はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

石泉(斎藤茂吉料理歌集)

2009年04月15日 05時50分30秒 | 斎藤茂吉料理歌集

「石泉」


昭和六年

むかひ居て朝飯(あさいひ)をくふ少年は聲(こゑ)がはりして來(きた)れるらしき

さわらびの萌えづる山にうつせみの命足りつつ老いゆきにけり

そのかみに陸奥人(みちのくびと)の餓ゑ死にしことしもぞ思ふ稻の萌え見て

納豆の餅(もちひ)くはむとみちのくの縣(あがた)をさしてわれはゆくなり

相よりてこよひは酒を飲みしかど泥(どろ)のごとくに醉(ゑ)ふこともなし

きほひつつ飲みけむ酒も弱くなりてこのともがらも老いゆかむとす

桑の葉のもえいづるころになりたりとひとり思へり汽車の中にて

かかはりのなしといへども梨の花しらじらとして咲き散りて居り

汽車の窓に顔を押しつけ見て過ぐる鰻(うなぎ)やしなふ水親(した)しかり

みすずかる信濃の蕨(わらび)くひがてに病み臥しをれば寂しかりけり

朝々(あさあさ)の味噌汁のあぢ苦(にが)くして蕨をひでて食ふこともなし

むらがりて烏賊(いか)のおよぐを見つつあり見知人(みしりびと)もなきこころ安(やす)けく

荒磯の潮をかこひてうろくづを飼へるところに時をすごしつ

墨を吐く烏賊を幾度(いくたび)も見たれども遊びてゆかむわれならなくに

ひかりさして夏の來むかふ梅園(うめぞの)にき梅の實かくも落ちたる

草むらのなかに落ちたる梅の實のまだ小さきを噛みつつ行けり

この島にて心太草(ところてんぐさ)採集すなべてやさしき業(わざ)にはあらず

島に湧く泉を汲める少女子(をとめご)ははきはきとして物を言ひ居り

わたつみの魚(うを)とることを業(なり)としていくよふりぬるここの小島(をじま)は

山蕗(やまぶき)は手に折るときに香(か)にたちて道のひとところ生ひしげり居り

那須山(なすやま)にのぼらむとする山道(やまみち)に笹竹(ささたけ)の子を摘むこともあり

米(こめ)つけて山のぼりゆく馬のあり三斗小屋(さんどごや)まで行くといひつつ

夏に入りし那須の峽(かひ)ゆきいま採れる笹竹の子を買はむとおもひぬ

那須山の山のはざまに牛ゐるは食物(くひもの)負(お)ふなり働くひとのため

音たててしろきもちひをいまぞ搗(つ)くももたりあまり餅(もちひ)くはむとす

そこはかとなく日くれかかる山寺(やまでら)に胡桃もちひを呑みくだしけり

寺なかに夕(ゆふ)がれひ食ふあな甘(うま)ともちひに飽(あ)くは幾とせぶりか

香(か)にたてる蕎麦をむさぼりくひしかど若きがごとくし食ひがてなくに

いま搗きしもちひを見むと煤(すす)たりしゐろりのふちに身をかがめつつ

人参(にんじん)を畑(はた)よりほりて直ぐに食ふ友をし見つつわれもうべなふ

川かみに一夜(ひとよ)やどればひたぶるに岩魚のゐるをまのあたり見き

みづからの咳嗽(しはぶき)のおともこだまする山陰(やまかげ)に來て胡桃(くるみ)つぶせり

たうきびのいきほひに立つさま見れば都(みやこ)をいでて來にしおもほゆ

箱根路(はこねぢ)のすがしき谿(たに)に山葵(わさび)うゑ異(こと)ぐささへもともにひいでつ

わきいづる水を(すが)しみうつせみは山葵をここにやしなひにける

富士がねを飯(いひ)くふひまも見む人ぞこの山のうへに住みつきにける

ひがしより日のさす山を開きたる葡萄の園(その)もおとろへむとす

上山(かみのやま)の秋ぐちにして紫蘇の實を賣りありくこゑ聞くもしづけく

秋ふけてゆくとしおもふ煮つけたる源五郎蟲(むし)ひさげる見れば

みちのくは秋の日よりの定まらず田居(たゐ)のむかうの柿もみぢせり

田の畦(あぜ)をとほりてをれば枝豆(えだまめ)は低きながらに赤らみそめつ

飯(いひ)をへてわれの見てをるひむがしの藏王(ざわう)の山は雲にかくりぬ

早稻田(わせだ)よりたちてくる香(か)をこほしみぬきのふのごとく今日も通りて

ひるの蟲そらにひびきて聞こえくる稻田(いなた)のあひの道をのぼりつ

ひかりさす早稻田の香こそあはれなれおのづから老いて吾はしぞおもふ

まぢかくに雲のただよふ山のかひき百合の實食(は)みつつゆけり

秋蕎麥のこまかき花も散りがたに蟋蟀(こほろぎ)鳴きぬ山のそがひは

しづかなる早稻(わせ)の田道(たみち)にわが立つやいまだ小さき蝗(いなご)はいでぬ

われの胃はよわりにけらし病みて臥す兄をおもひて安(やす)からなくに

栗のいがまだくして落ちてゐる谿間(たにま)の道をしづかにくだる

はしばみのきを○(も)ぎて食(く)はむとす山火事の火に燒けざりし澤(さは)
(○=漢字)

いそがしく早稻田かる人すこし居てしづかなる日の光とぞおもふ

自動車のヘッドライトは山もとのき畑の雨を照らしつ

かなしくもこのみづうみに育ちたる魚をぞ食(く)らふ心しづかに

ももくさのうら枯(が)るるころ山中(やまなか)はわが足もとの蕨も枯れつ

冬がれてすき透(とほ)る山にくれなゐの酸(すゆ)き木(こ)の實は現身(うつせみ)も食ふ

石巻(いしのまき)より海をとほらず運河にて米はこびしと聞けばかなしも

富山(とみやま)の観音道(くわんおんみち)に栗の毬おちかさなりて吾(われ)と妻と踏む

わが舟は音を立てつつ海なかに牡蠣養(やしな)へるちかくをぞ行く

鹽釜の社(やしろ)に生(お)ふる異國(ことぐに)の木の實をひろふ蒔(ま)かむと思(も)ひて

鹽釜のなぎさに魚(うを)の市(いち)たてば貧(まづ)しく生くる人も集(つど)へる

北平(ぺえぴん)の旅をぞおもふ日もすがら腹あたためき下痢をこらへて

庭くまにひいづるを見てあはれみし擬寳珠(ぎばうしゆ)なべて霜がれにけり

ちちの實は黄(き)になりて落つここにして物のほろべと火(ほ)むらは燃えき

いてふの實の白きを干せる日の光うつろふまでに吾は居りにき


 昭和七年

白霜(しらじも)のむすびわたれる朝まだき胡頽子(ぐみ)の若木(わかぎ)を移し植ゑしむ

豊酒(とよみき)を一(ひと)つき飲むやわがいのち養(やしな)ふがねと二つき飲まむ

いにしへの心たらへる人のごと餅(もちひ)を食ひぬ今朝のあさけに

あたらしき年のはじめにいにしへゆ水をくまむと泉におりつ

くれなゐの林檎がひとつをりにふれて疊のうへにあるがしも

きさらぎの日は落ちゆきてはやはやも氷らむとする甕(かめ)のなかのみづ

この家の木のくらがりに雉子(きじ)飼へり山のなかなるくらがりに似む

おのづから日の要求の始末つけてなほ今ごろ君は何食ふらむぞ

高粱(かうりやん)が高くしげりてちかづける土匪(どひ)のひとりも見えがてぬとぞ

胡頽子(ぐみ)の實のくれなゐふかくなりゆくをわれは樂しむ汗を垂りつつ

しほはゆき昆布を煮つつわれは居り暑きひと日よものおもひなし

あをあをとおどろくばかり太き蕗(ふき)が澤をうづめて生(お)ひしげりたる

ひと里も絶えたる澤に車前草(おほばこ)の花にまつはる蜂見つつをり

とほく來(こ)しわれに食はしむと家人(いへびと)は岩魚もとめて出でゆきにけり

志文内(しぶんない)の山澤中(やまさはなか)に生くといふ岩魚を見ればひとつさへよし

燕麥(からすむぎ)のなびきおきふす山畑(やまばたけ)晴れたりとおもふにはや曇りける

人も馬もうづむばかりの太蕗(ふとぶき)のしげりが中にわれは入り居り

ゐろり火にやまべあぶりていまだ食はず見つつしをれば樂しかりけり

山澤におのづから生ひし桑の木に桑の實くろくなりしあはれさ

おとうとは酒のみながら祖父よりの遺傳(いでん)のことをかたみにぞいふ

十尺(とさか)よりも秀でておふる蕗のむれに山がはのみづの荒れてくる見ゆ

去蟹(さりがに)と名づくる蟹が山がはの砂地(すなぢ)ありくを暫(しば)し見てをり

いささかのトマトを植ゑてありしかどきながらに霜は降るとふ

かはかみの小畑(をばたけ)までに薄荷(はつか)うゑてかすかに人は住みつきにけり

年々にトマト植うれどくれなゐにいまだならねばうらがるるなり

一週に一度豆腐をつくる村を幸福(さいはひ)のごとくかたりあへるかな

この村の八人(やたり)つどひて酒のみぬ宮城あがたのひと秋田あがたの人

裏土(つらつち)にわづかばかりの唐辛子うゑ居るみればやうやく赤し

年老いつつ鴉(からす)を打ちて食ひしとふ貧しきもののことを語りつ

夏ふけし北の山路(やまぢ)に小豆畑(あづきばた)は霜によわしと語りつつゆく

日は入りて薄荷畑(はつかばたけ)に石灰(いしばひ)をまきつつをりし人もかへりぬ

旅とほく來(きた)りてみれば八月のなかばといふに麥を刈るなり

ふもとまであをあをしたる薄荷畑のうへにいつしか白雲の見ゆ

志文内をいでたる道に桑の實をくひし鴉(からす)の糞(ふん)おちてをり

つかれつつ佐久に著きたり小料理店運送店蹄鐵鍛冶馬橇工場等々

太々(ふとぶと)としたる昆布を干す濱にこころ虚しく足を延ばしぬ

北ぐにの涯とおもへばうち寄するき海松(みるめ)も身に沁むがごと

樺太の眞岡の町に目につきし「凱旋どんぶり」とそして「謎の鍋」

とある街の角(かど)に來し時むくむくと朝井の水があふれて居たり

日のいづる前に來れば中學生小學生もまじり海の魚釣る

すかんぽなども交(まじ)りて樺太のみなとの岸にくさ生(お)ひぬ

眞岡の濱の鯡干場(にしんほしば)をもとほりて旅遠く來(こ)しとおもほえなくに

發動船今いでゆけり沖合に船をならべて魚つるらしも

船はつる港をそれて突堤に近く山ほどの昆布乾したり

小沼(こぬま)に來て養狐場(やうこぢやう)に養はれる銀狐(ぎんくろぎつね)いくつも見たり

食物を與ふるときに狐等は實に驚くばかり吠えける

○○(ぱん)を賣るロシア人等も漸くに小さき驛へ移りゆくとぞ
(○は漢字)

行(ゆき)のふねにて麥酒(びいる)を少し飲みしかどこの船にては麥酒も飲まず

やまめ住む川のながれとおもふさへ身に沁むまでにわれは旅(たび)來(き)ぬ

とりかぶとの花咲くそばを通りつつアイヌ毒矢(どくや)のことを言ひつつ

みなもとはかかるすがしさたひらなる小谷(こだに)にあふれみづは湧きたり

おのづから一夜(ひとよ)はあけて山峡(やまかひ)やはらから三人(みたり)朝いひを食ふ

くれなゐに色づきながら生(な)りてゐる林檎を食ひぬ(すが)しといひて

降りつぎし雨のれまに人居りて音江山(おとえやま)べに麥刈りにけり

汽車とほる近くにも野がひの馬が見ゆ草食む馬を見らく樂しも

朝はやきちまたはすずし赤蟹(あかがに)の大(おほ)きを積みて車が行くも

釧路野(くしろの)に咲きつづきたる秋花を馬食(は)むらむか飽かむともひて

釧路路(くしろぢ)の秋野のあひに畑ありみじかき蕎麥は花さきにけり

ときのまに魚を干したるにほひ來て厚岸(あつけし)灣は近くに見えぬ

船の中のエトロフ鱒(ます)の鹽づめのひまなる爲事(しごと)立ちて見にけり

小さなる鱒缶詰の會社あり働く作業を見せてもらひぬ

北ぐにの港に來つつ或る時は昆布倉庫を覗きつつ居り

飲食店ならべる町をたづね來て卵とぢ蕎麦ふたりは食ひぬ

くれなゐに色づきし茱萸(ぐみ)の果(み)を買ひて根室を去らむ汽車に乗りたり

夏ふけしみ寺の庭におのづから杏子(あんず)落ちゐるも親しからずや

石狩の川口(かはぐち)ちかく鮴(ごり)といふ魚幾萬(いくまん)となく人に捕はる

つづきたる砂丘(さきう)の上に○瑰(はまなす)の熟れそめし果(み)を食ひつつ行けり
(○=漢字)

この山に澄みとほりたる水わけばきよき水に住む魚(うを)をはなちぬ

人工の授精をはりて二月(ふたつき)めに幾萬の魚か此處(ここ)に孵(かへ)らむ

かくのごときさやけき水が湧きいでておさなき魚を暫しとどむる

孵化場の魚を襲うものに梟も鳶も鷹らも居りとこそ聞け

あめ鱒ら紅鱒(べにます)やまべひとときに餌(ゑ)を食ふさまぞかなしかりける

孵化場をいでて來れば流れ居(を)る水のいきほひに小魚(こうを)し思ほゆ

支笏湖に幽かにいきてゐる蝦(えび)を油にあげて今宵食ひたり

しぼりたての牛の乳のみ出で來しに一時間にて腹をくだせり

酸(す)きけむり谷をこめつつながれにはいろくづ一つゐることもなし

長萬部(おしやまんべ)の驛に下りたちいそがしく停車場に賣る蕎麥を食ひたり

牛の乳のきよきを盛りし玻○(はり)あれど腹(はら)いたはりて飲むこともなし
(○=漢字)

魯西亞人(ろしあじん)のひとつの家族はこの夏も胡瓜(きうり)の○詰(かんづめ)つくりて業(げふ)とす
(○=漢字)

はしばみのまだ小さきを手にもちて湖(うみ)の岬の木立に入り來(く)

土屋君(つちやくん)が心をこめて養(やしな)ひし芸香草(うんかうさう)をくれたまひたり

この朝や露(つゆ)さむくなりて胡頽子(ぐみ)の實のやうやく赤しわれはかなしむ

この夜(よ)ごろ餓(う)ゑて死にする人ありと知るも知らぬも此處(ここ)につどへる


(原本 齋藤茂吉全集第二巻(昭和四八年))