フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

4月30日(水) 晴れ

2008-04-30 23:59:56 | Weblog
  8時、起床。ハンバーグ、目玉焼き、トースト、紅茶の朝食。今日が締め切りの書類を事務所に提出するために大学に出るつもりであったが、とりあえず添付ファイルで送れば、捺印は5月2日(授業のある日)でいいですということになり、今日一日の過ごし方の自由度が増す。それにしても、われわれの社会に残存している捺印という制度はこれから先もずっと存続するのであろうか。大学関係の書類でも、捺印の指示があるものとないものがあるが、両者にとくに重要度の違いがあるようには思えないのだが・・・。しかも登録している印鑑でないとダメというのであればまだ話はわかるが、どんな印鑑でも構わない場合が大部分で、そうなると捺印の意味って一体何なのだろう。
  8年前に一文の社会学専修を卒業したTさんからメールが届く。卒業以来だろうか。4年前に結婚し、いまは関西在住とのこと。去年、私のブログの存在を知り、いつも見てくれているそうで、3月27日の「シュルレアリスムと写真」展(東京都写真美術館)の話を読んでメールを出したくなったのだという。Tさんの卒論(私が指導教員だった)のテーマがシュルレアリスムだったのだ。毎年、たくさんの学生を送りだしているが、卒業後は音信不通になる場合が大部分である。それは自然の理というもので、もしも卒業後も在学中と同じ調子で彼ら彼女らと連絡をとりあっていたら、教師の生活はそれだけで手一杯になってしまうだろう。しかし、さまざまな理由で、どうしているだろうと気になる卒業生というものはいるもので、Tさんはその一人であった。今日、遠い宇宙の彼方から発信された電磁波のような彼女からのメールを受信したことで、気がかりだったことの一つが解消された。ところで、Tさんからのメールを読んで改めて思ったのだが、フィールドノートの読者が(私にとって既知の人であれ未知の人であれ)私にメールを送信するためには、何かしらの「接点」を必要とするらしいということであった。今回のTさんの場合、それは「シュルレアリスム」であったわけだが、「接点」となるものはあまりに一般的なものはだめで、たとえば、「先生は朝食はトースト派ですね。私もトースト派です」というのは「接点」というには弱く、「先生の哲学的な立場はストア派ですね。私もストア派です」くらいマニアックであることが必要とされるようである。未知の読者が、あるいは既知であっても自分のことは忘れてしまっているのではあるまいかと危惧する卒業生が、メールを送信するというのはそれくらい強度の「接点」を必要とする行為らしいのだ。その心理はわからないではないけれども、私としては、そうした「接点」がなくても、読者から、あるいは卒業生からメールをいただくことは単純に嬉しいですけどね。
  昼食にざるそばを食べてから、ジムへ行く。7キロ半のウォーキング&ランニング。特筆すべきは、最初の15分間のウォーキング(時速6キロ)の後、30分間ノンストップでランニング(時速8.5キロ)をしたことだ。それがどうしたというなかれ。30分間ノンストップで走り続けることはけっこう大変なのである。ジムでのトレーニングを始めたときの私がそうだったが、3分も走れば足が重くなり、息があがる。普段、電車に乗り遅れそうなときくらいしか走ることをしない大人はたいていそうである。それが、いまや30分間ノンストップである。しかも残り15分間をウォーキンングとランニングのインターバルに切り替えたのはヘトヘトに疲れてもう走れなくなったからではない。まだ余裕はあったが、走り高跳びのブブカ選手と同じで、記録の更新はちょっとずつにした方が新記録の感激を何度も味わえるからだ。目標は60分間ノンストップ。それが達成できたら、今度は速度を上げてゆく。目標は時速10キロ。時速10キロで60分間ノンストップで走れた暁には・・・「24時間テレビ愛は地球を救う」の出演依頼を待つ。でも、武道館に定刻よりもずいぶんと早く到着してしまったら番組としては盛り上がりに欠けるであろうから、本気は出せないな、と妄想はとめどがない。
  トレーニングを終えて「ルノアール」で読書。十川信介『近代日本文学案内』(岩波文庫別冊)を読む。夏目漱石の『三四郎』(明治41年)は三四郎が汽車に乗って九州から上京してくる場面が冒頭で描かれる。そこで三四郎はたまたま向かいに座った女から相宿を頼まれるのである(しかも彼はその申し出を受ける!)。志賀直哉の『網走まで』(明治43年)は主人公(自分)が上野から宇都宮までの車中でたまたま向かいに乗り合わせた母子の様子を観察する話である。そして宇都宮で主人公が下車するとき、彼はその女から彼女が車中で書いた二通の葉書の投函を頼まれる。こうした見知らぬ同士の一種の親密な関係性の形成が当時の汽車の中では行なわれていた。この話はそのうち「日常生活の社会学」の中で使えそうだ(だからここではこれ以上は語らないことにしよう)。「TAKANO」でケーキを買って帰る。

       

4月29日(火) 晴れ

2008-04-30 01:36:36 | Weblog
  鶯谷の菩提寺で父の三回忌の法要を行なう。父の命日は5月13日だが、おせがき法要(うちの菩提寺の場合は5月の第2日曜日と決まっている)と近いため、去年の一周忌の法要のときもそうだったが、少し早めにGWの間に行なうことにしたのである。人に集まっていただくのには暑くも寒くもないよい時期である。法要は1時間ほどで終わり、お寺の座敷で人形町の「今半」に注文しておいた弁当を食べた。弁当なので暖かくはないが、デザートの果物も含めて、味はよい。お世話をしてくれたご住職のお母様が言うには、法要後の食事はレストランでする家が最近は多いらしいのだが、私は場所を移して食事をするよりも、そのままお寺で、築80年ほどの木造の、十畳ほどの和室を二つ連ねた広間で、静寂の中、法要の余韻に浸りながら食事をすることを好む。ガラス戸や障子をすべて開け放った部屋の空気は少しばかりひんやりとしているが、食後、縁側に腰かけて、日向の中に身を置いていると、初夏の到来をすぐそこに感じる。父はよい季節に亡くなったのだと思う。

4月28日(月) 曇りのち晴れ

2008-04-29 22:04:48 | Weblog
  6時半、起床。うそだろ、大学に出なくてよい日なのに。どうしてこんな時間に目が覚めてしまうんだろう。やはり月曜の1限に授業のある先生方の怨念だろうか。ソーセージ、トースト、アイスティーの朝食。
  1時半頃、昼食をとりに「鈴文」へ行く。GWで近辺の会社が休みのせいだろうか、客は私一人(途中からもう一人入ってきた)だった。「シャノアール」で食後の珈琲を飲んでから、ジムへ行く。7キロちょっとのウォーキング&ランニング。トレーニングの後、「ルノアール」で読書。
  大澤真幸『不可能性の時代』(岩波新書)を読む。実に面白い。必ずしも彼の論に全面的に同意というわけではないが、彼の論の進め方は実にスリリングである。論がどう展開していくのか、目が離せない。「まだひっぱるか」「もう問いの答えを提示してくれてもいいだろう」と思いつつ、彼の論の後を追いかける。この力量は大したものだ。
  日本の戦後を、現実を意味づけている反現実のモードの変遷を基準に、「理想の時代 1945-60」「夢の時代 1960-75」「虚構の時代 1975-90」と3つに時期区分したのは見田宗介である。大澤は見田のこの論を下敷きにして、まず、「夢の時代」を「理想の時代」から「虚構の時代」への転換期であるとして前後の時代の中に解消し、1970年を「理想の時代」から「虚構の時代」への転換点として位置づける。次に、それから25年後の1995年(地下鉄サリン事件のあった年である)を「虚構の時代」の極限=終焉として位置づける。そしてその後の第三の時代を「不可能性の時代」と名づける。
  「理想の時代」は「理想」という未来において現実となるべき反現実が追求された時代である。「虚構の時代」は「虚構」という現実と並存する(現実の未来に位置づけられるのではなく)反現実に人々の関心が向かった時代である。「理想」は、未来が現在の一部であるという意味において、現実の一部に含まれるが、「虚構」は現実の範疇外である。したがって「虚構の時代」は「理想の時代」よりも反現実の度合いが強まったといえる。ところが「不可能性の時代」にあっては、反対に、「現実」への逃避ともいうべき現象が起こっている。

  「一般には、「現実逃避」というとき、問題にされているのは、現実からの逃避、現実から理想や虚構の世界への逃避である(「理想ばかり追いかけていないいで、現実を直視しなさい」等)。だが、これとは逆方向の逃避、「現実」へと向かっていく逃避が、現代を特徴づけている。ただし、この場合の「現実」とは、通常の現実ではない。それは現実以上に現実的なもの、現実の中の現実、「これこそまさに現実!」と見なしたくなるような現実である。すなわち、極度に暴力的であったり、激しかったりする現実へと逃避している、と解したくなるような現象が、さまざまな場面に見られるのだ。」(3-4頁)

  しかし、この「現実」への逃避はわわわれの時代で起こっている現象の一つの側面である。大澤がわれわれの時代を「不可能性の時代」と名付けたのは、これとは逆向きのもう一つのベクトルが存在するからだ。

  「一方では、準拠点の「反」現実度が次第に高まっていくという、戦後史のこれまでの傾向に反するかのように、「現実」への回帰、「現実の中の現実」への回帰が見られる。他方では、虚構の時代に胚胎していた傾向が限度を越えて強化され、現実に現実らしさを与える暴力性・危険性を徹底的に抜き取り、現実の相対的な虚構化を推し進めるような力学が強烈に作用している。現実への回帰と虚構への耽溺という二種類のベクトルの中で、虚構の時代は引き裂かれることで、消え去ってきた。・・・(中略)・・・思想的には、前者が原理主義、後者がリベラリズな多元文化主義に、それぞれ対応していると言えるだろう。/相互に矛盾しているように見える、これらの二つの傾向性の共存を、どのように統一的に理解したらよいのか? 直ちに気づくことは、両者はまったく正反対の方向を向いており、あまりにも完全にバランスを取っている、ということである。このことは、逆に、これらの二つが、同じことの二側面ではないか、と考えさせるものがある」(156-157頁)

  現実化と虚構化の二つの側面を併せもつ「同じこと」とは何か。ここからの考察が『不可能性の時代』の一番面白い部分である。う~ん、ここで紹介(いわゆる「ネタばれ」)をしてしまっていいものかどうか、躊躇する。私が粗筋を紹介するよりも、本書を直接読まれた方が絶対に面白いと思うのだ。大澤の論述は緻密だが、少なくとも本書に関しては、決して難解ではない。ここでは、「不可能性」というキーワードについて大澤が述べているところだけを引用するに止めておく。

  「<不可能性>とは<他者>のことではないか。人は、<他者>を求めている。と同時に、<他者>と関係することができず、<他者>を恐れていもいる。求められると同時に、忌避もされているこの<他者>こそ、<不可能性>の本態ではないだろうか。/われわれは、さまざまな「××抜きの××」の例を見ておいた。カフェイン抜きのコーヒーや、ノンアルコールのビールなど。「××」の現実性を担保している、暴力的な本質おを抜き去った「××」の超虚構化の産物である。こうした、「××抜きの××」の原型は、<他者>抜きの<他者>、他者性なしの<他者>ということになるのではあるまいか。<他者>が欲しい、ただし<他者>ではない限りで、というわけである。」(192-193頁)。

  ここで私は数ヶ月前に読んだ穂村弘『短歌の友人』の中で紹介されていた現代短歌の作品を思い出す。

  たすけて枝毛姉さんたすけて西川毛布のタグたすけて夜中になで回す顔 飯田有子

  まちがい電話の声さえ欲しがってるから言いそう「待ってた」って もりまりこ

  他者を激しく希求する歌である。世界が「酸欠状態」にあるから「歌が喘いでいる」のだと穂村は言っている。『不可能性の時代』の帯には「なぜこんなにも息苦しいのか?」と印刷されている。まさに「酸欠状態」。穂村は上記の作品に他者を激しく希求する歌人(現代人)の姿を見たわけだが、息苦しいのは他者を激しく希求してそれが叶えられないからではない。歌人(現代人)は他者を激しく希求すると同時に、実は、他者を激しく拒否してもいるのだ。だから苦しいのだ。大澤の論法を私なりに解釈して適用すれば、そういうことになる。「他者性」の本質は自己の思い通りにはならないということである。しかし現代人が激しく希求する他者とはそうした「他者性」を抜き取った他者、自分の思い通りになる他者、自分という人間を丸ごと受け入れてくれる他者である。しかしそうした期待はしばしば、いや、常にといってもいい、裏切られる。当たりまえのことだ。相手は自己ではなく、自己のコピーでもなく、他者なのだから。しかし他者への過剰な期待の過剰さを認識していない人間は、それによってひどく傷つく。そして自己を否定する存在として他者を恐れ、拒否するようになる。自分の手(=他者の手の投影である)で自分の首を絞めながら「助けて」と他者に助けを求めているようなものだ。息苦しいのはそのためである。
  『不可能性の時代』は不可能な事態の記述・説明だけで終わってはいない。ではどうしたらいいのか、いかにしたらこの閉塞的な状況からわれわれは脱け出すことが可能なのか、最後の章はその可能性の考察に費やされている。その紹介はここでしなくていいだろう。私のここまでの紹介を読んで、本書に興味をもった人は、明日、本屋で本書を手に取るであろうから。今日の又聞きより、明日の読書である。

4月27日(日) 晴れ

2008-04-28 10:18:22 | Weblog
  いつからいつまでがGWなのかは年によって違う。それは土日と祝日の重なり具合という世間一般の基準のほかに、授業のある日とない日(大学に出なくてよい日)との重なり具体という個人的な基準のためである。今年の場合、GWは4月26日(土)から5月6日(火)までである。この間、授業のために大学に出るのは5月2日(金)のみである。しかも、5限の卒論演習は休みにしたので、3限の「日常生活の社会学」のみである。もしこれも休講にしていたら(しにくいが)11連休となるところであった。GWといっても、どこかへ遠出をするとかの予定はない。29日に父の三回忌法要を行い、4日に卒業生の集まりに顔を出す、いまのところ手帖に書き込んである予定はそれだけである。ただし、余白の時間を使って「早稲田社会学ブックレット」の原稿(先日出た『日常生活の社会学』の他に、もう1冊、『ライフストーリー分析~質的調査法入門』というのを出すことになっている)を書き上げなければならない。だから手帖は一見スカスカのように見えて、実はギチギチなのである。手帖の空白の重圧。
  そんな重圧から逃れるように、午後、昼食(テイクアウトの寿司)の後に散歩に出る。呑川沿いの道を歩いて、池上まで行く。この時期、街の花の主役は高木ならハナミズキ、低木ならツツジである。ハナミズキの白い花と緑の葉のコントラストには清潔感がある。ツツジにはさまざまな種類があり(サツキはツツジの一種である)、色も多彩である。

       

       

       

       

  もちろん彼女たち以外にも、スミレ、アヤメ、ポピー、藤、その他の名も知らぬ花たちがそこかしこに咲いている。

       

       

       

       

       

       

       

       

  そしてタンポポの綿毛。

       

  しかし、見過ごしてならないのは、いや、見過ごせないのは、新緑の葉っぱたちである。そこには華やかさはないが、自然の息吹がある。圧倒的な生命感。

       

       

       

  「あらい」で贅沢あんみつを注文して、休憩。帰りは池上線に乗って帰ってきた。くまざわ書店に寄って、以下の本を購入。

  山田太一『二人の長い影/林の中のナポリ』(新日本出版)
  十川信介『近代日本文学案内』(岩波文庫別冊)
  大澤真幸『不可能性の時代』(岩波新書)
  三浦雅士『漱石~母に愛されなかった子』(岩波新書)
  湯浅誠『反貧困~「すべり台社会」からの脱出』(岩波新書)
  本間義人『地域再生の条件』(岩波新書)
  武田晴人『高度成長~シリーズ日本近現代史⑧』(岩波新書)
  堀内圭子『<快楽消費>する社会』(中公新書)
  『yom yom』6号(新潮社)

  購入した本を「ルノアール」で読もうかと思ったが、足長おじさん基金の募金活動をしている子どもたちがいたので、今日の珈琲代は募金箱の中に入れて、帰宅することにした。

4月26日(土) 小雨

2008-04-27 02:35:23 | Weblog
  8時、起床。もっと寝ていたかったのに目が覚めてしまった。土曜の1限に授業のある先生方の怨念のせいかもしれない。きっとそうに違いない。仏壇に線香をあげ手を合わせる。昨夜の残りの麻婆豆腐(私は外食だったから食べていない)、トースト、紅茶の朝食。フィールドノートの更新をして、鴎外の小説「かのように」を読んでいたら眠気に襲われる。土曜の2限に授業のある先生方の怨念のせいかもしれない。というのは冗談で、要するに一週間の疲れが出るのである。小雨の降る肌寒い一日だったので、居間のソファでうとうとして過ごす。土曜日はメンテナンスの日だ。昼食はざる蕎麦。
  夜、基礎講義(オンデマンド授業)のレビューシートへのコメントを書く。どうしようかと迷ったのだが、同じ論系の御子柴先生がレビューシートへのコメントを書いているのを知って、背中を押された。自分のコンテンツ(現代人間論系基礎講義6)のレビューシートへのコメントだけなら大した作業量ではないのだが、問題は論系紹介のコンテンツ(現代人間論系基礎講義1)のレビューシートへのコメントである。現時点では5、60枚しか来ていないが、今後、徐々に増えるのは必定で、どのくらいの作業量になるのかは見当がつかない。少なければ少ないで論系にとっては深刻な問題だし、多ければ多いで嬉しい悲鳴をあげることになる。ただ、どれだけ増えようと、溜まってからコメントを返すより、いまから始めておいた方が楽に決まっている。それだけは間違いない。3時間ほどかけて全部に(ただし内容的に他の先生にコメントを書いていただいた方がよい数枚を除く)コメントをつけた。ふぅ。一仕事終えたという気分で、グレン・グールドの「ゴールドベルク変奏曲」(1981年の再録音版)のCDを聴きながら、今日のフィールドノートを書いている。明日は散歩に出よう。