フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

12月30日(土) 晴れ

2023-12-31 14:11:37 | Weblog

8時、起床。

チーズトースト、目玉焼き、ソーセージ、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

昨日のブログは後回しにして、大掃除の続き。一階の和室(2)、ダイニング・キッチン、廊下を電気掃除機と雑巾がけ。これで私の担当分は終了(のはず)。

お腹の調子がいまひとつなので、昼食は外に食べ出ずに、にゅう麺。

昨日のブログを書きながら、書斎のTVでバドミントン全日本総合の男女シングルスの決勝戦を観る。女子は奥原希望(28)が右足の不調で第三セット(ファイナルセット)を棄権して、20歳の杉山薫が初優勝した。奥原が涙を流しながらプレーしていた姿が印象的だった。

男子は桃田賢人(29)が連覇(通算6度目の優勝)を果たした。背中を痛めていて強いスマッシュが打てなかったようで、長いラリーで勝負する展開にもっていき、24歳の渡辺航貴のミスを誘った。なお、世界ランニング2位で優勝候補の奈良岡功大は体調不良で準決勝(対桃田)を棄権した。一番注目されていた試合だったただけに残念である。

正月用の仏花の買いに「紅葉花園」に行く。

いつもとちがう正月用の花がいっぱい。

「紅葉花園」は明日で店仕舞。長い間(55年間)お疲れさまでした。

どうぞよいお年を。

少し遠回りして帰る。

チャイがお世話になっている「マリア動物病院」は「紅葉花園」と同じ通りにある。

蒲田駅に向かう女塚通り商店街に出る。

よく昼食を食べにくる蕎麦屋「吉岡家」。丼物も充実しており、こういう蕎麦屋が近所のあるのはありがたい。

私がお世話なっている「大谷歯科医院」。いずれ入れ歯のお世話になる日がくるだろうが、いまのところ全部自分の歯である。定期健診の頻度は散髪と同じくらい。次回は2月である。

「まいばすけっと」。私がここで買うのは、ストロベリーチョコレート(明治)、柿の種(亀田)、仏花(小さい花瓶用)である。それ以外のものはめったに買わない。

「セブンイレブン」。コピー機(写真プリント)を使うために来ることが多いが、パン(ロールパンとか胡桃パンとか)もたまに買いに来る。それからシーズンごとのTVガイド的な雑誌もここで購入する。

「清水電機」。頼りになる町の電機屋さんで、ちょこちょこ大小の製品を買っている。最近では、風呂場に暖房機(乾燥機)を入れた。ちょうど親爺さんが店先にいらしたので写真に納まっていただく(店の横では息子さんが片付けをしていた)。親爺さんは84歳である。もうさすがに高い場所に上っての作業などはしないそうである。去年だったか、脚立から足を滑らせて頭を打って、「息子に叱られた」そうである。どうぞご安全に。

女塚通り商店街はここまで。商店街というのは町を葉っぱにたとえれば、葉脈のようなもので、そこに点在する商店は町と住人のインターフェースである。商店を通して、住人は町と付き合っているのである。

上空の空気が不安定になっているようである。今夜から明日にかけて雨が降るらしい。

仏壇の花を替える。松が入って正月仕様である。いつものようにちょっとおまけの花を入れてくれた。

前の花はゴミ箱に捨てるにはまだもったいないので、ナツの墓に供える。亡くなった母はナツをずいぶんとかわいがっていた。

午後、NHKではずっと『ドキュメント72時間』の今年のリクエストの多かった回を流している。第1位は「北海道 冬のコンビニで」(3月10日放送)。私は『72時間』はたいてい土曜日の午前中にやる再放送を朝食を食べながら観ているのだが、この回は見逃していた。

初山別(しょさんべつ)という日本海に面した村の一軒しかないコンビニ(うちの近所のコンビニより広くて商品もそろっている)が舞台。そこを訪れる客はほぼ全員が顔見知りという。「ここにくれば誰かに会える」と言っていた人がいた。砂漠のオアシスのような、いや、雪原の銭湯のような場所である。

私が観た回の中では、第3位の「大阪 昭和から続くアパートで」がよかった。「穂高荘」という名前のアパートだったかな。

夕食はすき焼き。12月30日の夕食は我が家ではすき焼きと決まっている(数少ない家長権限)。名古屋から今日、息子が帰省したのだが、夕食は友人と外で食べるというので、妻は「すき焼きは明日の夕食にしようか」と提案したが、大晦日の夕食は蕎麦(+天ぷら)と決まっている(これは個別の家庭の家長権限を越えた社会規範)。息子には明日の朝食にもですき焼きの残りを食べさせればよい。

妻が買ってきた牛肉は肉そのものは悪くないが、薄い。これはしゃぶしゃぶ用ではないかと問うと。「すき焼き/しゃぶしゃぶ用」と書いてあっという。兼用ということは薄切りということである。薄いので枚数的にはたくさん食べたような気になるが、300グラムくらいかな。

食事をしながら『アメトーク』年末スペシャルのさんまが出演するコーナーを観る。68歳になっても若手お笑い芸人とからめるトーク力(反射神経)が凄い。しかし、考えようによっては、69歳で大学生相手に話せるトーク力というのも大したものであろう(笑)。金継して使っているごはん茶碗みたいなものであるが。

書斎に引っ込んで、キンドル・スクライブで読書。東海林さだお「あれも食いたいこれも食いたい」シリーズの傑作選『大盛り!さだおの丸かじり』(文春文庫)。本物の文庫版は活字が小さくて読めないが、キンドル・スクライブを使ってなら問題なく読める。

「カキフライはじまる」を読む。

 まだ出始めのせいか、小ぶりのカキフライが六個、皿の上に小さな俵のようにころがっている。
 懐かしいなあ、カキフライ。
 しばらくお目にかからなかったなあ、カキフライ。
 皿の上のタルタルソースをよくまぶして、まず一個。
 うん、コロモがさくさくして、突然、ぷっくりしたカキの感触になって、うん、そう、このほのかなミルクっぽい海の甘みと、それからかすかな苦みは、ホラ、あれだ、はらわたのちょっと黒いとこ。それからまた、とろりとした甘みをふくんだ貝の味になって、最後にカキ独特の渋みになりかかったところに、タルタルソースのマヨネーズっぽい味が参入してきて、うん、このような大団円になる。
 (カキの味というのは、実はカキのはらわたの味なのだなあ。)

カキフライ好きにはたまらない描写である。しかし、たんにカキフライの旨さを書くだけなら東海林さだおでなくてもできる。東海林さだおの持ち味はそれとは別のところにある。

 と、久しぶりのカキの味を堪能していて、急にハッと気がついて愕然となった。
 残りのカキフライが五個しかない。
 しかも小ぶりの奴が五個だ。
 もともとカキフライ定食というものは、おかずが不足しがちなものなのだ。
 カキフライは、ごはんのおかずとしては力不足なところがある。
 トンカツ定食のトンカツは、ごはんのおかずとしては、あれでなかなか実力がある。
 はがしたコロモだけで、一口分のごはんをまかなうことができるが、カキフライのころもははがすことができない。
 無理にはがせばはがれるが、皿の上はかなりの惨状を呈することになる。
 それから急にあわてて、タルタルソース、トンカツソース、ケチャップソース、とソース陣を総動員し、カキフライが見えないくらいにまぶして、ようやく難を避けることができる。
 カキフライ定食を食べるときは、いつもこのことで悩んでばかりいる。
 カキフライには、十分過ぎるほどのソースをビタビタかけないとおかずが足りなくなるし、あんまりビタビタにすると、お店の人に悪いような気がするし、周囲の客の視線も気になる。
 だからぼくはいつも、周囲のスキを窺ってソースをかけ、またスキを窺ってはかける、という方法をとっているが、この方法だとなかなか気が疲れる。

 私は以前「頼もしや五つ並んだ牡蠣フライ」という句を詠んだことがある。このときは旬の大ぶりなカキフライだったので、一つ食べても「まだ四つある」と余裕で思うことができた。これが最初から四つであったら一つ食べたとたんに三つになり、「愕然」は大袈裟だが、心細いような気分になるだろう。東海林さだおはこうしたカキフライ好きの心理を的確に描写している。そしてカキフライにとんかつソースをたっぷりかけて食べるとき、「お店の人に悪いような気がするし、周囲の客の視線も気になる」と述べる下りは、社会学者のフィールドワークを読んでいるようである。

「東海林さだおの文章は社会学入門としておススメ、というのはそういことですね」

風呂から出て、今日の日記を付ける。

1時半、就寝。


12月29日(金) 晴れ

2023-12-30 17:57:14 | Weblog

9時、起床。

チーズトースト(焼きすぎた)、目玉焼き、ソーセージ、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。

今日は朝からベッタリか。

「はい!」

今日は大掃除の日。いつもであれば朝食の後は昨日のブログを書くところだが、それは後回しにして、書斎の窓の掃除。カーテンを取って、洗濯に回す。二階の窓は外側を拭くのが命がけである(屋根の上に出なくてはならない)。いつまでもできる作業ではない。

次は一階の仏間の掃除。仏壇の掃除は丁寧に。

そして掘り炬燵の掃除。

炬燵の中からこんなものが出てきた。チャイがくわえて来て落としたのだろう。

「はい、私がしました」

仏間の掃除完了。

洗濯の済んだカーテンを書斎の窓に掛ける。

書斎のTVを点けたら、高校バスケの男子決勝をやっていた。福岡第一高校と福岡大濠高校。福岡県同士の対決である。同じ県から2校出ているのか。試合は第一高校が大濠高校に63対53で勝って優勝した。

昼食を食べに出る。

「まやんち」がカフェ年内最後の営業日なのでダメもとでのぞいてみる。やっぱり混んでいた(待っている人多数)。せっかく来たので店主さんに「よいお年を」のご挨拶。

「プリミエールカフェ」をのぞいてみたが、外から見たところ満席のように見える。マスターが気付いて外に出て来て、「すみません」と言った。では、よいお年を。

「テラス・ドルチェ」をのぞいてみる。カウンター席が空いていた。「テラス・ドルチェ」は31日までやっているので、本当は、明日か明後日に来たかったのだが、しかたない。

今日は若いマスターと妹さんの二人でやっている。

カウンターには常連と思しき年配の女性。私が来たときは外で煙草を吸っていた。少々アルコールが入っている。「お母さんに似てきたね」とマスターの妹さんに話しかけている。たぶん言っていることはあたっている。若いマスターはハンサムで、妹さんは美人だ。二人ともお母さん似なのだと思う。

海老ピラフを注文する。

キンドル・スクライブを持ってくるのを忘れたので、スマホの「ノート」にこの一年を振り返って印象に残ったことをメモする。「一年を振り返って語るときに僕の語ること」は後日のブログで(笑)。

「よいお年を」のご挨拶をして店を出る。

帰宅して大掃除の続き。

一階のキッチンの掃除。いまは、ガスは止めており、水道だけを使っている。なので換気扇の掃除とかの面倒な作業(母がいたときはやっていた)はない。

作業完了。

一階の風呂場の掃除。ガスを止めてあるから使うことはないのだが、窓から埃が入って少々汚れていた。大して時間はかからず作業終了。

一階のトイレの掃除。仏間が客間になっているので、来客用のトイレだが、われわれもたまに使うことがある。便器をブラシでこすっていると、映画『パーフェクト・デイズ』のトイレ清掃員(役所広司)みたいな気分になる。

本日の大掃除はこれにて終了。

ようやく昨日のブログを書くことができる。夕食前にアップする。

夕食は長崎ちゃんぽん、玉子豆腐。

食事をしながら『ファミリーヒストリー』特別編をライブで観る。草刈正雄が渡米して身重の母を捨てた米兵だった父親(すでに死亡)の親族に会い、墓参りをするためである。若かった頃の父親の写真を観たが、草刈正雄とよく似ている。

原稿を書き上げ、二度読み返してから、担当者にメールで送る。「年末締め切り」の約束を果たせた。

「お疲れ様でした」チャイが風呂場で待っていた。

風呂から出て、今日の日記を付ける。

2時、就寝。


12月28日(木) 晴れ

2023-12-29 20:04:31 | Weblog

8時半、起床。

チーズ&ソーセージトースト、目玉焼き、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。

いろいろ試している。ソーセージをトッピングするのはいいアイデアだが、チーズだけの方が軽やかに食べられる。朝食には軽やかさが大切か。

昨日のブログを書いてアップする。

昼食は今日が年内最終営業の「マーボ屋」に食べに行く。年内最終営業ということで、ランチもやっているのだ。

牡蠣の甘辛炒めを定食仕様で。

今年の牡蠣の食べ納めなり。

店長とシェフに「よいお年を」のご挨拶。

チャイをベランダに出してやる。すぐに手すりに飛び乗る。ライオンキングの気分か。君は猫だよ。

「日常生活の社会学」第11回のレビューシートのチェック。昨日が締め切りで、200通ほど提出された。今週の『ジェット・ストリーム』をタイムフリーで聴きながら、コツコツ読む。今週の『ジェット・ストリーム』は村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』第9章が語られる(番組用に編集して福山雅治が朗読)。

 たしか十六歳のころだったと思うが、家人がいないときを見計らって、うちの大きな鏡の前で裸になって、自分の身体をしげしげと観察してみたことがある。そして自分の身体の中で普通よりも劣っている(と本人が思えるところ)をひとつひとつリストアップしてみた。たとえば―あくまでたえとばだが―眉毛がいささか濃すぎるとか、手の爪のかたちがみっともないだとか、そういうことだ。リストは全部で27までいったと記憶している。27まで数えて、そのへんでさすがにいやになって、点検するのをやめてしまった。そしてこう思った。目に見える肉体の各部を取り上げただけでは、こんなにいっぱい普通より劣っているところがみつかるのだから、それ以外の領域ーたとえば人格や頭脳や運動能力ーに足を踏み入れていったら、それこそキリがなくなってしまうに違いない、と。

 16歳の村上春樹がそんなことをやっていたとはね。たしかに初めて彼の写真を見たときー何歳のときの彼だったのか覚えていないが、たぶん30代の頃ではなかろうかー「鼠」に似ていると思った。動物の鼠である。そして、次に思ったことは、彼のデビュー作『風の歌を聴け』に登場する「鼠」は彼の分身だろうということだった。「僕」ではなく「鼠」の方が。

 「俺のことは鼠って呼んでくれ。」と彼が言った。
 「何故そんな名前がついたんだ?」
 「忘れたね。随分昔のことさ。初めのうちはそう呼ばれると嫌な気もしたがね、今じゃなんともない。何だって慣れちまうもんさ。」
 僕たちはビールの空缶を全部海へ向って放り投げてしまうと、堤防にもたれ頭の上からダッフル・コートをかぶって一時間ばかり眠った。目が覚めた時、一種異様なばかりの生命力が僕の体中にみなぎっていた。不思議な気分だった。
 「100キロだって走れる。」と僕は鼠に言った。
 「俺もさ。」と鼠は言った。(『風の歌を聴け』チャプター4より)

 実際、村上春樹は、その後、フルマラソンを何度も走り、やがて100キロマラソンやトライアスロンにも挑むようになった。

 もちろん十六歳というのはおそらくみなさんもご存知のように、とびっきり面倒な年齢だ。細かいことがいちいち気になるし、自分の立っている位置が客観的につかめないし、なんでもないことで妙に得意になったり、コンプレックスを抱いてしまったりする。年を取るにつれて、様々な試行錯誤を経て、拾うべきものは拾い、捨てるべきものは捨て、「欠点や欠陥は数え上げればキリがない。でも良いところも少しくらいはあるはずだし、手持ちのものだけでなんとかしのいでいくしかあるまい」という認識(諦観)にいたることになる。
 しかし鏡の前で裸になって、自分の肉体的な欠点を列挙したときのいささか情けない感覚の記憶は、僕の中に今でもひとつの定点となって残っている。

 レビューシートのチェックを終えてから、依頼原稿の続きに取り掛かる。妻が書斎のドアを開けて、「今日は何もしてないね」と言った。大掃除のことである。「片付けなくちゃならない仕事があるんだ」と私は答えた。仕事と大掃除は同時にはできない。昨日は大掃除をし、今日は仕事をし、明日はまた大掃除をするだろう。

夕食はもつ煮込み、しらすおろし、タラコ、味噌汁、ごはん。 

食事をしながら何かテレビを観たと思うが、何を観たのか、思い出せない。

原稿を書く。八割方書き終わる。明日の夜には送信できるだろう。

風呂から出て、今日の日記を付ける。

1時半、就寝。


12月27日(水) 晴れときどき曇り

2023-12-28 13:27:05 | Weblog

8時半、起床。

チーズトースト、目玉焼き、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。

チーズトーストのチーズをスライスタイプからシュレッドタイプに替えてみた。トロリ感が増した。

チャイをベランダに出すときは傍で見ていないとならない。

昨日のブログを書いてアップしてから、一階(和室2、洋室1)の窓の掃除。最初に網戸を取り外して、玄関先で水洗いする。外に出さなくてもやれないことはないのだが、「年末の大掃除」感を演出しているのである。

網戸を乾かしている間に窓ガラスを拭く。

部屋の中からチャイもシンクロする。

門松もセッティング。

窓掃除を終えて(今日のミッションは終了)、昼食を食べに出る。

「喜楽亭」に行く。

注文するものは決まっているのだが、一応、メニューは見る。

チキンカツ定食。

いつものようにご主人とおしゃべりしながら食べる。店には電話があるが、いまや絶滅危惧種のダイヤル式である。「何かの問い合わせの電話をするときに困るのは、問い合わせの内容によって何番を押してくれと応答されるときです。プッシュホンではないとダメなんです。1を押せといわれて、ダイヤルの1を回してもダメなんです(笑)」。そういうときは駅前の公衆電話を使うのだという。店の隣が駅なので「離れの電話」のような感覚なのだろう。

「よいお年を」の挨拶をして店を出る。

どこかで珈琲を飲んでかえろうかと思ったが、「よいお年を」の挨拶をしてしまった店に行くのは何だか変なので、帰宅して珈琲を入れて、池波正太郎『散歩のとき何か食べたくなって』を読むことにした。1977年に出た本で、折にふれて何度読み返したかわからない。東海林さだお『あれも食いたいこれも食いたい』がB級グルメ本だとすれば(それも特定の店の話ではなく食べ物の話)、こちららA級グルメ本である(特定の店の話)。ただし、庶民には手の届かない超A級グルメではなく、街角にあるいい店(池波が気に入った店)の話である。

「外神田・花ぶさ」の章を読む。父が浅草の生まれで(菩提寺は下谷)、勤務先も千代田区役所だったので、神田の周辺は何となく土地勘がある。池波正太郎は父と同じ大正12年の生まれで、やはり浅草の生まれだったが、父が池波の本の読者であったかどうかはわからない。

 私は、幼少の頃から第二次大戦の戦災で家を失うまで、浅草の永住町に居住していた。ここは浅草も下谷の境に近く、上野と浅草の盛り場へは、それぞれ十五分で行けるという絶好の土地だ。
 小学校は、下谷の西町にあったので、上野公園を私たちは、自分の庭のように思っていたのである。
 それでいて、上野から紙一重のところになる本郷や神田へ足を伸ばすことは、私たちにとって、
 「一つの旅行・・・・・・」
 だといってもよかった。そこには私たちの町にはない風景と人々と、町中の匂いがあった。

〔花ぶさ〕へ、はじめて入ったのは、やはり、このあたりを散歩していて、
(こんなところに、こんな店があったのか・・・・・・)
 と、折しも夏のことで、しきりに冷たいビールがのみたかったのだとおもう。迷わずに入った。
 以来、もう十四、五年も、この店で酒飯しているわけだが、はじめて入ったときから現在まで、この店のおかみさんをはじめ店の人たちの扱いは全く変らぬ。
 つまり、通りがかりに入った、はじめての客への親切が、いまも変らぬということで、たとえば、この店で出している〔花ぶさ膳〕というのは・・・・・・。
 海老のコノワタ漬・芝海老の揚げしんじょ・鰆の黄金焼・わかさぎの昆布巻などが、レモンや青唐や柚子などをあしらって箱膳におさまり、これに、マグロとカンパチを盛り合せた刺身を別の皿につけて出す。
 さらに、卵の栄養椀という吸物と、熱々の穴子の蒸しずしが出る。
 そして、酒が一本に、白玉ぜんざいというデザートまでついて、これが金三千円なのである。この〔花ぶさ膳〕は三年前からはじめたのだが、依然、値段を上げないのだ。
 ここのおかみさんは、
 「何とか、その日その日がやっていければいいのですから・・・・・・ええ、それで、お客様にたくさん来ていただいて、にぎやかにやって行きたいんですの」
 というが、私は、これで、ほんとうに算盤が合うのだろうか、と、つくづくそう思う。

この文章が書かれたのは1970年代の半ばである。それから50年近い歳月が経っている。ネットで「花ぶさ」を検索したら、お店は健在で(人気店のようである)、「花ぶさ膳」は4620円になっていた。

お店のホームページにはこういう一文が載っている。

「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛け人・藤枝梅安」「真田太平記」などの名作を残した、戦後を代表する時代小説・歴史小説家である故池波正太郎氏は、創業当時からのお客様でした。
今では名物料理となった「千代田膳」の料理の構成とその名前を命名したのも池波氏。ほかにも「生芝海老揚真丈」など、氏が自ら考案しお気に入りだったメニューも多くあります。
店舗では暖簾、書画等、当店のために残された池波氏の作品もご覧頂けます。

『散歩のとき何か食べたくなって』を読んでこの店を訪れる客は少なくないでろう。その期待を裏切らいという覚悟がないとこういつ一文は書けないものである。

今日は雲の多い一日。

頼まれている原稿に取り掛かる。

夕食はミートドリア、スープ、サラダ。

食事をしながら『時をかけるな恋人たち』の最終の二話(録画)を観る。タイムトラベルものは辻褄合わせが大変である。

原稿の続き。明日には書き上げて送信したいと思うが、できるかな。

「なんとかなるものです」

風呂から出て、今日の日記を付ける。

1時半、就寝。


12月26日(火)晴れ

2023-12-27 12:11:48 | Weblog

8時45分、起床。

チーズトースト、目玉焼き、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。

昨日のブログを書いてアップする。

庭の桜の葉は最後の一枚になった。

11時半に蒲田駅で卒業生のキョウコさん(論系ゼミ1期生)と待ち合わせ、多摩川線で一つ隣の矢口渡へ。

卒業生と会ったときは下の名前をカタカナ表記するというのがいつものやり方なのだが、彼女の場合は公人(参議院議員)なので、村田享子さん(選挙のときは「村田きょうこ」)でいいかな。

「燈日」は先週の土曜日に卒業生のカナミさんと来たのだが、席がなくて入れなかった。今日は大丈夫。

彼女はメニューを見て、チキンカツと即決した。政治活動といのはパワーが必要なのだと思った。私は前回食べた豚肉と白菜の野菜あんかけ丼が美味しかったので、今回もそれを注文するか、まだ食べていない鱈とじゃがいものクリーム煮を注文するかで迷ったが、鱈の方を注文した。

鱈とじゃがいものクリーム煮。体にやさしい味である。

チキンカツ~トマトソース~。私は明日、「喜楽亭」にチキンカツ定食を食べに行くつもりなので、選択肢からは外したが、サクッと揚がって美味しそうである。

食後にカフェラテ(私はアイス、彼女はホット)。

去年の7月の選挙で当選して1年半、国会議員の生活にもすっかり慣れたようである。長年、国会議員の秘書としてやってきたが、議員として表舞台に立つのはまったく別の経験である。通常国会が年間150日、これに臨時国会があって(今年の場合は55日だった)、国会のないときもあちこち回ったりして、ほぼ年中無休だが、年末年始は世の中全体がお休みだから、こうして私とカフェもできるのである。

今日のカフェは、12月14日に偶然大手町駅のホームでばったり遭って、「カフェしましょう」と急遽決まったものである。こういう偶然の再会はこれまでに何回かあって、その度に「運命だね」と言い合っている(笑)。こうして話をしている彼女は、学生時代と少しも変わっていない。「あさイチ」→「ニュース・ゼロ」の有働由美子さんに雰囲気が似たところがあって、おそらく支援団体の方々からも親近感をもって応援していただいていることだろう。

お店の方に「よいお年を!」の挨拶をして「燈日」を出る。

もう一軒カフェの梯子をできる時間はあるとのことなので、蒲田に移動。

「テラス・ドルチェ」に入る。

私は紅茶、彼女はアイスコーヒーを注文する。

そして二人ともオムレット(中にバナナとクリームが入っている)を注文。

店を出たところで、彼女のスマホでツーショットを撮ってもらう。

改札に彼女を見送る。私が右手を差し出したら、両手で握り返してきて、上下に揺すった。これ、選挙のときの癖ですね(笑)。参議院議員の任期は6年。衆議院のような解散=総選挙はありませんから、腰を据えてじっくりと課題に取り組んでください。睡眠と食事と笑顔を大切にね。

「またおいで」(彼女も好きだというTVドラマ『いちばんすきな花』の椿(松下洸平)の口調で)。

今日も雲ひとつない夕暮れである。

ネットで注文した「ゲルシートクッション」が届いた。椅子に坐っている時間が長いので、お尻や腰への負担を軽減するためのアイテムである。

安藤宏『日本近代小説史』(中公選書)がキンドル本になっていたので、購入する。岩波新書の安藤宏『「私」を作るー近代小説の試み』もキンドル本になってほしいものである。

動物病院でもらったカレンダーを使おうかどうしようか考えている。

「表紙の猫ちゃん、私にちょっと似てませんか」

夕食は豚ロース、鰺、味噌コンニャク、春雨サラダ、味噌汁、枝豆ごはん。この不統一感は冷蔵庫の在庫処分であることはあきらかである。

食事をしながら『コタツのない家』最終回(録画)を観る。あれこれあっても収まるところに収まるというのがホームドラマのセオリーである。

「私も収まるところに収まってます」(書斎の机の下の段ボール箱)

レビューシートのチェック。明日が締切日だが、まだ200名ほどが未提出。念のためにリマインドのメールを出しておく。

風呂から出て、今日の日記を付ける。

1時半、就寝。