きにきた貧しいおとうさんや若者たちが、エイズについての知識や、これからセックスする相手のうちのどのくらいがキャリアなのか、ちゃんとした情報を持っている可能性はかなり低いだろう。そういう労働者たちが売春宿で感染し、知らずに帰郷して恋人や配偶者に感染させてしまう。こうして静かに中国全土にエイズは広がっていき、そして売血によって爆発したのだ。
この本では、主に数万数十万の犠牲者を出した売血事業の責任の所在を激しく糾弾しているが、現実にはそれは既に問題ではないと思う。状況はそれよりもっともっと先に進行している。これからの感染の広がりをいかに防ぐか、そして感染者の把握と患者の治療と救済が最大の課題であるはずだ。世界中の保健機関やNGOが中国の感染者たちに救いの手を差し伸べようとしている。国内にも勇敢な活動家や研究者はいる。中国政府は国際社会への“先進国デビュー”のためにも、彼らに率直に門戸を開かなくてはならない。
中国には自由がない、人権がない、あそこの官僚システムは腐ってる、といって誹謗するのは容易い。でも、腐敗には腐敗なりの対処というものがあってもいいと思う。いちばん大事なのは、これ以上感染者を増やさないこととひとりでも多くの感染者の命を救うことなのだ。

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