はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

鑑賞サイト 018:スカート

2006年03月31日 18時55分05秒 | 題詠100首 鑑賞サイト

チェシャ・ネコのすがたがアリスのスカートがゆっくり消えるきんいろの午後
                 小軌みつき (小軌みつき-つれづれ日和-)

  「チェシャ・ネコ」って、姿が消えてもニヤニヤ笑いだけは残っている
  猫ですね。
  そしてアリス。足下からゆっくり消えていくのを、主体はただ見つめて
  います。
  ひだまりの中で本を読み終わった、と解釈することもできそうですが、
  それよりは、一つの空間に主体とアリスたちがいっしょにいた、と読ん
  だ方が味わい深いと思いました。
  「きんいろの午後」って、読み流してしまいそうですが、なかなか思い
  浮かばない言葉ですね。

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制服のスカート寝押し ずれぬよう 布団にもぐりこみし明け方
                            鈴雨 (鈴雨日記)

 「ずれぬよう」の前後の一字あけで、慎重に布団にもぐりこむ動作や時間
  が伝わってきます。
  高校生でしょうか?制服のままどこかに行っていて、やっと明け方に帰
  ってきた。
  明日(というかもう今日)も学校がある。寝押しだけでもしておかなきゃ。
  おおらかだけど潔癖な性格なのでしょうか。
  あるいは〈帰ってきた〉のではなく、外泊先の出来事かもしれないですね。
  さて、どこに?

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ヨカナーンの血よりも黒き百合咲かば風に膨らむスカートを脱ぐ
                         夜さり (夕さり夜さり)

  「ヨカナーン」はオペラ〈サロメ〉に出てくる預言者。
  サロメの邪恋から、生首を銀盆に乗せられる最期を遂げます
  (けっこうかわいそうな人だなあ)。
  そのヨカナーンの血を連想させる百合が咲いたなら、風の中でスカートを
  脱ごう、と思う主体は、サロメの血を引く者なのでしょうか。
  颯爽とした歌ですが、どこか乾いた哀しみが漂っています。

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  スカートのすそひるがえし「じゃあね」って そんな感じでそれが最後で
               animoy2 (~うたよみ日記(短歌とともに)~)

  歌意としては、深読みすることもなく素直に受け取ればよいのでしょう。
  むしろ、この歌から伝わってくる、透明な寂寥感に心を奪われました。
  自戒を込めて書きますが、珍しい単語や凝った言い回しを使うことと、
  すっと心に届く歌を作ることとは別なんですよね。
  ひとつ読ませてもらうとすれば、若い女性どうしの友達の別れ、では
  ないかと感じました。


鑑賞サイト 017:医

2006年03月29日 21時54分15秒 | 題詠100首 鑑賞サイト

謀られて此処に居るかやさむき午後の医院の窓にひとつ飛ぶ蠅
                      船坂圭之介 (kei's anex room)

  神経科、というより、昔の精神病院を思い浮かべました。
  家族に謀られて連れてこられた診察室。自分はおかしくなどないのに。
  裏切られた思いで、医師や家族のどんな呼びかけにも応じずに、ただ
  季節はずれの蠅を目で追っている。
  以前、老人福祉の仕事に就いていたため、これに似た光景を何度か見
  ました。
  本人も、周りの人たちも居たたまれない、静かな午後。

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中庭の金魚の池がまず暮れて鈴木小児科医院しずまる
                      水須ゆき子 (ぽっぽぶろぐ。)

  すごい、の一言。心がしんとします。
  読み解くなどという愚は犯しませんが、その上でひとつ。
  この歌の核は「まず」であると思いますが、同時に「まず」に、なんとなく
  説明の気配があるような気がします。
  他の言葉が描写に溢れているので、この言葉を抜いても歌意は変わら
  ないのではないでしょうか。
  この歌のレベルの高さを重々感じた(つもりの)上で、生意気を申し上
  げました。

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美しき青年医師よ 饒舌な指の動きを止めないでくれ
                       松本響 (春色ぶれす SIDE-D)

  読みようによっては、性的な方向に行きそうな歌ですが(そっちに行っても
  すごく情感が溢れていますが)、一読してこんな風景を思い浮かべました。
  医師の説明を聞いている患者。
  話の内容や医師の容貌よりも、その指に気をとられている。
  話に伴って優雅に動く、十本の美しい指。
  それを見つめつつ、患者は陶然となります。止めないで。動かし続けて。
  …こっちの読みかたの方が、はるかに性的か。

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聞き難いことばをパラフレーズして過ごす精神科医のやり方で
               たざわよしなお (世界を翻訳するための試み)

  「聞き難い」は〈聞きたくない〉の意でしょうか。あるいは〈納得でき
  ない〉。
  精神科医は、患者の一見何気ない言葉を、心の深い部分から出る叫びに
  〈翻訳〉します。
  主体は、それとは逆の手順で、切実な訴えを平凡な言葉に置き換え、
  やり過ごしているのでしょうか。
  でも、そんなテクニックを飛び越えて、叫びは伝わってきます。自分の
  叫びなら、なおさら。
  「パラフレーズ」が間に合わなくなったときは?


鑑賞サイト 016:せせらぎ

2006年03月28日 19時11分38秒 | 題詠100首 鑑賞サイト

逆光に釣り上げられて束の間をせせらぎの上(へ)に魚が歪めり
                      春畑 茜 (アールグレイ日和)

  正直、上三句のつながりを読むのに、ちょっと苦労しました。
  主体は、川の対岸あたりにいるのでしょうか。
  釣り人の顔は逆光で見えない。釣り上げられた魚は、釣り人の手に
  収まるまでのほんの一瞬、空中で身をよじっている…。
  くねる魚の銀、せせらぎの煌めき、白い歯だけ見える釣り人の顔、
  と〈光〉が溢れるようです。

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せせらぎの音流れ出すトイレをば怖がりて泣く娘なりけり
                 ほにゃらか (♪おみそしるパーティー♪)


  最近、男子トイレにも「水流音発生ボタン」が付いているところが
  ありますが、あれ、はっきり言って不気味ですよね。
  どこから聞こえてくるのか分からないし、本物のせせらぎの音とは
  どこか違うし。
  そりゃ小さい子どもは泣くわなあ。
  中途半端なら、やらぬがまし、ですね。

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穏やかな春の陽射しとせせらぎと不埒な恋と鮎の塩焼き
                           暮夜 宴 (青い蝶)

  穏やかな春の歌…と思って読んでいると、どんどん不穏な方に話が
  進んでいきます。
  静的な「日射し」、少しざわめく「せせらぎ」、そして「不埒な恋」。
  さらに、鮎の解禁日は6月1日(関東近辺)。これは養殖か密漁か。
  日射しとせせらぎあふれる場所でそれを食す。
  どこで誰と食べているんだ。
  うーん不埒だなあ、と納得してしまいました。

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ゆるされて今流れ出す雪解けの海へと向かうせせらぎを聞く
                            ドール (花物語)

  上二句の切実さが、胸に浸みました。
  流れは見えないけれど、雪の下を確実に水が流れ始めている。
  聞こえ始めた「今」が、冬と春の境目なのでしょうか。
  「雪解け」は〈雪解け水〉の意だと思いますが、通常はあまり使われ
  ないのではないでしょうか。
  でも、他にぴったり来る言葉もなかなか無いし、それ以外の言葉も動
  かし難いし…。
  難しいですね。

鑑賞サイト 015:秘密

2006年03月27日 12時53分46秒 | 題詠100首 鑑賞サイト

わたくしの宝石になる秘密です男のひともあんなして泣く
                          ハナ (象の求愛ダンス)

  え、ええっと、「あんなして」って、どんなして泣いたっけな…。
  と、全く関係ないのに、一瞬あせって考えてしまいました。
  そのくらい、下二句におだやかなパワーがあります。
  「宝石になる秘密」をお互い持っている関係って、素敵ですよね。
  でも(くだらない男の見栄ですが)くれぐれもひとつ、秘密にして
  やってください、ね。

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秘密にするわけでもないが言うほどのことでもなくて二階に上がる
   西中眞二郎 (しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑記帳)

  「秘密」の発生段階ですね。
  隠すつもりもないんだけど、わざわざ言うのも変だから放っておくと、
  それがだんだん積もってきて、ちょっと深刻になっていく。
  思春期の子どもと親の間の出来事でしょうか。
  夫婦や恋人同士でも当てはまりそうですが、「二階に上がる」という
  表現が、ちょっとそれっぽく思えました。

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遠ざかる子供の声を見送って秘密基地にも夕闇せまる
                          佐田やよい (言の波紋)

  作りました、秘密基地!
  そこら中からがらくたを集めてきて、風が吹いただけでも壊れそうな
  のを建てて、暗くなるまでみんなでそこにいて。
  家に帰った後も、「あの基地は今頃どうしてるだろう」とふと思ったり。
  そんな子どもの時の気持ちを、基地の側に視点を移して、見事に表現し
  てくれました。
  ひょっとしてこの基地、壊れて飽きられて放ったらかしにされたのかな?
  そう思うと、なおさら胸に浸みます。かつて自分も同じ事をしただけに。

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校庭の桜の幹の裏側に卵を産んだ 誰にも秘密の
                          素人屋(素人屋雑貨店)

  この卵産んだの、あなたじゃないですよね?
  文字通り主体が桜の幹に卵を産み付けたとすると、とても中村好みの世界
  なのですが(ぞくぞく)、ちょっと一般向きではないかもしれない。
  「卵」を〈宝物〉と解釈すると、タイムカプセル、未来に孵化して自分の
  宝物となる、ということでしょうか。
  でも、やっぱり…(ぞくぞく)

鑑賞サイト 014:刻

2006年03月26日 06時44分55秒 | 題詠100首 鑑賞サイト
変拍子刻みつつ舞えこの夜も普遍の隙間に微笑が覗く
                       ねこまた@葛城 (ねこちぐら)

 「舞え」と命令形ではあるけれど、実は自分に対して言っているので
しょうか。
 毎夜、変拍子で踊ることによって「普遍」が徐々に崩れていき、ほん
の一瞬、隙間ができる。
 そこに覗く「微笑」は誰のものか?
 それも自分の微笑だとすると、全ては自己の内面で起こった心象風景
になるけれど、それじゃあおもしろくないなあ。
 いや、おもしろがっちゃいけないんだけど、でも。

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眠られぬ夜の長さを刻々と切り刻みゆくセコンドの音
                           水都 歩 (水都blog)

 夜を時計の音で表した歌は珍しくないけれど、「切り刻みゆく」と表
現した歌には初めて出会いました。
 長い夜を1秒ずつ、クォーツの秒針音が区切っていく。切り刻まれた
その1秒すら、なんと長いことか。
 なんだか、今夜から時計の音が気になる夜が続きそうです。

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深く深く刻み込んだりできるなら私の心は硬いのだろう
                丘村トモエ (ことばとわたし(丘村トモエ))

 心に深く刻む、という表現は日常的に使っていますが、なるほど、
「刻み込」むにはある程度の硬さが必要なんだ。
 使いなれた慣用句の盲点を衝かれると、目の前の霧が一瞬晴れた
ような気がします(慣用句)。
 「できるなら」とありますが、主体は心に「刻み込」めたので
しょうか。
 それとも、ゆるいパン種にするように、刻み目はすぐに埋まって
しまったのでしょうか。

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指先に金平糖の刻印をのこしたまま午後二時の数学
                   なかた有希 (* にじのかかるばしょ *)

 「金平糖」って硬いですよね。
 その形が指先に残るほど食べていた、あるいは握り(摘み)しめて
いた?
 受験勉強の合間の、お茶の時間だったんでしょうか。
 でもそれにしては、この歌から漂ってくる緊迫感はなんなのでしょう。
 その合間に、なにか重大なことが起こり、でも勉強に戻らざるを得な
かったのでしょうか。