001:咲
ボンネット赤く染まれば一面に雨を咲かせてまだ進めない
002:飲
甥たちが喉を鳴らして飲み干せば氷に刺した瓶が傾く
003:育
ぬくもりを育みながら駅に着くきみの左手わたしの右手
004:瓶
鳴き声の止む瞬間に背伸びして棚に仕舞った瓶詰めがある
005:返事
しめり雪ライトに舞うは問いかけを止した人への返事じゃないか
006:員
つづれ折り蔦の絡まる標識の《幅員減少》うん、知っている。
007:快
雪の日は土曜日が良く寝床から快速線の過ぎる音聞く
008:原
一号線戸塚原宿渋滞のしるしも無しに行く情けなさ
009:いずれ
風雪に梅の白さは褪せるとも「いずれ」の前に「もうすぐ」はある
010:倒
きみはまだ倒れたばかりあけぼののカウント8まで横たわれ
011:錆
道のわき積まれた雪に鈍色のチェーンの端の錆が滲んで
012:延
五枚目の遅延証明 ならぶのは好きです人が挟んでくれる
013:実
薄闇に梅うきあがり幾百のさよなら遙か実を結ぶまで
014:壇
餡のかお求肥のころも飴えぼし雪を削ってひな壇とする
(求肥=ぎゅうひ)
015:艶
ああ素足 踏む地団駄も艶やかに甲に浮きでる静脈ひとつ
016:捜
東京を捜されつくすさみしさの啄木/たくぼく/やはり嫌いだ
017:サービス
街の色木の色すこし深くなる雨は弥生のサービスとして
018:援
鳴きやんだ鳥の代わりに夕月の昇る力を援けられたら
019:妹
いっせいに指輪をつぶし投げ上げる妹たちの満ちる空間
020:央
五本目の赤い電車に追い抜かれ横須賀中央駅海はまだ
021:折
床のうえ今日の具合を折り鶴の嘴の長さで教える人よ
(床=とこ)(嘴=はし)
022:関東
大根も葱も土から首を出し関東平野は山を持たない
023:保
それはもう本格的で捨てられた保冷パックの身のようだった
024:維
頬擦りを返す童のうなじより繊維一本いっぽんを抜く
025:がっかり
目を閉じて人肌よりもあたたかな風にがっかりして春となる
026:応
てのひらの動きに応え乳色の無香せっけん泡立ちを増す
(乳色=ちちいろ)
027:炎
煙突の先の炎のように咲く白木蓮のもったり具合
028:塗
春になりポケットが減り塗り込めの手口おしえて横溝正史
029:スープ
花冷やす光を受けて海亀のスープとことん透きとおりゆく
030:噴
卯月尽たけのこ飯の土鍋より噴きこぼれるは淡色の泡
031:栗
栗の花ふさと下がれば芳香の生々しさよ生馬のごとく
032:叩
冷たさに燃える流れへ晒すこと叩かれること身を搾ること
033:連絡
「咲くんですだから行きます」メモ帳に連絡済みのフラグを立てる
034:由
晴レタナラ目当テノモノハ出来ヌ由土ノ事情モオ汲ミクダサレ
(由=よし)
035:因
朽ちかけた木碑によればこの河は傷に因んだ呼び名だという
036:ふわり
指先が陽を吸い過ぎて動かないふわりだなんて音きこえない
037:宴
名付けられはじめて風となる風よ宴に添える花房ひとつ
038:華
曼珠沙華ぐらりと回る帆を張れば進むものだと思っていたか
(曼珠沙華=まんじゅしゃか)
039:鮭
塩鮭は層成し淡くくずれゆく石の流れる音が聞こえる
040:跡
爪の跡唇の跡液の跡あなたのあとをなぞるたまゆら
041:一生
風が吹くたびに裏見せまた返る葛葉のような一生だろう
042:尊
三尊像やすらう初夏の本堂はドイツワインのカーヴにも似て
043:ヤフー
しずけさが増す午後一時部屋中にヤフー閲覧履歴積もれば
044:発
始まりは日々増えてゆき今日も発つ楓若葉のうすさつめたさ
045:桑
3組の工藤教諭は壮健か桑の若葉を油で揚げる
046:賛
協賛の企業のロゴが回ごとに小さくなってゆく集会場
047:持
次々と持った名前をつぎとぎと零すフェーズに入りつつある
048:センター
夕餉どきちらちら光る曲面のレフト張本、、センター柴田
049:岬
横揺れの連絡船は波をひき岬の裾を洗う菜の花
050:頻
新緑の切り通しへと風抜けて頻りに肩を揺するものたち
051:たいせつ
板戸から漏れる陽射しよ〈でーうすのおたいせつ〉とはぬくもりの意味
052:戒
空はまだ広く明るく戒めの十一番目のある可能性
053:藍
ひきこもる力をどうぞくださいな今日も窓から藍色の空
054:照
照らされることがすべての始まりで雀、すずめよ葉に群がれよ
055:芸術
そこここに芸術はあり麦の穂が顔となるから目を逸らせない
056:余
溝ひとつ柩の中に鎮められ二千余年を経た人の手は
057:県
直線に慰められることもある県道203号北へ
058:惨
惨劇をいくつ潜ってここにある私の腋をすりぬける風
059:畑
目も粗く小麦畑を囲む網隔てることが文化であれば
060:懲
太陽へ近づきすぎたイカロスの懲りた結果が飛蝗であろう
(飛蝗=ばった)
061:倉
膝抱えひきこもりたいはつ夏の風と光で組む校倉に
(校倉=あぜくら)
062:ショー
ねず色のレインコートで並びたいイルカのショーの最前列へ
063:院
院政の下にうごめく上皇のような目つきを晒すな餓鬼よ
064:妖
皆伐ののちの誉れを歌う碑よ妖しひとつを鎮める位置に
065:砲
部屋隅の漫画死ぬまで捨てまいぞ〈拡散波動砲〉響き良し
066:浸
風のなか風を重ねるビル街よ塵の匂いに髪を浸せば
067:手帳
アボカドの薄い緑のこびりつく作歌手帳にかすれた「好」の字
068:沼
新月の波紋ひろがる隠り沼に暗渠の流れ辿りつく音
069:排
つづまりは己のうちに見る我か排と愛とは楕円の二心
070:しっとり
土曜日の窓辺の髪はしっとりと干したシーツに嬲られる風
071:側
甥ふたりいること心安らいで三塁側に啜るかちわり
072:銘
待つための恋文もある真銘を生のたまごに刻むがごとく
073:谷
米軍機五月最後の夜を裂き月の痘痕はみな谷である
(痘痕=あばた)
074:焼
右だけの革手袋を嵌め終えてサンバイザーを焼く稲妻よ
075:盆
皹割れの目立つ小道よあじさいも新盆までの花と思えば
076:ほのか
あじさいの辺りほのかに照らされて雨が葉をつく葉が毬をつく
077:聡
アボカドの聡く実れば追熟を待つ一昼夜部屋がくろずむ
078:棚
まあなんだ騒いだわりにとりあえず棚を一段増やしたくらい
079:絶対
恍惚と語る〈絶対領域〉の単語のたびに爪先は揺れ
080:議
境内に満ちるしずけさ梅雨寒の猫の会議の流れ解散
081:網
さらしなの素肌が網にひしめけば新たまねぎの香り始めよ
082:チェック
罅のある硝子の兵士いま少し稼げよチェックメイトまで五手
(兵士=ポーン)
083:射
雑踏の光を透かしまた仰ぐ射手座の鏃の向きを
(射手座=サジタリウス)(鏃=やじり)
084:皇
飛沫たつ窓辺女教皇の札がわずかに左へ傾ぐ
(飛沫=しぶき)(女教皇=ハイプリエステス)
085:遥
猩々緋東の空を塗りかため今日の〈遙か〉は市境にある
(猩々緋=しょうじょうひ)
086:魅
笑み 氷 波涛 朝焼け触れ得ても魅了ののちは消えゆくものを
087:故意
さらさらにさほどの熱も籠もらねば未必の故意を犯す夕暮れ
088:七
梅雨明けの十日あえぎを遠ざけて七星はるか天頂を掻く
089:煽
蜆蝶つかずはなれず紫の二頭が夏の光を煽る
090:布
七月の小島ゆかりの新刊にシャツの布地のしめりが移る
091:覧
閲覧可スタンプなぞる塾生の歩けるほどの鎖骨の太さ
092:勝手
夏はなお勝手きわまるジェノベーゼ未だ奥歯に貼りついたまま
093:印
八月の声上手すぎるうぐいすよ印鑑証明コンビニで取る
094:雇
また一つ桟橋流れこの地にも雇われ下手の王様がいた
095:運命
ぶりかえす鼻風邪のなか運命がルンバに端を囓られている
096:翻
翻りまたひるがえり梅雨明けを絡め集めて玉にしてゆく
097:陽
次々に陽が割れてゆきあおむけに置いた眼鏡の雨滴に凝る
(凝る=こごる)
098:吉
吉凶は角度によるとキッチンの床に平たく眠るコーギー
099:観
あかつきの時世をはるか見晴らせば歌人たちが観た潮の色
(歌人=うたびと)
100:最後
その背なに白羽の幾度刺さりしか最後尾より望むパノラマ