主に「平均律クラヴィーア」第1巻に寄せる一連
ステップのきっちり切れた階段を降りていくいや、手摺りはいらない
自らの靴が奏でる響きのみ導きとして足を踏み出す
マフラーを外した首は頼りなく部品ひとつひとつが冷たい
下る 曲がる 停まる 折れる 瞬々のきらめきごとに歩むしかない
閃きが見えるのならば いや 皮膚が震えを掴んでいるのか
漆黒に塗られた壁と天井と階とわたしの眼球の裏
窓はある(気配で分かる)月もある(匂いで解る)無いものはない
石でなく木でなく草でなくスニーカーが朗々と鳴る材質は何だ
隙間から塵が蠢くどうやら向こうの方が明るいらしい
eveという2番目の名を胸に抱き最下層への最初の一歩
大気の断層過ぎりこの先は呼気が物質化する世界
西風が暖かいとは限らない雨が粘土壁に突き刺さる
黒毛の鹿が深雪の笹藪に(押し入るってことはこういうことだ)
自我のある大根の葉が土道を照らして沼の向こうへ続く
端の石くれ―もちろん黒い―を投げ入れる律動正しく飲まれるは影
鴨がいる首光らせて(デコイなら納得も行くだろうに)四羽
鴨が産むドップラー効果さざ波が(波か?)そのまま固着される
四つ這いになればなかなか沈まんさ左の掌をそよろりと置く
(掌=しょう)
中央に腹這うすでに沼面は私の背のレヴェルで凪ぎわたる
びっしりと巻かれた糸が指先からほどけてゆく…指、熱い
あるいは眼あるいは背鰭幾千のおそらく敵意を含む蒼銀
弾のような魚に総身を啄まれ体液の代わりに沼水が入る
最終の明滅も消え沼岸に放り出されたまま濡れねずみ
肺内にFog(or Mist)浸みわたり横隔膜の疲労する宵
背後から世界は揺らぎ立ちあがる振り向けば森また向けば道
土道のそこここに木の根が膨れ傷はそちらへ誘うように
明滅は無軌道 枝垂桃の珠の周囲一際闇深くあり
逆手に掌を組んで左の薬指動かせるほどには明るいが
死にかけの雛鳴きそぼる朽ち裂けの大樹の洞に一夜を憩う
洞中に震えも止まず凝り居るカフカの闇を両掌に汲む
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