001:春
今年は、霜柱が多くて嬉しいね。
日陰みち杉木を蹴れば足裏よりぽかりと剥がれおちし春泥
(足裏=あうら)
002:暇
石で小川を堰き止めて、「あ、堤防けっかーい!」とかやってた。
足首を避けて流るる落ち葉あり 神、暇なゆえ人をつくれり
003:公園
いつ行っても、芝生にモグラの掘り痕がある。
長椅子にテルモスからの湯気を嗅ぐ里山公園午前九時半
004:疑
たまには、直角に曲がってみたらどうだ。
長時間露光写真の星をみるその光跡に疑いなきや
005:乗
赤ちゃんって、いつもガニ股で疲れないのかな。
両の掌をいっぱいに突き幼な子は言葉もらさず踏み台に乗る
006:サイン
マンションの前で、傘をすっ飛ばされたことが3回。
高壁に巻く風ありて雨白しネオンサインに届くまで降れ
007:決
てゆーか速すぎるよね、実際。
街路樹の根に決められた事のごとヒメツルソバの溢るる速さ
008:南北
北極星が変わったら、北極星だった星はどうなるんだろう?
どんぶりと夜空は海に落ちゆきて南北軸にまわりし一日
(一日=ひとひ)
009:菜
よく突き指する野球部の級友は、箸の持ち方がヘンだった。
太茎の空心菜をつまむべく箸を動かすいっぽんの指
010:かけら
常夜灯の光って、どうしてあんなに白いんだろう。
夜十時バスはときどき人を吐く春一番のかけらのごとく
011:青
そう言えばここ二〇年ばかり、下車してないな。
異境、いや魔境と言えどここだけは青きプレート[秋葉原]駅
012:穏
昼ビールって、けっこう効きます。自宅だと特に。
窓の外くろぐろと蒼 穏やかな午睡より覚む強き風の日
013:元気
ときどき「やだ」って言いたくなる。
「大丈夫?元気出しなよ」叩きくる箇所は誰でもいつも右肩
014:接
一人にしてくれ。
争いの終わりて帰る道なれば接尾語のごと月は従う
015:ガール
恥ずかしさに消えたくなるときって、最近無いな。
ガールイズクレイジーおまえにさらけだすその薄笑みを恥とこそ知れ
016:館
鵠沼界隈は、お屋敷町だから。
たしかここに館と呼べる家ありて電信柱の傷確かむる
017:最近
うちの市では、粗大ゴミ処分料五百円。
主なき部屋より運び出されいる最近買ったであろう鏡台
018:京
『平安京エイリアン』って覚えてます?
風止まり襟をはだける危うさよ平安京はテロ多き京
019:押
光が見える。不思議。
雲からの光の束を押すごとく手をかざす子よ あなたのむすめ
020:まぐれ
女子は複数になると、笑ってから話す。
うすわらいする女学生飛ぶ鳥に小石まぐれで当てたるごとく
021:狐
夏の野良狐って、そんなにかわいいもんじゃない。
動くなよ狐うごくな貧相な尾を垂らしいる夏北きつね
022:カレンダー
一年十二首。優雅な歌作り。
カレンダー五段七行一文字を一日に埋め歌ひとつ成る
(一日=ひとひ)(埋め=うずめ)
023:魂
雨一粒に何個の生命が。
雨帰り布持てぬぐう 魂を一億二億踏みつけし足
024:相撲
小さい方が勝つ、気がする。
のったりと雲の相撲を眺めいる草に背中の汗吸わせつつ
025:環
「袋小路」って、絶滅危惧されてないか?
土枯れし桜はなびら環を描き袋小路の風に舞うのみ
026:丸
都会ほど空き地が目につく。
みぞれ降る街の空地の窪みには丸く動かぬ黒猫ひとつ
027:そわそわ
柳って、ときどき散髪しないといけないんだとか。
なまぬるき春三番を受け流しそわそわ揺るる裸柳は
028:陰
小学校高学年の手足は、妬ましい。
ほそながく広がる四肢は噴水の幾重の檻の陰にゆがめり
029:利用
ここに来るまでに、どんな目にあったのか。
耳撫でる力もぬるき夕刻の利用されつくしし末の風
030:秤
体重計には表情があった。
そそくさと去る者ありてみぎひだり秤の針は揺れ続けおり
031:SF
炬燵に入りながら電子頭脳を使う日が来るとは。
なつかしき未来を孕み踞る少しゆがみしSF雑誌
(踞る=うずくまる)
032:苦
叩くと、少し落ち着くんです。
心臓をなぐりつづける 我が脳髄治むる薬無きことの苦に
033:みかん
アメリカでは、TV orange。
二宮の里の蜜柑は皮離れ良きみかんにて爪染まりおり
034:孫
4日間白菜料理が続く。
孫をもつあてのなき手よ大きなる白菜縦に包丁入れる
035:金
川風は、ときどき冷たい塊が来る。
午後四時の欄干に肘あずければ地金あらわに陽に光りおり
036:正義
無言。
小さき目に写る正義は風すさぶホームの缶を拾う白き手
037:奥
上流はコンクリート、下流は堰。
水流が命をながす絶景と呼ばれ寸断されし奥入瀬
038:空耳
そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット(寺山修司)から盗作。
幾億のカスタネットの藍と紅うすき朝に空耳の見ゆ
(紅=べに)(朝=あした)
039:怠
最近、ネジ式の機械を見ない。
その中のあたたかさゆえオルゴール怠けるごとく弛みゆき、暗
040:レンズ
誰かは知らねサラアなる、 女(ひと)のおもひをうつしたる。(宮沢賢治)
サラアはサラリーの意か。
海辺走るはサラアのひとか独峰にのたれるごとくレンズ雲浮く
041:鉛
皮は剥かなくても可。
縁石に掛けて鉛の葡萄噛む三度四度と噛み潰すのみ
042:学者
真鶴半島は《緑のクジラ》と呼ばれている。
真鶴の魚付林の縁に立つ老樹学者は帽子押さえつ
(縁=へり)
043:剥
四十肩のたぐいであってほしい。
四、五日の背なの痛みも無きものと剥き身浅蜊の汁ぶっかける
044:ペット
めざめたらまっくら。
午前二時ペットのごとく我にまた爪たてるもの(死ぬまでひとり)
045:群
赤い蟻のほうが、よく働く。
亡蝉に小さき蟻の群がりて分解しゆく様を見ていつ
046:じゃんけん
山木蓮うたい出せその手をうえに結んだら春ひらいたら風(おとくにすぎな)
じゃんけんの相手は誰ぞ天空に向かいて辛夷いっせいに咲く
(誰=たれ)
047:蒸
私に姉妹はいない。
中骨にわずかににじむ血の色よ蒸甘鯛の身は姉に似て
048:来世
斎藤茂吉に「黒貝のむきみの上にしたたれる檸檬の汁は古詩にか似たる」という美味しそうな歌がある。
ひとつひとつは来世に似たり白めきて湯にほどけゆく鮭のはららご
049:袋
ナイロン製のエコバッグは、手触りが嫌いだ。
みどりなす袋より出る長葱の頭をよぎり飛ぶつばくらめ
050:虹
鴨は、どこに避難していたのだろう。
雷止みて蛟は虹に変わりゆくゆるゆると立つ河原の葦
(雷=らい)(蛟=みずち)
051:番号
先端の方が、細い。
電柱はすこし傾く幾重にも番号を身に括りつけられ
052:婆
イチョウの木には雄雌があるそうな。
山ぎわの参拝道の銀杏木は未だ老婆とならず実は散る
053:ぽかん
大島が見える。
まなざしはぽかんと空に吸いこまれ何するとなく相模湾かな
054:戯
実は、まだ使ったことがない。
戯れに繰るTwitter顔の無き励ましが背に降りつもりゆく
055:アメリカ
けっこう美味いそうな。
黄金も錆びると言えどアメリカの西海岸に付く牡蠣の身は
056:枯
砕けはしない。
道の辺に吹きだまる枯れ花びらはガサとも言わず指よりこぼる
057:台所
週一回、『とれたてセール』がある。
壁ひとつ隔てて並ぶ台所夕焼けのなか魚一尾寝る
058:脳
ちょうど、真ん中あたりで作っている感触がある。
春がすみ右脳左脳の間にあると言われしものが歌をつくりき
059:病
長い付き合いになるだろう。
あいさつの舌が動かぬ時もある病はもはや我の脊髄
060:漫画
白菅の真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原(万葉集 黒人の妻)
榛の木の枝の茂りにかぶされし先月号の少女漫画誌
(榛の木=はんのき)
061:奴
壁は白壁、天井は石膏、床はリノリウム。
海沿いの公民館の天井に浮く奴凧 紅は黒ずむ
062:ネクタイ
ハーフウィンザーノットを忘れかけている。
胸と胸しずかに離れストライプネクタイ右になびく橋上
063:仏
幼稚園は仏教系だったので、毎年花祭りがあった。
春のその甘茶の味も知らぬげに土産屋にある盧舎那仏かな
064:ふたご
成長しきるまでの緑のネットは無粋だ。
隣りあうゴーヤの苗のつる草はふたごの髪のようにずれゆく
065:骨
ちょうど鹿の首の高さに、杉の木皮が喰い剥がされている。
丹沢の牡鹿骸はゆきしろに骨見ゆるまで洗われており
066:雛
心霊写真は、三つの点が三角形を描いていれば成立する。
固茹でのたまごに四すじ線を描き雛あそびせん はな祭りせん
067:匿名
携帯メールは、未だに指が攣りそうになる。
うばたまの匿影匿名匿笑顔ゆび一本で繰る片恋は
068:怒
鏡のような海面を、見たことがありますか?
月の浮く相模の海の七月は怒りのごとく凪ぎわたりおり
069:島
詩人John Donne (1572-1631)『死にのぞんでの祈り』
鏡張りビルの中より眺めいる 人は島嶼にあらざるものか
070:白衣
「月夜になると音もなく移動する(ウソ)」
『晴れた日は巨大仏を見に』宮田珠己(白水社)
山上の高崎白衣観音の楚々と歩むがごとき裳裾は
071:褪
ホワイトウォーターは空気を多く含むため、浮力は静水より低い。
よって、落水時の危険性も比例する。
ゆくほどに滾りの白は静まりてようよう揺れの褪せる渓谷
(滾り=たぎり)
072:コップ
なぜ、大きさも中途半端なのだろう。
薄白く埃被りし茄子色の縁のコップはもう我を見ず
073:弁
南太平洋のとある島でも、『BENTOO』で通じるという。
〈弁当〉がグローバル語であることの理由を示す史書ひもときし
074:あとがき
紙は膨らみ、元に戻らない。
公園に日照雨は振りてあとがきの長き歌集を胸に抱える
075:微
クオーツは、時に神経に障る。
死にかけて微かに震う秒針の〈5〉を越えることなきを見つめる
076:スーパー
ブルース・リー主演『燃えよドラゴン』には、致命的な誤訳がある。
気付くのも四度目なりき活劇のスーパーインポーズのこの誤訳
077:対
未だに、親指が攣りそうになる。
掌のなかに対話の新しさたとえば音に出来ぬ気持ちの
078:指紋
もう小学四年生だそうだ。
庭の辺の椅子に彼の日のしいちゃんの指紋のごとき蝸牛ゆく
079:第
作った日。
物語 千夜一夜の第四夜 六月十三日 日曜日
080:夜
「私は夜が好きですわ。太陽は、時に貧乏人にそっぽを向きますものね」
(『エリア88』新谷かおる)
薄笑みで陽を購いし者たちのために今夜も黒ずめよ空
(購い=あがない)
081:シェフ
時に、だるまさんがころんだをしている心地になる。
向日葵が窓から覗く晩餐のすすみ具合を見るシェフのごと
082:弾
今日は、いつもの猫も通らない。
立冬に掃き残したる庭なれば弾まざるなり椿の花は
083:孤独
今年は日照量がすくない。
艶めくというは孤独な動詞にてゴーヤの蔓に遮られし陽
084:千
友人の転職祝いに、初めて生命保険に加入した。
千回の死を 万回の傷を賭け今日引きおとされし保険料
085:訛
僕は、横浜弁と伊豆弁のミックスらしい。
言ったじゃんよ ふつう、分かるべ?口論の端に宿りし訛は我が血
086:水たまり
キリンの首は凶器。獅子さえも倒すという。
麒の檻の中にたゆたう水たまり其も治外法権なるか
087:麗
川底に耳を押し当てると、カラコロという音が聞こえる。
光とは麗らかな檻 水流に晒せし傷をオイカワは突く
088:マニキュア
ただ一度だけ、マニキュアをせざるをえなかった時がある。
マニキュアは徐々に剥がれるものでなく朝、青痣を髪に隠せり
089:泡
カヤック=袋状になった、デッキのある小舟。ダブルパドルで漕ぐ。
シングルパドルで漕ぐ、デッキのないものは『カヌー』。
カヤックは河童ヶ瀞をすべりゆく水泡どこまで我に纏うや
090:恐怖
ズブロッカを、二年間放り込んだままだった。
酒瓶は製氷庫の中とろみゆく(恐怖ならもう、わたしの産毛)
091:旅
あの花の蘂は、弾丸に似ている。
意に染まぬ旅もあるらん花散らし只直ぐに立つナガミヒナゲシ
092:烈
平成二二年三月三十日、歌人竹山広逝去。享年九十。合掌。
眠るべき夜をふかぶかと眠るべく 烈 この語こそ静かに響け
093:全部
「真実を語れ、か。どの、真実をだね?」
(風の谷のナウシカ 最終巻)
全部取つてぜんぶぜんぶと振る手さて、どこの全部をとつてやらうか
094:底
改めてみると、麦の穂とは虫の腹のような形をしている。
緑みどり緑ばかりの里谷の底 立ち枯れる麦のゆたけさ
(里谷=さとやと)
095:黒
広告看板でも出してみろ、と言いたくなる。
花は減りみどりいよいよ黒くなる梅雨の最中の谷寒ざむし
(谷=やと)
096:交差
午前中からビールを飲むと、人間を外れているようでなかなか良い。
常識と見栄が交差す俺はただのんべんと生きたいだけなのに
097:換
人間ドックで、胆嚢に砂らしき物が見える、と言われた。
メドゥーサの髪は紫 口づけと引き換えに得しこの結石化
098:腕
父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色の獅子とうつれよ
佐々木幸綱
抱かれし金色の腕の面影もおぼろとなるや 我四十三
(金色=こんじき)
099:イコール
調べてみると、ブルマの歴史もなかなか壮絶なものがある。
同型の紅白帽をイコールでむすべよ〈前に、 習え〉
100:福
二十年前の台湾にて。
軒先の逆さの〈福〉は陽に映えて色とりどりの鳴り物かなし
今年は、霜柱が多くて嬉しいね。
日陰みち杉木を蹴れば足裏よりぽかりと剥がれおちし春泥
(足裏=あうら)
002:暇
石で小川を堰き止めて、「あ、堤防けっかーい!」とかやってた。
足首を避けて流るる落ち葉あり 神、暇なゆえ人をつくれり
003:公園
いつ行っても、芝生にモグラの掘り痕がある。
長椅子にテルモスからの湯気を嗅ぐ里山公園午前九時半
004:疑
たまには、直角に曲がってみたらどうだ。
長時間露光写真の星をみるその光跡に疑いなきや
005:乗
赤ちゃんって、いつもガニ股で疲れないのかな。
両の掌をいっぱいに突き幼な子は言葉もらさず踏み台に乗る
006:サイン
マンションの前で、傘をすっ飛ばされたことが3回。
高壁に巻く風ありて雨白しネオンサインに届くまで降れ
007:決
てゆーか速すぎるよね、実際。
街路樹の根に決められた事のごとヒメツルソバの溢るる速さ
008:南北
北極星が変わったら、北極星だった星はどうなるんだろう?
どんぶりと夜空は海に落ちゆきて南北軸にまわりし一日
(一日=ひとひ)
009:菜
よく突き指する野球部の級友は、箸の持ち方がヘンだった。
太茎の空心菜をつまむべく箸を動かすいっぽんの指
010:かけら
常夜灯の光って、どうしてあんなに白いんだろう。
夜十時バスはときどき人を吐く春一番のかけらのごとく
011:青
そう言えばここ二〇年ばかり、下車してないな。
異境、いや魔境と言えどここだけは青きプレート[秋葉原]駅
012:穏
昼ビールって、けっこう効きます。自宅だと特に。
窓の外くろぐろと蒼 穏やかな午睡より覚む強き風の日
013:元気
ときどき「やだ」って言いたくなる。
「大丈夫?元気出しなよ」叩きくる箇所は誰でもいつも右肩
014:接
一人にしてくれ。
争いの終わりて帰る道なれば接尾語のごと月は従う
015:ガール
恥ずかしさに消えたくなるときって、最近無いな。
ガールイズクレイジーおまえにさらけだすその薄笑みを恥とこそ知れ
016:館
鵠沼界隈は、お屋敷町だから。
たしかここに館と呼べる家ありて電信柱の傷確かむる
017:最近
うちの市では、粗大ゴミ処分料五百円。
主なき部屋より運び出されいる最近買ったであろう鏡台
018:京
『平安京エイリアン』って覚えてます?
風止まり襟をはだける危うさよ平安京はテロ多き京
019:押
光が見える。不思議。
雲からの光の束を押すごとく手をかざす子よ あなたのむすめ
020:まぐれ
女子は複数になると、笑ってから話す。
うすわらいする女学生飛ぶ鳥に小石まぐれで当てたるごとく
021:狐
夏の野良狐って、そんなにかわいいもんじゃない。
動くなよ狐うごくな貧相な尾を垂らしいる夏北きつね
022:カレンダー
一年十二首。優雅な歌作り。
カレンダー五段七行一文字を一日に埋め歌ひとつ成る
(一日=ひとひ)(埋め=うずめ)
023:魂
雨一粒に何個の生命が。
雨帰り布持てぬぐう 魂を一億二億踏みつけし足
024:相撲
小さい方が勝つ、気がする。
のったりと雲の相撲を眺めいる草に背中の汗吸わせつつ
025:環
「袋小路」って、絶滅危惧されてないか?
土枯れし桜はなびら環を描き袋小路の風に舞うのみ
026:丸
都会ほど空き地が目につく。
みぞれ降る街の空地の窪みには丸く動かぬ黒猫ひとつ
027:そわそわ
柳って、ときどき散髪しないといけないんだとか。
なまぬるき春三番を受け流しそわそわ揺るる裸柳は
028:陰
小学校高学年の手足は、妬ましい。
ほそながく広がる四肢は噴水の幾重の檻の陰にゆがめり
029:利用
ここに来るまでに、どんな目にあったのか。
耳撫でる力もぬるき夕刻の利用されつくしし末の風
030:秤
体重計には表情があった。
そそくさと去る者ありてみぎひだり秤の針は揺れ続けおり
031:SF
炬燵に入りながら電子頭脳を使う日が来るとは。
なつかしき未来を孕み踞る少しゆがみしSF雑誌
(踞る=うずくまる)
032:苦
叩くと、少し落ち着くんです。
心臓をなぐりつづける 我が脳髄治むる薬無きことの苦に
033:みかん
アメリカでは、TV orange。
二宮の里の蜜柑は皮離れ良きみかんにて爪染まりおり
034:孫
4日間白菜料理が続く。
孫をもつあてのなき手よ大きなる白菜縦に包丁入れる
035:金
川風は、ときどき冷たい塊が来る。
午後四時の欄干に肘あずければ地金あらわに陽に光りおり
036:正義
無言。
小さき目に写る正義は風すさぶホームの缶を拾う白き手
037:奥
上流はコンクリート、下流は堰。
水流が命をながす絶景と呼ばれ寸断されし奥入瀬
038:空耳
そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット(寺山修司)から盗作。
幾億のカスタネットの藍と紅うすき朝に空耳の見ゆ
(紅=べに)(朝=あした)
039:怠
最近、ネジ式の機械を見ない。
その中のあたたかさゆえオルゴール怠けるごとく弛みゆき、暗
040:レンズ
誰かは知らねサラアなる、 女(ひと)のおもひをうつしたる。(宮沢賢治)
サラアはサラリーの意か。
海辺走るはサラアのひとか独峰にのたれるごとくレンズ雲浮く
041:鉛
皮は剥かなくても可。
縁石に掛けて鉛の葡萄噛む三度四度と噛み潰すのみ
042:学者
真鶴半島は《緑のクジラ》と呼ばれている。
真鶴の魚付林の縁に立つ老樹学者は帽子押さえつ
(縁=へり)
043:剥
四十肩のたぐいであってほしい。
四、五日の背なの痛みも無きものと剥き身浅蜊の汁ぶっかける
044:ペット
めざめたらまっくら。
午前二時ペットのごとく我にまた爪たてるもの(死ぬまでひとり)
045:群
赤い蟻のほうが、よく働く。
亡蝉に小さき蟻の群がりて分解しゆく様を見ていつ
046:じゃんけん
山木蓮うたい出せその手をうえに結んだら春ひらいたら風(おとくにすぎな)
じゃんけんの相手は誰ぞ天空に向かいて辛夷いっせいに咲く
(誰=たれ)
047:蒸
私に姉妹はいない。
中骨にわずかににじむ血の色よ蒸甘鯛の身は姉に似て
048:来世
斎藤茂吉に「黒貝のむきみの上にしたたれる檸檬の汁は古詩にか似たる」という美味しそうな歌がある。
ひとつひとつは来世に似たり白めきて湯にほどけゆく鮭のはららご
049:袋
ナイロン製のエコバッグは、手触りが嫌いだ。
みどりなす袋より出る長葱の頭をよぎり飛ぶつばくらめ
050:虹
鴨は、どこに避難していたのだろう。
雷止みて蛟は虹に変わりゆくゆるゆると立つ河原の葦
(雷=らい)(蛟=みずち)
051:番号
先端の方が、細い。
電柱はすこし傾く幾重にも番号を身に括りつけられ
052:婆
イチョウの木には雄雌があるそうな。
山ぎわの参拝道の銀杏木は未だ老婆とならず実は散る
053:ぽかん
大島が見える。
まなざしはぽかんと空に吸いこまれ何するとなく相模湾かな
054:戯
実は、まだ使ったことがない。
戯れに繰るTwitter顔の無き励ましが背に降りつもりゆく
055:アメリカ
けっこう美味いそうな。
黄金も錆びると言えどアメリカの西海岸に付く牡蠣の身は
056:枯
砕けはしない。
道の辺に吹きだまる枯れ花びらはガサとも言わず指よりこぼる
057:台所
週一回、『とれたてセール』がある。
壁ひとつ隔てて並ぶ台所夕焼けのなか魚一尾寝る
058:脳
ちょうど、真ん中あたりで作っている感触がある。
春がすみ右脳左脳の間にあると言われしものが歌をつくりき
059:病
長い付き合いになるだろう。
あいさつの舌が動かぬ時もある病はもはや我の脊髄
060:漫画
白菅の真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原(万葉集 黒人の妻)
榛の木の枝の茂りにかぶされし先月号の少女漫画誌
(榛の木=はんのき)
061:奴
壁は白壁、天井は石膏、床はリノリウム。
海沿いの公民館の天井に浮く奴凧 紅は黒ずむ
062:ネクタイ
ハーフウィンザーノットを忘れかけている。
胸と胸しずかに離れストライプネクタイ右になびく橋上
063:仏
幼稚園は仏教系だったので、毎年花祭りがあった。
春のその甘茶の味も知らぬげに土産屋にある盧舎那仏かな
064:ふたご
成長しきるまでの緑のネットは無粋だ。
隣りあうゴーヤの苗のつる草はふたごの髪のようにずれゆく
065:骨
ちょうど鹿の首の高さに、杉の木皮が喰い剥がされている。
丹沢の牡鹿骸はゆきしろに骨見ゆるまで洗われており
066:雛
心霊写真は、三つの点が三角形を描いていれば成立する。
固茹でのたまごに四すじ線を描き雛あそびせん はな祭りせん
067:匿名
携帯メールは、未だに指が攣りそうになる。
うばたまの匿影匿名匿笑顔ゆび一本で繰る片恋は
068:怒
鏡のような海面を、見たことがありますか?
月の浮く相模の海の七月は怒りのごとく凪ぎわたりおり
069:島
詩人John Donne (1572-1631)『死にのぞんでの祈り』
鏡張りビルの中より眺めいる 人は島嶼にあらざるものか
070:白衣
「月夜になると音もなく移動する(ウソ)」
『晴れた日は巨大仏を見に』宮田珠己(白水社)
山上の高崎白衣観音の楚々と歩むがごとき裳裾は
071:褪
ホワイトウォーターは空気を多く含むため、浮力は静水より低い。
よって、落水時の危険性も比例する。
ゆくほどに滾りの白は静まりてようよう揺れの褪せる渓谷
(滾り=たぎり)
072:コップ
なぜ、大きさも中途半端なのだろう。
薄白く埃被りし茄子色の縁のコップはもう我を見ず
073:弁
南太平洋のとある島でも、『BENTOO』で通じるという。
〈弁当〉がグローバル語であることの理由を示す史書ひもときし
074:あとがき
紙は膨らみ、元に戻らない。
公園に日照雨は振りてあとがきの長き歌集を胸に抱える
075:微
クオーツは、時に神経に障る。
死にかけて微かに震う秒針の〈5〉を越えることなきを見つめる
076:スーパー
ブルース・リー主演『燃えよドラゴン』には、致命的な誤訳がある。
気付くのも四度目なりき活劇のスーパーインポーズのこの誤訳
077:対
未だに、親指が攣りそうになる。
掌のなかに対話の新しさたとえば音に出来ぬ気持ちの
078:指紋
もう小学四年生だそうだ。
庭の辺の椅子に彼の日のしいちゃんの指紋のごとき蝸牛ゆく
079:第
作った日。
物語 千夜一夜の第四夜 六月十三日 日曜日
080:夜
「私は夜が好きですわ。太陽は、時に貧乏人にそっぽを向きますものね」
(『エリア88』新谷かおる)
薄笑みで陽を購いし者たちのために今夜も黒ずめよ空
(購い=あがない)
081:シェフ
時に、だるまさんがころんだをしている心地になる。
向日葵が窓から覗く晩餐のすすみ具合を見るシェフのごと
082:弾
今日は、いつもの猫も通らない。
立冬に掃き残したる庭なれば弾まざるなり椿の花は
083:孤独
今年は日照量がすくない。
艶めくというは孤独な動詞にてゴーヤの蔓に遮られし陽
084:千
友人の転職祝いに、初めて生命保険に加入した。
千回の死を 万回の傷を賭け今日引きおとされし保険料
085:訛
僕は、横浜弁と伊豆弁のミックスらしい。
言ったじゃんよ ふつう、分かるべ?口論の端に宿りし訛は我が血
086:水たまり
キリンの首は凶器。獅子さえも倒すという。
麒の檻の中にたゆたう水たまり其も治外法権なるか
087:麗
川底に耳を押し当てると、カラコロという音が聞こえる。
光とは麗らかな檻 水流に晒せし傷をオイカワは突く
088:マニキュア
ただ一度だけ、マニキュアをせざるをえなかった時がある。
マニキュアは徐々に剥がれるものでなく朝、青痣を髪に隠せり
089:泡
カヤック=袋状になった、デッキのある小舟。ダブルパドルで漕ぐ。
シングルパドルで漕ぐ、デッキのないものは『カヌー』。
カヤックは河童ヶ瀞をすべりゆく水泡どこまで我に纏うや
090:恐怖
ズブロッカを、二年間放り込んだままだった。
酒瓶は製氷庫の中とろみゆく(恐怖ならもう、わたしの産毛)
091:旅
あの花の蘂は、弾丸に似ている。
意に染まぬ旅もあるらん花散らし只直ぐに立つナガミヒナゲシ
092:烈
平成二二年三月三十日、歌人竹山広逝去。享年九十。合掌。
眠るべき夜をふかぶかと眠るべく 烈 この語こそ静かに響け
093:全部
「真実を語れ、か。どの、真実をだね?」
(風の谷のナウシカ 最終巻)
全部取つてぜんぶぜんぶと振る手さて、どこの全部をとつてやらうか
094:底
改めてみると、麦の穂とは虫の腹のような形をしている。
緑みどり緑ばかりの里谷の底 立ち枯れる麦のゆたけさ
(里谷=さとやと)
095:黒
広告看板でも出してみろ、と言いたくなる。
花は減りみどりいよいよ黒くなる梅雨の最中の谷寒ざむし
(谷=やと)
096:交差
午前中からビールを飲むと、人間を外れているようでなかなか良い。
常識と見栄が交差す俺はただのんべんと生きたいだけなのに
097:換
人間ドックで、胆嚢に砂らしき物が見える、と言われた。
メドゥーサの髪は紫 口づけと引き換えに得しこの結石化
098:腕
父として幼き者は見上げ居りねがわくは金色の獅子とうつれよ
佐々木幸綱
抱かれし金色の腕の面影もおぼろとなるや 我四十三
(金色=こんじき)
099:イコール
調べてみると、ブルマの歴史もなかなか壮絶なものがある。
同型の紅白帽をイコールでむすべよ〈前に、 習え〉
100:福
二十年前の台湾にて。
軒先の逆さの〈福〉は陽に映えて色とりどりの鳴り物かなし