はいほー通信 短歌編

主に「題詠100首」参加を中心に、管理人中村が詠んだ短歌を掲載していきます。

『ねじくれた槍』について

2010年08月24日 20時57分22秒 | 日詠短歌
 下に挙げた作品は、「第53回短歌研究新人賞」に応募した連作です。
 例によって一次予選落ちでしたので、供養のためにここに並べました。

 前回応募の『Cradle hollow』に劣らず、固有結界な作品群です(意味不明)。
 連作によるストーリーという手法に憧れているんですが、これの場合は
「短歌にする必要ないじゃん」
といった感じです。

 しかし自分ではかなり楽しんで作りましたし、それなりに愛着もあります。
 こういった物語連作を、口語でどれだけ《短歌として》作っていけるか。
 これが(これも、か)これからの目標の一つですね。


ねじくれた槍

2010年08月24日 20時55分04秒 | 日詠短歌


     ねじくれた槍



とのさまが東でいくさするそうで初めて槍を持たされる夏

槍の柄は歪んでねじくれて家の天秤棒のほうがまだまし

納屋裏にしのを呼び寄せ抱き締める集まるまでに四半刻ある

大川を槍を突きつき渡り行く頭に担ぐ荷はすでに濡れ

小雨降る河原の夕べ炊事場に茂吉と並ぶ股を掻きつつ

点々と赤錆の散る濡れ河原そこらの石で研げと言われて

胴丸に挟まる泥を掻き出してついでに爪で胸掻き壊す

彼方には敵の軍勢整列す稲・稗・粟の戦ぐ田畑

尻の穴締めつつ槍を構えたら前の茂吉を突ついちまった

青稲を踏みつつ駈ける弱そうななるべくよわそうな奴目指し

槍が鳴る人間が鳴る土が鳴るおまえはしねと包み込まれる

すぐ横で誰か倒れるぶちまけた泥か何かが右目に入る

ひげづらの侍が馬乗りまわす穂先の染まる槍をしごいて

手にとどくすべての蟻がしんだのでこどもはつぎをさがすのでした

死ぬのはいやだ死ぬのはいやだ死ぬのはだって死ぬんだからこれは大変なことですよ

振りまわすふりまわすただ振りまわすナニカアタッタヨウナキガシタ

地に落ちて動かぬ武者に槍の群れこわごわ、やがてわらわらたかる

尻もちをついたまま見る人間が半液状に変わりゆくさま

両膝と穂先の折れた槍を突きそこから逃げる(まだ音がする)

槍を抱き泥にまみれてうずくまる実りはじめた稲の穂のなか

勝ちどきが西から響く見わたせば二足で動くもの無き野原

雨続く西への道は何万の足に踏まれて膝まで埋まる

道脇の踏みしだかれた稗の穂をそのまま口に入れて引き抜く

下り腹掻き壊された総の身を棒にあずけてとにかく歩む

腹這いに口近づける水たまり崩れ痘痕の面が映って

鍬を持つ追い剥ぎにさえ見放され「楽にしてやる義理は無えもの」

俺を見て後ずさるしの目を開きそろそろと手を触れてくるしの

村外れ納屋に寝かされ息をする俺を、しのが、訪なう夜更け

もう一度藁で体を拭いたあと俺を抱くしの恐るおそるに


飛行(ひぎやう) (葛原妙子 料理歌集)

2010年08月19日 16時44分41秒 | 葛原妙子料理歌集


   「飛行(ひぎやう)」



チベットの高原越えて鹽運ぶき駄獸を寫せる寫眞

かりかりと噛ましむる堅き木の實なきや冬の少女は皓齒(しらは)をもてり

酒煮ることまれにだになきわが家ぬち沁み入るごときゆふぐれはきつ

「卵のひみつ」といへる書(ふみ)抱きねむりたる十二の少女にふるるなかれよ

荒涼と書架を荒せりひもじさがわが快感のひとつとなれば

深夜の井戸水湛へくる暗きゆらぎくれなゐの鳥の風切羽(きりは)捲きつつ

押し默り人はみてをり食べる時寢(い)ぬる時のずれゆくわれを

燻製の鮭を吊らむとせしときに窓いっぱいに月はありたり

淨まりしゆふ明りにてわがうさぎかたく乾きし餌食みこぼす

夫がかたへにものを食しをるしばしなりつめたき指(おゆび)に箸をあやつり

殺鼠劑食ひたる鼠が屋根うらによろめくさまをおもひてゐたり

かかへ切れぬほどのくらやみ碎氷の音絶えしのち氷置場は

夕なづむ硝子のあをみおそれをり一つの椀(もひ)に湯氣をたてつつ

曇る硝子うしろにありて血を切ると吊りし鯨肉(くぢら)のしたたりやまず

鯨の血白きタイルに流るるをみてゐきしづかにちからを溜めて

夏のくぢらぬくしとさやりゐたるときわが乳(ち)痛めるふかしぎありぬ

さながらに鯨肉(くぢら)の暗きわが臟(ぞう)の一つに充ちくるものの質ならむ

肝臟(レバー)を食ひ強き酒飲む年の怒りをのぞく暗きハッチより

かがやける白布裁たれつわれは置く熟する前の濃のレモン

布の上にみどりのレモンを置くなれば陽はさわさわといま搖れたたん

皿と壺、果實の引ける長き影見入れるこころ歪(ひず)みをもてり

生野菜に白き鹽ふるさらさらと粒子こまかに乾ける鹽を

き肝臟(レバー)の血をぬく仕事に耐へむとすもの溶けにじむごときひぐれに

きよき泉喫すをののきそのそびら怒濤のごとく夏雲あらん

こゑ透り氷菓呼ぶなり水打ちし薄暮のホームすでにちかづき

窓下の溜水(りうすゐ)に夜々吻(くち)ふるるけものといふべくすでにしたしき

おそき月羊齒むらに射す酸の匂ひしづかにかもしゐるらむ

死の豫感ありといふべし甲蟲の食ひあらしゆく白き花みれば

栗の花の異臭たちたる葉がなか鎭まりゆくも神讚(ほ)むるうたは

貧しき音たちのぼる廚の窓よりぞひぐれなほあをきあをき山脈(なみ)

貸馬らき草食む山麓のゆふべしづまりがたきわれあり

聖水とパンと燃えゐるらふそくとわれのうちなる小さき聖壇

ひぐらしのただいまを啼くと胡桃(くるみ)割る手をとめよわれのをさな少女よ

美しからざるいまはのさまに胡桃散りき山家の戸は閉(さ)さるべし

膨るるうみまなぶたにありふふみゐるかぎりなき魚卵をわれは怖るる

巨きぶだうの房となるなり累りし卵にあをき月射すなれば

無色なるくすりに暗紅を着色し毒藥の印(しるし)と人はするなる

天窓より秋のひかりの降りきたりひと○(つか)の鹽きらめきにけり
(○は漢字)

鹽甕にいつぱいの鹽を充たすとて溢るるはなにのゆゑのなみだぞ

美しき徒(むだ)のひとつと秋の日の漏水は飛沫(しぶ)く鉛の管より

ガラスの鐸(すず)鳴らし家族を食事に呼ぶはかなかる日のわたくしごとと

ひしひしとかなしきまひる陽の散斑(はらふ)落ちたる卓布にパン屑を掃き

一輛の人みなねむりわが剥きしき蜜柑の高き香は滿つ

けづめのごとき唐辛子を吊す白き厨冬の亂射を瞑(めつむ)りうけん

雪穴のごとき茶房あり深夜にてき珈琲煮立ちてゐたり

強き酒くだけし(かめ)より流れゐむ破片のあひを素迅く縫ひて

雨衣透きつ葡萄の種子めく處女のむれもてる生理をかなしみ思ふ

アムバーといへる濃厚なる香料を補ひとせり女體爪の如し

ここあいろの乳房を垂れし犬歩み既知にいそげるもののごとしも
(「ここあ」の三字に傍点が付く)

油澱む水のおもてに浮びたる卵白の太陽をわれはまたぎつ





     (原本 葛原妙子全歌集(二〇〇二年 砂子屋書房))